1 / 3
第1話 darkness
しおりを挟む
皆様、はじめまして。私はお手伝いロボットです。
ロボットといってもAIみたいに、何でもできる優秀なものではありません。お茶を運んだりお掃除をしたりといったような、ちょっとした家事のお手伝いを致します。そうですね、家庭用ロボットといったところでしょうか。形はちょうど、何でしたっけ? そう、「スターウォーズ」に出てくる丸っこいロボット。あれに似てるとよく言われます。使う人の心を和ませるように、ころころとした形状で作ったと生みの親は申します。
私がお世話になっている(お世話をしている?)お宅を紹介します。23年前に家電量販店で私を選んでくださったご夫婦と、その一人娘のお嬢様が私を使ってくださる家族です。まだ小学校に上がる前だったお嬢様は寂しがり屋さんで、幾度となく私をぬいぐるみ代わりにぎゅっと抱きしめるのでした。
小学校に上がってからは、寝坊助なお嬢様をお母様とともに起こしに行くのが私の朝の仕事でした。学校に遅刻しないように起こし、朝が弱くてぐずつく彼女の顔を洗わせ歯を磨かせ、身支度を整えさせます。これが意外と骨の折れる作業で(ロボットに骨はありませんが)ようやくお嬢様が朝食を召し上がっていただく頃にはいつもバッテリーが切れかけてしまい、慌てて充電をする始末でございました。
そんな昔の朝のルーティンが余計に懐かしく感じるのは、きっと近頃のお嬢様が塞ぎ込んでいらっしゃるからでしょう。寝室で一度眠りにつくと、なかなか目を覚まされません。丸一日近く眠られている日もしばしばでございます。
話をお嬢様の小学生の頃に戻しましょう。
私のご主人であるご夫婦はいわゆる転勤族で、昔から全国を転々としがちでした。お嬢様は御多分に洩れず典型的な「転勤族の家庭に生まれた娘」でありました。私の古ぼけたメモリーで覚えている限り、少なくとも小学校で2回、中学で2回と義務教育課程で4回以上は転校を余儀なくされました。私なんかは呑気ですから、引っ越しのたびに段ボールに入れられる以外は快適なもので、未知の世界を旅する感覚でむしろ楽しんでおりましたが、彼女は私よりもずっと繊細でした。繊細で、意地っ張りなのでした。繰り返される転校のたびに迎える、お友達とのお別れが辛すぎるあまり距離を置くようになさっていました。お友達に本音を打ち明けられないようになってしまったのです。やがてその癖は治しようがないほど定着し、何を考えているか分からない、ちょっとクールな性格としてお嬢様の印象を形作ってしまいました。それはそれで個性ですから良いと思いますが、ご本人はそういった周囲の反応は不本意でございました。
言葉を選ぶ配慮がまだ身についていない子供ゆえか、時にはご学友に本音で話したところ「性格が暗い」など心ない一言を浴びせられることもあったそうです。彼女はたまたま気分が落ち込んでいただけで、普段からそういうわけじゃない。私は元気があって活発なお嬢様をたくさん知っています。ロボットだから人間の心の機微には今ひとつピンと来ませんが、あまりにも傲慢な態度だと思います。その一瞬だけを見て、さも全体を知ったかのように切り捨てるとは、何事でしょうか。私は気にしなくて良いと思うのですが、そうした理不尽な出来事の積み重ねでお嬢様の心には細かい傷がたくさんついていき、ますます本音を言えない臆病な人になっていきました。仕方がないとはいえただでさえ縁が切れやすい境遇に加え、連絡が途絶えて馴染みの人とだんだん疎遠になっていくのです。本来なら心を持たないはずのロボットの私ですら、お嬢様のご様子には一抹の寂しさを覚える程でした。
あれは何度目のお引っ越しでございましたでしょうか。
雪が多く降る街のある夜のことでした。しんしんと降り積もる雪の音が遠くから聞こえそうなくらい静かな夜。お嬢様は寝室のカーテンの陰に隠れて窓の外をじっとご覧になっていました。リビングではご夫婦がくつろいでいらっしゃいました。
赤いパジャマを着たお嬢様は手にお人形を持っていました。お人形に窓の外とご自分を交互に見比べさせながら、なにかを呟いています。バレないようにそっと私は近づいてお嬢様の様子を伺いました。お人形は青いドレスを着たフランス人形みたいな古びた陶器でした。「いつかここから出たいね」「迎えに来てね」とフランス人形は言いました。それはもちろんお嬢様の声でした。
今、お嬢様の世界にはたった1つの古ぼけたフランス人形しかいません。フランス人形がお嬢様をこの部屋から連れ出せるはずがないし、あるいは彼女たちを迎えに来る人も、存在するはずがないのです。降りしきる雪が、彼女たちをまっさらで不思議な泡沫の世界へと閉じ込めてしまったのでしょうか。ああ、私はロボットなので心などないのですが、この時はお嬢様を、人間というのを、とても哀れで、とても愛おしい生き物だと思いました。
私たちを音もなく雪が覆っていきました。夜が永遠にずっと続くかと思うくらい長い間、お嬢様はいつまでもいつまでもフランス人形に話しかけていらっしゃいました。
