上 下
16 / 87

新年会へ

しおりを挟む
 「やっぱりスーツ姿の透は格好いいねっ」

 泉はうれしそうに腕に抱きついてくる。

 「…そうかな…変じゃない?なんか動きづらいような…」

 ネクタイを緩めてみたりするがやっぱり違和感が残る。

 …普段着なれない物を着るとこうなるんだよね…。

 スーツを着るのは年に数回程だ。

 幸いなことに体型の変化がなかったのでスーツ自体は着れたが違和感が半端ない。
  
 「似合ってるから大丈夫だよっ」

 エレガントなワンピースを着た泉が微笑む。
 
 綺麗だ…。

 髪を纏めているため彼女の綺麗な首筋やらうなじやらが目に入る。

 つい触れたくなるがガマンだ。

 泉はそんな透に気づいていないのか無防備な行動ばかりする。

 「透…この前プレゼントしたネクタイピン付けてくれたんだね」

 嬉しそうに笑って透の髪を整えてくれるが…距離が近い。

 「…」

 …すぐにキス出来そうな距離に泉の顔…。

 …ガマンだ!

 「あっ透ったら後ろ寝癖ついてるよ?」

 泉が後頭部に手を回して直してくれようとするが…そのせいで目の前に泉のおっぱいが…!!

 「んっ…泉っ!綺麗だよ!」

 我慢できずに泉の背中に手を回して引き寄せる。

 そのまま泉のおっぱいに顔を埋める。

 …最高すぎる…!!

 「あ、ちょっと透ってばっ!」

 泉が慌てたように肩を掴んでくるがもう遅い。

 思いっきり泉のおっぱいに顔を埋めてすりすりする。

 泉の肌…すべすべであったかくって…気持ちいいっ!

 「透っくすぐったいっ…もうっ…」

 泉は身を捩りながらも諦めたのかそっと後頭部を撫でてくれた。

 ほんの少しの間泉に抱きしめられながら泉の胸の感触を楽しんでいた。





 泉のじいちゃんが経営するホテルで今日は水野グループの新年会が行われる。

 もう親族なのだから顔合わせだと思って遊びにおいで…泉のじいちゃんはそう言ってくれた。

 じいちゃんは気を遣ってくれたのか、新年会の後そのまま泊まれるようにと部屋をとっていてくれたのでその部屋で泉と着替えをしていた。

 
 …そろそろちゃんと用意しないとマズイか…

 そっと泉のおっぱいから顔を離す。

 「ごめんね、嬉しくってふざけすぎちゃった」

 謝ると泉は笑ってくれた。

 「ううん、私も同じ気持ちだったから気にしないでいいよ。一緒に参加できるのって嬉しいよね」

 泉が乱れたネクタイを直してくれた。

 

