燕の軌跡

猫絵師

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嫌な奴に当たった…

顔だけならそっくりさんで済むかもしれないが、相手の姿が、俺の淡い期待を否定した。

「…お前が俺の相手か?」と不服そうに呟く男の腕は、普通の人間のそれとは全く違っていた。鳥か蜥蜴を思わせるような腕は彼にのみ与えられた《祝福》だ。

「ディルクはトリか?今からでも代わってもらえ」

剣を抜く前から役不足だと言われた気がして、舐められた事に怒りがこみ上げた。やっぱりこいつはいけすかねぇ…

「残念だな、ディルクは次だ。俺ちゃんと戦うのそんなに嫌かよ?《祝福持ち》のあんたが俺なんかに負けたらダセェもんな?」

「調子に乗るなよ…その不愉快な口をズタズタにして二度と人の言葉を使えないようにしてやろうか?

雑魚でもまだ大きい雑魚の方が価値がある。誤差程度でもその方がいい」

「そんな理由じゃねぇだろ?お前、ディルクの事嫌ってたもんな?

まだあいつの事意識してんのか?初恋か?拗らせすぎだろ?」

「…殺す」

俺の安い挑発は、ドプナーの怒りを引き出すのに十分だった。

何かと拗らせてる野郎だ。ドプナーは《赤鹿》の頃からやたらとディルクを目の敵にしていた。

何かと比べたがったし、無駄に突っかかってきた。

《祝福》のある自分より、ディルクの方が周りからの評価が高い事を妬んでいたのだろう。

俺とも口論になったことがある。

あの時は《麻痺の手》で強制的に黙らされた。蛇のような鱗の手が、今でもトラウマとして鮮明に脳裏に焼き付いている。

今回はそうはいかねぇぞ…

無意識に伸びた手が剣に触れた。

ぶっちゃけビビってる。でもここでやらなきゃ男じゃない。

俺はスーの《犬》だ。

あいつに《勝ち》を持って行かなきゃ偉そうな口は叩けない。

俺が勝って、ディルクが勝てば、この馬鹿げた喧嘩は終了だ。アルノーの治療もできるし、《燕の団》の名前が上がる。酒だって飲める。

それなら、俺のすることは一つだ…

「ぶちのめす」

シンプルな宣言に、ドプナーの奴は不快そうに眉を寄せた。

「イザークぅ!!」

何か毒を吐こうとした男の口の動きは、どこからか届いた幼い声に遮られた。

声のした方に視線を向けると、別人みたいになっちまった少女の姿があった。

「あんたの心配なんかしてやんないんだから!カイの勝ちを無駄にしないでよ!足引っ張ったら許さないんだから!」

なんだよ?ルカの奴、可愛いところあるじゃん?素直じゃないが、それって俺ちゃんへの応援だろ?

そんな顔で、『心配なんかしてやんない』って言ったって無理あるぜ?

ルカの存在が俺の緊張を和らげた。

「おう!俺ちゃんが勝ったらなんか奢ってよ!」

「バカ!稼ぎのある大人が、子供にたかるな!自分で稼げ!」

ふざけた台詞を吐く大人に、怒鳴り返すしっかりした子供の声が、周りの笑いを誘った。

「いいぞ!」と声が上がって、俺を馬鹿にする野次が飛ぶ。

真面目にやるのは俺らしくない。

「ふざけやがって…」とドプナーが舌打ちしたが、それは俺にとって悪口にはなりえない。

これが俺だ。

真面目なのは俺の性には合わねぇ。俺は《燕の団》の馬鹿な賑やかし担当だ。

✩.*˚

正直がっかりだ…

何で俺がこんなふざけた奴相手に《祝福》を使わなきゃならんのだ…

この茶番が気に入らず、腹の中でくすぶる苛立ちは少しずつ憎しみという形を持ち始めていた。

ディルクのおまけみたいな男だ。

どうせならあの男に一泡吹かせてやりたかった。

一匹狼を気取っていたくせに、あいつの周りには人が多かった。

《祝福》もなく、特別目を引くような能力があるわけでもない。それでもあの男は《赤鹿》では注目されている存在だった。

それがいけ好かなかった。

俺には《祝福これ》があるのに…

相手のあらを探して、悪態吐いて、相手に嚙みついた。

それに反応しない、すかした態度が気に食わず、さらに苛立ちは強くなった。

奴にとって俺は小者か?

