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赤鹿
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「面倒くせぇな…」と親父さんがぼやいた。
口癖のようになっている《面倒くさい》だが、今回に限っては俺も同意見だ。
客と言えばそうなのだが、どちらかと言うと商売敵だ。
「俺らも名が売れたから、嫌がらせに来たんだろうよ。《赤鹿》は暇なのか?」
不機嫌そうな親父さんは、嫌みを呟きながらも来客に会う用意を始めた。
急に押しかけて来たのは《赤鹿の団》の団長だ。
《燕》の団長との面会を求めてとのことだったが、生憎、団長は朝から用事でシュミットシュタットに出張っている。
団長代理として親父さんが出ざるを得ない状況だ。
不機嫌な親父さんと応接室に向かうと、居合わせていた《犬》たちがピリピリしていた。《犬》の中にも、元 《赤鹿》の奴らはいくらかいる。
《赤鹿》を抜けた連中は、古巣の連中が押しかけて来たことを良く思ってないようだ。
それは《赤鹿》の連中にも伝わっているようだった。
「随分な歓迎じゃねぇか?なぁ、《黒腕》?ガキ共の躾がなってねぇぞ」
来客用のソファでふんぞり返っていた男は、親父さんを二つ名で呼んだ。
商売敵とはいえ《赤鹿》とは何度か顔を合わせている。知り合いっちゃ知り合いだが、あまり関わりたくない相手だ。
「客じゃねぇだろ、団長がわざわざ何の用だ?」
「そう噛みついてくるなよ。《燕》は若いのに随分調子が良いみたいだからよ、噂の団長とやらに挨拶に来てやったんだ。懐かしい顔もあるじゃねぇか?」
「そんな嫌みを言いに来たのか?つまんねぇ野郎だ」
《赤鹿》の団長の嫌みを一蹴して、親父さんは雑に向かいのソファに座った。
格上の相手に褒められるような態度ではない。
《赤鹿》の連中がそろって眉を寄せて不快感を示したが、団長は余裕たっぷりの様子でにやにやと笑っていた。
「別に面白いと思われるために来たわけじゃねぇよ。
随分羽振りの良いスポンサーがついてるようじゃないか?お前の所だけじゃ手が足りねぇだろ?手伝ってやろうと思ってな」
図々しい申し出に耳を疑ったが、性格の悪さでは親父さんの方が上手だったようだ。
「何だ?うちの傘下になるってのか?」という親父さんの挑発に、飄々としていた《赤鹿》の団長の顔から余裕の表情が消えた。
「…そいつは聞き捨てならねぇな」
怒りを孕んだ声は低く空気を揺らした。
並みの相手ならそれでビビっただろうが、親父さんは面倒くさそうにため息を吐きながら毒を吐き続けた。
「うちの仕事をよこせってのはそう言う事だろう?
それとも何か?てめぇは自分の団のプライドねぇのか?格下相手に乞食しに来たってか?」
「随分な口を利くじゃねぇか、新参者が…うちの傘下に入れてやろうと思ってきてやったってのに」
「そんなことだろうと思ったぜ」
親父さんは相手を小馬鹿にするように吐き捨てた。親父さんは《赤鹿》の団長の腹を読んでいたらしい。
「宛が外れて残念だったな。うちは《赤鹿》に入るくらいなら《雷神》と組む。てめぇらはお呼びじゃねぇよ。
うちは新参者だがな、ちゃんと軌道に乗ってんだ。てめぇらの傘下に入る理由なんてありゃしねぇ。分かったらさっさと帰れ、俺は暇じゃねぇんだ」
親父さんは取り付く島もなく、《赤鹿》の団長を一蹴した。
これができるのは親父さんだからだ。
親父さんの無礼な返事に、《赤鹿》の連中は怒りを露わにした。
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」と団長について来ていた親衛兵が吠えた。
《赤鹿》の連中が怒号を上げて殺気立つと、廊下で様子を伺っていた《犬》が部屋に踏み込んできた。
もう無茶苦茶だ…
「勝手に押しかけてきたのはそっちだろうが?!」
「貴族様に覚えが良いからって調子こいてんじゃねぇぞ!
