泥酔女とダサ王子

猫絵師

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別れ話も出会いも突然来るから

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「優樹菜、話したいことがあるんだけど…」

優斗が急にそう言って、私の人生計画を狂わせたのはほんの15時間ほど前の話。

私にとって、久しぶりの休日に撮り溜めてたドラマを見ながら期間限定のお菓子を頬張る至福の時間だった。

「こんなこと急に言って心の準備とかあると思うけど…僕は…その」

いい話かと思ってた。

だって私たち同棲してもう4年になる。
私だってもう30歳になる。そろそろ籍を入れたっていいと思ってた。

「僕と別れて欲しいんだ!」

「…は?」

ドラマでしか見たことないわ、こんな展開。

こういう時って言葉が浮かんでこないもんなのね。無言の時間だけが気まずい空気の中過ぎていく。

こんなのどうしようもないじゃない…

話を聞けば、去年の夏頃から別に好きな女の子が出来たらしい。

だから去年のXmasは“仕事”だったのか…
なんかしっくりしたわ。

「出てくんでしょ?それとも私に出ていけって言うの?」

「…出来れば…」

後者か!クソめが!!

腹の中で悪態づきながら表面は冷静に装った。部屋の契約者は私だぞ!

泣き出して取り乱しても良かったけど、そんなみっともない真似はしたくなかった。
こんな奴に未練なんか見せてやるものか!

「出てくけど、あんたも出ていきなさいよ。契約は私になってるんだから。」

そう言うと彼は自分に名義変更してくれと言う。敷金と礼金をケチる算段なのだろう。最低だ!このヒモ!

「荷物は後で取りに来るし、部屋の解約も私がしといてあげるわよ!さっさと彼女と新しい部屋でも探しなさいよ!」

2年前、2人でグアムに行った時に使ったきりのキャリーバッグに必要なものだけ詰め込んで部屋を出た。
まさかこんなことで使うことになるなんて思ってなかったけど…

優斗がなにか叫んでいたけど、もう何も聞こえない。聞きたくない。

どうせ金を貸してとかそんなことだろう。

とりあえず友達のマンションに転がり込んだ。
小学校からの親友の由佳は爆笑しながら部屋に入れてくれた。

「飲みに行く?」

由佳はそう言って私を夜の街に連れ出した。

由佳はバツイチ。私はバツイチの成りそこない。いいコンビかもしれない。

適当な居酒屋でハイボール、焼き鳥のセットと刺身の盛り合わせを注文した。

「ゆーと君クソじゃん!」

2杯目のハイボールを飲み干して酔いが回ってきた由佳の大きな声が居酒屋に響いた。

「だからあたしは年下反対したんだよ!男なんて結局若い女が好きなんだから!」

「由佳も旦那さんが浮気したんだっけ?」

「そーそー、元だけどね。キャバ嬢に貢いでたんだよ!馬鹿だよあいつ!おかげで慰謝料しっかり貰ったけどね」

「私なんか、部屋の契約者なのに出てってとか言われたし…意味わからないし!」

「それは意味わかんないわー!」由佳が明るい声で笑う。

「あー…明日からどうしようかなー」

「しばらくウチに泊まっていいよ。あんまりいい布団ないけどお金勿体ないでしょ?部屋も新しく借りないといけないし」

「それな」長いため息が溢れる。本当に憂鬱だ…

座敷の机に突っ伏して虚ろな目でメニューを眺める。

今日はとことん呑もう!あとなんか知るか!

「由佳!今日は私が奢るから呑もう!もう呑まなきゃやってらんないわよ!」

「よっしゃー!その言葉待ってた!」

由佳の目が“待て”を解除された犬のように煌めく。待ってたんかい!

その後呑んでぐでんぐでんになって記憶が定かじゃない。

気が付いたらパトカーに乗せられていた。

「お姉さん気がついた?大丈夫?」

「…は?へ?」我ながら間抜けな声を出して当たりを見回す。

「とりあえず足怪我してるし、頭も血が出てるから救急車呼んだよ。連れの人もべろべろになってて何言ってるのか分からないから別のパトカーに乗ってもらってる。安心していいよ」

「あ、はい…すいません」訳も分からずとりあえず謝った。

酒のせいで頭がガンガンする。

腰のあたり打ったのかジンジン痛む。

怪我してる?なんで私裸足なんだ?しかもスカートもストッキングもボロボロじゃないか!