取るに足らない相手として眼中にもないような態度にむかっ腹が立った。

ディルクの腰ぎんちゃくのように付いて回っていたヘラヘラ笑う男が発した一言が、俺の逆鱗に触れた。

『やめろよ、そんなの無駄だろ?ディルクはお前の事なんとも思ってねぇよ』

強い言葉では無かったが、その言葉は確実に俺の憎しみを刺激して、気が付けば同じ団員相手に《祝福》を使っていた。

あの男は、俺を悪党にすることもできたのに、当時の隊長に『ただの喧嘩だ。イザークも悪かった』と説明してことを済ませた。

どこまでも俺を小馬鹿にしやがって…

決して相手にしようとしないあいつにもむかついたし、その説明で納得した隊長にも腹が立った。

戦ったら俺の方が強い。俺の方が有能だ!

腹にため込んだ怒りは消化されないまま、ある日突然、あいつらは俺の前から姿を消した。

俺から逃げたんだ。そう思いたかったが、実際は団長と馬が合わなくなったから出て行っただけだった。俺は最後まであいつに相手にされなかった…

やっとあいつに思い知らせてやれる場面ができたのに、出てきたのは期待外れな存在だった。

全く、どこまでも俺の邪魔をする目障りな奴だ。

過去にしまい込んだはずの怒りが頭に流れ込んで、《祝福》を顕現させた腕の感覚が鈍くなる。指先の痺れるような不快感は、俺の《祝福》のペナルティだ。

俺はお前らと違って、選ばれた人間だ。

分からない奴らには思い知らせてやる…

雑魚共が…俺が強者だ。

✩.*˚

まずいな…

「あれは知ってる奴か?」

俺の反応を見てスーが訊ねた。

「あれが《バジリスク》だ」

「へぇ…あれが?」俺の返答に、スーは興味深々と言った様子でドプナーに視線を戻した。

ドプナーの《祝福》を顕現させた腕は嫌でも目を引く。スーの紫の瞳には、俺たちとは違うものが見えているのかもしれない。

「スー。この試合、イザークじゃ分が悪い」

「そうかもな。あの腕はゲルトと同じような《祝福》か?」

「爺さんのに比べれば可愛いもんだが、十分厄介だ。

触った相手を痺れさせるだけじゃない。麻痺させて、完全に動きを止められる。痛みも与えずに殺すことだってできる凶悪な奴だ」

「なるほど。そいつは危険だな…」

「イザークの奴は一度あいつと揉めて、《麻痺》を食らった事がある。あいつにとって苦い記憶のはずだ」

あの馬鹿でもさすがに忘れちゃいないだろう。それがこの喧嘩に響かないとも限らない。俺が代わるべきだと思ったが、スーの考えは違っていた。

「だから?代われってか?

