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第1章
初シゴト
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全ての泥棒に言えることではないと思うが、泥棒を生業にしている者は、えてして記憶力がいいのではないかと思う。オレの取り調べを担当した刑事も、
「今まで取り調べした泥棒のほとんどの被疑者は、何十件何百件とやっていてもそのほとんどをしっかり覚えていることの方が多い」
と言っていた。オレも全てのことを完璧に覚えているとは言わないが、場所、時間帯、その日の天候、どんな物を盗ったか、誰と行ったかなど、未だ鮮明に覚えていることの方が多い。なぜなのか、泥棒と記憶力の関連性については知りもしないが、多分、泥棒は警戒心が強いからなのではないだろうか。
一度ヤマを踏んだ周辺は、近隣住民や警察も警戒しパトロールなども強化される。だから、短期間の間に同じ地域を狙うのは憚られるし、万が一、その一帯をシゴト道具や盗んだ物を積んだ状態で走って職務質問掛けを食らうとやっかいだ。だから常に、いつ頃、どの辺でヤマを踏んだか忘れないよう覚えていたし、シゴトをしている時はアドレナリンやらドーパミンやらが脳内からチューチュー出まくっている上に、緊張感の中でやっているから記憶に残りやすいのかもしれない。
また、自宅周辺やいつも使う通り道、移動中の後方などにも警戒し、内定調査が来ていないかなど常に気を張っていた。自然と周囲の環境も頭に入りちょっとした変化にも気づくようになっていた。こうした恐怖心と警戒心の生活が習慣化していたから、この頃のことが記憶に残っているのかもしれない。それだからなのか、サルとの初シゴトのことも未だにしっかりと思い出すことができる。
サルとパパラッチに行く約束を交わした数日後の夜、いつもとは違う服装でサルとの待ち合わせ場所に向かった。今日は呑みに行くのではなくパパラッチをしに行くからだ。
季節は梅雨入り前の6月頃、昼間のうちにサルにアポを取っておいて、
「この間話したパパラッチの件、本当に興味あんなら今日試しに行ってみようじゃないか」
と、誘っていたのだ。呑みに行ってから2、3日後のことで少し気も早いと思ったが、サルの気が変わる前にパパラッチをやらせたかったし、オレも収入がなくて生活が苦しかったから早めに実行に移したかったのだ。なんせ、サルへかなり投資してきたから、そろそろシゴトを手伝ってもらって取り返さなくてはならない。
「それなら1回だけ試しについて行くよ。だけど、俺も結婚してるから1回だけだぜ?」
連絡を取るとサルはそう言ってとりあえず了承し、仕事が終わってから合流する、ということになった。
サルの返事を聞いて、やっとパパラッチができると思うと心もウキウキして、昼間のうちに今夜シゴトで使う服装を用意しておいた。暗闇に溶け込むように上下黒色で揃えた作業着で、いわば盗っ人装束だ。
集合時間が近ずいてくると、用意しておいた服装に着替えて、待ち合わせ場所へと向かった。時刻は夜の10時、待ち合わせ場所はオレが寝泊まりしている闇スロ店の最寄り駅のロータリーにした。駅前といっても、埼玉のかなり田舎の方で単線のワンマンしか走っていないような路線の駅だから、この時間ですでにほとんど人通りもない。こんな格好でもとくに気にならないほどだ。
サルは昔から時間にルーズなところがあったが、この日は約束の時間に遅れることなく車で現れた。窓を開けて「よっ、おつかれ」と軽く挨拶を交わすとオレはすぐさま助手席へと乗り込んだ。
サルの車はいつもハンバーガーのゴミやお菓子、飲み物のゴミなどが散らかっておりなかなか汚いのだが、この日は綺麗になっていた。後部座席にあった荷物も全て下ろされ、シートも倒されていた。
今日盗った物はこの車に積もうと考えていたので、予め中を綺麗にするよう伝えておいたのだ。
サルの服装も、普段仕事で使っている普通の作業着だったが、色はオレと同じ黒色一色で盗っ人装束になっていた。このあたりは、サルも元々泥棒をしていたからどんな服装がいいかは言わずもがな分かっているようだ。
向かう場所は元々目をつけていた場所で、すでに下見もしていた。そこまでの道案内をしながら、そこがどんな雰囲気の場所で何を狙うのかを話した。
初シゴトに選んだ場所は、とても小さい水道屋の置き場だった。お互い泥棒の経験はあるとはいえ、コンビでパパラッチをするのは初のため比較的イージーな場所を選んだ。
その置き場は集合場所から車で1時間程走った、埼玉県上尾市内を走る国道17号バイパス沿いの住宅密集地の中にある。その辺り一帯は、比較的古い建物が並ぶ住宅街で一角だけ平屋建ての建物が並んでいるところがある。平屋建ては五、六件ほど建ち並んでいるがそのほとんどが空室で1棟だけ高齢者のおばあさんが住んでいるだけだった。そして、その隣が今夜行く水道屋の置き場になっていたのだ。
置き場といっても何かフェンスのようなもので囲われている訳ではなく、平屋をそのまま置き場兼事務所に使用しているような所だ。その平屋には人が住んでおらず、駐車スペースや庭などの敷地内に塩ビ管や資材、ゴミなどが置かれ、玄関脇には交換した古い蛇口がガラ袋に入れられ十数袋乱雑に積まれていた。今夜狙うのはこのガラ袋に入れられた蛇口である。
蛇口の素材は「真鍮」であり、非鉄金属の中でも銅の次に高値がつくのだ。オレらは、この蛇口のことを通称「ジャグ」と呼んでいた。水道屋以外に解体屋、ガス屋などの置き場にもよく置かれており、kgあたりの単価が高い上に少量でもかなりの重量になることから、このジャグはよく好んで盗んでいた。
