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会社の前にて
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エレベーターの扉が開いて、首から下がった社員カードをいつものように掴んでゲートにかざそうとした。一連の動きは、疑問を持たない無意識で毎日の行動。そして、顔を上げて初めて暗いロビーに気がついた。目の前に広がる、いつもと違って最小限の明かりが灯る正面エントランス。その扉はとっくに閉まっている時間になっていた。
そんなに残業していたなんて、思わなかったなあ。
どうりで肩もパンパンな訳だ。
凝り固まった肩を回しながら、そんなに利用回数もない裏口へ足を向けた。
小窓からこちらを見ている守衛さんに歩きながら会釈をする。
内側から近づくだけで開く、自動のドアを二枚通れば、先週までとは違う気温を感じる。カーディガンだけでは寒いなあ、と思いながら週末のショッピングのスケジュールを残業で疲れた頭で組み立てる。
このビルの正面を通らないと一番近い地下鉄の駅には行けない。
遠回りになっちゃったなあ。
だから残業はしないようにしてたのに。
考えても仕方がない事をもんもんと考えながら進むと、少し先に路駐している黒い車とそのわきに立つ男性らしい人影に気がつく。
そのシルエットにビックリして、思わず立ち止まる。そして、町の薄っすらとした明かりに照らし出された記憶にある横顔に少しだけ嬉しさが顔をだす。
決して多くは無いがパラパラと人が行きかう歩道で立ちすくむ私に気づいたらしい人影は、操作していたスマホをスーツのポケットにしまう。
人影はゆっくりとした足どりで私に近づいてきた。
「・・・遅い。」
低く響くその声は、いつ聞いても私好みのイケボだ。
残業の疲れが、それを聞いただけで安らいでゆく。
「・・・あの、どうしてここにいるのですか?」
たまにしか残業しない私より遥かに忙しい彼が、他社の入居するビルの前で車にもたれて一人佇んでいる理由は何処にもない。それでも、もしかしてと思い浮かぶ希望の粒は私の心を浮上させる。
「・・・高橋部長とさっき電話で話した時に、お前が今日はまだいると・・・おせっかいにも教えてくれた。」
我が社の高橋部長は、私の前に立つ彼とは学生時代からの知り合いだった。そして、私との仲を何となく知っている人。
「寒いな・・・行くぞ。」
白い息を少しだけ吐きながら、バッグを掴んでいない方の私の手を強引に掴んで車へと歩き出す。低めのヒールだったけど、早急な行動に脚をもたつかせながら彼に引かれて短い距離を歩く。助手席に押し込まれるように載せられた私とは対照的に、綺麗な身のこなしで自分も運転席へと滑り込む彼。
「ねえ・・・迎えに来てくれた、て事ですよね?」
本人は小規模というが、私の会社と取引のある会社の社長さんをしている彼に対して言葉が改まってしまうのは仕方がない事。
訪ねることに躊躇しながらも言葉に出した。違うと否定されたら残業で疲れた身体と気持ちがさらに降下しそうで怖かった。でも、それ以上に高橋部長との電話の件を聞いてしまったから、少しだけ質問できる勇気が持てた。更に自信を持ちたくて彼からの一言を待つ。
「お前は、この寒い中わざわざ車の外で立つオレをそんなに暇な奴だと思っているのか?」
「思ってない・・・です。」
また、いつもの嫌味だ。
いつもあなただって言うじゃない、疑問に疑問で返すな、て。
小さくため息をついて窓の外へ視線を移す。足早に駅に向かう人達が見えた。外は寒いけど、自分も駅に行けばこんなモヤモヤとした気分にならなかったのに、と短い時間に上がったり下がったりする面倒な自分の感情を持て余した。
「・・・!」
急に力のこもった暖かいものに身体が包まれた。少し外の匂いが混じる、爽やかで落ち着いた男性的なムスクの香り。それは私を条件反射のように落ち着かせる彼の香り。頬にスーツのざらざらとした硬めの生地の質感を感じた時に、彼に抱き込まれているんだと感じた。
「・・・こんな時間にそばにいるんだと知れば、会いたいと思うのは当然だ。それに帰り道を心配しているより、送ってやりたいとおもうだろ。」
彼のオフィスは、ここから徒歩で行ける範囲にある。
そんな言葉に嬉しくて自分からもその胸にすり寄る。目を閉じて大好きな彼の香りを胸いっぱいいに吸い込む。
安心する。
このままここで眠りたい。
そう心が緩んだ瞬間、グー、とこの雰囲気に似合わない音が私のお腹から出た。瞬時に身体を強張らせる。
「・・・お前は色気より食い気だったな。こんな時間だ、腹も減るだろう。飯が食える所に移動するか。それに、さっきからお前に会社の連中にもチラチラ見られているしな。」
「え!」
急いで彼から離れて歩道を見れば、確かに1人2人とこちらを気にしながら歩いているのが見える。確かに社内で顔を見た事があるかも。目が合った感じがして慌てて下を向く。
そんな私の様子を見ながら、笑いをこらえているように、シートベルトをしろよ、と声をかけてくる彼を横目で睨む。
絶対、最初っから外の視線感じていたよね?