馬鹿言うんじゃねぇよ、ディルク。そんなことで尻尾巻くような《犬》は俺には必要ないんだよ。

あいつが代われって言ったら、俺はあいつのケツを蹴とばして戻すぜ」

スーの言葉は団長らしい厳しいものだった。だがその言葉裏側には自分の選んだ《犬》への信頼が透けて見えた。

「イザークは大丈夫だ。そうだろ?」

スーの言葉に被るように、離れた場所から声が上がった。

イザークの拾った少女の檄に、あいつがいつものようにふざけた返事を返して、それに周りから野次が飛んだ。

いつものイザークだ。ふざけた男は《バジリスク》を前にしてもあいつはいつものペースを崩さずにいた。

それが強がりだとしても、あいつの戦う意思を感じた。

馬鹿野郎。頭悪すぎだろ…

呆れる気持ちと一緒に別の感情が胸の奥で熱く主張した。

あいつが《バジリスク》と揉めたのは俺が原因だった。あいつは俺のために勝てもしない格上に噛みついたんだ…

『だってよ、ムカついたんだもん』

無謀だと叱った俺に、あいつは頭の悪いガキのように言い訳した。

馬鹿だよな…あいつは今でも馬鹿だ…何も学ばない大馬鹿だ…

少しだけあの馬鹿が良いもんに思えたのは、この馬鹿げた空気のせいだろう…

✩.*˚

開始の合図と同時に俺が間合いを詰めたのを見て、ドプナーはわずかに初動が遅れた。

まさか俺から仕掛けるとは思ってもいなかったのだろう。

斬りつけた刃は、わずかな手ごたえを残してドプナーと擦違った。

あいつの腕は柔い人間の肌とは違う。硬質な鱗は刃を通さないと知っている。

擦違いざまに至近距離で左手を閃かせると、あいつの口からわずかに驚いたような悲鳴が漏れた。その反応に手ごたえを感じた。

「てめぇ…」怒りを孕んだ目が鋭い視線で俺を睨んだ。

「おっと、なんでもありだろ?この程度で文句言うなよ?《エッダ》と喧嘩するなら一番に警戒することだろ?」

俺だってあいつの《麻痺》の手には警戒している。接近戦で、真正面から無策でぶつかる気は無い。

じゃあどうするか?答えはこれだ…

「《エッダ》の石ころ舐めんなよ?こいつで飛んでる鳥ぐらいなら落とせるんだぜ」

遊牧生活をする《エッダ》が害獣を追い払ったり、鳥を捕まえたりするために編み出した投石術は対人戦でも有効だ。

武器としての調達は楽だし、石さえあればいつでも使えるから、護身術として身に着けている《エッダ》は少なくない。石を拾う癖のある《エッダ》には特に要注意だ。

「石ならまだあるぜ」と、手にしたつぶてを見せると、ドプナーは忌々しそうな視線で俺を睨んだ。

嫌だろうな、と内心ほくそ笑んだ。

《バジリスク》は接近戦が専門だ。

あの腕は物を握るのに適していないが、奴の腕自体が武器だ。触れられれば《麻痺》を食らうし、そうなれば一瞬で勝負の片がつく。

ある程度の距離を保ちながら、石をたたき込めるならそれがベストだ。

間合いを詰めようとするドプナーを剣で牽制しながら、急所を狙って石を投げ続けた。

しかし、相手もその程度で諦めるような軟な人間じゃない。

伸びる《バジリスク》の手をぎりぎりで躱す、危なっかしい攻防が続いた。

「っち…小細工しやがって」

小声でぼやく《バジリスク》からは焦りと苛立ちが感じられた。俺程度の小者に善戦されているのが余程気に食わない様子だ。

そんなに嫌うなよ?

俺ちゃんだって、ずっと心臓はバクバクだし、腹ん中はずっと胃が痛くなるような不快感で吐きそうだってのに…

あーあ、俺ちゃんらしくなく頑張ってるわ…めっちゃ偉いじゃん?

そんな風に自分を誇って、少しだけ笑う余裕ができた。

負けたくねぇよ。金一封もらって、ただ酒飲むんだ!

そんなしょうもない動機で、恐怖を誤魔化しながら剣を振るった。

剣と腕のぶつかり合う、耳障りな金属音が夜に響いた。

悪くない試合運びに、やかましい野次が熱を上げた。

もう誰の声かも分からない怒号が飛び交い、何かを打ち合わせるような音が喧騒に拍車をかけた。

両陣営から発せられる騒音が他の音をかき消して、戦いの結果を急かした。

小競り合いが長引いて、時間ばかりが無駄に過ぎていた。

剣を盾代わりにして石を叩き込んでいたが、この戦い方だと、どうにも決定打に欠ける。

ドプナーの奴も、だんだん俺の戦い方に慣れてきていた。あまり長引かせるのは俺の方が不利になる。

やっぱり剣での接近戦しかないか?