しかし、ジャグは他の泥棒もよく狙う素材で、蛇口やバルブなどの真鍮素材の物が置かれた置き場は、それなりの警備がしてあったり、防犯カメラを設置するなど最低限の防犯をしていることが多い。だが、ここの水道屋はなんの警備もしていない、どころか防犯カメラなどの防犯対策も一切せず人もいない、誰でも簡単に侵入できる場所にまるでゴミでも捨てているかのように無造作にジャグが置かれていたのだ。
初シゴトで感覚を掴むには、まさにおあつらえ向きといった場所なのだ。
現場に向かう道すがら簡単にそう説明する。
「本当にそんなに上手くいくのかねぇ?」
「あとは現場を見てみれば分かるさ」
やる気にはなっているもののまだ半信半疑のサル。あとは実際に行って間近で見てみないと分からないだろう。最後にそう説明して、夜の道をサルが運転する車で目的地へと、そして、泥棒への道のりへとオレは案内していった。
時間的に道が空いており、予定よりも早く目的地に到着した。
「ここが例の置き場だよ」
そう言いながら一旦ゆっくりと置き場の前を通り過ぎ、少し離れた場所に車を停めるよう指示した。下見をしているし、人が居ないことも確認済みだが、入る前にもう一度歩いて周囲も含めて確認に行く。時刻は間もなく23時を回るというころ、閑静な住宅街で街灯も少なく人通りは全くない。
置き場を通り過ぎ、1つ目の角を曲がった場所に広い駐車場があるので、適当に空いたスペースに車を停めた。車から降りると煙草に火をつけながら、歩いて置き場へと2人で向かった。
置き場に人は当然いない。隣のおばあさんの部屋も電気が消えているので寝ているようだ。大きな物音を立てなければ問題はないだろう。むしろ気をつけなくてはいけないのは通行人や周囲の住宅だ。この時間ではまだ犬の散歩や仕事帰りの通行人がないとも限らないし、起きているところも多い。この時間に物音がすれば近所の人が様子を見に出てくる可能性もある。
辺りの様子を伺いながら、誰も見ていないことを確認すると、煙草を地面で踏み消し、サルに小さな声で、
「中を見に行こう」
と言い静かに置き場になっている敷地へと入っていった。
敷地内から玄関まで続く真っ直ぐな道を足音に気をつけながら奥へとゆっくり進む。玄関のところまで来ると、以前に下見したとおりに庭や駐車スペースといったところにジャグが入ったガラ袋が無造作に置かれている。ざっと数えると20袋ぐらいはありそうだ。どれもガラ袋に半分以上は入っている。他に、金目の物が置かれてないか確認する。整理整頓されているような感じてはないから、どこに何があるのか分からないが、銅管やパルプなども多少置かれていた。
サルも何を盗るのかは分かっているようで、置かれている物を確認するとオレを見て無言で頷く。
そして、建物や周りを見渡し、一応、カメラや他人から見られているようなことはないか確認すると、そっと置き場を出て車に戻る。
「どうよ、ジャグあったべ?しかも簡単そうだろ?」
「そこそこの量もあるし、あれなら楽勝じゃん」
現場をその目で確認し、サルもいよいよやる気になってきたようだ。
車に戻って時計を見ると、まだ0時前で少し時間が早いということでもう少し待つことにした。とりあえず、煙草に火をつけ、どうやってやるか簡単な打ち合わせをする。
やり方として1番リスクが低くで確実な方法は、単純に2人で敷地内からガラ袋を一袋ずつ持って出て、車まで運ぶか、途中まで運び出し、そこから車に積むというやり方だ。これなら途中で万が一置き場に人が来たり、通行人や近所の人に見られても、バックレて走って逃げればいい。車をもっと遠くに離して停めておけば、車を誰かに見られることもないし、通報で警察が来ても車がバレるということはない。
しかし、そのやり方ではとにかく時間が掛かり過ぎるというデメリットもある。泥棒は基本シゴトに時間は掛けたくない。時間を掛けるとそれだけ人に見られる危険もあるし、周りが異変に気付く可能性もある。どれだけ静かに運んでも多少の物音はするし、そもそも体力が持つかも分からない。ジャグが入ったガラ袋は10kg以上はあるから、そんな物を両手に持って長い距離を何度も往復できるとも限らない。
ここは逆に思い切って一気にやっつけてしまう方法がいいかもしれないと思った。
ジャグが置いてあるところまでは車をベタ付けすることができる。そして、ベタ付けにしたら音が出るのも構わず「ガチャ積み」にしてしまうのだ。ガチャ積みとは、音が出ることや綺麗に積むことを一切気にせず、とにかく車の中に放り投げるように積んでいく方法だ。
ガチャ積みにすると、ものすごい音が出るし、かさばって量も詰めなくなる。だがしかし、とにかく積み込むスピードが早く短時間で終わらせることができるという、泥棒にとってはかなりのアドバンテージにもなる。
抜き足・差し脚・忍足で静かに盗むか、勢に任せてやりっ放しでやるか、どちらを選択するかは盗む物やその場の状況にもよるが、今回はガチャ積みにした方がいいのではないかと思った。
サルにそのやり方を説明すると、少し考えたあとで、
「確かにこの状況ならその方がかえっていいかもしれない。量的にも一瞬で詰めるだろうし、なんせ運ぶ手間を考えたらそれでいこうぜ」
と、サルもガチャ積みに賛成のようだ。この辺の度胸や状況判断は、サルも泥棒経験者ならではというところだろうか。
そうと決まり、あとは時間帯だが、いくらシゴトを短時間で済ますとはいえ、0時前はやはり少し早すぎる。まだまだ起きている家もあるし、普段聞かない物音がすれば(なんだ?)と近所の人が出てきかねない。というか、起きていれば出てくるだろう。近所の家が寝静まり、家の電気が消える頃、2、3時頃狙おうということになった。
とりあえず、今車を停めているところから少し移動し、しばらく時間を潰すことにした。
