6 / 8
沈黙と狂奔
しおりを挟む
空気が張りつめていた。軍人たちはかのアンダーグランの三姉妹を殺さねばならなかった。それが国の命令であった。通信でアイリス=アンダーグランの殺害に成功したとの連絡はあったが、彼らは依然として安心できない。アイリス=アンダーグランは狙撃手であったし、複数人で取り囲めば制圧可能であることは予想していた。それでも二十もの犠牲者が出たというのだからいよいよ油断はできない。
最も油断ができないのはミュル=アンダーグランである。高い身体能力だけを武器に何人もの人間を屠ってきた彼女の名を、軍の中で知らぬものはいなかった。こう言った噂は尾ひれがついて現実よりも誇張されるということがしばしばある。実際、そう思って自分を安心させようとする兵士もいた。しかし、ミュル=アンダーグランという殺し屋はいくら誇張しても誇張しすぎない存在であった。
建物の二枚扉が開け放たれ、兵士は皆銃口を向けた。しかしそこには誰もいなかった。急いで周囲を確認しようとしたとき、兵士のヘルメットを貫いてナイフが眉間に刺さっていた。窓の割れる音がしている。ミュルは二階の窓を破りながら兵士二人をいとも容易く仕留めたのだ。狙われれば簡単に食い殺される。その恐怖から兵士らが立ち直った時には、既にミュルは着地をしており、ゆらりと立ち上がった。その横でカンカンカンッと次々に何かが落下する。スモークグレネードだ。
ミュルは立ち上がると同時に濃い煙の中に包まれたが、消える前の彼女の姿を見逃すものは一人もなかった。血にまみれた純白の髪と肌。鉤爪のように湛えられたナイフ。そして、怒り狂う獣の眼。
狩りが始まったのだ。誰もにぞっとするような悪寒が走った。
煙の中から突風のようにミュルが駆け出す。そのスピードは狼と比しても遜色はなく、いや、むしろ速い。サイトを合わせようとしてもその姿を捉えること自体がまず不可能だったのだ。ミュルは即座に部隊との距離を詰め切った。その時、確かに撃ち抜けるはずだった兵士たちは喉元にナイフがさくりと突き刺さった。投げたナイフを追い越して、ミュルは距離を詰め切ったのだ。
彼女を最早、怪物としか見れないのは当然であった。
「――――――――!!!!」
ミュルは狂った咆哮を上げた。彼女を自然界の獣と比べようとする試みは全て愚行である。その行為は野蛮であれども、その力、その咆哮は独立した一種の生命体だった。
見開いた目には何人の兵士が映っていただろうか。その目には幾ばくの怒りが浮いていただろうか。ミュルはナイフを逆手持ちにすると頭へと突き刺し、その力は頭を潰した。そして、彼女は高く高く跳躍する。彼女にとって二階ほどの高さまで跳ぶことは造作もない。狂える猛獣は着地をすると、大分離れた部隊を眺めながら三つほどの安全ピンを放り捨てた。
兵士の死体が爆発を起こした。ミュルは兵士の持っていた手榴弾を利用したのだ。ミュルは爆炎を見、ふっと軽く息を吐いた。ミュルが力を入れるのにはこの程度の呼吸で十分であった。
爆炎を掻き消しながら、ミュルが再び兵士の前に現れた。アイリスの舞のような美しさはない。破壊、蹂躙。その言葉が正に当てはまる動きであった。近くにある頭を握りつぶし、心臓を抉り抜き、喉笛を噛み切る。戦略の一つも考えられない暴力であった。
これを茂みの陰に隠れて見ていた狙撃兵は衝撃のあまりその光景を何処かの映画のように眺めていたが、やがて気を取り戻した。狙撃兵の仕事はサポートを行うこと。この遠距離ならばあの化け物にも一発は撃ち込めるはずだ。
息を吸い、照準を合わせる。しかし、引き金を引くには至らなかった。彼の背後からアンダーグラン家の三姉妹が一人、クロレ=アンダーグランがナイフを突き立てたからだ。
クロレはミュルが派手な演出でスモークを焚いた後に、堂々と一階の入り口から出て、そして硝煙反応や血液反応をたどり、この狙撃手の場所まで至ったのだ。クロレに硝煙反応をたどるなどということは赤子の手を捻る以上に簡単で、アイリスの作業とも似た具合であった。硝煙反応がある以上、必ずそこに人はいる。
クロレはナイフを抜き、辺りを観察する。ミュルの目につくものに関しては問題がないが、ミュルの目の届かぬ場所に関しては、銃弾の”気配”を察知できるにしても、部隊の中で暴れているミュルには危険だ。ここは偵察に長けたクロレが他部隊を暗殺することが求められる。それは元々クロレが得意とする業だった。
ミュルが派手に暴れる裏でクロレが静かに一人ずつ仕留めていく。一見無茶苦茶な作戦だが、それが二人の力によって罷り通っていたのだ。
最も油断ができないのはミュル=アンダーグランである。高い身体能力だけを武器に何人もの人間を屠ってきた彼女の名を、軍の中で知らぬものはいなかった。こう言った噂は尾ひれがついて現実よりも誇張されるということがしばしばある。実際、そう思って自分を安心させようとする兵士もいた。しかし、ミュル=アンダーグランという殺し屋はいくら誇張しても誇張しすぎない存在であった。
建物の二枚扉が開け放たれ、兵士は皆銃口を向けた。しかしそこには誰もいなかった。急いで周囲を確認しようとしたとき、兵士のヘルメットを貫いてナイフが眉間に刺さっていた。窓の割れる音がしている。ミュルは二階の窓を破りながら兵士二人をいとも容易く仕留めたのだ。狙われれば簡単に食い殺される。その恐怖から兵士らが立ち直った時には、既にミュルは着地をしており、ゆらりと立ち上がった。その横でカンカンカンッと次々に何かが落下する。スモークグレネードだ。
ミュルは立ち上がると同時に濃い煙の中に包まれたが、消える前の彼女の姿を見逃すものは一人もなかった。血にまみれた純白の髪と肌。鉤爪のように湛えられたナイフ。そして、怒り狂う獣の眼。