そんな考えがよぎったが、戦い方を変えるのにためらっていた。やっぱりあの腕にビビっている自分がいる…

染み出した迷いが絡みついて、俺の動きを鈍らせた。

「どうした?もう終わりか?」奴の声が思ったより近くで響いた。

あっぶねぇ…

すぐ目の前をあの気味の悪い腕が掠めて、捕らえそこなったと悔しがる舌打ちが耳に届いた。

ギリで避けた俺に、ドプナーはそのまま蹴りの追撃を加えた。

踏みとどまって腕で蹴りを防いだが、直後に悪手だと後悔した…

相手が《バジリスク》じゃなきゃこのまま反撃に繋げりゃいい。踏みとどまったせいで動きが止まってしまった…

その一瞬を逃してくれるような甘い奴じゃない。

さらに次の動きを迷った俺に、ドプナーは足技を繰り出して攻め立てた。その攻めを捌ききれずに、足元が覚束なくなりバランスを崩してしまった。

頭の中から一気に血の気が引いた…

目の前に《バジリスク》の腕が迫っていた。

とっさに、頭を庇うように差し出した左腕は、痺れを感じて感覚を失った。

死んだようにだらりと下がった自分の腕を見て肌が粟立った。

「あぁぁぁ!」

奇声を上げながら振るった剣は正確さを欠け、鋭さを失っていた。子供が振り回す木の枝を受け止めるように、ドプナーは俺の剣を素手で受け止めた。

「あきらめろ、雑魚が…」罵る言葉が恐怖で膨らんだ心に刺さった。

俺はこいつに勝てないのか…

そんな諦めが頭の奥にジワリと滲んだ。

《バジリスク》の腕の動きがゆっくりに見える。その鱗に覆われた手が俺に向かって伸びるのを見て、武器を手放してしまった…

逃げを選ぼうとする本能が俺の思考を鈍くさせる。

結果、その一瞬の判断の遅れが両腕から力を奪った。

両腕の感覚が無くなる。肩に無駄なものがぶら下がっているような重さだけが、まだ腕がくっついていると教えていた。

「さっきまでの威勢はどうした?」

追い詰めるような冷たい声が嘲笑うように耳に響いた。

ドプナーは俺の剣を雑に捨てて、見えるように両手を差し出した。背筋に冷たい感覚が走り抜けた。

「まだ腕だ…足、胴、頭…てめぇが二度とそのクソみてぇな口を利けないように思い知らせてやる」

処刑宣告でもするように淡々と告げる《バジリスク》を前に身が竦んだ。

足はまだ動くはずなのに、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けない。

減らず口も叩けない…

情けねぇ…

虚勢を張る余裕なんてとっくになくなってしまっていた。

勝ちを確信したのだろう。

無様になった俺を鼻で笑って、ドプナーは気を良くしてよく喋った。

「一戦目はまぐれで勝てたんだろうよ。

二戦目も、《怒涛》の奴が手を抜いたからいい勝負に見えただけだ。あいつが変に手を抜かなければすぐに決着が着いた。

この試合はお前が無様に負けて終わる。

そうしたら次はディルクか?

《燕》はそれで終いだ。

イキがって、調子に乗らなきゃ、もう少し傭兵ごっこも続いたろうにな」

「俺らはごっこじゃねぇ!」

「ガキのお遊びだろ?

《黒い妖精》だかなんだか知らんが、所詮お飾りだ。あの見た目で団長なんて務まるはずねぇよ。

どうせお貴族様の気まぐれで、あの小僧に与えた玩具だろ?

そうでもなきゃ、お前ら如きが、リューデルやヴェルフェルから仕事が回ってくるものか?」

嘲笑うような口元が「団長が売ってんだろ?」と不愉快に毒を吐いた。

スーを…俺たちの団長を侮辱された…

負け腰だった俺の腹ん中に火が灯った。

「…許さねぇ」

確かに、うちの団長は他所に比べりゃ毛色が違う。あの見た目だ。やっかみも買うだろう…

でも、破天荒で我儘で無茶苦茶でも、あいつは俺たちの団長だ!

俺は《エッダ》だ。嫌なもんを我慢して留まるような義理もねぇ。

それでも、俺はスーの《犬》として、《燕》の旗の見えるところで死ぬって決めてんだ!

