燕の軌跡

猫絵師

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妖精と精霊

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ラーチシュタットからの呼集に応じて、直ぐに最寄りの傭兵団が参じた。

急ぎで集まったから数は少ないが、後から合流するらしい。

「まさかこんなに早く顔合わせるなんてな」

《赤鹿の団》を代表して来たのはハルバードを担いだ厳つい男だ。

ゲオルグは「団長の名代だ」と言っていた。今回の出兵にヴェンデルは来ないらしい。

「ところで、何でお前さんがここにいるんだ?口利きしてくれたのもお前さんなんだろう?」

「関係ないから言ってなかったんだけど、俺は一応レプシウス師の弟子なんだよ。あと、ラーチの責任者に友達がいる」

「マジかよ…そのお友達ってのはロンメル男爵より上か?」

「まぁ、そんなところ」と曖昧に答えると、ゲオルグは大げさに天を仰いでため息を吐いた。

「あーあ…やっぱり《燕》に喧嘩売るのは止めるべきだったな。お前さんが賢くなくて助かったよ」

「何だよ?仕事回してやったんだ。《ありがとう》だろ?」

「へいへい、どうもありがとうよ…」とどこか不満げにゲオルグが応じた。その理由はすぐに分かった。

「しかし、今回の仕事は面倒だぞ。最悪、ラーチの連中は何かあったら俺らに責任をなすり付けてくるはずだ。団長が俺を名代に立てたってのはそういう事だ」

「何かあったら『傭兵が仕事してない』って切り捨てるつもりってか?」

「お前さんのお友達を悪く言うつもりはないんだがな。騎士様や貴族のお偉いさんってのは結局自分の腹が痛まない方向に物事を持って行くもんだ。

団長も引き受けるか悩んでたが、問題が無ければいい稼ぎになる。だからお前さんに賭けて引き受けたんだ。

そのお友達からはできる限り正確な情報を貰えるようにしておけよ?」

「お前ら、本当に言いたい放題だな」

フーゴといい、ゲオルグといい、本当に言いたい放題だ。俺が心配ってのもあるだろうが、彼ら自身の防衛の為なんだろう。

確かに、彼の言う事は一理ある。俺たち傭兵は結局のところ替えの利く存在なのだ…

「順番待って黙っていりゃ、随分ケツの穴の小さい男のセリフだね。自慢のハルバードが泣くよ、《怒涛の》」

乱入してきたハスキーな女の声に視線を向けると、そこには俺が呼んだもう一つの傭兵団の隊長がいた。

「久しぶりだね、《燕》のおチビちゃん」

「ミリガン!」

「げっ!《灰狼》!お前、《半裂き》も呼んだのか?」

ミリガンに駆け寄った俺と対照的に、ゲオルグは一歩引いていた。どうやらゲオルグはこの女隊長と知り合いで苦手らしい。

ミリガンは駆け寄った俺のハグを受け止めて再会を喜んでくれた。破顔する顔はくしゃくしゃで深い皺が刻まれていた。

「丁度仕事が無くて、ガキ共に飯を食わすのも困ってたのさ。ありがとうよ」

大きな身体を揺らしながら豪快に笑う彼女は元気そうだ。

カナルで知り合う機会があって、妙に俺の世話を焼いてくれた人だ。

一言で表すなら肝っ玉母ちゃんって感じの人で、初めは傭兵じゃなくて酒保の姐さんだと思ってた。向こうも俺が傭兵団の団長だとは思っていなかったらしく、後で顔合わせの時にお互い驚いた。

女の人にしては縦にも横にも大きくて、ごわごわした堅い赤毛を一つに結んでいる。えらの張った顔だが、鼻も高く整った顔立ちからは、昔は割と美人だったのだろうと想像できる。