狩りが始まったのだ。誰もにぞっとするような悪寒が走った。
煙の中から突風のようにミュルが駆け出す。そのスピードは狼と比しても遜色はなく、いや、むしろ速い。サイトを合わせようとしてもその姿を捉えること自体がまず不可能だったのだ。ミュルは即座に部隊との距離を詰め切った。その時、確かに撃ち抜けるはずだった兵士たちは喉元にナイフがさくりと突き刺さった。投げたナイフを追い越して、ミュルは距離を詰め切ったのだ。
彼女を最早、怪物としか見れないのは当然であった。
「――――――――!!!!」
ミュルは狂った咆哮を上げた。彼女を自然界の獣と比べようとする試みは全て愚行である。その行為は野蛮であれども、その力、その咆哮は独立した一種の生命体だった。
見開いた目には何人の兵士が映っていただろうか。その目には幾ばくの怒りが浮いていただろうか。ミュルはナイフを逆手持ちにすると頭へと突き刺し、その力は頭を潰した。そして、彼女は高く高く跳躍する。彼女にとって二階ほどの高さまで跳ぶことは造作もない。狂える猛獣は着地をすると、大分離れた部隊を眺めながら三つほどの安全ピンを放り捨てた。
兵士の死体が爆発を起こした。ミュルは兵士の持っていた手榴弾を利用したのだ。ミュルは爆炎を見、ふっと軽く息を吐いた。ミュルが力を入れるのにはこの程度の呼吸で十分であった。
爆炎を掻き消しながら、ミュルが再び兵士の前に現れた。アイリスの舞のような美しさはない。破壊、蹂躙。その言葉が正に当てはまる動きであった。近くにある頭を握りつぶし、心臓を抉り抜き、喉笛を噛み切る。戦略の一つも考えられない暴力であった。
これを茂みの陰に隠れて見ていた狙撃兵は衝撃のあまりその光景を何処かの映画のように眺めていたが、やがて気を取り戻した。狙撃兵の仕事はサポートを行うこと。この遠距離ならばあの化け物にも一発は撃ち込めるはずだ。
息を吸い、照準を合わせる。しかし、引き金を引くには至らなかった。彼の背後からアンダーグラン家の三姉妹が一人、クロレ=アンダーグランがナイフを突き立てたからだ。
クロレはミュルが派手な演出でスモークを焚いた後に、堂々と一階の入り口から出て、そして硝煙反応や血液反応をたどり、この狙撃手の場所まで至ったのだ。クロレに硝煙反応をたどるなどということは赤子の手を捻る以上に簡単で、アイリスの作業とも似た具合であった。硝煙反応がある以上、必ずそこに人はいる。
クロレはナイフを抜き、辺りを観察する。ミュルの目につくものに関しては問題がないが、ミュルの目の届かぬ場所に関しては、銃弾の”気配”を察知できるにしても、部隊の中で暴れているミュルには危険だ。ここは偵察に長けたクロレが他部隊を暗殺することが求められる。それは元々クロレが得意とする業だった。
ミュルが派手に暴れる裏でクロレが静かに一人ずつ仕留めていく。一見無茶苦茶な作戦だが、それが二人の力によって罷り通っていたのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。
ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。
※短いお話です。
※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】君の世界に僕はいない…
春野オカリナ
恋愛
アウトゥーラは、「永遠の楽園」と呼ばれる修道院で、ある薬を飲んだ。
それを飲むと心の苦しみから解き放たれると言われる秘薬──。
薬の名は……。
『忘却の滴』
一週間後、目覚めたアウトゥーラにはある変化が現れた。
それは、自分を苦しめた人物の存在を全て消し去っていたのだ。
父親、継母、異母妹そして婚約者の存在さえも……。
彼女の目には彼らが映らない。声も聞こえない。存在さえもきれいさっぱりと忘れられていた。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
俺とシロ(second)
マネキネコ
ファンタジー
【完結済】只今再編集中です。ご迷惑をおかけしています。m(_ _)m
※表題が変わりました。 俺とシロだよ → 【俺とシロ(second)】
俺はゲン。聖獣フェンリルであるシロのお陰でこうして異世界の地で楽しく生活している。最初の頃は戸惑いもあったのだが、シロと周りの暖かい人達の助けを借りながら今まで何とかやってきた。故あってクルーガー王国の貴族となった俺はディレクという迷宮都市を納めながらもこの10年間やってきた。今は許嫁(いいなずけ)となったメアリーそしてマリアベルとの関係も良好だし、このほど新しい仲間も増えた。そんなある日のこと、俺とシロは朝の散歩中に崩落事故(ほうらくじこ)に巻き込まれた。そして気がつけば??? とんでもない所に転移していたのだ。はたして俺たちは無事に自分の家に帰れるのだろうか? また、転移で飛ばされた真意(しんい)とは何なのか……。
……異世界??? にてゲンとシロはどんな人と出会い、どんな活躍をしていくのか!……
くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。
音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。>
婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。
冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。
「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる