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塔に戻ると、広間のそこここから蒸気が上がっていて、戦闘の形跡があった。
魔物たちがリコとバルクに気づいて集まってくる。
〈みんな…!〉
リコはあっという間に魔物に囲まれる。
「バルク!」
「ルー、無事だったんだね。良かった」
「バルク、戻ってきてくれて嬉しい」
バルクは石の床に膝をついて、ルーと抱き合って再会を喜んだ。
「ここにも魔物が来たんだね」
「大変だった。大騒ぎだったんだよ」
ルーはその場でぴょんぴょん跳ねた。
「ここは、聖域と地下の水脈で繋がってるんだ。神獣に煽られた魔物たちがこっちにも流れてきた」
ジュイユがやってきた。
「封印は成功したようだな。ピタッと魔物の発生が止まったんでわかったよ。泉の様子を見てくる。ドラゴンに頼んだので、間違いはないと思うが」
「僕も行きます」
「いや、いいよ。お前さんは休んでいな」
話しながら扉を出ると、ちょうどドラゴンが戻ってきた。
「よう。首尾よく行ったな」
ドラゴンはバルクを見て言った。
「泉はどうだった」
ジュイユが尋ねる。
「ああ、泉の精霊たちと森のフレイマと沸いてきた魔物の三つ巴になってたんで、水ぶっかけといたぜ。それでいいんだろ?」
「魔物が人里に流れて行かなけりゃ、なんでもいい」
(泉の精霊にドラゴンが怖がられてる理由がわかる…)
「しかし、よく闇の来訪者を追い払ったな」
ドラゴンはバルクを見た。
「僕は何もしてない。やったのはリコだ。正確には、闇の精霊かな」
「闇の精霊でも来訪者を倒すまではできなんだか」
「最後は闇の来訪者が逃げた形だったので、とことんまで戦っていたら、どうだったでしょうか。しかし…、あの、闇の精霊は、なんなんですか。見た目はリコそのものだった」
「あれは、リコの母だよ」
ジュイユが答える。
「正確には、リコの母だった女の、闇に侵されて狂い、腐った魂だ」
「母を宿した娘、と闇の来訪者が言っていたのは…」
「…リコは、母の魂を封印することを拒んだ。その代わりに、自分の中に受け入れ、自身の魂と結合させた。結果、闇の精霊はリコの母の姿を取ることになった」
「闇の来訪者は、声を与える代わりに光を奪っている、とも言っていました」
「そこまで見抜かれていたか…。いずれにせよ、リコと闇の来訪者は、もう一度会わねばならんのだろうな」
ジュイユはため息をついた。
塔の中では魔物たちが後片付けに動き始めていた。四体の精霊たちも手伝っている。
「よりによって水の配管ぶっ潰しやがった」
骸骨シェフが水に言っている。
「給排水設備がやられたのは厄介ですねぇ。これは、人間の技術者を呼んだほうがいいかもしれません。下水道との接続の関係もありますし」
「こんなとこに来てくれる水道屋、いるか?」
シェフが言う。
「待って、設備全替えとかになったら、お金が足りないんだけど!?」風が頭を抱える。「割賦って頼めるのかなー」
「無理でしょう。我々には信用ってものがありませんからね。それよりも、質に入れられそうなものを探したほうが早いと思いますよ」
「…そんなものがあるならね」
「まあ、最後の手段としては、出稼ぎですかね」
「出稼ぎ?」
「ほら、今回のことで、我々はそれなりにデキるってことがわかったじゃないですか」
「ジェムハンターになろうっての?」
「精霊使いたちと同じことをするまでですよ」
「まあ、最後の最後にはそれしかないのかな…。野菜売ってもたかが知れてるし…」
「野菜作りも悪くありませんけどね。なにせこちらは人件費がかからないという強みがありますから。ただ、すぐに先立つものがほしいとなると」