少し離れたところに、自動販売機がありそこで飲み物を買い、車の中で待機することにした。
本当にどうでもいい余談だが、こういう時の時間潰しに携帯アプリの「トゥーンブラスト」というゲームをやっていたのだが、後に警察に逮捕され携帯を押収され調べられた際、刑事から、
「逮捕したほとんどの泥棒は、何故か知らないがトゥーンブラストのアプリ入れてる奴が多いんだよ」
と言われた。本当かどうか知らないが、オレの共犯者も皆「トゥーンブラスト」のアプリは入れていた。まあストーリー性のないパッとできるアプリゲームだからいい暇つぶしにはなる。本当にどうでもいい話。
そうこうしているうちに時刻は深夜の2時頃。そろそろいい時間だろうということでさっき車を停めていた所まで戻ることにした。
車を停め、再度置き場まで歩いて最後の確認をする。この時間、通行人は皆無で隣の家などの明かりもほとんどが消えている。置き場を直接見ることができる家の明かりは点いていない。
最後の確認が終わると、とりあえず自分たちの準備、手袋や覆面を用意し、一応、もう30分だけ待ってから始めることにした。
この30分が意味するところは、例えば、近所の人が煙草を吸いに玄関などに出ていて、吸い終わってたった今家の中に戻ったばかりかもしれないし、たった今リビングから電気を消して寝室に向かっているかもしれないなど、電気が消えていてもまだ布団に入っていない、寝ていないという状況もあるかもしれないからだ。物音がしたらすぐに出てくるかもしれない、そんなことを考えての、とりあえずの30分なのだ。起きていても布団の中に入ってしまえば、物音がしても意外と外に出てこないものだし、出てくるまでほんの数秒だが時間が掛かる。泥棒は、そんなことまで考えて行動しているのだ。この30分を置くか置かないかで大分違うとオレは思う。
さらに30分が経ち、シゴト前の最後の一服を済ませると、いよいよシゴトに取り掛かる。
まず、予め用意しておいたアルミテープで前後の車のナンバープレートを隠した。防犯カメラは無いとはいえ、置き場に直接車をつけるのだから、ナンバープレートを隠すのは必須だ。万が一通行人が来たらナンバープレートを見られてしまうかもしれないし、気づかなかっただけでどこかに防犯カメラがあるかもしれない。今では一般住宅でも防犯カメラを設置していることが多くなった。特に今回のような住宅街では、他の建物の防犯カメラも要注意だ。ここまで来るまでにも気を付けていなくてはならない。そこが一本道なら、必ず警察は防犯カメラがあるところを追いかけて解析をする。だから、今回もここに来るまでの道中もルートを含めて色々気を使ってきた。
そして、最後にどこにどう車をつけるか、どうやってやるか、役割なども含めて動線などを確認し、オレとサルは、覆面を被りスタートさせた。
サルは車に乗り込み、オレは独りで早歩きで置き場の入口まで行った。入口に先に到着すると、通行人や周りに人が居ないことを確認するとサルに向かって手を挙げた。それを見ていたサルは、車のヘッドライトも点けずにこちらに向かってくる。
入口で一旦車を切り返すと、バックでそのまま置き場の中へと入っていった。敷地の入口からジャグがあるところまで4mあまりだ。声を出して「オーライ」などと言えないので、とりあえず、手だけでバックの合図を送る。真っ暗の中、ライトは一切点けず頼りはバックライトとブレーキランプ、それとオレの合図だけだ。
ジャグが置いてあるところまで真っ直ぐ来ると、オレは車のボディを軽く叩いて止まれの合図を送り、すぐさまハッチバックを開ける。そのまま足元のジャグが入ったガラ袋を手に取り、荷台に積んでいく。
サルもエンジンを点けたまま素早く降りてくると、すぐさま同じようにガラ袋を積み始める。持ち上げ、動かし、積み込む度に「ガチャガチャ」と音が出るが、1度始めてしまったらもう後戻りはできない。このまま近所の人が物音に気付き、様子を見に来る前に積み終えて逃げなければならない。
物音が出ることを気にすることなく素早く積み込みながらも、周りの警戒も意識はしている。万が一、人が出てきて見られた場合は、残りの物は盗むのを諦め、逃げなければならないから。
今回のような単純でイージーな盗みでも、やはり、下見の段階から実際に積んでいる間も、絶えず様々な思考が頭をよぎってくるものだ。
積み始めは、ガラ袋も手前にあるからパッパッと積めた。しかし、少しずつガラ袋の置いてある位置も奥まっていくので短い距離でも、両手にガラ袋を持ってピストンするのもかなりキツい。だか、休憩などせずノンストップで積み込まなければならない。
ジャグの入ったガラ袋をあらかた積み込むと、1m程に切られた銅管も手に取り、車に詰め込んだ。大した量ではないが、盗れるものは盗っていく。
盗れるものは大方盗ったら、最後にこぼれ落ちたバラのジャグも拾い集め車に積んでいく。
「よし、このへんで終わりにしよう」
ジャグの入ったガラ袋を全て積み、他に金になりそうな物もないので、オレはサルにそう言って車のハッチバックを閉めた。サルも素早く運転席に乗り込む。オレは、一旦置き場の外へと素早く出た。通行人や周りの住宅から人が見ていないか素早く確認すると、サルに手を挙げて合図を送る。それを見てサルは車を動かし置き場の外へと出て、初めに車を停めた駐車場へと走っていった。オレは小走りに駐車場まで戻り素早く助手席に乗り込むと、再び車を走らせたその場を後にした。時計を見ると、置き場に入っていたのは実質5分程のことだった。
数十m走らせたところで一旦車を停めた。そこでナンバープレートに貼っていたテープを剥がした。
「どうよ、楽勝だったろ?」
「ああ、全然楽勝だったな!あとはこいつがいくらになるかが楽しみだ!」
