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【第一章】家出少女

希望

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 ライリとレインはライリが住んでいる建物に着いた。
 街の中心部にそびえる巨大な壁に囲まれた一際大きな建物。
 この国の王族が住む城。
 巨大な門をくぐり抜け城内へ入っていく。

 ライリはこの国の第三王女。
 レインはライリに仕える侍女であった。
 ライリの家出に対して、レインが指揮をとっていたため城内はライリとレインが戻ってきてもそれほど騒がしくはなかった。
 それどころかレインの計らいにより門を守る護衛士以外、二人は誰かに顔を合わせることがなかった。

 広い廊下を二人っきりでゆっくり歩いて行く。
 ライリは廊下の壁に等間隔に設置されている大きな窓から見える外の景色をぼんやりと眺めていた。
 レインはライリの様子を見ながらも何も声をかけられなかった。

 やがて、ライリの寝室にたどり着くとレインがゆっくり扉を開き、ライリはうつむき加減で部屋へ入った。
 レインはそれを確認し、辺りの様子に気を配りながら部屋へ入り静かに扉を閉めた。
 ライリはレインのことを見ること無く、窓際まで歩き、そばに設置されている小さいテーブル付きの椅子に座りぼんやりと外を眺めだした。
 レインは扉の前で立ち止まり、ため息をついた。

「ライリ様。そちらへ行ってもよろしいでしょうか」

 レインはライリに許可を求め、ライリはレインの方を見ること無く小さく頷き承諾した。
 それを確認したレインは静かにライリの方へ歩き、ライリが座る椅子の反対側の椅子に腰をかけた。
 ライリは依然レインの方を見ること無く窓の外を眺めていた。

 ライリが家出をしたのは今回が初めてというわけではない。
 とはいえ、大体においては城内でレインに捕まるという未遂で終わっている。
 そのたびにレインはライリに家出をしてはいけないと伝えてきたがライリはレインの言葉を聞きたくないのかいつもこんな風に黙り込んでしまうのであった。
 今回も同じように黙り込んでしまったライリに対し、レインは寂しさと諦めを感じていた。

 ライリはレインの言葉に反応しないまま、ぼんやりと夜空に浮かぶ月を眺めていた。
 ぼぅっと外を眺めながらライリは今日のことを思い出していた。
 初めて街を散策し、外で食事をし、空を飛んでみることもできた。
 初めてづくしで心が落ち着かなかった。
 レインが何か話しているのは何となくわかっていたが特に答える気にはならなかった。

 ふと、カイルと別れたときのことが思い浮かんだ。
 また、街を歩いてみたい。
 カイルさんと一緒に歩いてみたい。
 街のこともカイルさんのことももっと知りたい。
 自分の気持ちを伝えなきゃ何も変わらない、言えば何か変わるかもしれないと言われ、自分の気持ちを伝えてみると約束したことを思い出し、ライリの目に生気が宿った。

 ライリは小さく息を吐き、ゆっくりレインの方に向き直り真剣な眼差しで見つめた。
 レインは少しだけ驚いた表情を見せたがすぐに表情を戻し、ライリを見つめ返した。

「レイン、ごめんなさい。勝手に家出をしてごめんなさい」

 ライリは頭を下げようとしたがちょっとだけ悩んで顔を上げたまま、謝罪した。

「でも、私、今日とても楽しかった。私、カイルさんに街を案内してもらって……あ、カイルさんっていうのは私を保護してくれて街を案内してくれた人で」

 ライリは興奮気味に慌ててカイルからもらった名刺を机の上に置いて早口に話を続けた。

「カイルさんに街を案内してもらって、いろいろ知らないことを知ることができたの。それにね、私初めて空を飛んでみることもできたの。風がとても気持ちよくて、陽の光が暖かくて、街やその周りがどうなっているのか初めて知った。すっごく楽しかったし、もっと街のことを知りたいって思ったの」

 ライリは溢れる気持ちを抑えられず、息継ぎもほどほどに話し続ける。
 レインは表情を変えないまま、その話を黙って聞いていた。
 ライリはレインの反応のなさを気にすることもなく興奮していたが一つ深呼吸をして次の言葉を考えた。

「レイン。私、またカイルさんに会いたい。カイルさんに会って、街のこと、カイルさんのことを知っていきたい。今日みたいな楽しい経験をしたい。だから……どうか、カイルさんと会うこと、外に出ることを許してください」

 ライリはたんだんと小声になりながらも言い切り、頭を下げた。
 レインの表情を見るのが怖くて、思わず頭を伏せてしまい戻せなくなってしまった。
 レインが小さくため息を吐くのが聞こえ、ライリはびくっと肩をふるわせた。

「ライリ様、私に向かって頭など下げないでください。顔を上げてください」

 静かにそう告げたレインの言葉を聞き、ライリはゆっくり顔を上げた。
 レインは先ほどからの表情を一切変えることなくライリを見据えていた。

 だめなのかもしれない、とライリは感じた。

「ライリ様。失礼ながら今日一日、お二人のことを監視しておりました。ライリ様の身の安全とカイル様がどのような行動をするか様子見しておりました」

 そう、たんたんと告げるレインの言葉にライリは目を丸くしたが同時にレインならそれくらいたやすいことだろうとも思った。

「カイル様とまた会えるかどうかについては私の一存では決めかねます。ですが、国王様に進言することは可能です。幸い、カイル様は身分が明らかな方。少しのお時間をいただければ、彼について調べた後、今後ライリ様と会わせても良い方なのかどうかの判断ができると思います。その上で了承を得られるようお話ししようと思います」
「それって……」

 レインの言葉にライリは耳をぴんと立て、思わず言葉を漏らす。
 この時点でようやくレインは表情を緩め、ほほえんだ。

「まだ、大丈夫だと決まったわけではありません。ですが、私はライリ様が望むことを叶えられるよう善処させていただきます」

 ライリは泣きそうな顔になりながら立ち上がり、レインの隣まで行きレインに抱きついた。
 レインは優しく抱き留め、背中を軽くなでた。

「ありがとう……レイン」

 消え入りそうな声でライリは嗚咽を漏らしながらつぶやいた。
 レインはライリの背中をぽんぽんと優しくたたいた。

「ライリ様が穏やかに過ごせること。それが私の願いで有り、私の使命です。あんなに素敵な笑顔を見せるライリ様の姿。恥ずかしながら、私はライリ様のそのような表情を見たことがありませんでしたし、見ることができると思っておりませんでした。あの素敵な笑顔をまた見たいという、私の私利私欲もあるのですよ」

 レインは苦笑し少し体を離してライリを見た。
 ライリは恥ずかしくなって顔を赤くしてレインから視線をそらした。
 それを見て、レインは心が温かくなるのを感じていた。

「ありがとう、レイン。カイルさんと私が出会ったときに引き留めないでいてくれて」
「ふふ、どういたしまして」

 二人はしばらくの間抱きしめ合った。
 レインの言うとおり、まだ大丈夫だと決まったわけではない。
 だが、ライリはカイルの言ったとおり話してみて良かったと心の底から思った。

 また、カイルさんに会えるかもしれないという希望がわき、ライリの心を満たしていた。
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