「…まず、まずは見積もり取ってもらおう。資金繰りはそれから考える。ラシルラに水道屋さんっているのかな」
「おっ、今思いついたけど、精霊使いの村経由で水道屋紹介してもらえねえかな? あそこだって時々トイレ詰まるんだろ? あそこに行けりゃ、こっちだって大丈夫だ。俺たち、隠れてるからよ」
シェフが言う。
「トイレがどれくらいの頻度で詰まるかは知らないけど、それはアリね…。ここは登記上は、精霊使いの村の共同設備ってことになってるし、村経由で水道屋さんを頼んだっておかしくはない。ついでにお金貸してもらえないかな」
「村と友好的な関係ならともかく、こんな時だけ金貸してくれって、それは面白すぎるでしょう」
「そっか、ちくしょう…。もっと愛想良くしてれば。でも、おじーちゃん嫌いなんだよね。水はその点大丈夫なんだろうけどさ」
「え? 私も嫌いですけど? 少なくとも、リコが寂しく思っているらしいことに腹を立てている程度には嫌いです」
「めっちゃ嫌いじゃん」
「ジュイユに行ってもらいましょう。彼の話なら族長も無碍にはしないでしょう」
「貸しも作ったしね」
「彼らが借りと思ってくれるかは疑問ですけど、まあ、ちょっとばかり感謝されてしかるべきですね。リコは守護者としての務めを果たしました」
「そうだよね」風は何度かうなずくと、声を張り上げた。「ジュイユ、いるー!?」
「なんだ、呼ばれてるな」
ジュイユは扉の方を振り返った。ドラゴンは去った後だった。
「ここにいるぞ。どうした?」
風がやってくる。
「乱入してきた魔物が塔の水道管壊しちゃってさ。水が送れないんだよね。応急処置はしたんだけど、水道屋さん呼んだほうがいいだろうって話になって。それで、お願いなんだけど、村に出入りしてる水道屋さんいたら、紹介してもらえないかって、おじーちゃんに頼んでもらいたいなー、なんて」
「お前さんたちはすぐそうやって苦手な仕事を私に押し付けるな」
「私たちが言っても聞いてもらえないかもだから。ね?」
「わかったよ。しかし、そんな金あるのか? 人間を動かすには金がいるぞ」
「ジェムハンターでもなんでもして稼いでくる」
「あ、それなら」
バルクはコールリングのコレクタを起動させる。自動でジェムを収集する装置だ。
「どれくらい集まるかと思ってオンにしてたんだけど、かなりあるみたいだ。足しにして」
出してみると、あっという間にジェムの小山ができる。
「うわ、思ったよりすごい。かなりの金額になるよ。もしかしたら、これで修理代が賄えるかも」
「最高!! 好き!!」
風はバルクに抱きついた。
「…ハンター協会で換金してくる。その方がレートもいいし」
さりげなく風を引きはがして、ジェムをしまう。
「ジュイユ、すぐに行ってきてよ」
「調子のいい奴だな」
ジュイユは面倒くさそうに言う。
「様子伺いだとか、言い訳はなんだっていいじゃん。行ってきてよ」
「あ、あと、聖域の天井に大穴開けちゃってすみませんって…」
「まったく、面倒な仕事は全部私に押しつけおって。どうしようもない奴らだ」
ジュイユはブツブツ言いながら姿を消した。離脱で村に行ったのだろう。
リコは石の床に座って、傷ついた魔物を癒していた。僧侶の治癒法に似ているが、治癒できる対象は魔物のみだ。
「ありがとう、リコ」
痛々しく皮膚が裂けたクモが言う。
〈頑張ったね。もう大丈夫〉
傷口の上に手をかざすと、黒いレースの手袋をはめたように靄で包まれる。黒い靄は、傷口の上に流れてゆき、傷口を覆った。見る間に傷が塞がっていく。
まだまだ魔物の列は終わらなかった。ある者は傷を癒してもらい、ある者は単にリコとハグして、それぞれの持ち場に戻っていった。
