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僕は黒色の淡い眼差しで空を見上げていた。紺色の空に薄い雲が掛かり、丸くて煌々と輝くお月様は雲間から時々顔を覗かせる。その光景を見て、ある情景を思い出していた。
あれは確か、小学二年生の頃の話。
落ち葉が落ちて、生命の終わりを感じさせる虚しい秋の頃。母と二人で、ベランダから満月を眺めていた。
本日は十五夜で、年に一度ある行事の一つ。稲や野菜などの作物の収穫に感謝する日であり、ススキを飾りつつお団子を食べて満月を鑑賞するのが一般的だ。近年伝統行事を祝う人は少ない。しかし虫の声を聞きながら綺麗で儚い月を見るのは、普段と比べても格別だ。
月から目を逸らし彼女の人懐っこい横顔を見て、あれこれと昔のことを考える。
生まれて一歳になった時から父親がいなかった。母から聞いた話によれば、考えが合わなくて離婚したらしい。母だけが家庭を支えていた。
青白い顔をしている大変そうな彼女にわがままも言えないし、どうにか支えていくために精一杯勉強。我が家に貢献したいと感じた。「誰かのために人を助けなさい」と母親から嫌というほど聞かされた。そのせいなのかもしれない。
満月を眺めている時でさえ、囁くような静かな声が耳に届く。それが彼女との最後の会話だと知らずに。
「母さん、ただいま」
玄関に敷いてある幾何学模様の絨毯を踏み締め、ハキハキと明るい声で挨拶した。しかし返事がない。
いつもなら柔らかく弾んだ声がリビングから聞こえるのに、なぜか床の軋む音がした。誰かいるのだろうか。母親だろうか?それとも他の誰かだろうか。わからない。
とりあえず、リビングの開き扉を開ける。
「母さ……」
扉の向こうの光景をみて、言葉に詰まった。
ガラス越しではぼやけて見えなかったが、そこには腹から血を流して横たわる母親の姿が。吐きそうな気持ちが込み上げてくる。
現実味がなくて、一瞬気が動転。口を押さえたまま、扉を閉めた。そこにいる誰かに気づかれてしまったのか、殺意が扉の奥から降り注ぐ。扉がゆっくりと小さく開き、鋭い眼光で誰かがこちらを覗いた。鋭い視線に、全身が震え上がる。こいつが母親を殺したのか。
「許さない……」
憎いという気持ちに支配され、一気に怒りが爆発。拳を強く握りしめ、怪しげな人に目掛けてぶん殴る。それなのに、拳は当たることがなかった。
扉は閉められ、拳が木材に激突。母親を助けるために乱暴にドアを開け、中へ侵入した。母親に近づいてゆすっても反応がない。この様子を楽しげに見ていたのは、黒いフードを被った全身黒い服とズボン。黒い上着を着た謎の男だ。痩身で、人を殺すことなど出来なさそうな体格をしている。
右手には血でギラギラと光るナイフを握りしめ、こちらと目線が合う。顔は暗くてよくわからない。そのナイフを両手で持って、こちらへ走ってくるのは確かだ。黒い蛇の刺青が左手の甲に入っていたのは、まだ記憶に新しい。
足が棒のように固くなり、身動きが取れず目を閉じた。そのまま男に肩を斬られ、仰向けの状態で倒れた。血が床の溝に伝い流れ、痛みと恐怖で意識が朦朧とする。
その後怪しげな音で気づいた大家さんが119番に通報。病院に搬送され、点滴された状態で目が覚めた。母が殺された三日後のことである。
母親の血塗られた顔の死体を思い出して、大声で発狂。あれからというもの、記憶を無くすことが多くなってしまった。
具体的に言うと、ある日の昼下がりのことだ。
コンビニへ昼飯を買いに行ってみると、出入口の近くに集っている高校生がいて、ゴミを捨てていたのを目撃。しかもそのゴミがまさかのタバコ。高校生が吸っていいわけもなく、怒りが溢れてきた。その怒りが昂り、意識が真っ白になってフラッシュバック。気がつくと高校生がボコボコに殴られ血みどろの顔をしていた。鼻血を垂れ流し、青痣だらけの顔で「辞めてくれ、もうしないから」と泣き喚いて助けを乞う。
襟から手を離すと、殴られた彼らはコンビニから逃げ去っていった。どうやら母親が言っていた、「誰かのために人を救いなさい」という言葉を引きずってしまっているようだ。「誰かを救うために、悪者を排除せよ。そして、善人だけを残せ」と。
とはいえこれは中学生までの話だ。大人に近づくにつれて、記憶を少しだけ操れるようになっていた。例え悪人がいたとしても、その悪人の顔や体を殴っているシーンを見られるほどにまで成長。しかしそんな光景を見てもなぜ殴っているんだ、最低な人間じゃないかという絶望感。悪人を潰して彼らを更生してやるという狂気の正義感が葛藤。そのせいか、まともに家から出られなくなっていた。もう悪いことをしている奴らなど見たくない。
母親が残してくれた遺産も底を尽きてしまい、父親だった人が高校へ行ける金を少しだけ出してくれていたらしい。とはいえそれも少量なので、バイトを掛け持ちしながら通っていた。
高校は結局金が足りなかったりずっと通えなかったりして中退してしまい、就活へと移り変わった。
中卒ではどこも取り扱ってくれない厳しい社会だ。徐々に高校を卒業した方が良いのではと考え始めた。もちろん通信制高校を卒業したから、この場所に就職できているわけだ。
だが、悪人を見るとまだ疼いてしまう自分がいる。その時は歯を噛み締めて呼吸を整え、目の前の違うことに集中して紛らわせようとしていた。これが現在までの唯一の抑制方法。
