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『君はもうスキルを得た『滅師』なんだ。とっくにスタートしてるんだよ』
しおりを挟むそれからは椎名さんの意向で、場所を変えてキチンとした話の続きをする事になった。
クロノ…と…ヒナセン…と言うあの二人は、これには付いては来ず、僕は椎名さんの後を追う様にして今を歩く。
ここはなんか沢山エスカレーターが行き来しているよく分からない場所だ。
ガラス張りの外は滝が流れている。と言うかどこを見ても滝しかない。
それよりも僕は、感動が隠せない。
歩いている。あの大怪我が嘘みたいだ。感覚の無かった足が、足がある。
息が苦しくない。夢のようだ。いやもしやここは死の中夢の中なのでは?
「周りが珍しいのは分かるけど迷子にならないように付いて来なよー?」
椎名さんにそう言われて我に還る。
確かにこの建物は大きな所で椎名さんと似た黒いブカブカの服を着てる人ともたまにすれ違うから迷子になりやすそうだ。
「ねえ『移動職人』の3室のカードちょうだい、後ろの子転生したてだから色々説明したいの」
エスカレーターを下ったり上ったりを繰り返して今どこにいるのか全く分からない。
ようやく椎名さんの足が止まったのはとある窓口、上には第2管理課と書かれてある。
「畏まりました。こちら3室のカードになります。使用時間は三時間となっておりますのでご注意下さい」
提示されたそれを椎名さんは受取る。
「ありがと! さあ行きましょそーぎ君」
そしておもむろに僕の手を掴むと、何も無い空間にそのカードを縦に振り下ろす。
『認証確認、解除します』
機械的なその言葉の後に何も無い空間は、何故か開いた。
どういう仕組みなんだこれ???
遠慮なく椎名さんはそこに足を踏み入れる。そして手を掴まれてる自分も。
そこはごく普通の部屋だった。TVもある、寝床もある。なんか水槽もある。
でも、少し薄暗い。
「そこの椅子に掛けなー、聞きたい話山ほどあるでしょ? 私もしなきゃいけない話が山ほどあるのだよ」
言って椎名さんは来てすぐに、冷蔵庫を漁っている。
僕は周囲を見渡しながら、真ん中のテーブルのソファーに腰をかけた。
そしてお菓子が入った小物入れとジュースを持って椎名さんが対面に腰かける。
「では改めて、説明会と行こう」
椎名さんは棒付きのキャンディを銜えた。
まずここが今まで僕が過ごしていた世界では無いこと。
そして僕はやっぱり死んでしまった存在な事。
そして転生に成功してここに運ばれた事を説明される。
「異世界転生ってそもそも何ですか?」
「うーんそれは説明するのは難しいなぁ、私が選ぶ訳じゃないからねー
とにかく死んだ魂は殆どここより上と下に送られる。普通はこれ。その中から多分『資質』ある者を選別して抜いてるんじゃないかな?」
「やっぱ転生の仕組みは私じゃ上手く説明出来ないや」と椎名さんは両手を合わせて謝る。
いや責めるつもりはないけど、そうか死ぬと魂になってこの世界の上と下を巡るのか…
「因みに完全に魂の洗浄が終わって白魂になってから転生されるとそれはもう転生とは言わない。誕生なんだよ。君の前世もこんな感じで産まれたんだと思うよ」
前世…そう言われて思い出した。
僕は死んだ。死んだが、僕が死んだ後も、変わらず世界は回っていくだろう。
僕は約70億人の中のただの1人にしか過ぎない、弔いもひっそりと行われる、きっとそうだ。
こうして転生に選ばれて以前の記憶も保たせて貰っていると、欲張りだが、前世にただ一つ悔いが残っている。
「もう以前の世界…父さんに会えないんですか…?」
「ごめん、恐らくは二度と会えない。前世で結び付いた縁を切り離すのは難しいだろうけど、そこはみんながそうなんだ。
今すぐにとは言わないけど割り切って貰うしかない」
後頭部を掻きながらバツの悪そうな表情で、椎名さんが答える。
父さんは母さんと別れてから弱い僕の事を一生懸命守ってくれた。
自分の最期の時も仕事で間に合わなかっただろう、急な事故だそれは仕方ない。ただ会いたい。もう不可能だが恩返しがしたい。
僕の軽はずみな行動で独り残された父さんを思うと、胸が締め付けられる思いだ。
知らず、頬には涙が伝っていた。
そんな僕の頭を、椎名さんはテーブルから身を乗り出して優しく撫でる。
「よしよし。何のフォローにもならないけどデータで見た感じ君のお父さんはまだまだ若い、これから第二の人生が始まる。