魔物たちの人海戦術で、塔の内部はすぐに片付いた。どうやら、魔物が地下の水路から現れることは分かっていたようで、大半は塔の外に追い出し、ジュイユが倒したということを、バルクは片付けを手伝いながら聞いた。一部、追い出しきれなかった魔物に水道設備を破壊されたが、被害としては最小限に留めたと言っていいだろう。
「俺のお気に入りの皿が割れちまって悲しいよ」
シェフは割れてしまった陶器を集めた木箱を見ながら言う。
「似たようなものがあるといいんだけど」
バルクももう一箱、割れた陶器が詰まった木箱を抱えていた。
塔の裏にゴミ置き場が設けてあり、そこに箱を置く。
「あとは、土の気が向いたときに片付けてもらうんで大丈夫だ。ありがとうな」
「このくらい、なんでもないよ」
リコの前の魔物の列は、残り三体になっていた。
ゴーストとミイラとムカデだ。
リコは最後に残った彼らも、初めてそうするように傷を癒し、抱きしめた。
バルクはずっとその様子を見ていた。最後の魔物が戻っていったタイミングで、リコに声をかける。
「リコ、そろそろ休んだ方がいいよ」
リコはバルクの言葉に立ち上がったが、しばらく動かずに目を閉じてじっとしている。
「大丈夫?」
バルクはそっとリコの肩を抱いた。
〈大丈夫。立ちくらみがしただけ〉
「そうだ。水、火とふたりで、リコのためにシャワーを出してあげてほしいんだよ。できるかな」
水が傍に現れる。
「わかりました。バルク、あなたも休んだ方がいいですよ。リコの部屋とあなたの部屋の二つくらいなら、なんとかなるでしょうから」
「ありがとう」
バルクはリコを抱き上げると、リコの寝室に直接「離脱」した。
「水と火がシャワー出してくれるから、まずさっぱりして、ちょっと休んだ方がいいよ」
〈ありがとう…〉
リコは疲労を隠せない様子で、バルクに身体を預けている。バルクはリコをベッドに寝かせた。
「待ってて」
リコは目を閉じたまま頷いた。ただでさえ色が白いのに、血色を失って青ざめて見える。バルクは親指でそっとリコの頬を撫でた。
水が請けあったとおり、蛇口からはちゃんと湯が出た。
バスタブに湯を溜めながら、服を脱ぐ。血染めになったシャツを着たままだったことに今更気づく。
リコはさっき寝かせたのと同じ姿勢で力なく横になっていた。リコのコートを取ってやり、ブーツを脱がせ、続けて服を脱がせてゆく。リコは薄く目を開けてバルクを見たが、されるに任せた。
「おいで」
リコは力なくバルクの首に腕を回した。肩に触れた指先が氷のように冷たい。
バルクはリコを抱いたまま、バスタブに身体を浸した。
〈あったかい…〉
しばらくそうしていると、ようやくリコの頬に血色が戻ってきた。
〈バルクとこうしてるの、気持ちいい…すごく…〉
身体をねじって、横向きにバルクの膝に座る。上半身をバルクの方に向けると、ぴったりと身体を寄せ、背中に腕を回す。目を閉じて、肩に頭をもたせかける。
「本当によく頑張ったね」
バルクは頭を撫で、髪を梳いた。
「神獣をちゃんと封印しただけじゃなく、僕のことも救ってくれた。ありがとう。きみがこんなに勇気があるなんて、知らなかったよ」
リコは目を閉じたまま嬉しそうに笑った。バルクも両腕でリコを抱く。
(あ…)
腰に硬いものが押し当てられる形になって、リコは目を開くと、バルクの顔を見上げた。バルクは気遣わしげな視線の意味に気づいて、笑った。
「きみとこうしてると、どうしても」
リコは浮力を使ってくるりと身体の向きを変えると、膝立ちになって唇を重ねる。
「ん…」
バルクは眉を寄せた。舌が絡み合って、くちゅくちゅと音を立てる。
「待って、リコ…これ以上…」
キスの合間に喘ぐように言う。
リコはハッと唇を離した。
〈ごめんなさい…〉