「うるさいガキ共も来てるよ」と言った彼女の視線の先には、彼女の息子たちの姿があった。

「ここんところカナルが静かだからね。《灰狼》も仕事が減って困ってたのさ。あいつらは腹ペコの狼さね。

…ところで、《怒涛の》」

ミリガンは冷ややかな視線をゲオルグに向けた。

「図体はデカいくせに、打算高いちっさい男だね。《赤鹿》は仕事が選べるほど偉いのかい?あんたも昔はもう少し良い男だったんだがね」

ミリガンの言葉に言い返す様子もなく、ゲオルグは視線を泳がせていた。

「二人とも付き合い長いの?」

二人の関係が気になって彼女に訊ねたが、答えたのは嫌な顔したゲオルグだ。

「勘違いするな。そのババアが勝手に迫って来てただけだ。そいつとは仕事以外で会わねぇよ」

「おやまぁ。なんとも失礼な男だね。あんたはこうなっちゃいけないよ」

ミリガンはゲオルグの言葉を軽く受け流して、俺にウインクして見せた。俺は彼女のこういう茶目っ気のあるところも気に入っている。

口は悪いが世話焼きだし、《灰狼の団》では《ドナウ母ちゃんムッター・ドナウ》の愛称で親しまれている。

「まったく、男の泣き言なんて聞きたかないね。

仕事受けたんなら、仕事を果たすのみさ。それ以外あるもんかい」

竹を割ったように明朗な彼女の考え方は傭兵らしい。頼もしくそう言い切った彼女は豪快に笑って周りを見渡した。

「ところで、気になってたんだけど、《燕》の連中の姿がないね。もう先に出ちまったのかい?」

「あいつらは後で合流するよ。今は俺だけだ」

「何だ?爺のお守りの色男はいないのかい?あんたのお守りの若い衆もいないなんて楽しみが半減だよ…

この仕事が終わったらみんなで盛大にやろうじゃないか?」

「楽しみにしてるよ」

「俺は御免だ」彼女の気の早い祝杯の誘いに応じた俺と対照的に、ゲオルグはノリが悪かった。ゲオルグは本当にミリガンが苦手みたいだ。

ゲオルグはそのまま「後でな」と俺にだけ言い残して去っていった。

からかう相手を失ったミリガンは今度は俺に向き直った。

「さて、《燕の》。ただ仕事くれただけじゃないんだろ?あたしが恋しくて呼んだわけでも無さそうだ。話聞こうかね?」

「なんで分かるの?」

ママムッターは全部お見通しだよ、ガキんちょキント

あたしじゃなきゃダメな何かがあるんだろ?」

「まぁ、そう言ってくれるなら話は早いけど…

ママムッターに守ってもらいたい女の子たちがいるんだ。男の人には任せられない」

「ふぅん。訳アリのお嬢様かい?」

「まぁ、うん、そうだな…

レプシウス師が保護してたエルフの少女たちなんだ。

あまりいい話じゃないんだけど、アーケイイックから攫われて来て、奴隷にされる前に保護した経緯があるから、あまり男の人に任せたくない。あの子たちにこれ以上ストレスをかけたくないんだ。

かと言って、葬儀の間はラーチの中は他所の人間の出入りが多くなる。二人に護衛をつけない訳にもいかないし、ミリガンなら信頼して任せられると思ったから引き受けてもらえると助かる」