てめぇらの団長が色使ってるって噂だぞ!あの顔で仕事取ってんだろ?!」
「ふざけんな!」
「ぶっ殺す!!」
「やれるもんならやってみな!腰巾着!」
荒くれ者共の口喧嘩が苛烈さを増して、すぐにでも乱闘になりそうな勢いだ。
面倒なことになった…
《赤鹿》は《雷神》に並ぶデカい傭兵団だ。傘下に入るつもりはないが、揉めるのは得策じゃない。
まさに一触即発という状況だったが、親父さんは面倒くさそうにため息を吐き捨てて、「うるせぇな」と、いつもの調子でぼやいた。
文句を言おうとした《赤鹿》の連中も、親父さんの視線に口を噤んだ。親父さんの片目は鋭い傭兵の視線で相手を威圧していた。
「俺も傭兵だ。喧嘩ならいくらでも買ってやるが、俺の二つ名忘れたわけじゃねぇよな?」
親父さんの低く響く声は大きいものでは無かった。それでもその凄む声はその場を凍り付かせるのに十分なものだった。
親父さんは年を取ったとはいえ、この部屋の全員を殺せるだけの強烈な《祝福》を有している。
今まで積み上げてきた老兵としての評価と凶悪な《祝福》が親父さんの武器だ。これは《赤鹿》の団長も無視できるものでは無かった。
「覚えてるさ、《黒腕》。てめぇとやりあうつもりはねぇよ。若い衆がうるさくして悪かったな」
《赤鹿》の団長は先走った部下の非礼を詫びて、その場はいったん収まった。
「カミル。勝手に入って来たうるせぇ奴らは摘まみだせ。後で説教だ」
「あいよ」と応じて、踏み込んできた《犬》共を部屋から追い出して、いさかいが起こる前の部屋に戻した。
「で?いつまで居座るつもりだ?」
相変わらず挑発するような親父さんの態度に、《赤鹿》の団長は苦笑いを浮かべた。
「言ったはずだ。《団長に挨拶に来た》ってな。俺にだってプライドはある。つまんねぇ奴に仕事を搔っ攫われて黙ってたら部下にも舐められるんでな」
「ふん。関わらん方が幸せだろうよ。あいつは俺より凶暴な《黒い妖精》だぞ」
「カナルでの話なら聞いてる。だが、人伝の話なんて尾ひれの付くもんだ。
噂の団長がどんなもんか見に来てやったのさ」
「物好きな野郎だ…」
「あぁ、怖いもの見たささ」と開き直る団長に親父さんも呆れていた。
親父さんも面倒くさくなったのだろう。団長不在で今日帰ったところで、また押しかけてくるだけの話だ。
「カミル。昼飯ぐらいは用意してやれ」と親父さんは《赤鹿の団》の滞在を許した。
「いいんで?」
「俺の昼寝の邪魔をしないなら目ぇ瞑ってやる」と言い残して、親父さんは終いとばかりに席を立った。
まったく…後でどうなっても知らねぇぞ…
親父さんの背中を見送って、少しだけ《赤鹿》の団長に同情が湧いた。
✩.*˚
「あぁ…おっかねぇ…」
シュミットシュタットの帰り道でイザークがボヤいていた。
「お前、本当にカーティス苦手だよな?」
「だってよ!あいつ気持ちわりぃじゃん!
それになんだよその土産!」
歯に衣着せぬ台詞を吐いて、イザークは思い出したように身震いした。彼の視線は俺の荷物に注がれていた。
ワルターの依頼でシュミットシュタットに来たついでに、カーティスの店にも寄ったのだ。
『あたしに会いに来てくれるお友達は貴方くらいですよォ。
嬉しいので、良い物をあげましょうねェ』
カーティスがそう言って、店の地下室から何かを持ってきた。出してきたのは黒い古びた籠手だった。
相変わらず呪われそうな品物だが、カーティスが《良い物》と言うからには普通の品では無いのだろう。
身に着けてみたが、籠手はすぐに手に馴染んで、悪い感じはしなかった。見た目より重く感じるが、使えないほどのものでは無い。
『貴方は魔力量が普通の人より多いから使えるでしょォ?
《暴君の腕》は貴方に差し上げますよォ』
『これってどういう魔具なんだよ?』
『とぉっても凶暴な呪物ですよォ。
魔力を吸う代償として宿主の身体能力を上げてくれます。あと、暴力をふるった分だけ持ち主に力を与えてくれる優れものですよォ。
長く身に着けていると魔力を吸われますし、精神を蝕まれるのでつけっぱなしはお勧めしませんねェ。
外したら暴力のカウントはリセットされてしまいますが、ちゃんとこまめに外してくださいねェ』
カーティスはそう言って危険な呪物を俺に押し付けた。まぁ、説明通りに使えるものであれば文句はないのだが、使ってみなきゃどの程度か分からないな…
イザークはこの気味の悪い籠手に完全にビビっていたし、心なしかディルクも少し離れて歩いている気がする。
エッダはこの手の呪物と呼ばれるものは本当に嫌いらしい。
「別になんともないけどな…」
「絶対そんなことない!だってそれスゲー怪しいじゃん!」
「あの男だって《こまめに外せ》って言ってたじゃねぇか?つまり着けてたら悪いもんだってことだ!そんなもん遊び半分で使うなよ!」
いつになく手厳しいディルクに叱られた。そんなに嫌か?
こいつら割と心配性なんだよな。まぁ、アーサーでも捕まえてこっそり試してみるか…
そんな口に出せないことを腹の中に収めて、誤魔化すように馬の首を撫でた。
新しく迎えた馬は大人しい白馬だ。足の先や鼻先が黒くて少し兎にも似ている。アレクの愛馬の兄弟という話で、俺に乗って欲しいとわざわざ贈ってくれた名馬だ。
人を乗せる訓練を済ませていたし、穏やかな性格だったからすぐに懐いてくれた。これからが楽しみだ。
アレクからの手紙には、《また一緒に馬を並べて散歩したい》とあった。
それが本当になったら嬉しい。アレクも俺との思い出を大切にしてくれている。
お互いに責任のある立場だから、責任を放り出してまで会いに行くことはできない。それでも生きていればいつかは会えるはずだ。
そのために必要なら、この気味の悪い呪物だってつかうさ。
ディルクらを連れてブルームバルトに戻ると、見慣れない武装した連中が街の外にたむろしていた。
「何だ?入団希望か?」と呑気なことを言っていたイザークだったが、彼らに近づいて急に表情が険しくなった。
「…ディルク、あいつら…」
「何でこんなところに《赤鹿》の連中がいるんだ?」
「《赤鹿》?」
傭兵の中で《赤鹿》と言ったら《赤鹿の団》の事だ。
確かに、彼らは《赤鹿》の描かれた旗を掲げていた。
割と大所帯の傭兵団で、《燕の団》にも、元|《赤鹿》の傭兵はいくらかいる。ディルクやイザークも元|《赤鹿の団》だ。
「ちょっと話してくる」と言い残してイザークが俺から離れた。残ったディルクは俺を隠すように、俺と《赤鹿》の連中の間に馬を割り込ませた。
目的が分からないから警戒しているのだろうか?