ロボットといってもAIみたいに、何でもできる優秀なものではありません。お茶を運んだりお掃除をしたりといったような、ちょっとした家事のお手伝いを致します。そうですね、家庭用ロボットといったところでしょうか。形はちょうど、何でしたっけ? そう、「スターウォーズ」に出てくる丸っこいロボット。あれに似てるとよく言われます。使う人の心を和ませるように、ころころとした形状で作ったと生みの親は申します。
私がお世話になっている(お世話をしている?)お宅を紹介します。23年前に家電量販店で私を選んでくださったご夫婦と、その一人娘のお嬢様が私を使ってくださる家族です。まだ小学校に上がる前だったお嬢様は寂しがり屋さんで、幾度となく私をぬいぐるみ代わりにぎゅっと抱きしめるのでした。
小学校に上がってからは、寝坊助なお嬢様をお母様とともに起こしに行くのが私の朝の仕事でした。学校に遅刻しないように起こし、朝が弱くてぐずつく彼女の顔を洗わせ歯を磨かせ、身支度を整えさせます。これが意外と骨の折れる作業で(ロボットに骨はありませんが)ようやくお嬢様が朝食を召し上がっていただく頃にはいつもバッテリーが切れかけてしまい、慌てて充電をする始末でございました。
そんな昔の朝のルーティンが余計に懐かしく感じるのは、きっと近頃のお嬢様が塞ぎ込んでいらっしゃるからでしょう。寝室で一度眠りにつくと、なかなか目を覚まされません。丸一日近く眠られている日もしばしばでございます。
話をお嬢様の小学生の頃に戻しましょう。
私のご主人であるご夫婦はいわゆる転勤族で、昔から全国を転々としがちでした。お嬢様は御多分に洩れず典型的な「転勤族の家庭に生まれた娘」でありました。私の古ぼけたメモリーで覚えている限り、少なくとも小学校で2回、中学で2回と義務教育課程で4回以上は転校を余儀なくされました。私なんかは呑気ですから、引っ越しのたびに段ボールに入れられる以外は快適なもので、未知の世界を旅する感覚でむしろ楽しんでおりましたが、彼女は私よりもずっと繊細でした。繊細で、意地っ張りなのでした。繰り返される転校のたびに迎える、お友達とのお別れが辛すぎるあまり距離を置くようになさっていました。お友達に本音を打ち明けられないようになってしまったのです。やがてその癖は治しようがないほど定着し、何を考えているか分からない、ちょっとクールな性格としてお嬢様の印象を形作ってしまいました。それはそれで個性ですから良いと思いますが、ご本人はそういった周囲の反応は不本意でございました。
言葉を選ぶ配慮がまだ身についていない子供ゆえか、時にはご学友に本音で話したところ「性格が暗い」など心ない一言を浴びせられることもあったそうです。彼女はたまたま気分が落ち込んでいただけで、普段からそういうわけじゃない。私は元気があって活発なお嬢様をたくさん知っています。ロボットだから人間の心の機微には今ひとつピンと来ませんが、あまりにも傲慢な態度だと思います。その一瞬だけを見て、さも全体を知ったかのように切り捨てるとは、何事でしょうか。私は気にしなくて良いと思うのですが、そうした理不尽な出来事の積み重ねでお嬢様の心には細かい傷がたくさんついていき、ますます本音を言えない臆病な人になっていきました。仕方がないとはいえただでさえ縁が切れやすい境遇に加え、連絡が途絶えて馴染みの人とだんだん疎遠になっていくのです。本来なら心を持たないはずのロボットの私ですら、お嬢様のご様子には一抹の寂しさを覚える程でした。
あれは何度目のお引っ越しでございましたでしょうか。
雪が多く降る街のある夜のことでした。しんしんと降り積もる雪の音が遠くから聞こえそうなくらい静かな夜。お嬢様は寝室のカーテンの陰に隠れて窓の外をじっとご覧になっていました。リビングではご夫婦がくつろいでいらっしゃいました。
赤いパジャマを着たお嬢様は手にお人形を持っていました。お人形に窓の外とご自分を交互に見比べさせながら、なにかを呟いています。バレないようにそっと私は近づいてお嬢様の様子を伺いました。お人形は青いドレスを着たフランス人形みたいな古びた陶器でした。「いつかここから出たいね」「迎えに来てね」とフランス人形は言いました。それはもちろんお嬢様の声でした。
今、お嬢様の世界にはたった1つの古ぼけたフランス人形しかいません。フランス人形がお嬢様をこの部屋から連れ出せるはずがないし、あるいは彼女たちを迎えに来る人も、存在するはずがないのです。降りしきる雪が、彼女たちをまっさらで不思議な泡沫の世界へと閉じ込めてしまったのでしょうか。ああ、私はロボットなので心などないのですが、この時はお嬢様を、人間というのを、とても哀れで、とても愛おしい生き物だと思いました。
私たちを音もなく雪が覆っていきました。夜が永遠にずっと続くかと思うくらい長い間、お嬢様はいつまでもいつまでもフランス人形に話しかけていらっしゃいました。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
MPを補給できる短編小説カフェ 文学少女御用達
健野屋文乃(たけのやふみの)
現代文学
迷宮の図書館 空色の短編集です♪
最大5億MP(マジックポイント)お得な短編小説です!
きっと・・・
MP(マジックポイント)足りてますか?
MPが補給できる短編小説揃えています(⁎˃ᴗ˂⁎)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる