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14話
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「もしかしたらと思ったら、やっぱりジェラルドだったのね」
黒い服に身を包んだアデリーナは微笑んだ。
思わぬ人物との遭遇にジェラルドは一瞬呆けたが、すぐにいつものように口元に笑みを乗せた。
「ここであなたに会うとは思わなかった。……墓参りに来たのか?」
彼女の手元にある白い花束に目を向けると、アデリーナは頷いた。
「お母様がここに眠ってて、時々会いに来てるの。……あなたも、お墓参りに?」
「……ああ。直接の知人ではないが、ご挨拶をしておきたい方々がいるんだ」
エルドレッドに繋がるものは一切悟らせたくはなかったが、既にコンラッドの墓の前に立っていたことは目撃されている。下手に隠すよりは適当に嘘を織り交ぜて誤魔化すほうがいいだろう。
「こちらのターナー家の方々は社長の友人のご家族なんだ」
「ターナー……確か、会社の創設者よね? お父様の幼馴染で、火事で亡くなって会社をお父様に託したって聞いたことがあるわ。……ここで眠っていたのね」
アデリーナは周囲の墓に視線をさまよわせる。ターナーという姓は知っていても、誰が誰だかわからないのだろう。カールの性格やアデリーナとの関係を考えれば、彼女に教えることはなかったのだろう。せいぜい婚約者候補などから軽く話を聞いたことしかなかったのかもしれない。
「良ければ、彼らのことを話そうか?」
口をついて出た言葉に一番驚いたのはジェラルドだ。彼女に家族のことを話せば正体がバレるリスクが上がってしまうのに、何故そんな提案をしてしまったのか。
だが、一度こぼれた言葉はなかったことにはできない。
「ええ。聞きたいわ」
アデリーナの期待を無碍にするわけにもいかず、ジェラルドはコンラッドの墓に目を向けた。
「この墓で眠っているのはコンラッド・ターナー。ターナー家の次男で享年七歳。生きていれば、アデリーナと同じ年の子だ」
「そんなに早くに亡くなったの……」
「社長の話では無邪気な子どもだったそうだ。タルトが大好きで、晴れの日は庭を駆け回り、いつも笑顔で……家族のムードメーカーのような子だった」
「……随分、詳しいのね」
「社長に何度も聞かされたから。大切な友である先代のことをよく知っておいてほしいと」
当然嘘だ。カールは一度たりともジェラルドの前でターナー家の話をしたことなどない。彼らのことを語ったのは火事の直後の時だけで、それ以降は彼らの存在を忘れたかのように口にしたことすらない。
まともな親子関係を築けていないアデリーナはカールにこのことを尋ねることもないだろう。
「時間が経てば経つほど、故人は忘れられていく。だから……アデリーナにも知っておいてほしいんだ。彼らのことを」
適当に取り繕った言葉だが、意外としっくりと来た。自分はアデリーナに家族のことを知っていてほしかったのかもしれない。
彼女が仇の娘だからだろうか。それとも――。
「ええ……私も知りたいわ」
じっと墓を見つめて呟いたアデリーナをハロルドの墓の前へと連れて行く。
「彼は社長と同郷のハロルド・ターナー。昔から温和で女性にモテていたらしい。創設した会社を本来は長兄に継がせる予定だったが、家族全員に万一のことがあったら社長に後を継いでほしいと遺書と印章を託していた」
「……お父様はそこまで信頼されていたのね」
そんなわけがない、とジェラルドは心の中で否定する。すべてカールの捏造だが、印章を奪われ偽の遺書を用意されてみんな信じてしまった。
「ハロルド氏がそんな遺書を用意していたのはただ心配性だったからではない。もしかしたら、家族が殺されるかもしれないと危惧していたからだ」
ジェラルドは淡々と世間で真実だと流布された話をした。住み込みで働き始めたブライアンが盗みを働いたが、前々から彼を怪しんでいたハロルドに見咎められて家に火を放ち、逃亡したと。
「ひどいわね……。ブライアンは捕まってないの?」
「ああ。当時、大々的に捜索がされていたんだが、逃げおおせたようだ」
ブライアンは別人として埋葬されていたのだから、見つかるはずがない。
「三人も殺したのに犯人は野放しなんておかしいわ。今からでも捕まって罪を償うべきよ」
「……そうだな。俺も、心からそう思うよ」
次にジェラルドはクラリッサの墓を紹介した。ハロルドの妻であること、植物が好きだったことなどを話す。
「社長たちとは同郷で、大人になってから偶然再会したことでまた仲良くなったらしい。……アデリーナ?」
先程からアデリーナの反応がないことを不思議に思い、彼女の様子を窺うとその顔はひどく蒼白していた。
「クラリッサ……そう、あれは彼女の、彼らのことだったのね……」
ひとり納得したように呟いたアデリーナはジェラルドの視線に気づき、笑顔で取り繕った。
「ごめんなさい。続けて」
「……わかった。最後が長兄のエルドレッド・ターナー。真面目な性格で、弟の世話をよく見ていたそうだ」
「長兄ってことは火事がなければ、この人が会社を継いでいたのね……」
「……ああ」
アデリーナはひとつひとつの墓に丁寧に祈りを捧げる。その後ろ姿を、ジェラルドはぼんやりと眺めていた。
「ありがとう。挨拶できて良かったわ。……今からお母様のお墓に挨拶に行くんだけど、良かったら来てくれない? あなたを紹介したいの」