そう聞くと、仕事を終えたサルも、もう緊張感から解放されているのかそのように答えた。ここまで来ればとりあえずは安心で、あとはこのジャグを売りに行くだけだ。
盗った物は、スクラップ屋などの金属買取店に持ち込めば、誰でも身分証明書の提示もすることなく、持ち込んだ物の重さに乗じた金額で買い取ってもらうことができる。
だが、時刻は深夜3時を過ぎている。ほとんどのスクラップ屋は、午後6~7時には閉まっている。この時間にやっているスクラップ屋はまずない。
しかし、実は埼玉県の三芳町という所に県内で唯一の24時間営業のスクラップ屋があるのだ。「ハブ」という中国系がやっているスクラップ屋で、そこは泥棒御用達とも言われている買取店なのだ。
少し遠いが、深夜なので割かし早く着けるだろうし、この時間に買い取ってもらえる所もないから、そこに向かうことにした。
本来なら、朝の開店まで待つところだが、サルも次の日の仕事があるし、なんせ泥棒は、仕事をしたら早く金に替えたい。それに、サルにもまずは手に銭を握らせて帰したかったからだ。今積んでいる物が幾らになるのか、取らぬ狸の皮算用をしながら「ハブ」へと向かった。
やはり道が空いていて、1時間程でハブまで着いた。
ハブに着くと、まずそのまま車で敷地内へと入っていく。クルマが入場してきたことを伝える警報音のような音が場内に響き渡る。初めて来た人は、まずこの大きな音に驚くことだろう。何も悪いことしていないのに、いや、悪いことしてきたからか、この侵入を伝えるような警報音に驚くものだ。オレも初めは驚かそれた。この音が鳴ると、事務室の窓から人がこちらを覗いてくる。
敷地内に入ると、ちょうど事務室の前あたりに地面に鉄板のような物が埋め込まれている。これは「台貫」といわれるもので、車両やその積載物の重量を計測する大型の秤(はかり)だ。そこに、そのまま車ごと乗ると、事務室の窓の上あたりに総重量が表示される。この重さから積荷を下ろしたあとの総重量を引けば、積んでいた物の重さが解るという仕組みだ。
車を台貫の上に乗せて、数秒ほど待機する。すると、ジリリリリリッとベルがなり計測終了の合図があり、車を前に進める。
敷地内は看板や案内など何も無いが、暗黙のルールで何をどこに降ろすのかが決められている。オレは過去に何度も来ていて分かっているから、そのまま真鍮を降ろす場所まで移動した。
その場所まで行くと車から降り、荷台のハッチバックを開ける。事務室から出てきた中国人の従業員がカタコトの日本語で、
「コレシンチュウ?ゼンブオロス?」
と聞いてくる。
「ああ、全部降ろしてくれ。ちなみに真鍮は今幾らになんの?」
「シンチュウハ、イマ800円」
そうして、従業員が荷物を降ろすのを手伝ってくれる。ガラ袋に入ったまま降ろすと、ガラ袋の処分代を引かれるので、袋から全て出して車に戻した。この袋は、帰り道のどこか適当な所で捨ててしまえばいい。
降ろし終わると、車に乗り再び台貫上に車ごと乗る。数秒後、ジリリリリッ合図が鳴り、事務所の前に車を着けて、事務所の窓口まで行って買取手続きをする。
手続きと言っても大袈裟なことは何も無く、台貫で測った重さの差額分に、その当時の真鍮の1キロ当たりのレートを掛けた金額を受け取り、受取書に適当な偽名でサインするだけだ。このとき、住所を聞かれたり、身分証明書の提示を求められることは一切ない。
金額を確認すると、
¥160,000—
になった。このときの真鍮のレートはkg¥800—だったから、車に200kg積んでいたということだ。
オレは、この現金を持って車に乗った。
「幾らになった?」
車に乗ると、早速サルが聞いてきた。
「とりあえず、そこのコンビニに寄ろう」
すぐに金額は伝えずに、目の前のコンビニに寄った。煙草に火をつけながら、
「幾らになったと思う?」
「えー、分からねえなぁ。でも、10万はいってて欲しいよなぁ」
「なら、10万になったということで、5万ずつにして残りはオレが貰っていい?」
「おいおい、そりゃないよー。もしかして、もっといってんの?」
そんなくだらない会話をしながら、サルに16万になったことを伝えて現金を見せると、
「うおい、マジかよ!あんな短時間で10万超かよ!パパラッチ超ボロいじゃん!」
この金額にサルは意外と満足してくれたみたいだ。もしかしたら、「これしかならねーのかよ」なんて言われかねないと危惧していたから。思ったより好感で良かった。
「それじゃ、2人で8万ずつか。いやー、割といいバイトになったは」
サルがそう言うと、
「いゃ、車はお前が出したし、車代として10万持っていけ。残りの6万はオレが貰う」
そう言って、サルに10万渡した。サルは、取り半(半分ずつ)でいいよ、と一応言ってきたが、オレはすぐに10万を渡すと
「それじゃ有難く受け取るよ」
とすぐに財布にしまった。本来ならばこういうシノギで手に入れた金は取り半にするのが通例だが、初めてであまりいい思いができないと2回目に来てくれなくなってしまうかもしれないから、とりあえず1回目は多く渡すことにした。
そうなると、2回目以降もサルの車を使うとまた車代をよこせとなりそうなものだが、そのときは、昼間オレもネタを探して足使ってるんだから、取り半にしようとでも言えば問題ないだろう。なんせ、初めが肝心だから。
これで完全にシゴトを終え、待ち合わせの場所まで送ってもらい、解散となった。
帰り際、
「まだ他にもやれるところあるけど時間ある時また行くかね?」
と聞くと、
「次も誘ってくれよ!楽勝でこれだけ金になるならボロいじゃん!よろしく頼むな」
と言っていた。
このときサルは、まだパパラッチを軽い小遣い稼ぎ程度にしか思っていなかったのだろうが、これから、破滅するまでどんどん泥棒稼業にのめり込んいくだろうということに、まだまだ気付いてはいなかった。