あれは確か、小学二年生の頃の話。
落ち葉が落ちて、生命の終わりを感じさせる虚しい秋の頃。母と二人で、ベランダから満月を眺めていた。
本日は十五夜で、年に一度ある行事の一つ。稲や野菜などの作物の収穫に感謝する日であり、ススキを飾りつつお団子を食べて満月を鑑賞するのが一般的だ。近年伝統行事を祝う人は少ない。しかし虫の声を聞きながら綺麗で儚い月を見るのは、普段と比べても格別だ。
月から目を逸らし彼女の人懐っこい横顔を見て、あれこれと昔のことを考える。
生まれて一歳になった時から父親がいなかった。母から聞いた話によれば、考えが合わなくて離婚したらしい。母だけが家庭を支えていた。
青白い顔をしている大変そうな彼女にわがままも言えないし、どうにか支えていくために精一杯勉強。我が家に貢献したいと感じた。「誰かのために人を助けなさい」と母親から嫌というほど聞かされた。そのせいなのかもしれない。
満月を眺めている時でさえ、囁くような静かな声が耳に届く。それが彼女との最後の会話だと知らずに。
「母さん、ただいま」
玄関に敷いてある幾何学模様の絨毯を踏み締め、ハキハキと明るい声で挨拶した。しかし返事がない。
いつもなら柔らかく弾んだ声がリビングから聞こえるのに、なぜか床の軋む音がした。誰かいるのだろうか。母親だろうか?それとも他の誰かだろうか。わからない。
とりあえず、リビングの開き扉を開ける。
「母さ……」
扉の向こうの光景をみて、言葉に詰まった。
ガラス越しではぼやけて見えなかったが、そこには腹から血を流して横たわる母親の姿が。吐きそうな気持ちが込み上げてくる。
現実味がなくて、一瞬気が動転。口を押さえたまま、扉を閉めた。そこにいる誰かに気づかれてしまったのか、殺意が扉の奥から降り注ぐ。扉がゆっくりと小さく開き、鋭い眼光で誰かがこちらを覗いた。鋭い視線に、全身が震え上がる。こいつが母親を殺したのか。
「許さない……」
憎いという気持ちに支配され、一気に怒りが爆発。拳を強く握りしめ、怪しげな人に目掛けてぶん殴る。それなのに、拳は当たることがなかった。
扉は閉められ、拳が木材に激突。母親を助けるために乱暴にドアを開け、中へ侵入した。母親に近づいてゆすっても反応がない。この様子を楽しげに見ていたのは、黒いフードを被った全身黒い服とズボン。黒い上着を着た謎の男だ。痩身で、人を殺すことなど出来なさそうな体格をしている。
右手には血でギラギラと光るナイフを握りしめ、こちらと目線が合う。顔は暗くてよくわからない。そのナイフを両手で持って、こちらへ走ってくるのは確かだ。黒い蛇の刺青が左手の甲に入っていたのは、まだ記憶に新しい。
足が棒のように固くなり、身動きが取れず目を閉じた。そのまま男に肩を斬られ、仰向けの状態で倒れた。血が床の溝に伝い流れ、痛みと恐怖で意識が朦朧とする。
その後怪しげな音で気づいた大家さんが119番に通報。病院に搬送され、点滴された状態で目が覚めた。母が殺された三日後のことである。
母親の血塗られた顔の死体を思い出して、大声で発狂。あれからというもの、記憶を無くすことが多くなってしまった。
具体的に言うと、ある日の昼下がりのことだ。
コンビニへ昼飯を買いに行ってみると、出入口の近くに集っている高校生がいて、ゴミを捨てていたのを目撃。しかもそのゴミがまさかのタバコ。高校生が吸っていいわけもなく、怒りが溢れてきた。その怒りが昂り、意識が真っ白になってフラッシュバック。気がつくと高校生がボコボコに殴られ血みどろの顔をしていた。鼻血を垂れ流し、青痣だらけの顔で「辞めてくれ、もうしないから」と泣き喚いて助けを乞う。
襟から手を離すと、殴られた彼らはコンビニから逃げ去っていった。どうやら母親が言っていた、「誰かのために人を救いなさい」という言葉を引きずってしまっているようだ。「誰かを救うために、悪者を排除せよ。そして、善人だけを残せ」と。
とはいえこれは中学生までの話だ。大人に近づくにつれて、記憶を少しだけ操れるようになっていた。例え悪人がいたとしても、その悪人の顔や体を殴っているシーンを見られるほどにまで成長。しかしそんな光景を見てもなぜ殴っているんだ、最低な人間じゃないかという絶望感。悪人を潰して彼らを更生してやるという狂気の正義感が葛藤。そのせいか、まともに家から出られなくなっていた。もう悪いことをしている奴らなど見たくない。
母親が残してくれた遺産も底を尽きてしまい、父親だった人が高校へ行ける金を少しだけ出してくれていたらしい。とはいえそれも少量なので、バイトを掛け持ちしながら通っていた。
高校は結局金が足りなかったりずっと通えなかったりして中退してしまい、就活へと移り変わった。
中卒ではどこも取り扱ってくれない厳しい社会だ。徐々に高校を卒業した方が良いのではと考え始めた。もちろん通信制高校を卒業したから、この場所に就職できているわけだ。
だが、悪人を見るとまだ疼いてしまう自分がいる。その時は歯を噛み締めて呼吸を整え、目の前の違うことに集中して紛らわせようとしていた。これが現在までの唯一の抑制方法。
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