「…なんで?なんで??」

「見てた人の話だとひき逃げあったみたいなんですが…覚えてないかぁ」警官がそう言って苦笑いする。よく見ると短髪のイケメンだ。めちゃくちゃ爽やかだ。竹内涼真だ。

同棲してた彼氏に振られて、初めて泥酔するくらい飲み、記憶を飛ばした上でひき逃げにあった状態じゃなかったら新しく恋できたかもしれない。

穴があったら入りたい…

一気に恥ずかしくなってきた。

なんか泣きたくなってきた。

鼻が痛い、ツーンとした痛みが合図になり目が熱くなってきた。

カッコ悪いって分かってるけど涙が溢れてくる。

ブサイクな嗚咽も抑えられないし、追い討ちをかけるようにおまけの鼻水とヨダレまで出て引っ込んでくれない。

悲惨だ…

こんな悲惨な話があるか…

さらに追加で気持ち悪くなってきた…

「だ、大丈夫?顔真っ青ですよ!」

「…は、ゔぅ」

「え?」

「吐く」

「え?!お姉さん!だいじょう…」

「角田!これ渡せ!」オロオロしてる若い警官に先輩らしい警官がビニール袋を慌てて手渡した。さすが慣れてる。

でもちょっとおそいよ…

「ちょ!わぁあっ!」

焼き鳥に𩸽(ホッケ)、タコわさ、刺身、その他諸々リバース…

終わった…

ボロスカートに引導を渡し、パトカーは静かになった…

静まり返った車内を侵食するようにゲロの臭いが充満する。

イケメンの横で私は何やってんだ…

ドン引きだ、自分で自分にドン引きだ…

「角田、お姉さん降ろして!」
ベテラン警官が直ぐに後部座席のドアを開けてくれた。新鮮な空気が流れ込む。

「はっはい!」ビニール袋を持って放心してた若い警官はパニクっている。慌ててパトカーから飛び降りると私の体を抱き上げて車の外に連れ出した。

わ!お姫様抱っこじゃん!初めてされたー!

こんな状況じゃなければもっと純粋に喜べた…私のバカ…

それはいいんだけど、路上で私を下ろすところを探してオロオロする彼が可愛そうだった。

「すいません、すいません…」

こんなゲロ女に謝らないでくれ…余計惨めになる…

「ウチの若いのがごめんねー。まだ新人だから気が利かなくて恥かかせちゃったね。この毛布使って。」

優しそうな中年の先輩警官がパトカーのトランクから出した毛布を貸してくれた。おかげでボロゲロスカートとはお別れできた。

あれ結構高かったけどな…

「救急車来たからそっち行こうか?歩ける?大丈夫?」

「あ、はい」

フラフラな足取りで救急車に乗り込んだ。

「頭の傷は大したことないみたいですけど、念の為病院で検査してもらいましょう。足は擦過傷だけですね。他に痛むところはないですか?」

良心が痛いです。

「車にスカートが引っかかって引きずられたのかな?なんにしてもひどい怪我じゃなくて良かったですね」

救急隊員がそう言って簡単な手当をしてくれた。

身体よりも心が…私という人間がボロボロです…

「大事無くて良かったですね」

角田さんがそう言ってくれた。

笑顔だけど内心ドン引きだったろうな…

「お騒がせしてすみませんでした…」

「いえ、僕の方こそ取り乱してすみませんでした。また先輩に注意されそうです」

あぁ、爽やかだな竹内涼真…

「お酒の呑みすぎは気をつけてください。お顔に大きな怪我なくて良かったです。とても美人さんなので…」

へ?

こんなに醜態晒したのに?

「また病院に警察官が聴取に伺いますので。お大事になさってください」

「あ、あの!」

そのまま救急車から降りていこうとした彼に必死で声をかけた。

「角田さんでしたよね。ありがとうございました!パトカーとか…制服も汚しちゃってごめんなさい!必ずお詫びに伺います!」

気にしないでください、と爽やかに告げて彼は戻って行った。

その後私は救急車で病院に運ばれて一旦入院の運びになった。

どうやら酒と恥ずかしさで興奮してたせいか尾てい骨にヒビが入っていたのに気づいてなかったらしい。

「普通痛くて気づくんだけどね、少なくとも座ったら気付くよ」などと担当医に言われた。恥ずかしさが痛みを凌駕するとは…

そんなことより…

「お話伺いに来ました」

竹内涼真こと角田さん再登場…
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