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第2部 帝都ローグ篇
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再度メトロに乗り、さっきの場所に逆戻りする。
「ねえ、きみのこと、なんて呼べばいい?」
気怠そうにドアにもたれて腕組みしながら立っている闇に話しかける。
「闇でいいじゃない」
「そういうわけにいかない。風だって、商売に行く時はソアさんって呼び名なんだ」
「じゃあ、リコ」
「それは嫌だ」
即座に拒絶する。ただでさえ見た目がリコである闇の精霊を、その名で呼びたくはなかった。
「なんで」
「きみはリコじゃない」
「面倒くさいなあ。じゃあ、ティナ。リコ・ティナ=レイフ・オルトアルヴィルの、ティナ。これなら文句ないでしょ」
リコの本当の名前を今まで知らなかったことにショックを受けながら、ぎこちなくうなずく。闇はそんなバルクに構うことなく、また黙りこんだ。
メトロが終点の駅に止まる。
「わあ…!」
闇は素敵なものを見た女の子そのものの様子で、嬉しそうに笑う。
「ここってほんと、最高」
プラットホームに降りた途端、闇は地面を蹴って、走る。壁際に立っていたスーツ姿の若い男にいきなり掴みかかる。
「ティナ…!」
約束しただろ、と言いかけたところで気づく。逃げようとした男の身体が半分壁にめり込んでいる。この世のものではないのか。男は恐怖の表情を浮かべて闇の手から必死に逃れようとするが、闇はびくともしない。ジャケットの襟元を掴んで強引に引き寄せると、唇を重ねた。男が大きく目を見開く。その顔が見る間に潤いを失っていき、皺が刻まれていく。人が老いていく様子を早回しで見ているようだ。ミイラのように乾ききり、眼窩にあった眼球はなくなって、ポッカリと穴が開く。闇はカサカサに乾いた男を無造作に投げ捨てた。地面に触れると溶けるように透明になり、崩れて消える。
「あー、おいしい」
闇はうっとりした声で言う。
バルクは上がってきた胃酸を吐きそうになるのを必死に堪えた。空腹だったのは良かったのか悪かったのか。
「今のは?」
「腐った魂。うようよいる。お腹ぺこぺこだけど、食べきれるかな。あー、あんまりリコの力吸うんじゃなかった」
闇はうきうきしている。
闇は次々に腐った魂に襲いかかる。老若男女問わず、人間の姿をしたものはすすり尽くし、人間の姿を留めていないものは、直接齧りつき、喰らい、引き裂いた。吐き気を催す酒池肉林。しかし行き交う人々は全く闇に気づいていないようだった。
(僕にしか見えてない…?)
まあ、こんな有様が見えていたら大騒ぎになっていただろうから、その点だけはありがたい。しかし勘のいい者ならなにか感じているかもしれない。ベンチに腰掛けてそれとなく周囲の人々の様子を窺うが、そんな素振りを見せている者はいなかった。この街では他人に注意を向ける者などいない。
「ふう、お腹いっぱい。残りは取っとく」
上機嫌になった闇がバルクの隣に座る。
「イダが食べかけの腐った魂寄越すから、死にかけたうえにずっとお腹空いてたんだよね。もうこれで元気いっぱい」
「イダ?」
その名前はルーとジーも言っていた。
「そう。ネクロマンサーのイダ。アイナの腐った魂を『魂喰い』で殺そうとしたけど、できなかった。逆に自分が死んじゃった。そのせいであたしは食べかけの腐った魂を押しつけられた。ヒドいよね」
闇はベンチから立ち上がると、陶器のような冷たい手でバルクの手を取って立たせた。
「ねえ、次どこ行く?」
うきうきしながら冷たい腕を絡めてくる。
「どこも行かない。お腹いっぱいになったんなら、帰るよ」
「つまんない。あたし気づいたんだけど、この腐った魂たちにエサやってる奴がいるよ。そいつ食べに行こう? 軽く運動したらまたお腹すくし、ちょうどいいと思うんだ。ああ、想像しただけでおいしそー」
バルクの腕に抱きつき、頬ずりする。
「それは誰? 来訪者?」
「んー、わかんない」
「どこにいる? 近く?」
「ちょっと遠い、かな。見えない。リコに目を塞がれてるから。リコならわかるかも」