「…なるほどねぇ」

ミリガンも事情は理解してくれたようだが、少し考える素振りをして、即答は避けていた。

「まぁ、その子らの反応次第さね。

あたしを怖がるようなら他を当たっておくれよ」

「引き受けてくれる?」

「あんたには今回の件で借りがあるし、別料金で色つけてくれるなら引き受けても良いよ。

まぁ、その子らが受け入れてくれたら、の話だがね」と、ミリガンは条件を付けて承諾してくれた。

少しだけ、俺の肩の荷が降りた。

本当は俺が付き添う必要があったが、女性は女性の問題がある。彼女に任せた方が二人にとっても良いだろう。

「ママ、ありがとう」と礼を言うと、ミリガンは笑顔で頷いてくれた。

✩.*˚

《灰狼》を息子らに任せて、あたしは《燕》の坊やの案内で護衛対象者と面通しに連れて行かれた。

娘なんて育てたことないし、相手は人見知りの強いと言われているエルフだ。

あたしのなりに驚いて難しがるかと思っていたが、少女らは意外とすんなりあたしを受け入れた。

《燕》の坊やが良いように話してくれたからだろう。

「おねがいします」と、小さな頭を下げた依頼主たちの髪の隙間から見えた耳はエルフの形をしていなかった。

途中からちょん切られた耳…

子供にこんなことをするなんて許されることじゃない。女を傷つける男なんてこのあたしが許さない。

あたしの勝手な怒りが、この少女の姿をしたエルフたちを守ってやりたくなった。

「任せな。あたしの傍にいたら絶対に守ってやるからね。怖いもんなんてありゃしないよ」

少女らはあたしの言葉に「ありがとう」と返事を返した。

「良かったな、二人とも。頼んだよ、《ムッター・ドナウ》」

「任せときな。子守りは退屈だけどこの子らはほっとけないよ」

《燕》の坊やはあたしの返事に頷いて、二人に一日の予定を確認した。

この子たちは一丁前に仕事をしているらしい。

「ずっとお休みしてたから、明日は朝から治療院行く。レプシウス様の代わりをしなきゃ」と、小さい方が言うと、もう一人もうんうん、と頷いていた。

「患者さんのほとんどは感謝してくれるけど、時々怖い人もいるから…ムッターが一緒にいてくれたら怖くない」

「今まではどうしてたんだい?」

「レプシウス様やアショフが一緒だった。でも、今は難しいから…

私たちも一人前にならなきゃいけないから…私たちがレプシウス様の代わりになるって二人で決めたの」

健気だね…おばさん泣いちゃうよ…

「いい子たちだろ?」と《燕》の坊やが自慢げに二人の頭を撫でた。

「とにかく、この二人の気が済むように見守ってやってよ。君がいてくれたら二人とも心強いだろうし、女同士の方が話も弾むだろ?」

「話が合うかは別にして、この子らに変な虫が付かないように怖い顔で案山子していればいいんだろ?」

「まあ、そんな感じ。後は暇だったら君の武勇伝でも聞かせてあげたらいいじゃない?

俺は俺の仕事があるから、後はミリガンに任せるよ」

《燕》の坊やはそう言って部屋を後にした。

人に仕事を押し付けて、あいつは何をするつもりなのかね?まったく、あたし以上に自由な奴だ…

身勝手な男を見送ると、少女らはあたしの手を握って「来て」と言って部屋から連れ出した。

二人に連れられて向かった先は祭壇の用意された広間だった。

《ニクセの船》に模した立派な棺桶はお偉いさんの専用だ。

「レプシウス様に挨拶して」と、彼女たちは棺桶の中が誰なのか告げた。

挨拶と言っても、相手は死人だ。言葉が届くとは思えない。

それでも二人は棺桶に寄り添って、亡骸を愛おし気に撫でていた。

「レプシウス様、私たち明日からお役目に戻ります」

「頑張るから、見守ってて」

一途で健気な二人の姿に、この老人が良い奴だったと分かる。

人間の欲で酷い目にあったのに、彼女らは一途に彼を慕っているのだ。《燕》の坊やもそうなのだろう…

棺桶に歩み寄って、老人の亡骸にあたしなりの挨拶を告げた。

「あんたの娘たちを守るって約束した者だ。この子らはあたしが傷一つ許さないから安心しな」

死んでる爺さんに言ったって聞こえちゃいないだろう。

それでも、生きてる奴の為になら、この茶番も悪くない気がした。

✩.*˚

リリィとベスをミリガンに預けて、アショフに声を掛けてから屋敷を出た。

もう日暮れが近いからいい頃合いだ。

リコリスに乗って跳ね橋に向かうと、顔見知りの守備隊長が待っていた。

「やあ、ゲッフェルト」

軽く挨拶すると相手は苦く笑って俺に会釈を返した。彼は挨拶を返す代わりに、生真面目に謝罪を口にした。

「先日は部下が無礼を働き申し訳ありませんでした。まさか、ヴェルフェル公子様の御友人とは存じ上げず…」

「良いよ。それより君のおかげで俺はレプシウス師の臨終にも立ち会えた。ありがとう」

「お役に立てて何よりです」と、ゲッフェルトは相変わらず生真面目に応えた。騎士なのに偉ぶる様子もないし、初対面から彼には良い印象を持っていた。

「ところで、本当に外出されるおつもりですか?」

「うん。ちょっと確認したいことがあるんだ。朝には戻るよ」

「その用事は日中では駄目ですか?