「お前たちの古巣だろ?」と声をかけると、ディルクは嫌そうに顔を顰めた。
「嫌だから抜けたんだ。そう言われるのは良い気しねぇな…」
ディルクは不機嫌そうにそう言って、イザークの背中を目で追っていた。
「《赤鹿》で何かあったのか?」
「大したことじゃねぇよ。団長が代わった。合わないから抜けた。それだけだ」
ディルクは《大したことじゃない》と言うが、彼が腹に据えかねるような何かがあったのだろう。
義理堅い彼の性格から、何も無しで世話になってた傭兵団を離れるとは思えない。
話を終えて戻ってきたイザークは、彼に似合わない険しい顔をしていた。
「…ヴェンデルが来てるって」
その一言を聞いてディルクは舌打ちして「クソが」と悪態を吐いた。
「誰だよ、ヴェンデルって?」
「ヴェンデル・フォン・バルヒェット。《赤鹿の団》の団長だよ。
俺たちが《赤鹿》辞めた原因になった奴さ」とイザークは簡潔に答えた。
イザークはディルクに「スーには話していいだろ?」と言って話を続けた。
「前の《赤鹿》の団長は嫌いじゃなかったけどよ、息子とは合わなかったんだ。実力主義ってのは悪くねぇが、それだけってのも問題だ。
あいつが気に入らねぇって追い出した奴の中には、前団長の下で長く働いてた隊長なんかもいた。俺らも世話になった人だ。
そういうのが重なって、嫌になったから俺たち抜けたんだ」
イザークの話の通りなら、《赤鹿》の団長は俺やワルターの嫌いなタイプだ。
傭兵は確かに体力勝負だし、年寄りにはきつい仕事だ。それでも、長く貢献した人物で下に慕われているなら追い出すまでしなくていいはずだ。ゲルトみたいに後任を育てる役を与えてもいいだろう。
そうしなかったのはその男の器の小ささのように思えた。
イザークやディルクが見放した理由も頷ける。
「あいつ、最後までディルクを手放したがらなかった。うちに絡んできたなら面倒くさいぜ」
「ふぅん…」イザークの話を聞きながらディルクに視線を向けた。ディルクはその話題が気に入らなかったようで、不機嫌そうに眉根を寄せた顔をしていた。
「幾ら積まれても俺は戻る気はねぇよ」
「俺も手放す気はねぇよ」と応えて笑った。ディルクは俺の右腕だ。手放すなんて考えられない。
「とにかく戻った方がよさそうだな。お前らどうする?」
二人が気まずいならロンメルの屋敷に置いてくるつもりだったが、それは要らない気遣いだったようだ。
「そんなの決まってんだろ?俺らはお前の《犬》だぜ」
「もう俺たちは《赤鹿》じゃないからな。あいつには何の義理もねぇよ」
イザークとディルクはそう言って俺の馬に自分の馬を並べた。
二人の出した答えは俺にとって嬉しいものだった。
✩.*˚
『ヴォルフの後釜にしてやるって言ってんだ。何が気に入らん?』
あのクソ野郎の言葉が蘇る。
その頃はどこの傭兵団も仕事が減っていた時期で、《赤鹿の団》も例外じゃなかった。使える若い奴を残して、ほかには暇をやっていたし、新しい団長は馬の合わない奴を追い出していた。
『気にすんな、ディルク。俺も歳だからよ、俺の隊をお前に譲るんなら文句ねぇさ』と恩人は俺に自分の居場所を譲って去った。
立ち去った彼のその後は知らない。
そんな形で隊長を押し付けられて、自分が認められたとは思えなかった。
体のいい厄介祓いに利用されたような気がして胸糞悪かった。
あの人には悪いが、《赤鹿》の金払いが悪くなったこともあり、ほとんど喧嘩別れするように《赤鹿》を抜けた。
しばらくはだらだらと日雇いの仕事をして食いつないでいたが、新しい傭兵団が募兵していると耳にして少し期待して向かったのだ。
あの人が来るかもという期待がどっかにあったのだろう。それでもその考えは無駄に終わった。
新たに選んだ傭兵団の団長は、手のかかる我儘な奴だったが、その打算の無い幼さが俺には心地よかった。
世話の焼ける危なっかしい団長に振り回され、自分勝手で我儘な奴らを纏めるのが俺の仕事になっていた。
あの人の苦労が少しだけ分かったような気がした…
俺に居場所を譲って離れて行った時の気持ちは知りたくもない…
今ではここが俺の《巣》だ。
《赤鹿の団》の話を聞いても、スーはどこか他人事のような反応だった。
「《赤鹿》の団長は初めてだな。前に一緒に仕事したときは隊長だったもんな」
「団長は隊長とはわけが違うからな。《燕》を新参者の格下って舐めてくるはずだ」
「へぇ…格下ねぇ…」
俺たちの話を聞きながら、スーは馬鹿にするように口元に笑みを浮かべていた。
いつものスーなら、舐められたことで不機嫌になるはずなのに、少し機嫌がよさそうにすら見える。
「お前らさ、俺が《赤鹿》と喧嘩するって言ったらどうする?」
「やめとけよ、恨まれるだけだぞ?」
「でもよ、あのがめつい団長の事だから、きっとうちが定期的に仕事貰ってんのが気に食わねぇんだろ?