「そう。じゃ、帰ろう」
「もー、なんで」
闇はバルクの腕を揺する。
「きみの食事には十分付き合った」
「つまんないつまんないつまんないつまんない」
闇は簡単に納得してくれそうになかった。バルクは仕方なく言う。
「そのうちまた付き合ってあげるから」
「絶対だよ」
口をへの字に曲げる。
「わかったよ」
バルクは闇の前髪をくしゃくしゃと撫でた。闇は頬を膨らませてそっぽを向く。
帰り道も闇はご機嫌にバルクと腕を組んでみたり手を繋いでみたりしていた。
「大都会って、最高だね。あっちこっちで魂が腐ってる」
夕焼けの道をアパルトマンへと歩く。闇は指を絡めて手を繋いだ。決してバルクの体温が移ることのない、冷たい肌。繋いでいるとだんだん温かくなってくるリコの手が恋しかった。さっき触れたのに、もうリコに触れたい。似て非なる者ではなく。
「塔のあたりじゃさ、みんな健康で、魂もそんなに腐らないんだよね。せいぜいちょっと傷んだ魂、くらい。あいつら味がなくて不味い」
「食べかけの腐った魂を押しつけられたってことと、お腹が空くことの繋がりがよくわからないんだけど」
「なんで?」
「『なんで?』」あまりに無邪気な言葉に、思わずオウム返しにする。「僕はきみじゃないからだよ」
「…腐った魂はイダに半分食べられちゃって死にかけだった。その死にかけと融合させられたあたしも力を持ってかれて死にかけた。リコと腐った魂は深いところで強く結びついてる。腐った魂が消える時、リコも死ぬ。死なないためには食べなきゃならないのに、ごはんあんまりいないしさ。リコの力を吸ったって、総量が増えるわけじゃない。自分自身を食べてるのと同じ」
「腐った魂を食べて、闇の要素を取り込んだんだね」
闇はこくこくとうなずく。
「そう。あたしは万全になった。リコも、もう魂のノイズにあてられるようなことはない。あいつ、聖域で会ったあの来訪者だって、今なら殺せる。今度会ったら喰らい尽くしてやる。おいしそう」
口角をきゅっと吊り上げて闇は笑った。
「きみはリコの力を吸ったって言うけど、それでリコは大丈夫なの?」
「いつもは気づかれない程度にやるんだけど、今日はイラついてたからやりすぎちゃって、だいじょばなかった」闇は肩をすくめる。「だからエネルギー切れ起こしてたでしょ」
「どういうこと?」
「力を吸われたり使いすぎたりして魂が持ってる要素が少なくなったら、回復させるのにいちばん手っ取り早いのは、他の魂に触れることだよ。と言っても直接魂に触れることはできないから、魂の境界に触れる。つまり、肉体に」
「…」
「あなたは純度が高い水の魂であり、狼の魂でもある。力と二面性を持つ特殊な魂なのね。普通の人間より安定しててずっとタフだから、リコはあなたに触れたがる。塔の魔物がリコに触れたがるみたいに」
何が起こっているのだろうと思っていたが、そういうことだったのかと納得する。
「じゃあ、きみがお腹いっぱいになって、もうリコはきみに力を吸われる心配はないわけだね?」
「ん、まあ、しばらくはね」
「よかった」
と言いつつ、バルクを求めて必死で縋り付いてくるリコをもう1度見たいと思ってしまい、慌ててその考えを打ち消す。
アパルトマンに戻ると、真っ先にリコの様子を見に行く。闇が言ったとおり、リコはまだ眠っていた。痣は浮かんだままだ。バルクは腰を屈めて、リコの髪をそっと撫でた。
「じゃあ、戻って」
傍に立つ闇に言う。
「なによ、その言い方」
闇は不意にバルクの首に両腕を回すと、強引に引き寄せて唇を重ねた。バルクは驚いて目を見開く。氷のような冷たい唇に鳥肌が立つ。リコに限りなく似ていて、でも決定的に違っている唇。頭が混乱する。
「バルク、あったかいね。好き」
「は?」
闇の意図を図りかねて思わず口に出る。
「『は?』とか言わないでよ。傷つくでしょ」
闇は下唇を突き出す。
「いいから戻って」
混乱しているのを悟られまいと、冷たく突き放す。
「なんなの、もう。することしたらさっさと帰れとか、サイテー。また遊ぼうね」
闇がリコの下腹部に触れると、その姿が一瞬ぶれて、掻き消える。
待ってその言い方、それに被害者はこっちだ、と言う間もなかった。