街道の賊もまだ捕まっていませんし、このところ何かと物騒です。せめて伴を連れて行かれた方がよろしいのでは?」

「心配してくれてありがとう。でも、一人の方がいいこともあるんだ」

親切に引き留めてくれるゲッフェルトに礼を言って、跳ね橋が上がる前に門を通してもらった。

大仰な軋む音と鎖の巻き取る音を立てて跳ね橋は今日の仕事を終えた。次に橋が架かるのは朝日が昇ってからだ。

「さて、行こうか」とリコリスに声を掛けると、リコリスは心得たようにゆっくりと薄暗い街道を歩き始めた。

俺は夜目が利く方だし、月明りがあるから足元は問題ない。リコリスもゆっくりとした足取りで、涼しい夜道を散歩感覚で進んで行った。

街道は人気が無く、一人で歩くには少し心細く感じる。

ラーチシュタットの門限が厳しいのは有名らしく、人と擦違う事もないところを見ると、ラーチシュタットに到着できないと割り切って途中の村で宿を取っているのだろう。

襲われた商隊は中途半端な場所で野宿して賊に襲われたのだろう。大きな街道だからと油断したのが命取りになった。

「このあたりかな?」

リコリス相手に独り言を言いながら、簡単にメモした地図で場所を確認した。

目的の場所はラーチから出て馬の脚で一時間半ぐらいの場所だった。路肩には馬車をいくつか置けるぐらいの草原がある。

ここが商隊が襲われた現場のようだ。

辺りにはかすかに血なまぐさい匂いが残っていた。

リコリスの背を降りて、手綱を引きながら惨劇のあった現場に足を踏み入れた。リコリスは血の匂いに少し怯えるような様子を見せたが、逃げ出したりはしなかった。

夏の湿り気を帯びた夜風が草原を撫でる度に不愉快な臭いが舞い上がる。

風の精霊もどこか興奮しているように感じた。

「ねぇ、ちょっと話せる?」と、草原を徒に撫でる風の精霊を呼び止めると、透けた女性の姿をした精霊たちが漂うように集まって来た。

「君たち、何してるの?」と問いかけると、声を掛けられたのが意外だったようで、彼女らはひそひそと話を始めた。

言葉が通じるという事は、彼女らはある程度自我のある強い精霊という事だ。

三姉妹のような精霊が身を寄せ合うと、落ち着きなく吹いていた風は少しの間凪いだ状態になった。

彼女らは「見えてる?」「まさか?」「誰なの?」と口々に囁き合っている。

手袋を脱いで、彼女らに腕輪の魔石を付け替えた指輪を見せると、彼女らは驚いたように空気を震わせた。

「あなた、知ってる」「有名人」「妖精の子」と、彼女らは泳ぐ魚のように身をくねらせて俺の周りを飛び回った。

「知ってるなら話は早いや。ねぇ、ここで何があったのか見てた子いる?」

「見てた?」「見てた」「あれのこと?」と、彼女らはクスクスと笑いながら相談を始めた。

風の精霊は春の女神の眷属で、噂とお喋りが大好きで気まぐれな性格だ。

機嫌が良ければなんでも答えてくれるし、嫌だと思ったらすぐにどこかに行ってしまう。

昨日はここにいたのに、次の日には全然違う場所に居たりすることも珍しくない。それでも彼女らはこのあたりがお気に入りの場所のようだった。

「教えてあげてもいいよ」「いいよ」「知りたい?」と彼女らはご機嫌で口々に応じるような言葉を返してくれた。

「ここで、人が襲われたんだと思うんだけど…」

「そうよ」「知り合い?」「可哀そうにね」

「知り合いじゃないけど、襲われた時の事知らない?」

俺の質問に、彼女らは口々に話を始めた。今になって気付いたが、彼女らの話す順番は決まっているようだった。

「ここで立ち往生した商隊が強盗に襲われたのよ」「仕方ないわ、馬車が壊れたんですもの」「私たちの遊び場なのに…」

「私たち血の匂いを消してるの」「地精と水精も穢れて怒ってるわ」「木精はあまり気にしてないみたい」

彼女らはそう言ってフワフワと漂いながら他の精霊を呼び出した。

ボコボコと土が抉れてイタチの姿をした地精が姿を見せると、少し離れたところから水の身体をした大蜥蜴が這いずって来た。

彼らは話ができないみたいで、風精が通訳をしてくれた。

イタチの精霊は土をかきまぜるだけの精霊で、大蜥蜴はすぐそばを流れる小さな川の水源の精霊らしい。

「土が穢れると水も穢れる」「トカゲちゃん怒ってる」「トカゲちゃんの水キレイだったのに…」

彼女らが口々に言うと、大蜥蜴も大きな口を開いてゴボゴボと水を吐き出しながら、尾を振り回して怒りを表現しているようだった。

「ぎぃー」と悲鳴を上げてイタチの精霊は出てきた穴を引っ込むと、また別の穴を開けてそこから顔を出した。別の場所から顔を出したイタチの精霊は短い手で頬をこすると口から何かを吐き出した。