《燕の団》は俺が死ぬまで留まる終の住処と勝手に決めている。

上等だ!なら今でも良いじゃねぇかよ?!

おあつらえ向きに、《燕》の旗ならここにある!

開き直って、ドプナーを真正面から睨み返した。

足はまだ動く。

逃げの足じゃねぇ!てめぇを道連れにする勇み足だ!

地面を蹴って、ドプナーとの間合いを縮めた。

「馬鹿か?頭使えねぇのかよ?」と失笑しながら、《バジリスク》の腕が構えた。

頭?使ってやるさ!俺は馬鹿だからこういう使い方しかしねぇよ!

腹の中で悪態吐いて、そのままの勢いでドプナーに肉薄した。

案の定、《バジリスク》の腕が俺の突進を阻んで、抑えるように胸に当たった手が、俺の体を空洞にするような麻痺を与えた。

全然効かねぇ!

身体の感覚は麻痺しても、腹ん中に滾った炎までは消えなかった。

勢いを失わない俺を見て、ドプナーの余裕ぶっていた表情が消えた。

最高だ!

イカれた頭で満足を噛み締めて、渾身の頭突きをかましてやった!

自分でも気持ち悪くなるほどのヘビーなやつだ!

ざまあみろ!傭兵はな、頭はこうやって使うんだぜ!

✩.*˚

骨がぶつかり合うような気味の悪い音が、夜の空気を震わせた。

「どうなった?!」

イザークが《バジリスク》に強烈な頭突きをかまして、二人はもつれ合うように倒れた。

どちらもピクリとも動かない。

誰も想像できなかった結果に、あれほど煩く騒ぎ立てていた男たちも、しん、と静まり返ってしまった。

固唾を飲んで結果を待ったが、重なり合うように倒れた男たちに動きはなかった。

ざわつき始めた観客の声をかき消すような大声が《赤鹿》の陣から上がった。

「《燕》の!引き分けだ!」

仕方ないだろう。口惜しい気持ちはあるが、このままどちらかが立つまで待つのは時間が惜しい。

「応!」と了承を返して、ディルクにイザークを回収させた。

「…たく…世話のやける」とボヤいていたが、ディルクはその手のかかる男の心配をしていた。

血で赤く染った顔面が強烈な一撃を物語っていた。

額は割れて出血していたし、鼻血も出てる。

死体みたいな男に手を翳して指輪に魔力を注いだ。魔力が流れていく感覚がイザークが生きていると教えていた。

「まったく…とんでもない番狂わせだよ…」

俺のぼやきはイザークには聞こえていないだろう。それでいい。褒めたら調子に乗るからな…

「大健闘だ、イザーク。よくやったな」

《祝福》持ち相手のよく最後まで食らいついたもんだ。

ディルクは勝てないって見立てだったが、引き分けに持ち込んだのは大健闘だ。負けじゃないだけ良い。

俺はイザークの出した結果に満足していたが、ディルクは既に先を見ていた。

「スー。次はどうする?」

「次か…」

「向こうも次は落とせねぇ。次を落とした方が負けが濃厚だ…

向こうも同じ考えだろう。《人でなし》が出てくる可能性が高い」

ディルクの読みは当たっているだろう。

どういう順番で出してきてるか分からないが、向こうも引き分けなんてつまらない結果で満足するとは思えない。

「マジな話、お前は《人でなし》に勝てるか?」

「戦うってんなら全力でやるがな…正直な話、ただでは勝てねぇだろうよ。

イザークぐらい無理すりゃあるかもしれねぇが、五体満足で勝てる気はしねぇな…」

「なるほどな…」と頷いて《赤鹿》の陣に視線を向けた。

向こうの出方を伺っていると、《赤鹿》の陣から既に試合を終えたはずの二人がこっちに向かって歩いて来た。

「《燕》の団長さんよ。旦那から伝言がある」と、ハルバードを担いだ男が用事を伝えた。

「あと二試合残ってるがよ。さっきの試合が引き分けだったろ?このままじゃ引き分けになっちまう可能性がある。それで旦那が次で決めねぇか?って提案だ」

「一人余るだろ?どうすんだよ?」

「だから相談に来たんだろ?