いっそ派手に喧嘩して、分からせてやるのも良いだろうぜ」とイザークは無責任な提案をしたが、相手は《赤鹿》だ。《燕》とは規模が違う。
「馬鹿野郎!そんなことしてみろ!面倒なことになるぞ!」
「じゃぁ、大人しく尻尾振れってのか?そんなのゴメンだ。なー?スーもそうだろ?」
「今日だけは褒めてやるよ」というスーの返事に、珍しく褒められたイザークは鬼の首でも取ったような顔をしていた。
こいつら馬鹿か?!
そう思って頭を抱えたが、その考え自体が無駄だと気付く…
はぁぁ、と大きなため息を吐いて貧乏くじを引いたのだと自覚した。
俺の頭痛を他所に、スーは笑って「大丈夫だよ」と軽口を叩いていた。
「相手がどこの団だろうが、俺たちの返事は決まってるだろ?
礼儀を知らねぇ奴らに合わせてやる義理なんてねぇよ。
忘れたのか?俺たちは《最高にイカれてる》んだぜ」
我儘な団長はそう宣言して馬に合図した。
馬は《燕の団》に向かって軽やかに歩き始めた。
全く…マジで喧嘩する気か?イカれてるぞ…
そう思いながらも本気で二人を止めなかったのは、それが俺にとって、少しだけ面白く思えたからだろう。
どうやら俺もこっち側の人間らしい。
ため息を吐き出して、イカれた男の隣に馬を並べた。
✩.*˚
ゲルト曰く、傭兵団の団長に必要なのは《舐められない事》なのだとか…
『いいか?てめぇはその外見だ。そればっかりはどうにもならねぇ、諦めろ。
その女みてぇな顔も、若造としての外見も、てめぇの実力でカバーしろ。
舐められそうになったら、遠慮は要らねぇ。てめぇの力を見せつけてやれ。二度と舐めた口を利かすな。
相手がぐうの音も出ねぇくらいボコしてやれ』
多少誇張しているだろうが、言いたいことは分かってるつもりだ。
この仕事は舐められたら終わりだ。
『傭兵団の団長に求められるのは、馬鹿にだって分かるくらいの絶対的な求心力だ。
そんために必要なのは実力、次に度量だ。それがあれば大体の奴らは着いてくる。あとは金払いも忘れんなよ?』と、傭兵の大先輩は俺に団長としてのあるべき姿を叩き込んだ。
今回の《赤鹿の団》からの挑発は予想外だが、俺が《燕の団》の団長として名を上げるいい機会だ。
ディルクらを連れて拠点に戻ると、気付いた《犬》が出てきて早速吠えたてた。
彼らは俺に《赤鹿》の悪口を並べ立てた。
「はいはい。分かった分かった、留守番ご苦労さん」
吠えたてる《犬》は、軽くあしらう俺の反応が意外だったようで、お互いに怪訝そうな顔を見合わせていた。
「せっかく来てくれたんだろ?挨拶くらいしてやるさ」
「何で怒んねぇんだよ?」とアルノーは俺の反応を気味悪がっていた。
「怒る?別に、あっちから来てくれたんだろ?ご苦労なこった」
「そんな呑気なこと言ってられるか!あいつら《燕》を見下して、《傘下》に入れって言ってきたんだぞ!」
「ゲルトの爺さんが居なきゃ今頃血祭りだ」と、《犬》たちは物騒に騒ぎ立てた。
何だよ、可愛いところあるじゃねぇか?