「これ以上こうしてると、我慢が利かなくなっちゃうから」バルクはリコの髪を指で梳いた。「こんなに疲れてるのに、無理やりするような真似したくないからさ」
リコはふるふると首を振ると、髪を梳いているバルクの手を取って、自分の胸に押し当てた。
〈わたしが、さわってほしいの…〉
バルクはもう片方の腕で素早くリコを抱き寄せると、唇を貪る。息ができなくなるような激しいキスだった。
「泣いても何言ってもやめないからね」
バルクはリコを抱き上げるとバスタブを出た。水滴がザッと石の床に落ちて跳ねる。
浅い微睡から醒めて、バルクは身体を起こす。まだ眠っているリコの頬をそっと撫で、ベッドから立ち上がった。
寝室のバルコニーに出る。夕方の風が心地いい。
(魔物たちのお誕生日パーティーは、明日に持ち越しかな…)
部屋を振り返る。リコは微動だにせず、ぐっすり眠っていた。
タイミングよくドアがノックされた。
「リコ、バルク、いる?」
ジーの声だ。バルクはドアを開けた。
「リコは?」
「眠ってる。疲れたみたい」
(半分は僕のせいなんだけど)
「食事、向こうのテーブルに用意してるから食べてね。リコにも言ってあげて」
「ありがとう」
言われてみれば、まともに食事を取っていなかった。今さら空腹を覚える。
ジーは下着しか身につけていないバルクを見ても、眠っている半裸のリコを見ても、何も言わなかった。気にしていないのか気を遣われているのかはわからないが、おそらく後者だろうとバルクは思う。
「そうだ、ジー。ちょっと聞きたいんだけど…」
魔物たちがリコとバルクに気づいて集まってくる。
〈みんな…!〉
リコはあっという間に魔物に囲まれる。
「バルク!」
「ルー、無事だったんだね。良かった」
「バルク、戻ってきてくれて嬉しい」
バルクは石の床に膝をついて、ルーと抱き合って再会を喜んだ。
「ここにも魔物が来たんだね」
「大変だった。大騒ぎだったんだよ」
ルーはその場でぴょんぴょん跳ねた。
「ここは、聖域と地下の水脈で繋がってるんだ。神獣に煽られた魔物たちがこっちにも流れてきた」
ジュイユがやってきた。
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「いや、いいよ。お前さんは休んでいな」
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「泉はどうだった」
ジュイユが尋ねる。
「ああ、泉の精霊たちと森のフレイマと沸いてきた魔物の三つ巴になってたんで、水ぶっかけといたぜ。それでいいんだろ?」
「魔物が人里に流れて行かなけりゃ、なんでもいい」
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ドラゴンはバルクを見た。
「僕は何もしてない。やったのはリコだ。正確には、闇の精霊かな」
「闇の精霊でも来訪者を倒すまではできなんだか」
「最後は闇の来訪者が逃げた形だったので、とことんまで戦っていたら、どうだったでしょうか。しかし…、あの、闇の精霊は、なんなんですか。見た目はリコそのものだった」
「あれは、リコの母だよ」
ジュイユが答える。
「正確には、リコの母だった女の、闇に侵されて狂い、腐った魂だ」
「母を宿した娘、と闇の来訪者が言っていたのは…」
「…リコは、母の魂を封印することを拒んだ。その代わりに、自分の中に受け入れ、自身の魂と結合させた。結果、闇の精霊はリコの母の姿を取ることになった」
「闇の来訪者は、声を与える代わりに光を奪っている、とも言っていました」
「そこまで見抜かれていたか…。いずれにせよ、リコと闇の来訪者は、もう一度会わねばならんのだろうな」
ジュイユはため息をついた。
塔の中では魔物たちが後片付けに動き始めていた。四体の精霊たちも手伝っている。
「よりによって水の配管ぶっ潰しやがった」
骸骨シェフが水に言っている。
「給排水設備がやられたのは厄介ですねぇ。これは、人間の技術者を呼んだほうがいいかもしれません。下水道との接続の関係もありますし」
「こんなとこに来てくれる水道屋、いるか?」
シェフが言う。
「待って、設備全替えとかになったら、お金が足りないんだけど!?」風が頭を抱える。「割賦って頼めるのかなー」
「無理でしょう。我々には信用ってものがありませんからね。それよりも、質に入れられそうなものを探したほうが早いと思いますよ」
「…そんなものがあるならね」
「まあ、最後の手段としては、出稼ぎですかね」
「出稼ぎ?」
「ほら、今回のことで、我々はそれなりにデキるってことがわかったじゃないですか」
「ジェムハンターになろうっての?」
「精霊使いたちと同じことをするまでですよ」
「まあ、最後の最後にはそれしかないのかな…。野菜売ってもたかが知れてるし…」
「野菜作りも悪くありませんけどね。なにせこちらは人件費がかからないという強みがありますから。ただ、すぐに先立つものがほしいとなると」
「…まず、まずは見積もり取ってもらおう。資金繰りはそれから考える。ラシルラに水道屋さんっているのかな」
「おっ、今思いついたけど、精霊使いの村経由で水道屋紹介してもらえねえかな? あそこだって時々トイレ詰まるんだろ? あそこに行けりゃ、こっちだって大丈夫だ。俺たち、隠れてるからよ」
シェフが言う。
「トイレがどれくらいの頻度で詰まるかは知らないけど、それはアリね…。ここは登記上は、精霊使いの村の共同設備ってことになってるし、村経由で水道屋さんを頼んだっておかしくはない。ついでにお金貸してもらえないかな」
「村と友好的な関係ならともかく、こんな時だけ金貸してくれって、それは面白すぎるでしょう」
「そっか、ちくしょう…。もっと愛想良くしてれば。でも、おじーちゃん嫌いなんだよね。水はその点大丈夫なんだろうけどさ」
「え? 私も嫌いですけど? 少なくとも、リコが寂しく思っているらしいことに腹を立てている程度には嫌いです」
「めっちゃ嫌いじゃん」
「ジュイユに行ってもらいましょう。彼の話なら族長も無碍にはしないでしょう」
「貸しも作ったしね」
「彼らが借りと思ってくれるかは疑問ですけど、まあ、ちょっとばかり感謝されてしかるべきですね。リコは守護者としての務めを果たしました」
「そうだよね」風は何度かうなずくと、声を張り上げた。「ジュイユ、いるー!?」
「なんだ、呼ばれてるな」
ジュイユは扉の方を振り返った。ドラゴンは去った後だった。
「ここにいるぞ。どうした?」
風がやってくる。
「乱入してきた魔物が塔の水道管壊しちゃってさ。水が送れないんだよね。応急処置はしたんだけど、水道屋さん呼んだほうがいいだろうって話になって。それで、お願いなんだけど、村に出入りしてる水道屋さんいたら、紹介してもらえないかって、おじーちゃんに頼んでもらいたいなー、なんて」
「お前さんたちはすぐそうやって苦手な仕事を私に押し付けるな」
「私たちが言っても聞いてもらえないかもだから。ね?」
「わかったよ。しかし、そんな金あるのか? 人間を動かすには金がいるぞ」
「ジェムハンターでもなんでもして稼いでくる」
「あ、それなら」
バルクはコールリングのコレクタを起動させる。自動でジェムを収集する装置だ。
「どれくらい集まるかと思ってオンにしてたんだけど、かなりあるみたいだ。足しにして」
出してみると、あっという間にジェムの小山ができる。
「うわ、思ったよりすごい。かなりの金額になるよ。もしかしたら、これで修理代が賄えるかも」