とにかく、うちの提案は《次で終いにしようや》ってこった。

一対一でも二対二でも構わねえよ。それはそっちに任せるさ」

提案を飲むなら、試合の形は俺たちに任せるということだ。

「ふーん…もし一人なら、そっちは確実に《人でなし》を出すのか?」

カマをかけると、相手は一瞬ディルクに視線を向けて、理解したような顔で頷いた。

「お前から筒抜けか?まぁ、いいさ。隠すつもりはねぇよ。

俺たちも後がないんでな。あんたらには可哀想だが手加減なしだ」

「正直すぎだろ?」

「あぁ。俺は嘘は嫌いなんでな」

《怒涛》の二つ名の傭兵は開き直って答えた。隠す気はないらしい。

「で?どうすんだ?俺は返事を貰わんと帰れんの だが?」と、《怒涛》は俺たちの返事を催促した。

ディルクに視線を送ると、ディルクは黙って肩を竦ませた。《好きにしな》と言われた気がした。良く分かってんじゃん。

「一対一だ。《黒い妖精》と《人でなし》で、ぶちのめした方がこの喧嘩勝ったことで良いな?」

「マジか?」

「マジだよ。あと、俺はハンデつけてやる」

驚いている《怒涛》にそう宣言して、ディルクに両手に着けた魔法の指輪を預けた。これで俺は魔法の使用が制限される。

「魔法は無しにしてやるよ。周りを巻き込んだらワルターがうるさいからな…

武器は指定無いってことでいいか?使いたいものあるんだけど、後で文句言われるのは面倒だから今のうちに確認だ」

「…おい、ディルク。お前らの大将正気か?」

「どうせ言ったところで聞かねぇよ…」

「だからって、仮にも団長だろ?」

「それならそれの方がまだ良いがな…

こいつは間違いなく俺たちの団長だ。団長の命令は絶対なんでな」

「はぁ…俺が言うことじゃないが、本当にマズくなったらお前が止めろよ?

《燕》の団長さんよ。あんた若いから怖いもんなしかもしれねぇが、そんなんじゃ長生きできねぇぞ?

年長者の言うことにはもうちょい耳を貸すべきだぜ」

ハルバードを担いだ男はお節介を口にして、「じゃあな」と挨拶を残して踵を返した。

「『年長者の言うことには耳を貸せ』ってよ」とディルクが呟きながら頭を搔いた。

「じゃぁ、尚のこと俺の命令は絶対だな」

「全く…余計なこと言いやがって…」

「何だよ?あいつ良い奴じゃんか?」

アルノーをやられたが、あの男は特に俺たちに含むところは無いようだ。なんなら、俺の心配までしてくれているようだ。

「《赤鹿の団》か…」

一度腹を割って話したら、意外と面白いかもしれない。傭兵団としては一応先輩だ。

《怒涛》の背中を見送って、次の試合の用意を始めた。

カーティスが持たせてくれたお土産を試すにはいい機会だ。《暴君の腕》はすんなりと俺の腕に馴染んだ。

「おまえ、イカれてるよ」と、ため息混じりのディルクの声が背中にかかった。

「何を今更」と笑って振り返ると、俺を見下ろす顔には眉間に深い皺が刻まれていた。

この呪物を使うのが気に入らないのか、それとも俺が《人でなし》と戦うのが心配なのか…はたまた両方か?

心配症だな…まぁ、今に始まったことじゃないが…

「あ、そうだ」大事なことを思い出して、懐に手を入れた。今から戦うのに、これを持ったままじゃ気が気じゃない。

「これ預かっててくれ。ワルターに頼まれてたやつ。割ったら金貨一枚が無駄になる」

「はいはい…」

ため息混じりの返事は半ば諦めてる感じだ。

お前がいるから、俺は安心して動けるんだけどな…

そう言ったところで、面倒を押し付けられたってボヤくんだろ?

つまらない言葉は飲み込んで、「行ってくる」とだけ告げた。
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