失われた歌

有馬 礼

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第2部 帝都ローグ篇

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 メトロの職員によると、ここはメトロの全路線で一番深い部分で、最近立て続けに魔物が出現して必要な整備点検が出来ずに困っているということだった。これでは、魔物のせいでなく事故が起こってしまう。ようやく「清掃局」…あ、いや、特殊治安部の方が来てくれて…とトルヴ駅の保安責任者の男性は言っていた。
 保安用の照明は点いているものの、トンネル内は暗い。地下深いところにいるという緊張感がそう感じさせるのか、あるいは別の要因か、息がしづらいくらいの圧迫感だ。
 闇はただひとりうきうきと周りを見回している。
「腐った魂、魔物、死霊。フルコースじゃん」
 いい感じにお腹空いてきたな、と言って大きく伸びをする。
「いた!」
 闇が駆けだす。その先には、白いワンピースを着た髪の長い女が立っている。暗闇に浮かび上がる場違いな存在に、鳥肌が立つ。
 女はトンネルの壁に潜って逃げようとするが、闇も、まるでゼリーか何かであるように、壁に腕を突っこむ。
 壁から引き抜いた手には、女の髪がしっかりと握られている。女は逃れようとあらんかぎりの抵抗をしているが、闇はびくともしない。髪を引っ張って女を仰向かせると、強引にくちづける。若かった女の顔からみるみる潤いが失われて、老婆になり、乾ききったミイラになり、崩れる。
 闇はぺろりと唇を舐めた。
「ひゅう。さいっこう」
 カメラに映っていたのはこれか。ヒューゴは身震いする。
 闇が、ふとトンネルの奥に視線を向ける。
「来た。あいつらだ」
 ヒューゴがブラスタを抜く。
 線路の上に大勢の真っ黒な人間が立っていて、皆で左右にふらふらと揺れている。丸い両目と、笑った形の口は白く発光していて、ほかは全て黒。周りの暗闇と同化していて、細かいところまでは見えない。ヒューゴが言うように、確かに不気味だ。
 属性攻撃を無効化するという魔物か。
 闇はぞんざいに魔物の方に歩いていく。
 魔物がカッと口を開く。粉砕されたステンドグラスのような、色とりどりの光の奔流が吐き出される。闇はそれを手で薙ぎ払った。
「あたしにそんなもん効くか!」
 駆ける。魔物は恐れをなしたのかわずかに後ずさるが、逃がさない。魔物に向かってジャンプすると、手刀で先頭の魔物の首を刎ね飛ばした。魔物は膝をつくと、そのまま前のめりに倒れる。
「すげ…」
 一撃で魔物を無力化してしまった闇の力に、ヒューゴは絶句する。
 闇は近くにいた魔物の腕を掴んで力任せに引き倒すと、胴体に足をかけて、腕を引きちぎる。魔物がのたうつ。
 伸びてきた魔物の腕をかいくぐり、腹部に指をめり込ませ、そのまま、壁に叩きつける。
 魔物が1体、向かってきたと思うと、闇の頭上を跳び越える。
「バルク! そっちに1匹行った!」
 闇が怒鳴る。
 バルクが氷の矢を放つと、魔物は口から先ほどと同じ光を吐き出した。氷の矢は分解され、消える。
「なるほど」
 思わず感想が漏れる。これが属性攻撃の無効化か。
 ヒューゴがブラスタを撃つ。弾は魔物の胸の辺りに命中したが、通常兵器モードのそれは、威力に欠ける。全くダメージを与えられていない。
 ヒューゴの視界の端で、灰色の何かがサッと動く。
 それは魔物に飛びかかると、胴体に食らいつく。
「なに…?」
 それは体高がヒューゴの肩ほどもある、巨大な狼だった。
 魔物は体を食いちぎられ、力を失う。
 グルル…、と狼は低く唸り、ヒューゴを守るように立つ。
「バルク…?」
 その正体に思い至って恐る恐る尋ねる。
 狼はちらりとヒューゴを振り返った。どうやら正解のようだ。
 突然、魔物たちが、波が引くように去っていく。
 闇が2人のところに戻ってきた。魔物の腕を掴んだままだ。指がまだ動いていて、気持ち悪いことこの上ない。
 引きちぎった魔物の腕を齧る。
「まあまあ美味しいけど、固い。顎が疲れる」
 そう呟くと魔物の肉片を吐き捨て、腕も投げ捨てる。
 バルクは人間に戻る。
「…ビビった。マジで。聞いてねぇんだけど」
「言ってないからね」
 ヒューゴの驚いた顔を見て、バルクは楽しそうに笑った。
「なんか来る」
 闇が呟く。
「お待ちしておりましたよ、青い狼にして守護者の想い人…」
 線の細そうな男性の声がする。照明の下に現れたのは、雄牛の頭蓋骨だった。いや、雄牛であるのは頭部だけで、首から下は人間のようだ。モーニングを着ている。肉がついていたら到底入りそうにない細い袖と、細いパンツ。服の中身も骸骨かな、とバルクは想像する。
「わたくしは、ネクロマンサーのヴィラントと申します」
 白い手袋をはめた手を胸に当て、優雅に礼をする。
「ネクロマンサー」
 バルクが呟く。探していたものが向こうからやって来た。喜ぶべきか。
「わたくしをお救いくださるのは嬉しゅうございますが、あまりパーティーピープルを虐めないでいただけると」
「パーティーピープル?」
 ヒューゴが思わず訊き返す。
「ええ。彼らです」ヴィラントは手で魔物たちを示した。「集まって揺れているのが、踊っているように見えませんか? かわいいでしょう? 当初は『踊る阿呆』と呼んでいたのですが、最近ではこういう輩をパーティーピープル、またはパリピと呼ぶのだと死にたての死霊に教えていただきましてね」
「なる…ほど…」
「さしづめわたくしは『見る阿呆』でございます。ほっほっほ」
 ひとり笑っているヴィラントをよそに、闇は目の前を漂ってきた死霊を素早く捉えた。乳白色の細長い勾玉型で、目と口の部分が穴になっている。死霊の尻尾の部分からもぐもぐ食べる。死霊は逃れようともがき、バルクに訴えかける。
 た・す・け…
 気の毒だがどうしてあげることもできない。
「ねー。話長くなる? おやつ食べてきていい?」
 闇がバルクに耳打ちする。
「いいよ。行っておいで。あ、メトロの設備壊さないようにね」
 バルクはヴィラントに目を向けたまま、小声で言う。
「わかった!」
 闇はご機嫌に駆けていった。
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