リコの痣は綺麗に消えていた。バルクはため息をついてベッドに腰掛ける。疲れた。
眠っていたリコがもぞもぞと動く。目を覚ましたようだ。
「よく眠れた?」
〈うん。なにか、不思議な感じ…。ずっと夢見てた〉
リコは顔の前に手のひらをかざすと、しげしげと眺めた。
身体をひねってベッドに手をつき、上半身を起こす。
〈バルク、どうしたの? なんだか疲れてる〉
「ああ、まあね。気疲れかな、どっちか言うと」
リコは膝を折って座り、バルクの方に身を乗り出すと、両手でバルクの顔を包むようにして引き寄せ、柔らかくキスした。バルクも片膝をベッドに乗せてリコの方に身体を向け、両腕でリコの背中を抱き寄せる。
リコだ。温かくて、柔らかくて、いい匂いで、もの静かで。リコ。リコ。恋しかった。やっと会えた。
柔らかく唇を、舌をついばむ。
〈どうしたの? 何があったの?〉
甘えるようなキスに、いつもと違うものを感じる。
「ん…ちょっと…、待って…」
キスの合間に言う。今は、あの冷たい唇の感触を忘れたかった。だんだんキスが深くなる。
唇を離すと、ツ、と2人の舌に一瞬光の橋が架かる。
バルクはため息をついた後、ひと息に言った。
「きみが眠った後、闇の精霊が出てきた」
リコは驚いて目を見開く。
バルクは闇の精霊との一部始終を話した。
「…それで、やっと終わったと思ってたら、闇が急にキスしてきて、好きだって言うんだよ。訳がわからない。ただでさえ振り回されて疲れてたのに、あれでどっと疲れたよ」
バルクは嘆息する。
〈ごめんなさい…〉
リコはしょんぼりと、申し訳なさそうに言う。
「謝る必要ないよ。きみがけしかけてるわけじゃなし。要約すると、きみにそっくりな顔を見ながら、きみがただただ恋しかった、というだけの話」
ああ、お腹空いたな、闇の精霊じゃないけど、と呟きながらバルクは立ち上がった。
「ねえ、きみのこと、なんて呼べばいい?」
気怠そうにドアにもたれて腕組みしながら立っている闇に話しかける。
「闇でいいじゃない」
「そういうわけにいかない。風だって、商売に行く時はソアさんって呼び名なんだ」
「じゃあ、リコ」
「それは嫌だ」
即座に拒絶する。ただでさえ見た目がリコである闇の精霊を、その名で呼びたくはなかった。
「なんで」
「きみはリコじゃない」
「面倒くさいなあ。じゃあ、ティナ。リコ・ティナ=レイフ・オルトアルヴィルの、ティナ。これなら文句ないでしょ」
リコの本当の名前を今まで知らなかったことにショックを受けながら、ぎこちなくうなずく。闇はそんなバルクに構うことなく、また黙りこんだ。
メトロが終点の駅に止まる。
「わあ…!」
闇は素敵なものを見た女の子そのものの様子で、嬉しそうに笑う。
「ここってほんと、最高」
プラットホームに降りた途端、闇は地面を蹴って、走る。壁際に立っていたスーツ姿の若い男にいきなり掴みかかる。
「ティナ…!」
約束しただろ、と言いかけたところで気づく。逃げようとした男の身体が半分壁にめり込んでいる。この世のものではないのか。男は恐怖の表情を浮かべて闇の手から必死に逃れようとするが、闇はびくともしない。ジャケットの襟元を掴んで強引に引き寄せると、唇を重ねた。男が大きく目を見開く。その顔が見る間に潤いを失っていき、皺が刻まれていく。人が老いていく様子を早回しで見ているようだ。ミイラのように乾ききり、眼窩にあった眼球はなくなって、ポッカリと穴が開く。闇はカサカサに乾いた男を無造作に投げ捨てた。地面に触れると溶けるように透明になり、崩れて消える。
「あー、おいしい」
闇はうっとりした声で言う。
バルクは上がってきた胃酸を吐きそうになるのを必死に堪えた。空腹だったのは良かったのか悪かったのか。
「今のは?」
「腐った魂。うようよいる。お腹ぺこぺこだけど、食べきれるかな。あー、あんまりリコの力吸うんじゃなかった」
闇はうきうきしている。
闇は次々に腐った魂に襲いかかる。老若男女問わず、人間の姿をしたものはすすり尽くし、人間の姿を留めていないものは、直接齧りつき、喰らい、引き裂いた。吐き気を催す酒池肉林。しかし行き交う人々は全く闇に気づいていないようだった。
(僕にしか見えてない…?)