教えてくれたらいいのに。
もう~!(怒)
そんなに残業していたなんて、思わなかったなあ。
どうりで肩もパンパンな訳だ。
凝り固まった肩を回しながら、そんなに利用回数もない裏口へ足を向けた。
小窓からこちらを見ている守衛さんに歩きながら会釈をする。
内側から近づくだけで開く、自動のドアを二枚通れば、先週までとは違う気温を感じる。カーディガンだけでは寒いなあ、と思いながら週末のショッピングのスケジュールを残業で疲れた頭で組み立てる。
このビルの正面を通らないと一番近い地下鉄の駅には行けない。
遠回りになっちゃったなあ。
だから残業はしないようにしてたのに。
考えても仕方がない事をもんもんと考えながら進むと、少し先に路駐している黒い車とそのわきに立つ男性らしい人影に気がつく。
そのシルエットにビックリして、思わず立ち止まる。そして、町の薄っすらとした明かりに照らし出された記憶にある横顔に少しだけ嬉しさが顔をだす。
決して多くは無いがパラパラと人が行きかう歩道で立ちすくむ私に気づいたらしい人影は、操作していたスマホをスーツのポケットにしまう。
人影はゆっくりとした足どりで私に近づいてきた。
「・・・遅い。」
低く響くその声は、いつ聞いても私好みのイケボだ。
残業の疲れが、それを聞いただけで安らいでゆく。
「・・・あの、どうしてここにいるのですか?」
たまにしか残業しない私より遥かに忙しい彼が、他社の入居するビルの前で車にもたれて一人佇んでいる理由は何処にもない。それでも、もしかしてと思い浮かぶ希望の粒は私の心を浮上させる。
「・・・高橋部長とさっき電話で話した時に、お前が今日はまだいると・・・おせっかいにも教えてくれた。」
我が社の高橋部長は、私の前に立つ彼とは学生時代からの知り合いだった。そして、私との仲を何となく知っている人。
「寒いな・・・行くぞ。」
白い息を少しだけ吐きながら、バッグを掴んでいない方の私の手を強引に掴んで車へと歩き出す。低めのヒールだったけど、早急な行動に脚をもたつかせながら彼に引かれて短い距離を歩く。助手席に押し込まれるように載せられた私とは対照的に、綺麗な身のこなしで自分も運転席へと滑り込む彼。
「ねえ・・・迎えに来てくれた、て事ですよね?」
本人は小規模というが、私の会社と取引のある会社の社長さんをしている彼に対して言葉が改まってしまうのは仕方がない事。
訪ねることに躊躇しながらも言葉に出した。違うと否定されたら残業で疲れた身体と気持ちがさらに降下しそうで怖かった。でも、それ以上に高橋部長との電話の件を聞いてしまったから、少しだけ質問できる勇気が持てた。更に自信を持ちたくて彼からの一言を待つ。
「お前は、この寒い中わざわざ車の外で立つオレをそんなに暇な奴だと思っているのか?」
「思ってない・・・です。」
また、いつもの嫌味だ。
いつもあなただって言うじゃない、疑問に疑問で返すな、て。
小さくため息をついて窓の外へ視線を移す。足早に駅に向かう人達が見えた。外は寒いけど、自分も駅に行けばこんなモヤモヤとした気分にならなかったのに、と短い時間に上がったり下がったりする面倒な自分の感情を持て余した。
「・・・!」
急に力のこもった暖かいものに身体が包まれた。少し外の匂いが混じる、爽やかで落ち着いた男性的なムスクの香り。それは私を条件反射のように落ち着かせる彼の香り。頬にスーツのざらざらとした硬めの生地の質感を感じた時に、彼に抱き込まれているんだと感じた。
「・・・こんな時間にそばにいるんだと知れば、会いたいと思うのは当然だ。それに帰り道を心配しているより、送ってやりたいとおもうだろ。」
彼のオフィスは、ここから徒歩で行ける範囲にある。
そんな言葉に嬉しくて自分からもその胸にすり寄る。目を閉じて大好きな彼の香りを胸いっぱいいに吸い込む。
安心する。
このままここで眠りたい。
そう心が緩んだ瞬間、グー、とこの雰囲気に似合わない音が私のお腹から出た。瞬時に身体を強張らせる。
「・・・お前は色気より食い気だったな。こんな時間だ、腹も減るだろう。飯が食える所に移動するか。それに、さっきからお前に会社の連中にもチラチラ見られているしな。」
「え!」
急いで彼から離れて歩道を見れば、確かに1人2人とこちらを気にしながら歩いているのが見える。確かに社内で顔を見た事があるかも。目が合った感じがして慌てて下を向く。
そんな私の様子を見ながら、笑いをこらえているように、シートベルトをしろよ、と声をかけてくる彼を横目で睨む。
絶対、最初っから外の視線感じていたよね?
教えてくれたらいいのに。
もう~!(怒)
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