その誘いに頷くと、アデリーナは顔をほころばせた。
黒い服に身を包んだアデリーナは微笑んだ。
思わぬ人物との遭遇にジェラルドは一瞬呆けたが、すぐにいつものように口元に笑みを乗せた。
「ここであなたに会うとは思わなかった。……墓参りに来たのか?」
彼女の手元にある白い花束に目を向けると、アデリーナは頷いた。
「お母様がここに眠ってて、時々会いに来てるの。……あなたも、お墓参りに?」
「……ああ。直接の知人ではないが、ご挨拶をしておきたい方々がいるんだ」
エルドレッドに繋がるものは一切悟らせたくはなかったが、既にコンラッドの墓の前に立っていたことは目撃されている。下手に隠すよりは適当に嘘を織り交ぜて誤魔化すほうがいいだろう。
「こちらのターナー家の方々は社長の友人のご家族なんだ」
「ターナー……確か、会社の創設者よね? お父様の幼馴染で、火事で亡くなって会社をお父様に託したって聞いたことがあるわ。……ここで眠っていたのね」
アデリーナは周囲の墓に視線をさまよわせる。ターナーという姓は知っていても、誰が誰だかわからないのだろう。カールの性格やアデリーナとの関係を考えれば、彼女に教えることはなかったのだろう。せいぜい婚約者候補などから軽く話を聞いたことしかなかったのかもしれない。
「良ければ、彼らのことを話そうか?」
口をついて出た言葉に一番驚いたのはジェラルドだ。彼女に家族のことを話せば正体がバレるリスクが上がってしまうのに、何故そんな提案をしてしまったのか。
だが、一度こぼれた言葉はなかったことにはできない。
「ええ。聞きたいわ」
アデリーナの期待を無碍にするわけにもいかず、ジェラルドはコンラッドの墓に目を向けた。
「この墓で眠っているのはコンラッド・ターナー。ターナー家の次男で享年七歳。生きていれば、アデリーナと同じ年の子だ」
「そんなに早くに亡くなったの……」
「社長の話では無邪気な子どもだったそうだ。タルトが大好きで、晴れの日は庭を駆け回り、いつも笑顔で……家族のムードメーカーのような子だった」
「……随分、詳しいのね」
「社長に何度も聞かされたから。大切な友である先代のことをよく知っておいてほしいと」
当然嘘だ。カールは一度たりともジェラルドの前でターナー家の話をしたことなどない。彼らのことを語ったのは火事の直後の時だけで、それ以降は彼らの存在を忘れたかのように口にしたことすらない。
まともな親子関係を築けていないアデリーナはカールにこのことを尋ねることもないだろう。
「時間が経てば経つほど、故人は忘れられていく。だから……アデリーナにも知っておいてほしいんだ。彼らのことを」
適当に取り繕った言葉だが、意外としっくりと来た。自分はアデリーナに家族のことを知っていてほしかったのかもしれない。
彼女が仇の娘だからだろうか。それとも――。
「ええ……私も知りたいわ」
じっと墓を見つめて呟いたアデリーナをハロルドの墓の前へと連れて行く。
「彼は社長と同郷のハロルド・ターナー。昔から温和で女性にモテていたらしい。創設した会社を本来は長兄に継がせる予定だったが、家族全員に万一のことがあったら社長に後を継いでほしいと遺書と印章を託していた」
「……お父様はそこまで信頼されていたのね」
そんなわけがない、とジェラルドは心の中で否定する。すべてカールの捏造だが、印章を奪われ偽の遺書を用意されてみんな信じてしまった。
「ハロルド氏がそんな遺書を用意していたのはただ心配性だったからではない。もしかしたら、家族が殺されるかもしれないと危惧していたからだ」
ジェラルドは淡々と世間で真実だと流布された話をした。住み込みで働き始めたブライアンが盗みを働いたが、前々から彼を怪しんでいたハロルドに見咎められて家に火を放ち、逃亡したと。
「ひどいわね……。ブライアンは捕まってないの?」
「ああ。当時、大々的に捜索がされていたんだが、逃げおおせたようだ」
ブライアンは別人として埋葬されていたのだから、見つかるはずがない。
「三人も殺したのに犯人は野放しなんておかしいわ。今からでも捕まって罪を償うべきよ」
「……そうだな。俺も、心からそう思うよ」
次にジェラルドはクラリッサの墓を紹介した。ハロルドの妻であること、植物が好きだったことなどを話す。
「社長たちとは同郷で、大人になってから偶然再会したことでまた仲良くなったらしい。……アデリーナ?」
先程からアデリーナの反応がないことを不思議に思い、彼女の様子を窺うとその顔はひどく蒼白していた。
「クラリッサ……そう、あれは彼女の、彼らのことだったのね……」
ひとり納得したように呟いたアデリーナはジェラルドの視線に気づき、笑顔で取り繕った。
「ごめんなさい。続けて」
「……わかった。最後が長兄のエルドレッド・ターナー。真面目な性格で、弟の世話をよく見ていたそうだ」
「長兄ってことは火事がなければ、この人が会社を継いでいたのね……」
「……ああ」
アデリーナはひとつひとつの墓に丁寧に祈りを捧げる。その後ろ姿を、ジェラルドはぼんやりと眺めていた。
「ありがとう。挨拶できて良かったわ。……今からお母様のお墓に挨拶に行くんだけど、良かったら来てくれない? あなたを紹介したいの」
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