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第2部 帝都ローグ篇
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自分が女たちからどう見えているかということについて、ヒューゴは熟知している。
「彼女の方は『落とせる』と思ったんだけどな」
事務所で報告資料を作りながら隣の席の同僚に言う。
「お前、ほんとクズ中のクズだな。クズのキング・オブ・キングス、ロード・オブ・ローズ」
同い年の同僚、オリヴェルは呆れたように言う。
「彼氏の前であからさまに他の男に媚び売る女なんかそうそういないだろ」
「彼氏持ちだろうが結婚してようが、俺には関係ない」
ペンを走らせながら平然とヒューゴは言う。
「そのうち刺されるか、メトロの線路に突き落とされるからな」
オリヴェルはバルクの席の端末を覗きこむ。
手を繋ぎ、笑いあいながら歩いている若い男女の画像。
「確かに、監視カメラに映ってたあの2人だな。彼女、人形みたいだ。これは警戒して声も聞かせなくても仕方ないんじゃないか?」
「俺にはわかんねー感覚だな」
「そりゃ、クズにゃわからねーだろうよ」
あの時の彼女の奇妙な態度は何だったのだろうとヒューゴは思う。独占欲が強い、嫉妬深い恋人を怒らせることを恐れていた? いや、もっと他の何かを隠している気がする。彼女の恋人もその「何か」を知っていて協力していたのだ。彼女の名前を教えろと言った時、一瞬彼が恋人の方を見て、恋人の意思を確かめたのを見た。恋人を本当に支配しているのなら、許可など取らない。
ハンター協会で調べたところ、バルク・フロウは魔術師だった。魔術師に用はない。帝都では術は使えない。
直前に彼を除くパーティメンバーを全員失っているが、死んだメンバーのコールリングを協会に届けて抹消登録し、パーティの相続権については放棄していた。また、仲間の遺骨は協会の墓地に埋葬されている。殺しの線は薄そうだ。いい口実だと思ったが。
2人を引き離し、慰めるふりで近づき、距離を縮め、隙を突いて相手のテリトリーに入りこんだら、あとは勝手に自分の手の中に落ちてくるのを待つだけだ。いつものとおり。
オリヴェルは勝手にヒューゴの机の上のプリントアウトを手に取る。
「リコ・ティナ=レイフ・オルトアルヴィル。彼女の方は精霊使いか」
「名前でわかんのか」
「ああ。前の勤務地で、外部委託してた精霊使いのおっさんがセレスアルヴィルっつう名前だった。近くにセレス村って精霊使いの村があってさ」
ヒグマの魔物みたいなむさ苦しいおっさんだったけど、仕事はデキたな、とオリヴェルは回想する。
「ということは、彼女の方はオルト村の精霊使いってことだな」
「そういうことなんだろう。精霊使いは元を辿ればいくつかの家に行き着くらしい。それぞれの家が分家して各地に移り住んで、今に至るんだとかなんとか言ってた」
「精霊使いも、魔術師みたく帝都では術を使えないんだよな?」
「というのが通説だけど、例外はあるのかもな。知らねえ」
オリヴェルは書類をめくる。
彼らの会話が監視カメラに映っていた口の動きから復元されている。
女:いだが食べかけの腐った魂寄越すから、死にかけたうえにずっとお腹空いてたんだよね。もうこれで元気いっぱい
男:いだ。
女:そう。ネクロマンサーのいだ。あいなの腐った魂をたましいくいで殺そうとしたけど、できなかった。逆に自分が死んじゃった。そのせいであたしは食べかけの腐った魂を押しつけられた。ひどいよね。
女:(読唇不能)
男:どこも行かない。お腹いっぱいになったんなら、帰るよ。
女:(読唇不能)
男:それは誰。らいほうしゃ。
女:(読唇不能)
男:どこにいる。近く。
女:(読唇不能)
男:そう。じゃ、帰ろう。
女:(読唇不能)
男:きみの食事には十分付き合った。
途中から女がカメラに背を向けてしまったので、男の発言しかわからない。
「『腐った魂』つうのは、なんなんだろうな。物騒な名前だ」
「精霊使いのテクニカルタームかな。調べたけどわからない。食事、だとか、お腹いっぱいになった、って発言からして、あの女は闇の要素の集中を食ったんだろう。比喩かもしれないけど、俺には、文字どおり闇の要素を取り込んだんじゃないかと思える」
ヒューゴはペンを投げ出すと、椅子の背もたれに深く背中を預けた。
「映像にも、食ってるような素振りがあるんだよな。何してたんだろう。それだけでも知りたい」
