モーニンググローリー(仮)

ピンク式部

文字の大きさ
上 下
2 / 28
第1部 イギリス・ロンドン

第1話

しおりを挟む
 ロンドンの朝に雨はよく似合うと思う。
 
 目覚まし時計の音がけたたましく月曜日の到来を告げる。右腕だけを伸ばし、いつものように止めた。あくびをしてから、朝の支度にとりかかる。日本にいるはずの俺の母親という女性が、窓際のフォトスタンドの中から微笑みかけている。
 今日も明日も明後日も、昨日と何も変わらない日が始まる。この先の俺の人生はずっと同じことの繰り返しだと思うと、みぞうちがずくんと重くなる。リモコンひと押しで、売れないコメディアンが料理に挑戦するくだらないモーニングショーがテレビから流れてくる。
 俺の目の前には日常と言う名の螺旋階段がある。首が痛くなるほど見上げてもキリがないそれを、ひたすら俺は昇り続けるしかない。生きるためには仕方がないこと、それだけをただ与えられたままやるしかない。俺は利口な男だ。世の中の仕組みを理解するには充分に賢いと思っている。しかし、俺の中にある本能は違うと叫ぶ。今すぐに俺はここから飛び降りたい。普段と代わり映えのない日常からはみ出し、誰も俺のことを知らない場所へ走りたい。俺は自由が欲しいだけなのだ。
 
 俺はこんなところで終わる人間じゃない。与えられた仕事をこなし、ひたすら同じことを繰り返し、ただたた虚しく老いていく。俺はそんなつまらない人間じゃないはずだ。俺にしか出来ないこと、俺だけを求めている人間は必ずこの世のどこかにある。今はただ、見付かっていないだけだ。きっと……。
 冷蔵庫の在り合わせで腹を満たす。クロワッサンとハム。またいつものメニュー。出勤までだいぶ時間がある。俺は紅茶を淹れた。品の良い、さりげない香りが俺をメランコリックなもの想いにいざなう。
 
 朝起きて、飯を食って、仕事に行って、夜帰って、また寝る。
 
 イギリス中流階級出身の父親と日本人の母親のもとに生まれて、俺が幼い頃に両親が離婚した。父親に引き取られてロンドン郊外の可もなく不可も無いレベルの学校に通い、興味もなければ大して好きでもない、給料が良いというだけで選んだエンジニアという仕事に就いた。この先はきっと思い入れのない女と結婚して、ごくごく平凡な家庭を築くだろう。今までがそうだったのだから、しょせん俺の人生はそんな程度だろう。特別に最高でもなければ、特別に不幸せでもない人生。努力もしていないが、失敗もない。すがりつきたい過去の栄光もなければ、これといって後悔もない。起伏もドラマ性も、残念ながら俺の歴史に存在しない。ありふれていて、とっくの昔に先の見えたつまらない人生だ。
 
 明日、世界が滅亡すればいいのにと、わりと本気で思う。天災はどんな人間にも平等に降りかかる。誰のせいでもない。誰も恨みっこなし。
 
 こんな普通の日々が永遠と続くと思うと、気が狂いそうになる。いっそのこと神様でも仏様でも何でもいいから、大きな力を持った誰かにこのつまらない世界を終わらせてほしい。外ではいつものように雨が降っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】その同僚、9,000万km遠方より来たる -真面目系女子は謎多き火星人と恋に落ちる-

未来屋 環
ライト文芸
――そう、その出逢いは私にとって、正に未知との遭遇でした。 或る会社の総務課で働く鈴木雪花(せつか)は、残業続きの毎日に嫌気が差していた。 そんな彼女に課長の浦河から告げられた提案は、何と火星人のマークを実習生として受け入れること! 勿論彼が火星人であるということは超機密事項。雪花はマークの指導員として仕事をこなそうとするが、日々色々なことが起こるもので……。 真面目で不器用な指導員雪花(地球人)と、優秀ながらも何かを抱えた実習生マーク(火星人)、そして二人を取り巻く人々が織りなすSF・お仕事・ラブストーリーです。 表紙イラスト制作:あき伽耶さん。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ヘルツを彼女に合わせたら

高津すぐり
青春
大好きなラジオ番組「R-MIX」を聴こうとした高校生のフクチは、パーソナリティが突然、若い少女に代わった事に衝撃を受ける。謎の新人パーソナリティ・ハルカ、彼女の正体は一体? ラジオが好きな省エネ男子高校生と、ラジオスターを目指す女子高校生の青春物語。

処理中です...