小説 ロボットの話 It was a story of dark and quiet nights.

ピンク式部

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第2話 silence

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 ドッカァアァァァァァァーン!

 大気をつんざく爆音が山間部に轟く。
 黒煙があがった。焔が立ち昇り天を焦がす。
 爆ぜたのは軽油を保管していたドラム缶である。
 どうやら誰かが無茶をしたようだ。
 坂の上からガランゴロンと蹴り転がしたドラム缶に、ライターで火を放ったらしい。
 轟っと熱波をまとい紅蓮が地を駆け抜ける。その様はまるで炎の大蛇が這っているかのよう。
 運悪く火の洗礼を浴びた者が、火だるまになりながら「ぎゃーっ!」
 生きながら焼かれ、苦しさのあまりのたうちまわるもので、さらに飛び火しては、被害が大きくなっていく。

 さらに拡大の一途をたどる村の喧騒。
 もはや理性は死んだ。
 倫理観なんぞはもとから希薄だ。
 そして村人ははなから純朴なんぞではない。小狡くしたたかで、ひと皮むけばそこいらの野生動物と似たり寄ったり。
 一見するとおとなしく従順そうな見た目に騙されてはいけない。
 じつは、めちゃくちゃ我が強かったりするし、沸点もわりと低い。マジでしょうもないことに腹を立てては延々と根に持ったりもする。
 そのあたりの見極めを誤ったのか? 数での劣勢もあり、アルカ・ファミリア財団側はいまひとつ攻め切れていない。
 そこへめくりさま関連がチャチャを入れるものだから、事態はより混迷の度合いを深めるばかり。

 もはや戦場と化しつつある村。
 それを横目に、僕たちは山の中をこそこそ移動する。
 タケさんほどこの一帯の山に詳しい人はいない。またヴァンパイアハンターとして、来たるべき決戦に備えて、あらかじめ経路を想定していた。熟練の老狩人の行動に迷いはない。
 僕たちは誰に見咎められることもなく、館の裏手までやってこれた。

  ◇

 暗闇のなかにそびえ立つ白亜の建物。
 新生・閑古鳥の館は静まりかえっており、明かりの類は点いていない。
 寝静まっているかのようだが違う。そもそもの話、夜目が利く吸血鬼にとって、屋内照明なんぞは必要ないのだ。
 ……にしてもなんという息苦しさであろうか、もの凄いプレッシャーだ。就職活動で体験した圧迫面接なんぞ目じゃないぞ。
 肌がひりつき、自然と顔が強張る。
 外からでもわかる異様な気配――奴はいる! 館の女主人が在宅中なのは確か。

「ねえ、タケさん。ここまできておいてなんだけど……、吸血鬼の女ボスを倒す算段って、ちゃんとあるんだよね?」
「……いちおう、あるにはある」
「なに、その含みのある言い方……。ちなみにだけど、どうやって倒すの?」
「……基本的には人の場合と同じだ。急所をズドンと潰す。ただし連中はしぶとい。何度でも蘇ってくる。だからひたすら殺す。
 殺して、殺して、殺して、殺して……相手の心が折れて、連中の魂が擦り切れて完全に無くなっちまうまで、とにかく殺りまくる」

 高い不死性を誇り、超人的な力を有し、さらには数々の異能をも駆使するようなボスキャラ相手に、たったのライフ1で挑んだあげくに、最後は我慢比べときたもんだ。
 聞くんじゃなかった……不安しかない。
 なんとなく流されるままについてきたけれども、僕は内心かなり後悔している。

 僕とタケさんは裏庭を横切り、建物沿いを慎重に進む。
 あいにくと勝手口にはしっかり施錠されていた。
 頑丈そうな扉にて強引に破るのは難しそう。ならば適当な窓を割って侵入しようと試みるも、一階の窓にはすべてハメ殺しの鉄格子がしてあった。こじ開けるのには工具類が必要だ。
 もう、こうなったら正面から堂々と乗り込むしかない。
 腹を括って僕たちは玄関の大扉の方へと向かうも――

 ジャリ……
  ジャリ……
   ジャリ……

 向こうから近づいてくる足音がある。
 すわ、番犬でも放していたか!
 タケさんはすぐに迎撃態勢をとった。僕もあたふた続く。なお僕の手には新たな散弾銃が握られている。タケさんはいざという時のために、周辺に備蓄だけでなく武器類も隠していたのだ。

 じきに庭園灯の明かりの向こう、暗がりの中にぼんやりと浮かび上がったのはひとつの青白い顔であった。
 あらわれた相手に、僕はほっとして銃口をさげる。
 誰かとおもえば衛であった。
 こいつも啓介と同じくサレスに心酔し傾倒しているようだが、執事として仕えていた姿からして、せいぜい傀儡にて。
 眷属だったら激戦必至だけれども傀儡はただの操り人形、基本スペックはそのまま。それに啓介は大柄で屈強な男であったが、衛の体格はしゅっとしている。これならば制圧するのはたやすい。
 いや、もしかしたら村の惨状を目の当たりにして、さすがに目が醒めたかも。
 ……なんぞと僕は期待していたのだけれども、それは甘かった。

 よくよく見てみると、衛の顔の位置がずいぶんと低い。
 それこそ僕の腰ぐらいの高さしかない。
 まるで四つん這いになっているよう。
 いいや、事実、衛は地面に這っていた。
 ただし、四つん這いではなくて、腕が四本に足が四本だから――八つん這いっ!
 でも蜘蛛とは違って、体はドーベルマンっぽいから、やっぱり番犬で正しいのか?
 動くたびに、体表に細かいヒビが入り、ポロポロと欠片が剥がれ落ちていく。

 眷属の成り損ない――屍食鬼。

 顔以外はすっかり見る影もなく浅ましい姿に成り果てた、かつての同級生に、僕は顎がはずれんばかりに驚いた。


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