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目の端に動く何かを感じ、そちらを見れば、庭の向こうの低い塀から何人かのご夫人がこちらを見ていた。
白い手袋で覆われた手を口元へ持っていき、お隣同士顔を寄せ合って、何か言い合っているのが見える。
先ほどの、公爵と私が並んでいる所を見られた?!
急いで公爵の下に駆け寄った。

「お父様からもお聞きになったていたでしょ?外の通りからこの部屋を見ることができる場所があって・・・先ほどの公爵様が私の前に跪かれた所を見られたかもしれません!」

見た人がどんな噂を立てるかわからない。
どうしたらいいのか、不安でオロオロするばかりの私に公爵は悠然と口を開く。

「わざとだ。」

私の報告とその答えが、あまりに合わなくて、眉間にシワをよせ、その言葉を問う。

「わざと?」

「・・・君の父上が君に手を出さないようにと、他人の目があると牽制のために教えてくれた事が役にたった。外の者がこちらを覗いていたから、それを利用しない手はないと思った。・・・目立つように我が家の家紋入りの馬車を通りに止めたくらいでは、印象が弱いと思っていたので丁度良かった。」

少々冷めたお茶に鼻をよせひと嗅ぎしてから、それに口を付けた。

「婚約者に裏切られ傷ついた伯爵令嬢を慰め口説いている図は、格好の噂話になる。コーベンヌ伯爵子息とウォルトン伯爵令嬢の婚約破棄の話よりずっとおもしろいだろう。コーベンヌの息子の事はどうでもいいが、エルヴィナ嬢・・・君の心や身体が傷つけられるのは、これ以上見たくない・・・。早々に訪れた事は、私が言い寄っていると印象付けたいことと、他の男への牽制だ。」

私たちの噂を早く無くす為に?
本当に?
どうしてそこまで・・・。
本当に”お前を守る”という言葉を信じていいのだろうか。

「お話中、申し訳ありません。当家の当主の準備が整いました。下の階のサロンまで、お願い致します。」

強く1つ頷くと公爵は席を立つ。
小さな溜め息をつくと、後ろについていく私に公爵が振り向いた。

「エルヴィナ嬢。君はここに。ウォルトン伯爵と話しを詰めてくる。」

この結婚話はさも決定かのように詰めると言う公爵にどうしたらいいのかと戸惑うし、なんだか少し腹が立つ。

「・・・公爵様。私がどうしても公爵様のもとへ嫁ぐのは嫌で、断られるというお考えはないのですか?」

ちょっと無礼な言い方をしてしまったが、公爵には目を瞑ってもらおう。
驚いたように少しだけ目を開いたがすぐに冷静な表情にもどった公爵。

「そんな目で見られたことはないと記憶しているが。」

え?
見られた?
少し思い出すような振りをする公爵。
あくまでも演技のように。

「・・・夜会では、いつも遠くから皆に混じって潤んだ目で私を見ていた気がするが。」

今度こそ意地悪な悪い人の目で、唇の端を幾分持上げて公爵は、ハリルと一緒にドアから出て行った。
恥ずかしい気持ちがいっぱいになり、近くにあったクッションを持ち上げ力いっぱい、閉まったばかりのドアにたたきつけた。
淑女としてはあるまじき行為だが今だけは許してほしい。
そんなところを見られていたなんて!
少しだけ憧れていたのは事実だが、潤んだ目など・・・していたかもしれない。
キリッとした眼差しと、何度か合った気がしていた。
見つめあった、とかではなく、ほんの一瞬、あの濃い茶色の瞳と合っただけのこと。
夜会で会う最初の頃は、前にも見つめられた事があるかも、と勘違いしていた時もあった。
それまで1度も会った事がないのに。
友人たちに話せば、マリッジブルーだ、妄想だ、とからかわれた。
婚約中で結婚はしていない、と否定すれば、同じようなものだと言われた。
友人たちに、からかわれたのも嬉しかった。
きっと私は浮かれていたのだ。
その時が、遥か昔の事のように感じる。
公爵が内報部に私たちの婚約が解消されたと、報告が上がってきたと言っていた。
もう、ジェラールとはなんでもない仲になったのだ、改めて思う。
結構、あっけないことなんだなあ。





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