彼らは彼らなりに《燕の団》に誇りを持っているのだろう。それは俺にとって嬉しい事実だ。
「お前ら忘れてないよな?この団の団長は俺で、お前らの雇い主は俺だ」
「応!」
「なら無駄吠えせずに着いてこい。お前らは俺の《犬》だ。《赤鹿》との喧嘩を特等席で見せてやるよ。
ただし、無駄に吠える奴は《犬》から外すぞ」
殺気立っていた男たちも、《犬》から外されると聞いて口を閉ざした。
《犬》は俺の《親衛兵》だ。その役目を外されるということは不名誉な降格を意味する。
「…黙って見てろってか?」と、《犬》の筆頭のディルクが代表して訊ねた。
「そうだよ。少なくとも、直接何かしてこない限り、手も口もを出すな。
馬鹿なお前らでも、《待て》くらいはできるだろ?」
「向こうが手ぇ出したら噛み付いて良いんだな?」
「食いちぎってやんな」と許可すると、《犬》たちはようやく大人しくなった。
分かりやすい《犬》の反応に苦笑いしながら、《愛犬》を連れて喧嘩をしに向かった。
口癖のようになっている《面倒くさい》だが、今回に限っては俺も同意見だ。
客と言えばそうなのだが、どちらかと言うと商売敵だ。
「俺らも名が売れたから、嫌がらせに来たんだろうよ。《赤鹿》は暇なのか?」
不機嫌そうな親父さんは、嫌みを呟きながらも来客に会う用意を始めた。
急に押しかけて来たのは《赤鹿の団》の団長だ。
《燕》の団長との面会を求めてとのことだったが、生憎、団長は朝から用事でシュミットシュタットに出張っている。
団長代理として親父さんが出ざるを得ない状況だ。
不機嫌な親父さんと応接室に向かうと、居合わせていた《犬》たちがピリピリしていた。《犬》の中にも、元 《赤鹿》の奴らはいくらかいる。
《赤鹿》を抜けた連中は、古巣の連中が押しかけて来たことを良く思ってないようだ。
それは《赤鹿》の連中にも伝わっているようだった。
「随分な歓迎じゃねぇか?なぁ、《黒腕》?ガキ共の躾がなってねぇぞ」
来客用のソファでふんぞり返っていた男は、親父さんを二つ名で呼んだ。
商売敵とはいえ《赤鹿》とは何度か顔を合わせている。知り合いっちゃ知り合いだが、あまり関わりたくない相手だ。
「客じゃねぇだろ、団長がわざわざ何の用だ?」
「そう噛みついてくるなよ。《燕》は若いのに随分調子が良いみたいだからよ、噂の団長とやらに挨拶に来てやったんだ。懐かしい顔もあるじゃねぇか?」
「そんな嫌みを言いに来たのか?つまんねぇ野郎だ」
《赤鹿》の団長の嫌みを一蹴して、親父さんは雑に向かいのソファに座った。
格上の相手に褒められるような態度ではない。
《赤鹿》の連中がそろって眉を寄せて不快感を示したが、団長は余裕たっぷりの様子でにやにやと笑っていた。
「別に面白いと思われるために来たわけじゃねぇよ。
随分羽振りの良いスポンサーがついてるようじゃないか?お前の所だけじゃ手が足りねぇだろ?手伝ってやろうと思ってな」
図々しい申し出に耳を疑ったが、性格の悪さでは親父さんの方が上手だったようだ。
「何だ?うちの傘下になるってのか?」という親父さんの挑発に、飄々としていた《赤鹿》の団長の顔から余裕の表情が消えた。
「…そいつは聞き捨てならねぇな」
怒りを孕んだ声は低く空気を揺らした。
並みの相手ならそれでビビっただろうが、親父さんは面倒くさそうにため息を吐きながら毒を吐き続けた。
「うちの仕事をよこせってのはそう言う事だろう?
それとも何か?てめぇは自分の団のプライドねぇのか?格下相手に乞食しに来たってか?」
「随分な口を利くじゃねぇか、新参者が…うちの傘下に入れてやろうと思ってきてやったってのに」
「そんなことだろうと思ったぜ」
親父さんは相手を小馬鹿にするように吐き捨てた。親父さんは《赤鹿》の団長の腹を読んでいたらしい。
「宛が外れて残念だったな。うちは《赤鹿》に入るくらいなら《雷神》と組む。てめぇらはお呼びじゃねぇよ。
うちは新参者だがな、ちゃんと軌道に乗ってんだ。てめぇらの傘下に入る理由なんてありゃしねぇ。分かったらさっさと帰れ、俺は暇じゃねぇんだ」
親父さんは取り付く島もなく、《赤鹿》の団長を一蹴した。
これができるのは親父さんだからだ。
親父さんの無礼な返事に、《赤鹿》の連中は怒りを露わにした。
「調子乗ってんじゃねぇぞ!」と団長について来ていた親衛兵が吠えた。
《赤鹿》の連中が怒号を上げて殺気立つと、廊下で様子を伺っていた《犬》が部屋に踏み込んできた。
もう無茶苦茶だ…
「勝手に押しかけてきたのはそっちだろうが?!」
「貴族様に覚えが良いからって調子こいてんじゃねぇぞ!
