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『そして女でもこの場に居ていいのは、私が強いからだ。折るよ?』

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創技、クロノ、雛戦が火龍退治に向かってしばらく経った頃、この異世界の西側にあるとある酒場では、今正に大勝負が展開されていた。

「頼むよぉぉ…私の火パ完成にはどうしてもSSRアグニが必要なんだってば…」

酒場には東に渡れず、往生を強いられている戦士達が何人もいる。
その中、カウンター席では黒いブカブカのローブに背に『滅』の金字の刺繍を入れた細身の女性が、飲み物一杯だけ頼んで、ずっと居座っていた。

店のマスターも争いの元の予感に、はよどっか行かないかなと無言の圧をかけているが、効果はない。

彼女は両手にこの異世界の人だと理解できないだろう四角に薄っぺらい物相手に一喜一憂している。
そして棒付きのキャンディを口に咥えている。

「キター!!虹の卵!! 頼む頼むアグニアグニアグニアグニ………」

「だぁぁぁアネモイじゃん! ダブってるダブってる!」

『移動職人』の椎名祭は呑気にゲームのガチャに勤しんでいた。

電波自体は『ミカエル』から安定して供給されている。
ずっと何もしないと言うのも退屈だ、これは彼女なりのお金を使った退屈凌ぎ。
だが移動職人として得た収入のうち5割ぐらいはガチャに注いでいる。正に養分。

どちらにせよこの世界は等級C。何時も通り滅師達が戦果を上げて帰ってくると思っている。

新人で等級Aの御船創技を迎えたが、何も等級Aが居なくても等級Bのクロノ、雛戦だけで普通にどうにかなる。
と言うかそれで今までどうにかして来た。

『ミカエル』の転生者は身体的加護が付いている、これだけでもアドバンテージだが、それだけじゃなく等級判定も格下。

ちゃんと指示通り前衛にクロノ、遊撃に雛戦、後ろに保険で創技でも置いておけば例え不測の事態が起ころうが、まあ何とかなるだろう。

クロノのスキルは正直扱い辛いが、雛戦のスキルは大いに助かる。
二人だけで今まで転生者を殺しに殺して来た。大丈夫大丈夫。

そんな楽観を抱きながら、目前のガチャにまたお金が吸い込まれていく。
既に廃課金ゾーンに突入している。それでも目当てが出なければ止められない。
運が悪い。いや自分のアカウントに何かされてるんじゃなかろうか? 悪い方に乱数に傾いた時に陥る課金者特有の被害妄想。

「おっ、なんでこんな男臭いところにおねーちゃんみたいのがいるんだぁ? ここは女の遊び場じゃねぇぞ」

ふとそんな声が背後からした。特に気にしなかったが、女と言うと今、自分しか居ないからまあ自分に言ってるんだろう。
コロコロとキャンディを舌で転がしながら、タブレットの中のレバーを引く。

ガチャコンと出て来た金の卵を見て溜息を吐いた。虹来ねぇー

「おい聞いてんのかよ! なあおねーちゃん暇してんなら俺が向こうで相手してやってもいいぜ。火龍帰りで暇余らせてんだよ」

肩を掴まれた。汚いものでも見るように乗せられた手に目を向ける。
手の甲に毛が生えてる、うわ毛深。

振り返った先に大男。自身がこの酒場に来た時はこんな奴居なかったから今やって来たのだろう。
背には大斧が見える。この異世界の戦士なんだろうなぁ…としげしげと思いながら、

ダン!とカウンターは大きな音を立てて、椎名が頼んでいた果実の飲物のグラスが床に落ちて割れ散る。

「君が言う事は尤もだ。こんな男臭いところに私がいるのは待ち人が居るから。そして女でもこの場に居ていいのは、私が強いからだ」

掴まれたその手を掴み返すと、目にも止まらぬ早業で立ち位置は逆転する。

「うぉ…!?」

そのまま手を捻り上げて、大男の背中に右足を乗っける。これで身動きは取れない。

「折るよー」

そのまま、まるで挨拶みたいな軽さで言いながら、掴んだ手に体重も力も加える。
ベギッと音を立てて、斧を持った大男はその後に大声をあげながら悶絶する事になる。

「じゃ、私に用がある人はいつでもどーぞ♪」

にこやかに棒キャンディを振りながら、それをまた口の中に戻す。
何事も無かったかのように椎名は椅子に座り直すと、またタブレットでゲームを弄り始めた。

異世界で絡まれるのは慣れている。特にこういう場では声を掛けられない事のが稀。

椎名は年頃の女の身、そんなのがポツンと男の溜まり場に居たらそれは異色な存在だろう。
そして絡まれた最初の相手には容赦なく荒事を行う。そして全員怯ませた。とても効果的だ。