まあ、こんな有様が見えていたら大騒ぎになっていただろうから、その点だけはありがたい。しかし勘のいい者ならなにか感じているかもしれない。ベンチに腰掛けてそれとなく周囲の人々の様子を窺うが、そんな素振りを見せている者はいなかった。この街では他人に注意を向ける者などいない。
「ふう、お腹いっぱい。残りは取っとく」
上機嫌になった闇がバルクの隣に座る。
「イダが食べかけの腐った魂寄越すから、死にかけたうえにずっとお腹空いてたんだよね。もうこれで元気いっぱい」
「イダ?」
その名前はルーとジーも言っていた。
「そう。ネクロマンサーのイダ。アイナの腐った魂を『魂喰い』で殺そうとしたけど、できなかった。逆に自分が死んじゃった。そのせいであたしは食べかけの腐った魂を押しつけられた。ヒドいよね」
闇はベンチから立ち上がると、陶器のような冷たい手でバルクの手を取って立たせた。
「ねえ、次どこ行く?」
うきうきしながら冷たい腕を絡めてくる。
「どこも行かない。お腹いっぱいになったんなら、帰るよ」
「つまんない。あたし気づいたんだけど、この腐った魂たちにエサやってる奴がいるよ。そいつ食べに行こう? 軽く運動したらまたお腹すくし、ちょうどいいと思うんだ。ああ、想像しただけでおいしそー」
バルクの腕に抱きつき、頬ずりする。
「それは誰? 来訪者?」
「んー、わかんない」
「どこにいる? 近く?」
「ちょっと遠い、かな。見えない。リコに目を塞がれてるから。リコならわかるかも」
「そう。じゃ、帰ろう」
「もー、なんで」
闇はバルクの腕を揺する。
「きみの食事には十分付き合った」
「つまんないつまんないつまんないつまんない」
闇は簡単に納得してくれそうになかった。バルクは仕方なく言う。
「そのうちまた付き合ってあげるから」
「絶対だよ」
口をへの字に曲げる。
「わかったよ」
バルクは闇の前髪をくしゃくしゃと撫でた。闇は頬を膨らませてそっぽを向く。
帰り道も闇はご機嫌にバルクと腕を組んでみたり手を繋いでみたりしていた。
「大都会って、最高だね。あっちこっちで魂が腐ってる」
夕焼けの道をアパルトマンへと歩く。闇は指を絡めて手を繋いだ。決してバルクの体温が移ることのない、冷たい肌。繋いでいるとだんだん温かくなってくるリコの手が恋しかった。さっき触れたのに、もうリコに触れたい。似て非なる者ではなく。
「塔のあたりじゃさ、みんな健康で、魂もそんなに腐らないんだよね。せいぜいちょっと傷んだ魂、くらい。あいつら味がなくて不味い」
「食べかけの腐った魂を押しつけられたってことと、お腹が空くことの繋がりがよくわからないんだけど」
「なんで?」
「『なんで?』」あまりに無邪気な言葉に、思わずオウム返しにする。「僕はきみじゃないからだよ」
「…腐った魂はイダに半分食べられちゃって死にかけだった。その死にかけと融合させられたあたしも力を持ってかれて死にかけた。リコと腐った魂は深いところで強く結びついてる。腐った魂が消える時、リコも死ぬ。死なないためには食べなきゃならないのに、ごはんあんまりいないしさ。リコの力を吸ったって、総量が増えるわけじゃない。自分自身を食べてるのと同じ」
「腐った魂を食べて、闇の要素を取り込んだんだね」
闇はこくこくとうなずく。
「そう。あたしは万全になった。リコも、もう魂のノイズにあてられるようなことはない。あいつ、聖域で会ったあの来訪者だって、今なら殺せる。今度会ったら喰らい尽くしてやる。おいしそう」
口角をきゅっと吊り上げて闇は笑った。
「きみはリコの力を吸ったって言うけど、それでリコは大丈夫なの?」
「いつもは気づかれない程度にやるんだけど、今日はイラついてたからやりすぎちゃって、だいじょばなかった」闇は肩をすくめる。「だからエネルギー切れ起こしてたでしょ」