てめぇらの団長が色使ってるって噂だぞ!あの顔で仕事取ってんだろ?!」
「ふざけんな!」
「ぶっ殺す!!」
「やれるもんならやってみな!腰巾着!」
荒くれ者共の口喧嘩が苛烈さを増して、すぐにでも乱闘になりそうな勢いだ。
面倒なことになった…
《赤鹿》は《雷神》に並ぶデカい傭兵団だ。傘下に入るつもりはないが、揉めるのは得策じゃない。
まさに一触即発という状況だったが、親父さんは面倒くさそうにため息を吐き捨てて、「うるせぇな」と、いつもの調子でぼやいた。
文句を言おうとした《赤鹿》の連中も、親父さんの視線に口を噤んだ。親父さんの片目は鋭い傭兵の視線で相手を威圧していた。
「俺も傭兵だ。喧嘩ならいくらでも買ってやるが、俺の二つ名忘れたわけじゃねぇよな?」
親父さんの低く響く声は大きいものでは無かった。それでもその凄む声はその場を凍り付かせるのに十分なものだった。
親父さんは年を取ったとはいえ、この部屋の全員を殺せるだけの強烈な《祝福》を有している。
今まで積み上げてきた老兵としての評価と凶悪な《祝福》が親父さんの武器だ。これは《赤鹿》の団長も無視できるものでは無かった。
「覚えてるさ、《黒腕》。てめぇとやりあうつもりはねぇよ。若い衆がうるさくして悪かったな」
《赤鹿》の団長は先走った部下の非礼を詫びて、その場はいったん収まった。
「カミル。勝手に入って来たうるせぇ奴らは摘まみだせ。後で説教だ」
「あいよ」と応じて、踏み込んできた《犬》共を部屋から追い出して、いさかいが起こる前の部屋に戻した。
「で?いつまで居座るつもりだ?」
相変わらず挑発するような親父さんの態度に、《赤鹿》の団長は苦笑いを浮かべた。
「言ったはずだ。《団長に挨拶に来た》ってな。俺にだってプライドはある。つまんねぇ奴に仕事を搔っ攫われて黙ってたら部下にも舐められるんでな」
「ふん。関わらん方が幸せだろうよ。あいつは俺より凶暴な《黒い妖精》だぞ」
「カナルでの話なら聞いてる。だが、人伝の話なんて尾ひれの付くもんだ。
噂の団長がどんなもんか見に来てやったのさ」
「物好きな野郎だ…」
「あぁ、怖いもの見たささ」と開き直る団長に親父さんも呆れていた。
親父さんも面倒くさくなったのだろう。団長不在で今日帰ったところで、また押しかけてくるだけの話だ。
「カミル。昼飯ぐらいは用意してやれ」と親父さんは《赤鹿の団》の滞在を許した。
「いいんで?」
「俺の昼寝の邪魔をしないなら目ぇ瞑ってやる」と言い残して、親父さんは終いとばかりに席を立った。
まったく…後でどうなっても知らねぇぞ…
親父さんの背中を見送って、少しだけ《赤鹿》の団長に同情が湧いた。
✩.*˚
「あぁ…おっかねぇ…」
シュミットシュタットの帰り道でイザークがボヤいていた。
「お前、本当にカーティス苦手だよな?」
「だってよ!あいつ気持ちわりぃじゃん!
それになんだよその土産!」
歯に衣着せぬ台詞を吐いて、イザークは思い出したように身震いした。彼の視線は俺の荷物に注がれていた。
ワルターの依頼でシュミットシュタットに来たついでに、カーティスの店にも寄ったのだ。
『あたしに会いに来てくれるお友達は貴方くらいですよォ。
嬉しいので、良い物をあげましょうねェ』
カーティスがそう言って、店の地下室から何かを持ってきた。出してきたのは黒い古びた籠手だった。
相変わらず呪われそうな品物だが、カーティスが《良い物》と言うからには普通の品では無いのだろう。
身に着けてみたが、籠手はすぐに手に馴染んで、悪い感じはしなかった。見た目より重く感じるが、使えないほどのものでは無い。
『貴方は魔力量が普通の人より多いから使えるでしょォ?
《暴君の腕》は貴方に差し上げますよォ』
『これってどういう魔具なんだよ?』
『とぉっても凶暴な呪物ですよォ。
魔力を吸う代償として宿主の身体能力を上げてくれます。あと、暴力をふるった分だけ持ち主に力を与えてくれる優れものですよォ。
長く身に着けていると魔力を吸われますし、精神を蝕まれるのでつけっぱなしはお勧めしませんねェ。
外したら暴力のカウントはリセットされてしまいますが、ちゃんとこまめに外してくださいねェ』
カーティスはそう言って危険な呪物を俺に押し付けた。まぁ、説明通りに使えるものであれば文句はないのだが、使ってみなきゃどの程度か分からないな…
イザークはこの気味の悪い籠手に完全にビビっていたし、心なしかディルクも少し離れて歩いている気がする。
エッダはこの手の呪物と呼ばれるものは本当に嫌いらしい。
「別になんともないけどな…」
「絶対そんなことない!だってそれスゲー怪しいじゃん!」
「あの男だって《こまめに外せ》って言ってたじゃねぇか?つまり着けてたら悪いもんだってことだ!そんなもん遊び半分で使うなよ!」
いつになく手厳しいディルクに叱られた。そんなに嫌か?
