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私の前を通り過ぎて会場の大きな扉に手を掛けた伯爵は、ため息を一つ吐いた。

「あなたに疑問を植えつけてしまった妻の責任を取るべきなんでしょうね。でもあなたは、知っても知らずとも悩むのでしょう。・・・きっとユーゴ公爵にとって、たいした内容では無いと思うのですよ。だから、あなたの耳には入らなかったのではないでしょうか。」

「え?」

再び聞こえた伯爵の声に少し驚いて顔だけをそちらへ向ける。
私に背を向けたままの伯爵の表情はわからない。

「・・・妻は、ユーゴ公爵の元婚約者でした。」

「!!」

想像を超えた事実と”元婚約者”という言葉に息ができなくなる。
その言葉は、今まで一番暗い毎日を過ごしていた頃の私の立場。
彼女もその時期を過ごし、その相手がアンドレア様。
右のこめかみがズキっとして思わず手を添える。
息苦しさを感じ左手は胸を押さえた。

「ユーゴ公爵の若き日の失敗は有名だからあなたもご存知でしょう。それが切欠で妻の両親が破談にしたのですよ。その後、私の後妻として話が纏まりましてね。・・・恐らく初恋というものだったのでしょう。妻は親が決めた婚約者であっても、公爵に恋心を抱いていた。そして成就できなかった恋心を今もどうする事もできずに妻はいます・・・。だからと言って、私との関係が悪い訳ではないのですよ。燃えるような恋ということはありませんが、妻も私も家族としての絆を時間をかけて築いてきましたから・・・安心してください。では。」


デュヴァラ伯爵夫妻の絆は、嘗ての私が、ジェラールと描いていた未来。
貴族の婚姻なら幸せな方の平凡な夫婦の姿だろう。
でも、今の私は、ドキドキとする甘酸っぱい女の子なら誰でも憧れる幸せな感情を知ってしまった。
そして彼女もその感情を知っている。
もしかしたら知らない方が平穏な幸せに包まれていられたかもしれない。
だから、嫉妬などという黒い感情も知ることとなったのだ。
私も彼女も。
そして私は、私を好きだというジェラールに対し、それには応えられないすまないと詫びる気持ちも知った。
それでも、やっぱり、何も知らなかった時より、今の自分の方が幸せだと思う。
アンドレア様を好きで愛しいと思う自分が、どんな黒い感情を知っても、それでもこの甘い感情を知れたことは幸せだ。


月がとても明るい。
バルコニーから見わたせる庭の隅々までハッキリと見える今夜。
ノエリアとデュヴァラ伯爵と私のお話は・・・月だけが聞いていた。




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