「どういうこと?」
「力を吸われたり使いすぎたりして魂が持ってる要素が少なくなったら、回復させるのにいちばん手っ取り早いのは、他の魂に触れることだよ。と言っても直接魂に触れることはできないから、魂の境界に触れる。つまり、肉体に」
「…」
「あなたは純度が高い水の魂であり、狼の魂でもある。力と二面性を持つ特殊な魂なのね。普通の人間より安定しててずっとタフだから、リコはあなたに触れたがる。塔の魔物がリコに触れたがるみたいに」
何が起こっているのだろうと思っていたが、そういうことだったのかと納得する。
「じゃあ、きみがお腹いっぱいになって、もうリコはきみに力を吸われる心配はないわけだね?」
「ん、まあ、しばらくはね」
「よかった」
と言いつつ、バルクを求めて必死で縋り付いてくるリコをもう1度見たいと思ってしまい、慌ててその考えを打ち消す。
アパルトマンに戻ると、真っ先にリコの様子を見に行く。闇が言ったとおり、リコはまだ眠っていた。痣は浮かんだままだ。バルクは腰を屈めて、リコの髪をそっと撫でた。
「じゃあ、戻って」
傍に立つ闇に言う。
「なによ、その言い方」
闇は不意にバルクの首に両腕を回すと、強引に引き寄せて唇を重ねた。バルクは驚いて目を見開く。氷のような冷たい唇に鳥肌が立つ。リコに限りなく似ていて、でも決定的に違っている唇。頭が混乱する。
「バルク、あったかいね。好き」
「は?」
闇の意図を図りかねて思わず口に出る。
「『は?』とか言わないでよ。傷つくでしょ」
闇は下唇を突き出す。
「いいから戻って」
混乱しているのを悟られまいと、冷たく突き放す。
「なんなの、もう。することしたらさっさと帰れとか、サイテー。また遊ぼうね」
闇がリコの下腹部に触れると、その姿が一瞬ぶれて、掻き消える。
待ってその言い方、それに被害者はこっちだ、と言う間もなかった。
リコの痣は綺麗に消えていた。バルクはため息をついてベッドに腰掛ける。疲れた。
眠っていたリコがもぞもぞと動く。目を覚ましたようだ。
「よく眠れた?」
〈うん。なにか、不思議な感じ…。ずっと夢見てた〉
リコは顔の前に手のひらをかざすと、しげしげと眺めた。
身体をひねってベッドに手をつき、上半身を起こす。
〈バルク、どうしたの? なんだか疲れてる〉
「ああ、まあね。気疲れかな、どっちか言うと」
リコは膝を折って座り、バルクの方に身を乗り出すと、両手でバルクの顔を包むようにして引き寄せ、柔らかくキスした。バルクも片膝をベッドに乗せてリコの方に身体を向け、両腕でリコの背中を抱き寄せる。
リコだ。温かくて、柔らかくて、いい匂いで、もの静かで。リコ。リコ。恋しかった。やっと会えた。
柔らかく唇を、舌をついばむ。
〈どうしたの? 何があったの?〉
甘えるようなキスに、いつもと違うものを感じる。
「ん…ちょっと…、待って…」
キスの合間に言う。今は、あの冷たい唇の感触を忘れたかった。だんだんキスが深くなる。
唇を離すと、ツ、と2人の舌に一瞬光の橋が架かる。
バルクはため息をついた後、ひと息に言った。
「きみが眠った後、闇の精霊が出てきた」
リコは驚いて目を見開く。
バルクは闇の精霊との一部始終を話した。
「…それで、やっと終わったと思ってたら、闇が急にキスしてきて、好きだって言うんだよ。訳がわからない。ただでさえ振り回されて疲れてたのに、あれでどっと疲れたよ」
バルクは嘆息する。
〈ごめんなさい…〉
リコはしょんぼりと、申し訳なさそうに言う。
「謝る必要ないよ。きみがけしかけてるわけじゃなし。要約すると、きみにそっくりな顔を見ながら、きみがただただ恋しかった、というだけの話」
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