こいつら割と心配性なんだよな。まぁ、アーサーでも捕まえてこっそり試してみるか…
そんな口に出せないことを腹の中に収めて、誤魔化すように馬の首を撫でた。
新しく迎えた馬は大人しい白馬だ。足の先や鼻先が黒くて少し兎にも似ている。アレクの愛馬の兄弟という話で、俺に乗って欲しいとわざわざ贈ってくれた名馬だ。
人を乗せる訓練を済ませていたし、穏やかな性格だったからすぐに懐いてくれた。これからが楽しみだ。
アレクからの手紙には、《また一緒に馬を並べて散歩したい》とあった。
それが本当になったら嬉しい。アレクも俺との思い出を大切にしてくれている。
お互いに責任のある立場だから、責任を放り出してまで会いに行くことはできない。それでも生きていればいつかは会えるはずだ。
そのために必要なら、この気味の悪い呪物だってつかうさ。
ディルクらを連れてブルームバルトに戻ると、見慣れない武装した連中が街の外にたむろしていた。
「何だ?入団希望か?」と呑気なことを言っていたイザークだったが、彼らに近づいて急に表情が険しくなった。
「…ディルク、あいつら…」
「何でこんなところに《赤鹿》の連中がいるんだ?」
「《赤鹿》?」
傭兵の中で《赤鹿》と言ったら《赤鹿の団》の事だ。
確かに、彼らは《赤鹿》の描かれた旗を掲げていた。
割と大所帯の傭兵団で、《燕の団》にも、元|《赤鹿》の傭兵はいくらかいる。ディルクやイザークも元|《赤鹿の団》だ。
「ちょっと話してくる」と言い残してイザークが俺から離れた。残ったディルクは俺を隠すように、俺と《赤鹿》の連中の間に馬を割り込ませた。
目的が分からないから警戒しているのだろうか?
「お前たちの古巣だろ?」と声をかけると、ディルクは嫌そうに顔を顰めた。
「嫌だから抜けたんだ。そう言われるのは良い気しねぇな…」
ディルクは不機嫌そうにそう言って、イザークの背中を目で追っていた。
「《赤鹿》で何かあったのか?」
「大したことじゃねぇよ。団長が代わった。合わないから抜けた。それだけだ」
ディルクは《大したことじゃない》と言うが、彼が腹に据えかねるような何かがあったのだろう。
義理堅い彼の性格から、何も無しで世話になってた傭兵団を離れるとは思えない。
話を終えて戻ってきたイザークは、彼に似合わない険しい顔をしていた。
「…ヴェンデルが来てるって」
その一言を聞いてディルクは舌打ちして「クソが」と悪態を吐いた。
「誰だよ、ヴェンデルって?」
「ヴェンデル・フォン・バルヒェット。《赤鹿の団》の団長だよ。
俺たちが《赤鹿》辞めた原因になった奴さ」とイザークは簡潔に答えた。
イザークはディルクに「スーには話していいだろ?」と言って話を続けた。
「前の《赤鹿》の団長は嫌いじゃなかったけどよ、息子とは合わなかったんだ。実力主義ってのは悪くねぇが、それだけってのも問題だ。
あいつが気に入らねぇって追い出した奴の中には、前団長の下で長く働いてた隊長なんかもいた。俺らも世話になった人だ。
そういうのが重なって、嫌になったから俺たち抜けたんだ」
イザークの話の通りなら、《赤鹿》の団長は俺やワルターの嫌いなタイプだ。
傭兵は確かに体力勝負だし、年寄りにはきつい仕事だ。それでも、長く貢献した人物で下に慕われているなら追い出すまでしなくていいはずだ。ゲルトみたいに後任を育てる役を与えてもいいだろう。
そうしなかったのはその男の器の小ささのように思えた。
イザークやディルクが見放した理由も頷ける。
「あいつ、最後までディルクを手放したがらなかった。うちに絡んできたなら面倒くさいぜ」
「ふぅん…」イザークの話を聞きながらディルクに視線を向けた。ディルクはその話題が気に入らなかったようで、不機嫌そうに眉根を寄せた顔をしていた。
「幾ら積まれても俺は戻る気はねぇよ」
「俺も手放す気はねぇよ」と応えて笑った。ディルクは俺の右腕だ。手放すなんて考えられない。
「とにかく戻った方がよさそうだな。お前らどうする?」
二人が気まずいならロンメルの屋敷に置いてくるつもりだったが、それは要らない気遣いだったようだ。
「そんなの決まってんだろ?俺らはお前の《犬》だぜ」
「もう俺たちは《赤鹿》じゃないからな。あいつには何の義理もねぇよ」
イザークとディルクはそう言って俺の馬に自分の馬を並べた。
二人の出した答えは俺にとって嬉しいものだった。
✩.*˚
『ヴォルフの後釜にしてやるって言ってんだ。何が気に入らん?』
あのクソ野郎の言葉が蘇る。
その頃はどこの傭兵団も仕事が減っていた時期で、《赤鹿の団》も例外じゃなかった。使える若い奴を残して、ほかには暇をやっていたし、新しい団長は馬の合わない奴を追い出していた。
『気にすんな、ディルク。俺も歳だからよ、俺の隊をお前に譲るんなら文句ねぇさ』と恩人は俺に自分の居場所を譲って去った。
立ち去った彼のその後は知らない。
そんな形で隊長を押し付けられて、自分が認められたとは思えなかった。
体のいい厄介祓いに利用されたような気がして胸糞悪かった。
あの人には悪いが、《赤鹿》の金払いが悪くなったこともあり、ほとんど喧嘩別れするように《赤鹿》を抜けた。
しばらくはだらだらと日雇いの仕事をして食いつないでいたが、新しい傭兵団が募兵していると耳にして少し期待して向かったのだ。
あの人が来るかもという期待がどっかにあったのだろう。それでもその考えは無駄に終わった。
新たに選んだ傭兵団の団長は、手のかかる我儘な奴だったが、その打算の無い幼さが俺には心地よかった。
世話の焼ける危なっかしい団長に振り回され、自分勝手で我儘な奴らを纏めるのが俺の仕事になっていた。
あの人の苦労が少しだけ分かったような気がした…
俺に居場所を譲って離れて行った時の気持ちは知りたくもない…
今ではここが俺の《巣》だ。
《赤鹿の団》の話を聞いても、スーはどこか他人事のような反応だった。
「《赤鹿》の団長は初めてだな。前に一緒に仕事したときは隊長だったもんな」
「団長は隊長とはわけが違うからな。《燕》を新参者の格下って舐めてくるはずだ」
「へぇ…格下ねぇ…」
俺たちの話を聞きながら、スーは馬鹿にするように口元に笑みを浮かべていた。
いつものスーなら、舐められたことで不機嫌になるはずなのに、少し機嫌がよさそうにすら見える。
「お前らさ、俺が《赤鹿》と喧嘩するって言ったらどうする?」
「やめとけよ、恨まれるだけだぞ?」
「でもよ、あのがめつい団長の事だから、きっとうちが定期的に仕事貰ってんのが気に食わねぇんだろ?