いずれにしろ、オレとサルとの初シゴトはこうして無事に終わった。そして、これからこのコンビで主に埼玉県内を的にかけてパパラッチをしていくことになる。
「今まで取り調べした泥棒のほとんどの被疑者は、何十件何百件とやっていてもそのほとんどをしっかり覚えていることの方が多い」
と言っていた。オレも全てのことを完璧に覚えているとは言わないが、場所、時間帯、その日の天候、どんな物を盗ったか、誰と行ったかなど、未だ鮮明に覚えていることの方が多い。なぜなのか、泥棒と記憶力の関連性については知りもしないが、多分、泥棒は警戒心が強いからなのではないだろうか。
一度ヤマを踏んだ周辺は、近隣住民や警察も警戒しパトロールなども強化される。だから、短期間の間に同じ地域を狙うのは憚られるし、万が一、その一帯をシゴト道具や盗んだ物を積んだ状態で走って職務質問掛けを食らうとやっかいだ。だから常に、いつ頃、どの辺でヤマを踏んだか忘れないよう覚えていたし、シゴトをしている時はアドレナリンやらドーパミンやらが脳内からチューチュー出まくっている上に、緊張感の中でやっているから記憶に残りやすいのかもしれない。
また、自宅周辺やいつも使う通り道、移動中の後方などにも警戒し、内定調査が来ていないかなど常に気を張っていた。自然と周囲の環境も頭に入りちょっとした変化にも気づくようになっていた。こうした恐怖心と警戒心の生活が習慣化していたから、この頃のことが記憶に残っているのかもしれない。それだからなのか、サルとの初シゴトのことも未だにしっかりと思い出すことができる。
サルとパパラッチに行く約束を交わした数日後の夜、いつもとは違う服装でサルとの待ち合わせ場所に向かった。今日は呑みに行くのではなくパパラッチをしに行くからだ。
季節は梅雨入り前の6月頃、昼間のうちにサルにアポを取っておいて、
「この間話したパパラッチの件、本当に興味あんなら今日試しに行ってみようじゃないか」
と、誘っていたのだ。呑みに行ってから2、3日後のことで少し気も早いと思ったが、サルの気が変わる前にパパラッチをやらせたかったし、オレも収入がなくて生活が苦しかったから早めに実行に移したかったのだ。なんせ、サルへかなり投資してきたから、そろそろシゴトを手伝ってもらって取り返さなくてはならない。
「それなら1回だけ試しについて行くよ。だけど、俺も結婚してるから1回だけだぜ?」
連絡を取るとサルはそう言ってとりあえず了承し、仕事が終わってから合流する、ということになった。
サルの返事を聞いて、やっとパパラッチができると思うと心もウキウキして、昼間のうちに今夜シゴトで使う服装を用意しておいた。暗闇に溶け込むように上下黒色で揃えた作業着で、いわば盗っ人装束だ。
集合時間が近ずいてくると、用意しておいた服装に着替えて、待ち合わせ場所へと向かった。時刻は夜の10時、待ち合わせ場所はオレが寝泊まりしている闇スロ店の最寄り駅のロータリーにした。駅前といっても、埼玉のかなり田舎の方で単線のワンマンしか走っていないような路線の駅だから、この時間ですでにほとんど人通りもない。こんな格好でもとくに気にならないほどだ。
サルは昔から時間にルーズなところがあったが、この日は約束の時間に遅れることなく車で現れた。窓を開けて「よっ、おつかれ」と軽く挨拶を交わすとオレはすぐさま助手席へと乗り込んだ。
サルの車はいつもハンバーガーのゴミやお菓子、飲み物のゴミなどが散らかっておりなかなか汚いのだが、この日は綺麗になっていた。後部座席にあった荷物も全て下ろされ、シートも倒されていた。
今日盗った物はこの車に積もうと考えていたので、予め中を綺麗にするよう伝えておいたのだ。
サルの服装も、普段仕事で使っている普通の作業着だったが、色はオレと同じ黒色一色で盗っ人装束になっていた。このあたりは、サルも元々泥棒をしていたからどんな服装がいいかは言わずもがな分かっているようだ。
向かう場所は元々目をつけていた場所で、すでに下見もしていた。そこまでの道案内をしながら、そこがどんな雰囲気の場所で何を狙うのかを話した。
初シゴトに選んだ場所は、とても小さい水道屋の置き場だった。お互い泥棒の経験はあるとはいえ、コンビでパパラッチをするのは初のため比較的イージーな場所を選んだ。
その置き場は集合場所から車で1時間程走った、埼玉県上尾市内を走る国道17号バイパス沿いの住宅密集地の中にある。その辺り一帯は、比較的古い建物が並ぶ住宅街で一角だけ平屋建ての建物が並んでいるところがある。平屋建ては五、六件ほど建ち並んでいるがそのほとんどが空室で1棟だけ高齢者のおばあさんが住んでいるだけだった。そして、その隣が今夜行く水道屋の置き場になっていたのだ。
置き場といっても何かフェンスのようなもので囲われている訳ではなく、平屋をそのまま置き場兼事務所に使用しているような所だ。その平屋には人が住んでおらず、駐車スペースや庭などの敷地内に塩ビ管や資材、ゴミなどが置かれ、玄関脇には交換した古い蛇口がガラ袋に入れられ十数袋乱雑に積まれていた。今夜狙うのはこのガラ袋に入れられた蛇口である。
蛇口の素材は「真鍮」であり、非鉄金属の中でも銅の次に高値がつくのだ。オレらは、この蛇口のことを通称「ジャグ」と呼んでいた。水道屋以外に解体屋、ガス屋などの置き場にもよく置かれており、kgあたりの単価が高い上に少量でもかなりの重量になることから、このジャグはよく好んで盗んでいた。
しかし、ジャグは他の泥棒もよく狙う素材で、蛇口やバルブなどの真鍮素材の物が置かれた置き場は、それなりの警備がしてあったり、防犯カメラを設置するなど最低限の防犯をしていることが多い。だが、ここの水道屋はなんの警備もしていない、どころか防犯カメラなどの防犯対策も一切せず人もいない、誰でも簡単に侵入できる場所にまるでゴミでも捨てているかのように無造作にジャグが置かれていたのだ。