「何これ?」と落ちた物を拾うと、どうやらそれは飴のようだった。

「それお供え」「《エッダ》がくれたの」「《精霊の宿代》」と彼女らが教えてくれた。

《エッダ》の商隊がよくやる古いおまじないだ。

砂糖を煮詰めて作った黄金色の飴を精霊に供えて、多少の事に目を瞑ってもらえるようにするおまじないらしい。そのおまじないをした上で、テントを張ったり、火を炊いたり、水を分けてもらうのだ。

宿営地でもそれを守ってる《エッダ》の姿を度々見ていた。

「ぎぃぃー」と鳴いたイタチの精霊はしょんぼりした様子で項垂れていた。

そんな地精を彼女らが慰めていた。

「イタチちゃん、しかたないよ」「子供だけは隠したでしょ?」「そうだよ。イタチちゃん悪くないよ」

「君が子供を守ってくれたの?」

確かに、子供は少し離れたところにあった穴にはまっていたところを保護されたと聞いていたから彼女らの話は合う。

「子供たちは無事だったよ。今はラーチの治療院で預かってる」と教えてあげると、イタチはつぶらな瞳で俺を見上げた。

「俺はその悪党を捕まえに来たんだ。君たちが協力してくれるなら、君たちの居場所を荒らした奴に仕返ししてやるよ」

精霊たちに交渉を持ちかけると、彼らは快く俺の提案に乗ってくれた。

後から来たイタチと蜥蜴に《大地》と《水》の指輪を見せて、俺のことを覚えてもらった。

縄張りを持つ精霊だから、風の精霊に比べて気軽に呼び出せないが、それでも俺の助けになってくれると約束してくれた。

俺に地の利は無いが、地元に根付いている精霊が味方してくれるなら怖いものはない。

「悪い奴探すの手伝ってくれる?」と、風の姿をした乙女たちにお願いすると、彼女らは「いいよ」と声を揃えて応えてくれた。

「でもね、ちょっと心配」「魔法使いがいるの」「強い魔石もってるわ」

「ぎぃぃぃ」「ガボッ、ゴボボ…」彼女らの言葉に、イタチと大蜥蜴も何か言いたい様子だ。

「《炎》の魔石」「でも制御できてない」「それに似てる」と彼女らは口々にそう言って、俺の指輪を指さした。その短い言葉は俺の興味を引くのに十分だった。

「それって…《ケナーツ》の記号が刻まれて無かった?」

「分からない」「近づけなかったもの」「イタチちゃん見えた?」

彼女らの質問にイタチは首を傾げて短い前足をバタバタさせていた。

「怖かったから逃げたって」「分かんないみたい」「仕方ないよ、イタチちゃんだもん」

彼女らの言葉に、またイタチはしょんぼりと項垂れていた。

このイタチの精霊は他の精霊に比べてだいぶ小心者のようだ。

元来、地精はおっとりしてて、自主的に動かないタイプが多いし、水精などとに比べると攻撃性も低い。何かあったら、立ち向かうより引っ込んで問題が通り過ぎるまで待つタイプだ。

ただ、怒りのスイッチが入るのは遅いが、一回怒ると手が付けられなくなるのは他の精霊たちを同じだ。

「まあ、いいや…でもこの辺りで炎の魔法を使った様子はなさそうだけど?」

草原には火を焚いたような焦げ跡ぐらいしか残ってない。俺の指摘にまた彼女らが声をそろえた。

「それはそうよ」「派手にやると蜥蜴ちゃんが黙ってないもの」「この辺りで一番強いのは蜥蜴ちゃんよ」

「へぇ、君が一番強いんだ」と大蜥蜴に声を掛けると、大蜥蜴は返事をするように「ゴボゴボ」と水を吐き出した。

図らずとも、大蜥蜴が炎の精霊を牽制していたようだ。

もし、俺の魔石だったとしても、本来の持ち主でもなければ、恐らく使用者はエルフでもないだろう。それなら本来の力は引き出せないし、炎の精霊が水精を嫌がって言う事を聞かないのも理解できる。

もしくは、あまり考えたくないが、持ち主は本当に魔石の使い方が分かってなくて、精霊たちが魔石の存在に驚いて逃げただけの可能性もある…

まあ、なんにせよ良い情報がもらえた。

腕輪の石が絡んでいるのならその魔石だけは何としても確保したい。

後でアレクにお願いしよう、と考えていると、長い体のイタチが俺にすり寄って来た。

「ぎー」と甘えるような声で鳴きながら、穴から出てきた身体を絡ませて、俺の手のひらに顔を寄せた。

「あぁ、これね。返すよ」と、イタチから預かっていた飴を返してやった。

イタチは大事そうに飴を咥えて受け取ると、穴に引っ込んで行った。

「イタチちゃん、嬉しかったのね」「久しぶりの飴だから」「地精は《エッダ》の飴が好きだもんね」と彼女らが言っていた。

地精は飴が好きだなんて初めて知った。エルフの俺も知らなかったのに、《エッダ》は何でそんなこと知っているのだろう?