「最高!! 好き!!」
風はバルクに抱きついた。
「…ハンター協会で換金してくる。その方がレートもいいし」
さりげなく風を引きはがして、ジェムをしまう。
「ジュイユ、すぐに行ってきてよ」
「調子のいい奴だな」
ジュイユは面倒くさそうに言う。
「様子伺いだとか、言い訳はなんだっていいじゃん。行ってきてよ」
「あ、あと、聖域の天井に大穴開けちゃってすみませんって…」
「まったく、面倒な仕事は全部私に押しつけおって。どうしようもない奴らだ」
ジュイユはブツブツ言いながら姿を消した。離脱で村に行ったのだろう。
リコは石の床に座って、傷ついた魔物を癒していた。僧侶の治癒法に似ているが、治癒できる対象は魔物のみだ。
「ありがとう、リコ」
痛々しく皮膚が裂けたクモが言う。
〈頑張ったね。もう大丈夫〉
傷口の上に手をかざすと、黒いレースの手袋をはめたように靄で包まれる。黒い靄は、傷口の上に流れてゆき、傷口を覆った。見る間に傷が塞がっていく。
まだまだ魔物の列は終わらなかった。ある者は傷を癒してもらい、ある者は単にリコとハグして、それぞれの持ち場に戻っていった。
魔物たちの人海戦術で、塔の内部はすぐに片付いた。どうやら、魔物が地下の水路から現れることは分かっていたようで、大半は塔の外に追い出し、ジュイユが倒したということを、バルクは片付けを手伝いながら聞いた。一部、追い出しきれなかった魔物に水道設備を破壊されたが、被害としては最小限に留めたと言っていいだろう。
「俺のお気に入りの皿が割れちまって悲しいよ」
シェフは割れてしまった陶器を集めた木箱を見ながら言う。
「似たようなものがあるといいんだけど」
バルクももう一箱、割れた陶器が詰まった木箱を抱えていた。
塔の裏にゴミ置き場が設けてあり、そこに箱を置く。
「あとは、土の気が向いたときに片付けてもらうんで大丈夫だ。ありがとうな」
「このくらい、なんでもないよ」
リコの前の魔物の列は、残り三体になっていた。
ゴーストとミイラとムカデだ。
リコは最後に残った彼らも、初めてそうするように傷を癒し、抱きしめた。
バルクはずっとその様子を見ていた。最後の魔物が戻っていったタイミングで、リコに声をかける。
「リコ、そろそろ休んだ方がいいよ」
リコはバルクの言葉に立ち上がったが、しばらく動かずに目を閉じてじっとしている。
「大丈夫?」
バルクはそっとリコの肩を抱いた。
〈大丈夫。立ちくらみがしただけ〉
「そうだ。水、火とふたりで、リコのためにシャワーを出してあげてほしいんだよ。できるかな」
水が傍に現れる。
「わかりました。バルク、あなたも休んだ方がいいですよ。リコの部屋とあなたの部屋の二つくらいなら、なんとかなるでしょうから」
「ありがとう」
バルクはリコを抱き上げると、リコの寝室に直接「離脱」した。
「水と火がシャワー出してくれるから、まずさっぱりして、ちょっと休んだ方がいいよ」
〈ありがとう…〉
リコは疲労を隠せない様子で、バルクに身体を預けている。バルクはリコをベッドに寝かせた。
「待ってて」
リコは目を閉じたまま頷いた。ただでさえ色が白いのに、血色を失って青ざめて見える。バルクは親指でそっとリコの頬を撫でた。
水が請けあったとおり、蛇口からはちゃんと湯が出た。
バスタブに湯を溜めながら、服を脱ぐ。血染めになったシャツを着たままだったことに今更気づく。
リコはさっき寝かせたのと同じ姿勢で力なく横になっていた。リコのコートを取ってやり、ブーツを脱がせ、続けて服を脱がせてゆく。リコは薄く目を開けてバルクを見たが、されるに任せた。
「おいで」
リコは力なくバルクの首に腕を回した。肩に触れた指先が氷のように冷たい。