初シゴトで感覚を掴むには、まさにおあつらえ向きといった場所なのだ。
現場に向かう道すがら簡単にそう説明する。
「本当にそんなに上手くいくのかねぇ?」
「あとは現場を見てみれば分かるさ」
やる気にはなっているもののまだ半信半疑のサル。あとは実際に行って間近で見てみないと分からないだろう。最後にそう説明して、夜の道をサルが運転する車で目的地へと、そして、泥棒への道のりへとオレは案内していった。
時間的に道が空いており、予定よりも早く目的地に到着した。
「ここが例の置き場だよ」
そう言いながら一旦ゆっくりと置き場の前を通り過ぎ、少し離れた場所に車を停めるよう指示した。下見をしているし、人が居ないことも確認済みだが、入る前にもう一度歩いて周囲も含めて確認に行く。時刻は間もなく23時を回るというころ、閑静な住宅街で街灯も少なく人通りは全くない。
置き場を通り過ぎ、1つ目の角を曲がった場所に広い駐車場があるので、適当に空いたスペースに車を停めた。車から降りると煙草に火をつけながら、歩いて置き場へと2人で向かった。
置き場に人は当然いない。隣のおばあさんの部屋も電気が消えているので寝ているようだ。大きな物音を立てなければ問題はないだろう。むしろ気をつけなくてはいけないのは通行人や周囲の住宅だ。この時間ではまだ犬の散歩や仕事帰りの通行人がないとも限らないし、起きているところも多い。この時間に物音がすれば近所の人が様子を見に出てくる可能性もある。
辺りの様子を伺いながら、誰も見ていないことを確認すると、煙草を地面で踏み消し、サルに小さな声で、
「中を見に行こう」
と言い静かに置き場になっている敷地へと入っていった。
敷地内から玄関まで続く真っ直ぐな道を足音に気をつけながら奥へとゆっくり進む。玄関のところまで来ると、以前に下見したとおりに庭や駐車スペースといったところにジャグが入ったガラ袋が無造作に置かれている。ざっと数えると20袋ぐらいはありそうだ。どれもガラ袋に半分以上は入っている。他に、金目の物が置かれてないか確認する。整理整頓されているような感じてはないから、どこに何があるのか分からないが、銅管やパルプなども多少置かれていた。
サルも何を盗るのかは分かっているようで、置かれている物を確認するとオレを見て無言で頷く。
そして、建物や周りを見渡し、一応、カメラや他人から見られているようなことはないか確認すると、そっと置き場を出て車に戻る。
「どうよ、ジャグあったべ?しかも簡単そうだろ?」
「そこそこの量もあるし、あれなら楽勝じゃん」
現場をその目で確認し、サルもいよいよやる気になってきたようだ。
車に戻って時計を見ると、まだ0時前で少し時間が早いということでもう少し待つことにした。とりあえず、煙草に火をつけ、どうやってやるか簡単な打ち合わせをする。
やり方として1番リスクが低くで確実な方法は、単純に2人で敷地内からガラ袋を一袋ずつ持って出て、車まで運ぶか、途中まで運び出し、そこから車に積むというやり方だ。これなら途中で万が一置き場に人が来たり、通行人や近所の人に見られても、バックレて走って逃げればいい。車をもっと遠くに離して停めておけば、車を誰かに見られることもないし、通報で警察が来ても車がバレるということはない。
しかし、そのやり方ではとにかく時間が掛かり過ぎるというデメリットもある。泥棒は基本シゴトに時間は掛けたくない。時間を掛けるとそれだけ人に見られる危険もあるし、周りが異変に気付く可能性もある。どれだけ静かに運んでも多少の物音はするし、そもそも体力が持つかも分からない。ジャグが入ったガラ袋は10kg以上はあるから、そんな物を両手に持って長い距離を何度も往復できるとも限らない。
ここは逆に思い切って一気にやっつけてしまう方法がいいかもしれないと思った。
ジャグが置いてあるところまでは車をベタ付けすることができる。そして、ベタ付けにしたら音が出るのも構わず「ガチャ積み」にしてしまうのだ。ガチャ積みとは、音が出ることや綺麗に積むことを一切気にせず、とにかく車の中に放り投げるように積んでいく方法だ。
ガチャ積みにすると、ものすごい音が出るし、かさばって量も詰めなくなる。だがしかし、とにかく積み込むスピードが早く短時間で終わらせることができるという、泥棒にとってはかなりのアドバンテージにもなる。
抜き足・差し脚・忍足で静かに盗むか、勢に任せてやりっ放しでやるか、どちらを選択するかは盗む物やその場の状況にもよるが、今回はガチャ積みにした方がいいのではないかと思った。
サルにそのやり方を説明すると、少し考えたあとで、
「確かにこの状況ならその方がかえっていいかもしれない。量的にも一瞬で詰めるだろうし、なんせ運ぶ手間を考えたらそれでいこうぜ」
と、サルもガチャ積みに賛成のようだ。この辺の度胸や状況判断は、サルも泥棒経験者ならではというところだろうか。
そうと決まり、あとは時間帯だが、いくらシゴトを短時間で済ますとはいえ、0時前はやはり少し早すぎる。まだまだ起きている家もあるし、普段聞かない物音がすれば(なんだ?)と近所の人が出てきかねない。というか、起きていれば出てくるだろう。近所の家が寝静まり、家の電気が消える頃、2、3時頃狙おうということになった。
とりあえず、今車を停めているところから少し移動し、しばらく時間を潰すことにした。
少し離れたところに、自動販売機がありそこで飲み物を買い、車の中で待機することにした。
本当にどうでもいい余談だが、こういう時の時間潰しに携帯アプリの「トゥーンブラスト」というゲームをやっていたのだが、後に警察に逮捕され携帯を押収され調べられた際、刑事から、