「お、お前!思い出したその黒いローブ、この前見た魔術師の仲間じゃねぇか?」

「はー?」

腕を折られて今のたうち回っている大男、その相方っぽい細身の男が、酒場の入り口で、椎名を指差して狼狽えたように言う。
椎名はそれに呆れたような返事をして振り返る。

「仲間じゃないわ知らない人よ。ここに私の知り合いなんて存在しない。断言出来るわよ」

「いやでも服の背中に全く同じような紋様あったぞ?」

「んん…?」

関心度が上がる。黒いローブ自体は珍しいものじゃないだろう、探せば幾らでもある。
だからそんな話にはまるで興味無い。他人の空似だ。

ただそのローブの背中に紋様ってなると、少しだけ気になってくる。

もし、その文字が金字の『滅』ならば…

いやいやそれは無い。椎名が飛んだこの異世界は外部による干渉が初の筈だ。
初の…筈だ。

「ああ何か似てるなと思っていたんだ。この前に来た魔術師のツレか。
 急に消える術を披露してからそのまま飲み逃げしたんだ。ツレなら払っとくれ」

酒場のマスターも心当たりがあったようだ。

よくは分からないが、なんか知らん人の知り合いみたいな流れになって雲行きが怪しい。

「ちょっとちょっとー知らないよそんな人! 服装が似てるだけって理由で疑うなんて酷くない?」

「ホントか? 今のお前みたいに変な四角いの弄ってたりしてたぞ」

変なのって何だよ。タブレットだよ。
そう言いたくなるのを抑えながら、椎名はマスターにその消えた人の特徴を聞いてみる。

ここまで来たら他人事みたいに通せそうもない、仮に他人でも面倒だから食い逃げのお金でも払って丸く収まろう。

そんな気持ちで、軽く聞いた。

まだこの時はそんな程度の感情だった。

「ピンクと赤が混ざった妙な髪に片方だけ眼鏡っぽいのを掛けた痩せた男だったかな? 年は…うーん30代ぐらいか?
 なんか普通に飲んでたら急にシュワシュワーっと消えていってそのまま帰って来ずだ」

思わず口が緩む。ポロッと落ちた。

床に落ちたのは、まだ実が残った棒付きのキャンディ。

彼女は珍しく冷や汗を感じながら、今のマスターの発言を頭の中で推敲する。

今ので、思い当たる人物がいる。

「それ…夢酒さんじゃん………」

いきなり緊急だ。悠長にしていられなくなった。

ダァン!とカウンターにお金を置く。余裕がないから数えてない。あるだけ置く。
マスターが何か言ってたが、もう椎名の耳には届かない。
すぐ様、酒場を後にすると、その酒場の真上まで体を移動する。

夢酒は最近ピンクと赤で髪を染めてて趣味悪いなーと『ミカエル』内で思っていた、片眼鏡と言うのは彼がしているモノクル。
魔術師…のようにして消えたと言った。消えたんじゃなく消滅したんだ。ペナルティとして。
抱え滅師全損の。消滅して死亡した。

自分より前にここに来たのは、ベテランの『移動職人』夢酒とその滅師職人達

もう死んでいる。元は等級Cに行ったのだが偵察機の雑な仕事のせいで実は等級Aの転生者の所に転送して、恐らくは抱えの滅師達は全員殺された。

恐ろしい、夢酒の持っていた滅師達の等級は全てB。クロノや雛戦クラスはある。
それを全員返り討ちにした? とんでもないがそんな所に居られる訳がない。

何でそんな所に今、私が居るのか? 考えた所で答えは出ない。優先すべきはそこじゃない。
やる事は一つ、さっさと自分の滅師達を回収してこの異世界から出る事。

等級Aの異世界なんてそれこそ末端の自分より腕の立つ移動職人一行がやるべき。
リスクが高すぎる。いやもう極論リスク以外何もない。

屋根から屋根に移動する。その速さは足で地上を駆けていた三人の子供達以上だ。
そして身を移動させながら、スマートフォンを取り出し連絡を取っていた。今向こうがどう言う状況かを知っておく必要がある。

火龍が等級A…? いやまさか

でも断定は出来ない。今、自分の大事な滅師職人はどうなっているのか?

「雛? 雛!?」

おかしい、連絡手段を持たせた雛戦がコールしても出ない。
他の誰よりも自分からの電話なら即出る。それこそワンコールすらせずに出るからこっちのがビビる。
例え現在戦闘中でもスキルで身を隠して、電話に出るぐらい彼女は自分を最優先する。

その彼女が何度コールしても出ない。
それはもう危機的状況を予感、なんてレベルじゃなかった。

危機的状況になっているのだ。既に。

東の山で何があったのか? 行ってみなければ分からない。
結局、我慢出来ずに現場に向かう時点で、彼女は自らが説いていた説明に、自分が反してる。

勿論、今正に滅師全損によるペナルティで自分まで死ぬ可能性がある。
我が身可愛さに一人転送で逃げ帰ってもその時点で扱いは滅師全損だ。移動職人一人だけ逃げる事を『ミカエル』が許さない。

だからこの場合は殺され覚悟で現場に行き、一人でも滅師を回収してこの世界から撤退する、そう言うケースバイケースな状況だが、
椎名に限っては他の移動職人とは事情が少しだけ違う。

仮に雛戦、創技が死亡したとして、クロノさえ手元に戻って来るなら全損判定にはならない。
自分が死ぬ可能性はむしろ、今自分が現場に行く事の方が大きい。

そう…頭で、分かっていても冷静になれない自分がいる。


─── 滅師職人に過度に感情移入してはならない ───


移動職人の十条の一つだ。だが椎名は抱えた滅師に気兼ねなく情を注ぐ。それこそ家族のように。
意図してこの条を破ってる訳じゃない、そんな器用な事が椎名に出来ないだけ。


移動職人兼監督役の椎名祭も、また、半人前だ。


 

 

 
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