「あと、この会話だと、別の何かがいるって話をしてるよな。『どこにいる』って訊いてるし。そいつが闇の要素の集中の元凶なのか?」
オリヴェルも乗ってくる。
「闇の要素の集中を解除できれば、魔物の出現も減るはずなんだよな。と思う。いや減るだろう。減ってくれ」
ヒューゴの口から願望が漏れる。
「フリートの闇の濃度はもう限界だからな。いつ嵐が起こっても不思議じゃない。また死人が出るかもな。憂鬱だ」
数年に一度、フリート駅では「嵐」と呼ばれる、魔物の大量出現が起こっていた。前回は3年前。その時は死者を出してしまった。
「のんびりしてる暇はねーな」
ヒューゴが目をやった壁には、多くの計器がかかっている。円盤は、緑・黄・赤で塗り分けられ、メトロの各駅の闇の要素の濃度を示している。針は、ほとんどが文字盤の赤いエリアにある。その中でも、フリート駅は針が振り切れていて、直ちに闇の要素の過集中を解除しなければならない状況だ。ただ一つ、ラウエ駅の計器の針は緑のエリアにある。
「最悪、セスを呼ぶか。筋肉坊主を」
ヒューゴは頭の後ろで手を組んだ。
「セスが田舎に帰っちまったのは痛かったよな」
「あいつ、魔物に嫌われる素晴らしい体質してやがるからな」
ヒューゴほ白い歯を見せて笑った。
「しかし、フリートはもうヤバイな。ここ半年ほどずっと人を張り付けて対応して、ギリギリ凌いでるけど。根本的な解決にはなってない」
オリヴェルも計器の方を振り向く。
「もう、めんどくせーから軍が持ってる大口径ブラスタでメトロのトンネルごと吹っ飛ばそうぜ」
ヒューゴは長い脚を組んだ。
「そんなわけにいかねーだろ。フリートを吹っ飛ばしたら帝都の交通は完全に麻痺して、経済に影響がありすぎる。連邦も共和国もこれ幸いと干渉してくるだろうし、許可できるわけねえよ」
オリヴェルの言葉に、ヒューゴは面倒臭そうにため息をついた。
「だったら、死人が出るのは仕方ないくらいのこと、はっきり言い切ってくんねーかな」
「無理だろ。オトナにはオトナの事情があるからな。なあ、お前、頑張ってこの2人口説き落としてこい。あ、口説くってのはそういう意味じゃなく」
「やっぱそれしかねーか」
目の上に腕を乗せる。しばらく沈黙した後、勢いよく立ち上がった。
「ちょっとコナかけてくる」
ジャケットを掴む。
「コナとかいうな、最低野郎」
「彼女の方は『落とせる』と思ったんだけどな」
事務所で報告資料を作りながら隣の席の同僚に言う。
「お前、ほんとクズ中のクズだな。クズのキング・オブ・キングス、ロード・オブ・ローズ」
同い年の同僚、オリヴェルは呆れたように言う。
「彼氏の前であからさまに他の男に媚び売る女なんかそうそういないだろ」
「彼氏持ちだろうが結婚してようが、俺には関係ない」
ペンを走らせながら平然とヒューゴは言う。
「そのうち刺されるか、メトロの線路に突き落とされるからな」
オリヴェルはバルクの席の端末を覗きこむ。
手を繋ぎ、笑いあいながら歩いている若い男女の画像。
「確かに、監視カメラに映ってたあの2人だな。彼女、人形みたいだ。これは警戒して声も聞かせなくても仕方ないんじゃないか?」
「俺にはわかんねー感覚だな」
「そりゃ、クズにゃわからねーだろうよ」
あの時の彼女の奇妙な態度は何だったのだろうとヒューゴは思う。独占欲が強い、嫉妬深い恋人を怒らせることを恐れていた? いや、もっと他の何かを隠している気がする。彼女の恋人もその「何か」を知っていて協力していたのだ。彼女の名前を教えろと言った時、一瞬彼が恋人の方を見て、恋人の意思を確かめたのを見た。恋人を本当に支配しているのなら、許可など取らない。
ハンター協会で調べたところ、バルク・フロウは魔術師だった。魔術師に用はない。帝都では術は使えない。
直前に彼を除くパーティメンバーを全員失っているが、死んだメンバーのコールリングを協会に届けて抹消登録し、パーティの相続権については放棄していた。また、仲間の遺骨は協会の墓地に埋葬されている。殺しの線は薄そうだ。いい口実だと思ったが。
2人を引き離し、慰めるふりで近づき、距離を縮め、隙を突いて相手のテリトリーに入りこんだら、あとは勝手に自分の手の中に落ちてくるのを待つだけだ。いつものとおり。
オリヴェルは勝手にヒューゴの机の上のプリントアウトを手に取る。
「リコ・ティナ=レイフ・オルトアルヴィル。彼女の方は精霊使いか」
「名前でわかんのか」
「ああ。前の勤務地で、外部委託してた精霊使いのおっさんがセレスアルヴィルっつう名前だった。近くにセレス村って精霊使いの村があってさ」
ヒグマの魔物みたいなむさ苦しいおっさんだったけど、仕事はデキたな、とオリヴェルは回想する。
「ということは、彼女の方はオルト村の精霊使いってことだな」
「そういうことなんだろう。精霊使いは元を辿ればいくつかの家に行き着くらしい。それぞれの家が分家して各地に移り住んで、今に至るんだとかなんとか言ってた」
「精霊使いも、魔術師みたく帝都では術を使えないんだよな?」
「というのが通説だけど、例外はあるのかもな。知らねえ」
オリヴェルは書類をめくる。
彼らの会話が監視カメラに映っていた口の動きから復元されている。
女:いだが食べかけの腐った魂寄越すから、死にかけたうえにずっとお腹空いてたんだよね。もうこれで元気いっぱい
男:いだ。
女:そう。ネクロマンサーのいだ。あいなの腐った魂をたましいくいで殺そうとしたけど、できなかった。逆に自分が死んじゃった。そのせいであたしは食べかけの腐った魂を押しつけられた。ひどいよね。
女:(読唇不能)
男:どこも行かない。お腹いっぱいになったんなら、帰るよ。
女:(読唇不能)
男:それは誰。らいほうしゃ。
女:(読唇不能)
男:どこにいる。近く。
女:(読唇不能)
男:そう。じゃ、帰ろう。
女:(読唇不能)
男:きみの食事には十分付き合った。
途中から女がカメラに背を向けてしまったので、男の発言しかわからない。
「『腐った魂』つうのは、なんなんだろうな。物騒な名前だ」
「精霊使いのテクニカルタームかな。調べたけどわからない。食事、だとか、お腹いっぱいになった、って発言からして、あの女は闇の要素の集中を食ったんだろう。比喩かもしれないけど、俺には、文字どおり闇の要素を取り込んだんじゃないかと思える」
ヒューゴはペンを投げ出すと、椅子の背もたれに深く背中を預けた。
「映像にも、食ってるような素振りがあるんだよな。何してたんだろう。それだけでも知りたい」
「あと、この会話だと、別の何かがいるって話をしてるよな。『どこにいる』って訊いてるし。そいつが闇の要素の集中の元凶なのか?」
オリヴェルも乗ってくる。
「闇の要素の集中を解除できれば、魔物の出現も減るはずなんだよな。と思う。いや減るだろう。減ってくれ」
ヒューゴの口から願望が漏れる。
「フリートの闇の濃度はもう限界だからな。いつ嵐が起こっても不思議じゃない。また死人が出るかもな。憂鬱だ」
数年に一度、フリート駅では「嵐」と呼ばれる、魔物の大量出現が起こっていた。前回は3年前。その時は死者を出してしまった。
「のんびりしてる暇はねーな」
ヒューゴが目をやった壁には、多くの計器がかかっている。円盤は、緑・黄・赤で塗り分けられ、メトロの各駅の闇の要素の濃度を示している。針は、ほとんどが文字盤の赤いエリアにある。その中でも、フリート駅は針が振り切れていて、直ちに闇の要素の過集中を解除しなければならない状況だ。ただ一つ、ラウエ駅の計器の針は緑のエリアにある。
「最悪、セスを呼ぶか。筋肉坊主を」
ヒューゴは頭の後ろで手を組んだ。
「セスが田舎に帰っちまったのは痛かったよな」
「あいつ、魔物に嫌われる素晴らしい体質してやがるからな」
ヒューゴほ白い歯を見せて笑った。
「しかし、フリートはもうヤバイな。ここ半年ほどずっと人を張り付けて対応して、ギリギリ凌いでるけど。根本的な解決にはなってない」
オリヴェルも計器の方を振り向く。
「もう、めんどくせーから軍が持ってる大口径ブラスタでメトロのトンネルごと吹っ飛ばそうぜ」
ヒューゴは長い脚を組んだ。
「そんなわけにいかねーだろ。フリートを吹っ飛ばしたら帝都の交通は完全に麻痺して、経済に影響がありすぎる。連邦も共和国もこれ幸いと干渉してくるだろうし、許可できるわけねえよ」
オリヴェルの言葉に、ヒューゴは面倒臭そうにため息をついた。
「だったら、死人が出るのは仕方ないくらいのこと、はっきり言い切ってくんねーかな」
「無理だろ。オトナにはオトナの事情があるからな。なあ、お前、頑張ってこの2人口説き落としてこい。あ、口説くってのはそういう意味じゃなく」
「やっぱそれしかねーか」
目の上に腕を乗せる。しばらく沈黙した後、勢いよく立ち上がった。
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