「逮捕したほとんどの泥棒は、何故か知らないがトゥーンブラストのアプリ入れてる奴が多いんだよ」
と言われた。本当かどうか知らないが、オレの共犯者も皆「トゥーンブラスト」のアプリは入れていた。まあストーリー性のないパッとできるアプリゲームだからいい暇つぶしにはなる。本当にどうでもいい話。
そうこうしているうちに時刻は深夜の2時頃。そろそろいい時間だろうということでさっき車を停めていた所まで戻ることにした。
車を停め、再度置き場まで歩いて最後の確認をする。この時間、通行人は皆無で隣の家などの明かりもほとんどが消えている。置き場を直接見ることができる家の明かりは点いていない。
最後の確認が終わると、とりあえず自分たちの準備、手袋や覆面を用意し、一応、もう30分だけ待ってから始めることにした。
この30分が意味するところは、例えば、近所の人が煙草を吸いに玄関などに出ていて、吸い終わってたった今家の中に戻ったばかりかもしれないし、たった今リビングから電気を消して寝室に向かっているかもしれないなど、電気が消えていてもまだ布団に入っていない、寝ていないという状況もあるかもしれないからだ。物音がしたらすぐに出てくるかもしれない、そんなことを考えての、とりあえずの30分なのだ。起きていても布団の中に入ってしまえば、物音がしても意外と外に出てこないものだし、出てくるまでほんの数秒だが時間が掛かる。泥棒は、そんなことまで考えて行動しているのだ。この30分を置くか置かないかで大分違うとオレは思う。
さらに30分が経ち、シゴト前の最後の一服を済ませると、いよいよシゴトに取り掛かる。
まず、予め用意しておいたアルミテープで前後の車のナンバープレートを隠した。防犯カメラは無いとはいえ、置き場に直接車をつけるのだから、ナンバープレートを隠すのは必須だ。万が一通行人が来たらナンバープレートを見られてしまうかもしれないし、気づかなかっただけでどこかに防犯カメラがあるかもしれない。今では一般住宅でも防犯カメラを設置していることが多くなった。特に今回のような住宅街では、他の建物の防犯カメラも要注意だ。ここまで来るまでにも気を付けていなくてはならない。そこが一本道なら、必ず警察は防犯カメラがあるところを追いかけて解析をする。だから、今回もここに来るまでの道中もルートを含めて色々気を使ってきた。
そして、最後にどこにどう車をつけるか、どうやってやるか、役割なども含めて動線などを確認し、オレとサルは、覆面を被りスタートさせた。
サルは車に乗り込み、オレは独りで早歩きで置き場の入口まで行った。入口に先に到着すると、通行人や周りに人が居ないことを確認するとサルに向かって手を挙げた。それを見ていたサルは、車のヘッドライトも点けずにこちらに向かってくる。
入口で一旦車を切り返すと、バックでそのまま置き場の中へと入っていった。敷地の入口からジャグがあるところまで4mあまりだ。声を出して「オーライ」などと言えないので、とりあえず、手だけでバックの合図を送る。真っ暗の中、ライトは一切点けず頼りはバックライトとブレーキランプ、それとオレの合図だけだ。
ジャグが置いてあるところまで真っ直ぐ来ると、オレは車のボディを軽く叩いて止まれの合図を送り、すぐさまハッチバックを開ける。そのまま足元のジャグが入ったガラ袋を手に取り、荷台に積んでいく。
サルもエンジンを点けたまま素早く降りてくると、すぐさま同じようにガラ袋を積み始める。持ち上げ、動かし、積み込む度に「ガチャガチャ」と音が出るが、1度始めてしまったらもう後戻りはできない。このまま近所の人が物音に気付き、様子を見に来る前に積み終えて逃げなければならない。
物音が出ることを気にすることなく素早く積み込みながらも、周りの警戒も意識はしている。万が一、人が出てきて見られた場合は、残りの物は盗むのを諦め、逃げなければならないから。
今回のような単純でイージーな盗みでも、やはり、下見の段階から実際に積んでいる間も、絶えず様々な思考が頭をよぎってくるものだ。
積み始めは、ガラ袋も手前にあるからパッパッと積めた。しかし、少しずつガラ袋の置いてある位置も奥まっていくので短い距離でも、両手にガラ袋を持ってピストンするのもかなりキツい。だか、休憩などせずノンストップで積み込まなければならない。
ジャグの入ったガラ袋をあらかた積み込むと、1m程に切られた銅管も手に取り、車に詰め込んだ。大した量ではないが、盗れるものは盗っていく。
盗れるものは大方盗ったら、最後にこぼれ落ちたバラのジャグも拾い集め車に積んでいく。
「よし、このへんで終わりにしよう」
ジャグの入ったガラ袋を全て積み、他に金になりそうな物もないので、オレはサルにそう言って車のハッチバックを閉めた。サルも素早く運転席に乗り込む。オレは、一旦置き場の外へと素早く出た。通行人や周りの住宅から人が見ていないか素早く確認すると、サルに手を挙げて合図を送る。それを見てサルは車を動かし置き場の外へと出て、初めに車を停めた駐車場へと走っていった。オレは小走りに駐車場まで戻り素早く助手席に乗り込むと、再び車を走らせたその場を後にした。時計を見ると、置き場に入っていたのは実質5分程のことだった。
数十m走らせたところで一旦車を停めた。そこでナンバープレートに貼っていたテープを剥がした。
「どうよ、楽勝だったろ?」
「ああ、全然楽勝だったな!あとはこいつがいくらになるかが楽しみだ!」
そう聞くと、仕事を終えたサルも、もう緊張感から解放されているのかそのように答えた。ここまで来ればとりあえずは安心で、あとはこのジャグを売りに行くだけだ。
盗った物は、スクラップ屋などの金属買取店に持ち込めば、誰でも身分証明書の提示もすることなく、持ち込んだ物の重さに乗じた金額で買い取ってもらうことができる。