そしてそーぎ君、君自身もこれから第二の人生が待っている」
「…僕の第二の人生って何ですか?」
「君はもうスキルを得た『滅師』なんだ。とっくにスタートしてるんだよ」
「めっし?」
よく分からない単語だ。首を捻る。
「この世界に転生して来た者は、そう呼ばれて働く。ここに君の世界の法は当て嵌まらない。例え子供でもスキルがあるなら多少なりとも貢献して貰う」
つまり、お仕事をするのか…
社会に出たら人は何かの職に就いて働くって話だ、それまでは勉強に励むらしいけど、なんかその間をすっ飛ばされた。
「あと君には等級が付けられる。転生された時の神の恩恵であるスキルに基づいて。
君はシングルスキルだが等級はAだ、喜びたまえ~レアオブレア、私も等級Aは5人ぐらいしか見たことないよ」
それは何かさっきの部屋で聞いた気がする。漢字を書く、とか何とか。
Aって事に椎名さんは驚いてクロノって人もいきなり飛び出てきた。
そして5人が多いのか少ないのか僕には分からない。
「君は確かに死んだ。でも幸運な事に正式な転生を受けて今をこうして生きている。
そして滅師としてこれからはここで働いて貰う。ここまではおーけー?」
僕は首を縦に振る。そこまでは何とか飲み下す事が出来た。何とかだが。
夢物語みたいな話だけど現実として死んだ記憶もあってこうして生きてる今の実感もある。
ここに転生して生かされた理由が、きっとその仕事をさせる為だ。
「良い子だ、子供は順応性高いのかな? では滅師とはなんぞや?と言う疑問があるだろうからこっちの説明に移るよ~」
言って椎名さんは腕をクロスした。
途端にテーブルには映像みたいなのが映る。
「さっき説明した稀にここに転生するって話、実はちょっと語弊があるの。
この監督所『ミカエル』にて転生されるのは全体の1割ほど。残りの9割はここ以外の異世界で転生する、どちらも強力なスキルを持って」
「異世界って…ここも異世界なんじゃ」
「君から見ればね。でも異世界ってそれこそ並行世界とか合わせちゃうと無量大数ほど存在するの。君が死んでしまった世界もその異世界の内のまた一つ」
テーブルの上で映される映像は、真ん中に大きな青い丸があって、その周りには無数の緑の点が散らばっている。
「異世界転生は、基本的に選別された上での人格の良性が選ばれる。放置しても無害だ。
とても羨ましい超勝ち組のこの人達は、幸運を噛み締めながら、各々のスキルを便利に使い、第二の生活をその異世界にて謳歌すればいい」
しかし、と椎名さんが続ける。
「日々無量大数ある世界の魂を捌くんだ。大選別もエラーが無い訳じゃ無い。
その異世界そのもののバランスを崩し兼ねない、或いはスキルで無茶苦茶をする、そんな悪質な魂を持つ者も稀にだがエラーにより転生を得てしまう。
良や悪と言ってもそれこそ在り方は様々だけど、その転生者の未来までを見通して最終的な判断は『ミカエル』が下す」
テーブルの上の映像が動く。緑の点のごく一部が赤い点に変わった。
「さっきから稀。稀。ってアホみたいに私言ってるけどこの無量大数の中ともなるとこの稀もかなりの量になるの。情報は全てこの『ミカエル』の世界に入ってくる。
最初に言ったけどここは全世界の監督所。ここが全異世界の中心点と思っていい。その役割は全異世界の均衡を保つ。
転生者がその世界に悪影響を及ぼすと『ミカエル』に判断されたならそれを絶対的に排除するようにと動いている。それが滅師」
難しい話だった。椎名さんなりに分かりやすく説明しているつもりでも、一つ一つを理解するのに難儀する。
無量大数? ミカエル…? 監督所? 均衡? 悪質? エラー?
滅師?
自分が難しい顔をしてるのを見て、何を思ったのか椎名さんはニヤリと笑った。
「そーぎ君、何も難しく考える事はない。これクロノとかにも話したけどアイツったら1つも理解出来なかったし。
でもさ、やる事は至極単純なんだ。君たち滅師のやる事はたった一つ」
棒付きの丸いキャンディを唇から出して、それをひらひらさせながら、椎名さんは次にとんでもない事を口にする。
「異世界転生された者、『移動職人』である私が連れて行くその先で出逢うだろうその者に、容赦無く第二の死を与えて欲しい。
───それが『滅師職人』の仕事」
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