《エッダ》は俺たちの知らない独特の文化や知識を持ち合わせている。それは彼らが一所に留まらないことに何か関係があるのだろうか?

そもそも、今まで気にもしてなかったが、《エッダ》って何者だ?

ふと湧いた疑問に、頭の中にはあの本が浮かんだ。

神話から削られた何かがあの中にある。あれを読んだら全部がつながるような気がしていた。

あの本の持ち主が来るのなら、ダメもとでお願いするつもりだが、まずはこっちの問題を片付けてからだ。

彼女らに情報を任せて、今日の所はラーチに戻ることにした。

✩.*˚

大枚を叩いて手に入れた魔石は良い品だったが、ひどく扱いづらかった。

魔石はルビーのような見た目で、美しく見えるように加工されていた。おそらく何かに嵌め込まれていた物のようだが、それが元々何だったのか、売っていた店主も知らなかった。

ただ、正体が知れないとは言え、それなりに魔法の知識のある人間が見れば、無視して通り過ぎるという選択肢は無いだろう。

汚く稼いだ金を搔き集めて、小指の爪より小さな石と交換したが、気位の高い女のように我儘な魔石に振り回されていた。

既に加工済みというのに、こんなに扱いづらい魔石は初めてだ…

俺も素人じゃない。それなりに魔法の知識を学び、《魔導師》まであと少しというところまで行った人間だ。

結局、《魔導師》と名乗ることは許されず、現実を憎んで落ちこぼれらしく人の道を踏み外した外道としてここで悪党に名を連ねている。

「どうした、エンゲルズ?女に振られたみたいな顔しているぜ」

酒癖も足癖も悪い男が俺の不機嫌を指摘した。

相手は悪党だが、俺の雇い主でもある。彼は俺とは対照的に、先日の略奪の戦利品に囲まれてご機嫌な様子だ。

「おい…空だ」

「は、はい…」空になった杯を当たり前のように突き出されて、女は悲鳴のような返事をしながら震える手で代わりの酒を注いだ。

彼が戦利品として連れ帰った女は若くはないが、まあまあ美人の部類に入るだろう。男たちと一緒に《ニクセの船》に乗らなかったのは彼女の器量が良かったからだ。

《エッダ》は家族や部族単位で行動していることが多いから、殺された男の中に彼女の夫や父親もいたかもしれない。それでも無力な女にはどんな理不尽も受け入れるしかない。

彼女の従順さを見ていると、この反抗的な魔石の存在に更に苛立ちが募った。

俺が《魔導師》に至らなかったのと同様に、この魔石にも《主》として足らないと拒絶されているように感じていた。

「辛気臭ぇ顔してんぞ。仕事は上手くいったんだ。喜べよ」

「これが上手く使えなかった…炎を操る魔石であることは確かだ…こんなもんじゃない…」

「ふん。賢い人間のくせに、持ち主に噛みつくような石ころにだいぶ期待しているじゃないか?俺ならあそこの川に投げ捨てるね」

何も知らない男はそう言ってこの貴重な魔石を馬鹿にした。

腹立たしいが言い返すこともできずに口を噤んで、火傷の跡を隠すように手を添えた。商隊を襲わせるはずだった火球は対象を襲う前に爆ぜて術者に火傷を負わせた。

「まあ、ビビらすのには丁度いい見世物だったぜ。あいつらあれで完全には鼻白んで逃げ腰になったからな。おかげで俺たちは儲かった。具合の良い女も手に入って満足だ」

悪党らしくそう言って、彼は戦利品の腕を乱暴につかんで引き寄せた。

彼女は悲鳴を上げて抵抗したが、所詮女の細腕だ。男の力には敵わない。

目の前に不愉快な行為が始まると、離れたところからも下卑た笑い声が聞こえた。彼らは親分からのおこぼれを待っているのだろう。

女は助けを求めるような視線を俺に寄越したがそんなの俺には関係ない。そんなに嫌なら舌を噛んで死ねばいい…

いっそこの魔石も女みたいに組み伏せてやれるものなら楽なのに、と思いながら不愉快な悪党たちのテントを後にした。
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