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26、いつか
しおりを挟む黙りこくった裕を見つめる昊人。
昊人の溜め息が聞こえた。
黙っているなんて幼稚な方法だと非難されている気になる。
昊人のカップをテーブルに置く音が聞こえた。
「あの日の別れ際に、ピアノ頑張ってくださいね、なんて言うから、今夜だけの関係・・・というのも大袈裟だけど、もう一生会わないつもりなのか、と思ってなんだかわからないけどムカッとした。」
静かに昊人が話し始めた。
「初対面の大抵の女性からは次回の約束を取り付けられたり、連絡先を聞かれたりしていたから、そんなことをしてこない裕ちゃんに驚いた。俺って魅力ない?てね。まあ、あの日は、柊馬にも言われたけど、珍しく声をかけたのは俺からだったけど。だから、悪戯っていうのかな、困らせたくなって頬にキスをした。海外では挨拶って言った時は、挨拶なんだから怒るなよって裕ちゃんに言い聞かせるつもりとそんな子供っぽい事をする自分への言い訳。」
昊人の視線が痛くてテーブルに戻したカップを見つめながら聞く。
だからあの時驚いた顔をしていたのか、と裕にとっての疑問が1つ解けた。
自分を見ようとしない裕の表情を見ながら昊人は続ける。
「俺、挨拶って言ったけど、海外にいたって、誰にでもキスするわけじゃないよ。頬も・・・まして唇にも。」
”唇”という言葉に裕の身体がビックっとし、同時に目を見開く。
誰にでもしないならどうして?
裕の中で期待がまた膨れ出す。
今度はスピードをつけて一気に。
「裕ちゃんもでしょ?まして、付き合っていた男性に対してだって気持ち悪くなるんだから。」
その通りだ。
あの日、裕は付き合っていた彼氏のキスを拒んだのが別けれる切欠となった。
それが今は付き合ってもいない昊人からキスをされても気持ち悪くない。
むしろ嬉しいさがこみ上げる。
答えは出ている。
「・・・裕ちゃんのことが気になって仕方がないんだ。・・・柊馬が俺より先に裕ちゃんの連絡先を知っているって聞いただけで、なんだかムカムカして・・・。これは独占欲なんだって自分でもわかった。でも・・・好きかって聞かれたら、まだその気持ちには自信ない。・・・卑怯かもしれない。最初に謝っておくよ。ゴメン。」
そう言って裕に頭を下げる昊人。
びっくりして裕が昊人の方に向き直る。
「え?謝らないでください!てか、なんで謝るんですか?」
「俺は今は言えない。でも、裕ちゃんの基準がハッキリしているなら、裕ちゃんから聞かせてほしいんだ。・・・俺のこと好き?違う?違っていたら、ちゃんと否定して・・・。」
否定なんてできない。
だって、好きなんだもん。
もんってなんだよ!子供みたいだ!
昊人が聞きたいというなら言ってしまおうか、と思う裕。
昊人は好きかはわからないが、裕に気持ちが寄っているらしいことはわかった。
だったら、頑張れば好きになってもらえるってこと?
今まで、恋愛にただ流されて、努力をしてこなかったバツが来たのかも・・・。
どう努力すればいいのかわからないけど、やってみようかな。
このままじゃ2人とも平行線で何も無かった事になる。
何か自分が事を起こせばスタートできるなら、それがゴールにたどり着けなくても、やり切れれば何かのスキルがアップできるのではないか、そう思う。
ぐるぐると高速で回る裕の頭は結論をはじき出す。
恐いけど、おずおずと手を伸ばし、昊人の膝の上に置かれている手を上から重ねる。
「・・・好きです。憧れじゃないと思います。あなたの事が気になってしかたがない。」
言ってしまえば後から後から言葉があふれ出す。
「・・・今日、梨奈さんと昊人さんが一緒に現れたとき・・・すごく胸が痛かった。それって私も独占欲ですよね?」
「・・・そうだね。」
昊人に反対に手を掴まれ、そっと身体を寄せられる。
あの時と同じ昊人の爽やかなでも男性的な香水の香りを感じた。
緊張するけど抱きしめられている事に嬉しさを感じる裕。
「・・・気持ち悪くない?」
昊人に伝わるように頷く。
「・・・裕ちゃんは、独占欲より先にちゃんと自分の気持ちがわかったんだね。・・・俺の方が大人なのに・・・判断材料も揃っているのに・・・大人になるって言うのは臆病になる事かな。ごめんね。でも、側にいてほしい。」
「・・・はい。私も側にいたい。」
いつか”好き”て言ってくれるといいなあ。
そう思って目を閉じる裕。
そんな願いは意外と早く訪れる事を裕は知らない。
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