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「予定より、遅おございましたね。・・・用事はお済みになられたのですか?」

バルドがドアの近くへと控える。
アンドレア様がドアを閉め、窓の側に立つ私の方へと近づいてくるが、バルドの問いかけに足を止めた。

「・・・ああ。」

「さようですか。・・・エルヴィナ様、お屋敷の案内をと思いましたが、もうしばらくお茶にお付き合いをお願いできますか?アンドレア様もお帰りになられたばかりですし。」

「えっ!ええ、そうですね・・・。」

「いや、いい・・・。しばらく、エルと2人きりにしてくれ。」

2人きり、というアンドレア様の言葉に昨夜の触れ合いを思い出し頬からすぐに熱を感じる。
アンドレア様に背中を向けるように窓の方に身体の向きをかえる。
両手で恐らく赤くなった頬を押さえ、少しでも自分が落ち着くようにと小さき息を吐く。

「・・・かしこまりました。」

そう言い残し、バルドがドアから退出した僅かな音が聞こえた。
頬から首筋に手を滑らせると、昨夜ピリリと痛みが走った場所から鼓動が手に感じるような気がした。
それを誤魔かすように視線を庭に向ける。
さっきのウサギを探せば同じ場所にはいなかった。
今もピョコピョコと小さく跳ねて移動している。
その後ろをもう1匹がやはり小さく跳ねながら追っていた。

「1匹じゃなかったのね・・・。」

見たままのウサギたちが言葉になる。
1匹じゃなかった事にほっとする半面、自分だけがこの世界に1人きりのように、どこか取り残されている感じが沸いてきた。
お父様を始め家族はいつも側にいてくれたのに、今は一度も来た事のないお屋敷にいるのがそんな思いを呼ぶのだろうか。
不意に、お腹辺りに、後ろから力強く、自分の体温より少し高い堅い腕に囚われた。
あの香りにも包まれる。
ゆっくりと首筋にアンドレア様が、顔を埋めた事がわかった。
少しの間、ウサギに気を取られ、現実を逃れていた私の身体全体が、特に背中がとても敏感な感覚を持ち始める。

「・・・迎えに行くという、約束を守れなくて悪かった。」

後ろからくぐもった、少しつらそうな声が私の身体に響く。

「いえ・・・。騎士の皆様がいましたので・・・お忙しいのでしょ?理解、しております。」

これから公爵夫人となるのだ。
自分の夫の仕事を理解し、この家を守るのは自分なのだ。
そんな決意なんて大きな事は言わないが、少しでも邪魔にならないようにと思う。

「・・・あんまり、聞き訳がいい事をいわないでくれ・・・。これからは、少しずつでいいから、甘えてほしい。・・・あまりわがままを言わない子だとナービル殿が言っていた。私だけには・・・。」

「お兄様が?・・・人並みにわがままは言いますよ。・・・ほら、あそこのウサギを見てください。」

お腹にあるアンドレア様の腕に触るのは気が引けたので、自分の腕をまっすぐ下ろさず、胸の前で両手を握っていたのを解き指を刺す。

「ウサギ?・・・ああ、2匹いるのが見えるが・・・それが?」

私の肩に顎を乗せ後ろから窓の外を見るアンドレア様。
違う体勢に胸がドキっと鳴ったのが、それを無視する。

「・・・この屋敷の人たちがパンくずをあげていると聞きました。私もやってみたいです!だめですか?」

バルドがおねだりしろと言っていたから実行してみた。
息を止めて何かを考えているのが肩越しにわかる。
ダメな事を言ったのかしら?
方向を間違えた?
アンドレア様が静かに笑い始める。
笑える事は言ってないと思います・・・。

「・・・くくくっ。それはわがままには入らないだろう?・・・わかった、私も一緒に行こう。」

「本当に?・・・約束、ですよ。」

一緒という言葉に嬉しさがこみ上げる。
確かに小さい事だけど、今の私が恐れ多い公爵様へのお願いとしては、かなりの勇気なのでそこをわかって欲しい。
また、アンドレア様は黙ってしまった。
でも、ウサギの約束をしてくれた事でさっきよりも心が軽い。
触れている背中の温かみが心地いい。






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