だが、時刻は深夜3時を過ぎている。ほとんどのスクラップ屋は、午後6~7時には閉まっている。この時間にやっているスクラップ屋はまずない。
しかし、実は埼玉県の三芳町という所に県内で唯一の24時間営業のスクラップ屋があるのだ。「ハブ」という中国系がやっているスクラップ屋で、そこは泥棒御用達とも言われている買取店なのだ。
少し遠いが、深夜なので割かし早く着けるだろうし、この時間に買い取ってもらえる所もないから、そこに向かうことにした。
本来なら、朝の開店まで待つところだが、サルも次の日の仕事があるし、なんせ泥棒は、仕事をしたら早く金に替えたい。それに、サルにもまずは手に銭を握らせて帰したかったからだ。今積んでいる物が幾らになるのか、取らぬ狸の皮算用をしながら「ハブ」へと向かった。
やはり道が空いていて、1時間程でハブまで着いた。
ハブに着くと、まずそのまま車で敷地内へと入っていく。クルマが入場してきたことを伝える警報音のような音が場内に響き渡る。初めて来た人は、まずこの大きな音に驚くことだろう。何も悪いことしていないのに、いや、悪いことしてきたからか、この侵入を伝えるような警報音に驚くものだ。オレも初めは驚かそれた。この音が鳴ると、事務室の窓から人がこちらを覗いてくる。
敷地内に入ると、ちょうど事務室の前あたりに地面に鉄板のような物が埋め込まれている。これは「台貫」といわれるもので、車両やその積載物の重量を計測する大型の秤(はかり)だ。そこに、そのまま車ごと乗ると、事務室の窓の上あたりに総重量が表示される。この重さから積荷を下ろしたあとの総重量を引けば、積んでいた物の重さが解るという仕組みだ。
車を台貫の上に乗せて、数秒ほど待機する。すると、ジリリリリリッとベルがなり計測終了の合図があり、車を前に進める。
敷地内は看板や案内など何も無いが、暗黙のルールで何をどこに降ろすのかが決められている。オレは過去に何度も来ていて分かっているから、そのまま真鍮を降ろす場所まで移動した。
その場所まで行くと車から降り、荷台のハッチバックを開ける。事務室から出てきた中国人の従業員がカタコトの日本語で、
「コレシンチュウ?ゼンブオロス?」
と聞いてくる。
「ああ、全部降ろしてくれ。ちなみに真鍮は今幾らになんの?」
「シンチュウハ、イマ800円」
そうして、従業員が荷物を降ろすのを手伝ってくれる。ガラ袋に入ったまま降ろすと、ガラ袋の処分代を引かれるので、袋から全て出して車に戻した。この袋は、帰り道のどこか適当な所で捨ててしまえばいい。
降ろし終わると、車に乗り再び台貫上に車ごと乗る。数秒後、ジリリリリッ合図が鳴り、事務所の前に車を着けて、事務所の窓口まで行って買取手続きをする。
手続きと言っても大袈裟なことは何も無く、台貫で測った重さの差額分に、その当時の真鍮の1キロ当たりのレートを掛けた金額を受け取り、受取書に適当な偽名でサインするだけだ。このとき、住所を聞かれたり、身分証明書の提示を求められることは一切ない。
金額を確認すると、
¥160,000—
になった。このときの真鍮のレートはkg¥800—だったから、車に200kg積んでいたということだ。
オレは、この現金を持って車に乗った。
「幾らになった?」
車に乗ると、早速サルが聞いてきた。
「とりあえず、そこのコンビニに寄ろう」
すぐに金額は伝えずに、目の前のコンビニに寄った。煙草に火をつけながら、
「幾らになったと思う?」
「えー、分からねえなぁ。でも、10万はいってて欲しいよなぁ」
「なら、10万になったということで、5万ずつにして残りはオレが貰っていい?」
「おいおい、そりゃないよー。もしかして、もっといってんの?」
そんなくだらない会話をしながら、サルに16万になったことを伝えて現金を見せると、
「うおい、マジかよ!あんな短時間で10万超かよ!パパラッチ超ボロいじゃん!」
この金額にサルは意外と満足してくれたみたいだ。もしかしたら、「これしかならねーのかよ」なんて言われかねないと危惧していたから。思ったより好感で良かった。
「それじゃ、2人で8万ずつか。いやー、割といいバイトになったは」
サルがそう言うと、
「いゃ、車はお前が出したし、車代として10万持っていけ。残りの6万はオレが貰う」
そう言って、サルに10万渡した。サルは、取り半(半分ずつ)でいいよ、と一応言ってきたが、オレはすぐに10万を渡すと
「それじゃ有難く受け取るよ」
とすぐに財布にしまった。本来ならばこういうシノギで手に入れた金は取り半にするのが通例だが、初めてであまりいい思いができないと2回目に来てくれなくなってしまうかもしれないから、とりあえず1回目は多く渡すことにした。
そうなると、2回目以降もサルの車を使うとまた車代をよこせとなりそうなものだが、そのときは、昼間オレもネタを探して足使ってるんだから、取り半にしようとでも言えば問題ないだろう。なんせ、初めが肝心だから。
これで完全にシゴトを終え、待ち合わせの場所まで送ってもらい、解散となった。
帰り際、
「まだ他にもやれるところあるけど時間ある時また行くかね?」
と聞くと、
「次も誘ってくれよ!楽勝でこれだけ金になるならボロいじゃん!よろしく頼むな」
と言っていた。
このときサルは、まだパパラッチを軽い小遣い稼ぎ程度にしか思っていなかったのだろうが、これから、破滅するまでどんどん泥棒稼業にのめり込んいくだろうということに、まだまだ気付いてはいなかった。
いずれにしろ、オレとサルとの初シゴトはこうして無事に終わった。そして、これからこのコンビで主に埼玉県内を的にかけてパパラッチをしていくことになる。
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