 ★

 泉は自分の部署の人たちに挨拶をしてくると言うのでひとまず別れる。

 …誰か知ってる人でもいないかな。

 …こう言う場は正直苦手だ。

 真実…何処にいるんだろう…会場を見渡す。

 「透クンこっち来なさいっ★」

 泉がもうあと20年程歳を経ったらああなるんだろうなあと思えるほどの美人な女性が楽しそうにおいでおいでしている。

 「お義母さん、今年もよろしくお願いします。相変わらず美人さんですね」

 「うふっ★褒めたって何も出ないわよっ★」

 泉のお母さんは楽しそうに笑って挨拶をしてくれる。

 「あのっ、お義父さんは?」

 「今ちょっと席を外したけど直ぐに戻ってくるわよ。真実が可愛い彼女連れて来たからおじいちゃんに報告しに行ったみたい」

 …彼女…浅川さんの事だろう。

 …真実…良かったね…。

 嬉しくなる。

 「そうなんだ…よかった」

 ホッとしながらそう言うとお義母さんが笑う。

 「また家族が増えて…楽しくなりそうねっ…でも本当真実も…良かったわ。正直泉以上に大変かもしれないって思ってたからホッとしたわよ…」

 「…そうですか?真実はあんなにしっかりしてるし、イケメンだからオレはもっと早いだろうって思ってたけど…」

 お母さんは悪戯っ子のように笑う。

 「透クンってば真実の事買い被り過ぎよ。真実はねえ…」

 「俺がどうかしたのか?…母さん透に余計なこと言うなよ。恥ずかしいだろっ!」

 不意に真実の声が背後から聞こえて二人して驚く。

 「!?」

 振り返ると真実がいつの間にかに側に立っている。

 「…真実っ…ど、どうしたの?!」

 思わず変な事を言ってしまう。

 「どうって…じいさんへの挨拶も済んだし浅川は泉と一緒におんなじ部署の奴に挨拶に行くって言うから俺はこっちに来ただけだけど…」

 「透クン真実としばらく回って来なさいよ。あっちに美味しいお肉あったわよ?」

 お義母さんはそう言いながらこそっと真実の話を聞いてあげて欲しいと言った。

 …そう言う事なら…

 「真実最近少し痩せちゃったみたいだから肉食べた方がいいね。行ってみようか?」

 真実を誘ってバイキングのテーブルの方に行く。

 ステーキにローストビーフ…ビーフシチューに…色んな料理があって楽しい。

 …泉にも食べさせたいな…

 会場を見渡す。

 …泉と浅川さんは同じ部署の女の子らしき子たちと話をしていた。

 …まあ泉は会社の付き合いもあるだろうし今日は仕方ないかな…

 心の中でため息をついて、真実のお皿にステーキを乗せる。

 「さ、真実お肉と…野菜も取ろうか?」

 野菜を取ろうとした時ふと誰かに横から結構な強さで突き飛ばされる。

 「えっ?何?」

 そう思った瞬間には床に倒れ込んでいた。

 派手に皿が割れる音が響く。

 音に驚きながら何が起きたのか状況を把握しようとするが分からなかった。

 咄嗟に手を付いたのは良かったのか悪かったのか…。

 「っ!!」

 右手首に痛みが走る。

 痛みですぐには起きれそうになかった。
 痛む右手を見る。
 特に異常はないが…痛みは残っていた。

 「透っ大丈夫か?」

 真実がすぐに起こしてくれた。
 
 一体何が起きたの?!
 顔をあげようとすると誰かが目の前に立ち塞がっていた。

 …コイツ…この前忘年会で泉に絡んでいた男だ。

 確か真鍋とかって真実に呼ばれてたよな…

 …コイツにやられたのだろう。

 「お前何やってんだよ?!」

 真実が怒りながら真鍋に掴みかかる。
 

 「透っ!大丈夫!?」

 皿を割った音を聞きつけて泉が顔色を変えて走ってくる。

 「透…手…怪我したの!?動かせる?」

 泣きそうな顔で気遣ってくれる。

 泉を安心させようと何とか笑ってみたがやはり痛む手はすぐに動かせそうになかった。

 …まあ変な方向になってるわけじゃないし捻ったんだろう。

 …それよりさっきから睨んでいる真鍋の事が気になる。
 
 「お前透に…何のつもりだよ?」

 立ち上がって、真鍋に掴みかかっていた真実を宥める。

 「真実っ…オレ…大丈夫だから…。今日はおめでたい席だから穏便に…」

 「はんっ!こんなヤツが水野の旦那かよ、弱っちいクズがっ!」

 …!?

 真鍋は真実の手を振り払うとズカズカと側に来て、透の胸ぐらを掴む。

 「えっ?!」

 驚いて真鍋を見つめた瞬間に顔に重い衝撃と痛みが伝わった。

 …殴られたんだとすぐに気づく。

 再び床の感触…。

 「透っ!!」

 泉の悲鳴が聞こえて、ジワリと後頭部に嫌な感覚が広がっていく。

 …一体なぜこんな目に遭わなくてはいけないのか…


 痛む右手に感覚のない頬…口の中が切れたのか血の味がする。

 …真鍋を見上げると楽しそうに顔を歪めてこちらを見下ろしていた。

 …コイツは…アイツらと一緒なんだ…

 心の奥底がひんやりと冷たくなっていくのを感じた。

 …コイツらはいつだって他人を蹂躙することが面白くて仕方ないようだ。

 …ならばこちらだってガマンする必要なんて無い。

 …自然と笑みが溢れる。

 「透…?」

 泉が心配そうな顔で見つめているのに気づく。

 泉と目が合ってハッと我に帰る。

 …今…何をしようとしたんだろう。

 


 「透クン大丈夫かいっ!?」

 不意に肩を掴まれる。

 思ったより強い力だった。

 振り返ると泉のお父さんだ。

 「ありゃあ、こりゃあ酷いな…医務室か…病院行った方がいいな」

 泉のお父さんにハンカチを渡されて、口元を抑えるようにと言われる。

 そしてお義父さんは真鍋を見るなり困ったように微笑む。

 「キミ…もう帰りなさい。お義父さん…会長に見つかると厄介なことになるから」

 顔は微笑んではいたが目は笑ってなどいない。

 泉のお父さんは静かに怒っていた。



 ★


 一緒に着いてこようとする泉と真実をを押しとどめて会場を後にする。

 今日は水野グループの新年会だ。

 真実と泉が会場に居ないのはおかしいだろう。

 泉のお父さんの秘書さんに病院に連れて行って貰い処置をする。

 …ホテルに戻る気が起きずに家まで送ってもらった。



 ギプスで固定されてしまった右手を見る。

 手首は手をついた衝撃で骨にヒビが入ってしまったらしい。

 …でもまあ完全に使えないわけじゃないし…まあ良かった。

 指先は動くのでペンを持つくらいはできそうだ。

 病院で処方された痛み止めを飲んでベッドに入る。



 …参ったな…

 しばらく家事がしづらくなる…

 ぼんやりとする。

 …泉を泣かせてしまった。

 …別れ際にみた泉の泣き顔が目に焼き付いている。

 …情けない…何しに行ったんだろうな…

 真鍋の顔を思い出してしまう。

 …でも手を出さずに済んでよかった…


 殴られて育てられた子は人を殴るようになる…誰かがそう言っていた。

 …意識が落ちる瞬間にぼんやりと昔見た川が思い浮かぶ。

 …もうあの場所には戻りたくない…

 …手首が痛む…


 

 

 
 
 

 

 

 
 

 
 


 

 
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢……じゃない? 私がヒロインなんていわれても!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:28

漢方薬局「泡影堂」調剤録

BL / 連載中 24h.ポイント:405pt お気に入り:0

住所不定無職の伯父が、オカマさんのヒモになっていました!

エッセイ・ノンフィクション / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:4

王妃は離婚の道を選ぶ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:10,523pt お気に入り:1,505

限界社畜は癒されたいだけなのに

BL / 完結 24h.ポイント:589pt お気に入り:13

処理中です...