バルクはリコを抱いたまま、バスタブに身体を浸した。
〈あったかい…〉
しばらくそうしていると、ようやくリコの頬に血色が戻ってきた。
〈バルクとこうしてるの、気持ちいい…すごく…〉
身体をねじって、横向きにバルクの膝に座る。上半身をバルクの方に向けると、ぴったりと身体を寄せ、背中に腕を回す。目を閉じて、肩に頭をもたせかける。
「本当によく頑張ったね」
バルクは頭を撫で、髪を梳いた。
「神獣をちゃんと封印しただけじゃなく、僕のことも救ってくれた。ありがとう。きみがこんなに勇気があるなんて、知らなかったよ」
リコは目を閉じたまま嬉しそうに笑った。バルクも両腕でリコを抱く。
(あ…)
腰に硬いものが押し当てられる形になって、リコは目を開くと、バルクの顔を見上げた。バルクは気遣わしげな視線の意味に気づいて、笑った。
「きみとこうしてると、どうしても」
リコは浮力を使ってくるりと身体の向きを変えると、膝立ちになって唇を重ねる。
「ん…」
バルクは眉を寄せた。舌が絡み合って、くちゅくちゅと音を立てる。
「待って、リコ…これ以上…」
キスの合間に喘ぐように言う。
リコはハッと唇を離した。
〈ごめんなさい…〉
「これ以上こうしてると、我慢が利かなくなっちゃうから」バルクはリコの髪を指で梳いた。「こんなに疲れてるのに、無理やりするような真似したくないからさ」
リコはふるふると首を振ると、髪を梳いているバルクの手を取って、自分の胸に押し当てた。
〈わたしが、さわってほしいの…〉
バルクはもう片方の腕で素早くリコを抱き寄せると、唇を貪る。息ができなくなるような激しいキスだった。
「泣いても何言ってもやめないからね」
バルクはリコを抱き上げるとバスタブを出た。水滴がザッと石の床に落ちて跳ねる。
浅い微睡から醒めて、バルクは身体を起こす。まだ眠っているリコの頬をそっと撫で、ベッドから立ち上がった。
寝室のバルコニーに出る。夕方の風が心地いい。
(魔物たちのお誕生日パーティーは、明日に持ち越しかな…)
部屋を振り返る。リコは微動だにせず、ぐっすり眠っていた。
タイミングよくドアがノックされた。
「リコ、バルク、いる?」
ジーの声だ。バルクはドアを開けた。
「リコは?」
「眠ってる。疲れたみたい」
(半分は僕のせいなんだけど)
「食事、向こうのテーブルに用意してるから食べてね。リコにも言ってあげて」
「ありがとう」
言われてみれば、まともに食事を取っていなかった。今さら空腹を覚える。
ジーは下着しか身につけていないバルクを見ても、眠っている半裸のリコを見ても、何も言わなかった。気にしていないのか気を遣われているのかはわからないが、おそらく後者だろうとバルクは思う。
「そうだ、ジー。ちょっと聞きたいんだけど…」
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なにがなんだか分からない眼鏡の女子高生と陸を見た姫はにこやかに口を開く。
『あなた達はなんですか? 自分が召喚したのは二人だけなのに』
そう言い放つと城から追い出そうとする姫。
そこで男女の高校生は残った女生徒は幼馴染だと言い、自分と一緒に行こうと提案。
残された陸は慣れた感じで城を出て行くことに決めた。
「さて、久しぶりの異世界だが……前と違う世界みたいだな」
陸はしがないただのサラリーマン。
しかしその実態は過去に異世界へ旅立ったことのある経歴を持つ男だった。
今度も魔王がいるのかとため息を吐きながら、陸は以前手に入れた力を駆使し異世界へと足を踏み出す――
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