いっそ派手に喧嘩して、分からせてやるのも良いだろうぜ」とイザークは無責任な提案をしたが、相手は《赤鹿》だ。《燕》とは規模が違う。
「馬鹿野郎!そんなことしてみろ!面倒なことになるぞ!」
「じゃぁ、大人しく尻尾振れってのか?そんなのゴメンだ。なー?スーもそうだろ?」
「今日だけは褒めてやるよ」というスーの返事に、珍しく褒められたイザークは鬼の首でも取ったような顔をしていた。
こいつら馬鹿か?!
そう思って頭を抱えたが、その考え自体が無駄だと気付く…
はぁぁ、と大きなため息を吐いて貧乏くじを引いたのだと自覚した。
俺の頭痛を他所に、スーは笑って「大丈夫だよ」と軽口を叩いていた。
「相手がどこの団だろうが、俺たちの返事は決まってるだろ?
礼儀を知らねぇ奴らに合わせてやる義理なんてねぇよ。
忘れたのか?俺たちは《最高にイカれてる》んだぜ」
我儘な団長はそう宣言して馬に合図した。
馬は《燕の団》に向かって軽やかに歩き始めた。
全く…マジで喧嘩する気か?イカれてるぞ…
そう思いながらも本気で二人を止めなかったのは、それが俺にとって、少しだけ面白く思えたからだろう。
どうやら俺もこっち側の人間らしい。
ため息を吐き出して、イカれた男の隣に馬を並べた。
✩.*˚
ゲルト曰く、傭兵団の団長に必要なのは《舐められない事》なのだとか…
『いいか?てめぇはその外見だ。そればっかりはどうにもならねぇ、諦めろ。
その女みてぇな顔も、若造としての外見も、てめぇの実力でカバーしろ。
舐められそうになったら、遠慮は要らねぇ。てめぇの力を見せつけてやれ。二度と舐めた口を利かすな。
相手がぐうの音も出ねぇくらいボコしてやれ』
多少誇張しているだろうが、言いたいことは分かってるつもりだ。
この仕事は舐められたら終わりだ。
『傭兵団の団長に求められるのは、馬鹿にだって分かるくらいの絶対的な求心力だ。
そんために必要なのは実力、次に度量だ。それがあれば大体の奴らは着いてくる。あとは金払いも忘れんなよ?』と、傭兵の大先輩は俺に団長としてのあるべき姿を叩き込んだ。
今回の《赤鹿の団》からの挑発は予想外だが、俺が《燕の団》の団長として名を上げるいい機会だ。
ディルクらを連れて拠点に戻ると、気付いた《犬》が出てきて早速吠えたてた。
彼らは俺に《赤鹿》の悪口を並べ立てた。
「はいはい。分かった分かった、留守番ご苦労さん」
吠えたてる《犬》は、軽くあしらう俺の反応が意外だったようで、お互いに怪訝そうな顔を見合わせていた。
「せっかく来てくれたんだろ?挨拶くらいしてやるさ」
「何で怒んねぇんだよ?」とアルノーは俺の反応を気味悪がっていた。
「怒る?別に、あっちから来てくれたんだろ?ご苦労なこった」
「そんな呑気なこと言ってられるか!あいつら《燕》を見下して、《傘下》に入れって言ってきたんだぞ!」
「ゲルトの爺さんが居なきゃ今頃血祭りだ」と、《犬》たちは物騒に騒ぎ立てた。
何だよ、可愛いところあるじゃねぇか?
彼らは彼らなりに《燕の団》に誇りを持っているのだろう。それは俺にとって嬉しい事実だ。
「お前ら忘れてないよな?この団の団長は俺で、お前らの雇い主は俺だ」
「応!」
「なら無駄吠えせずに着いてこい。お前らは俺の《犬》だ。《赤鹿》との喧嘩を特等席で見せてやるよ。
ただし、無駄に吠える奴は《犬》から外すぞ」
殺気立っていた男たちも、《犬》から外されると聞いて口を閉ざした。
《犬》は俺の《親衛兵》だ。その役目を外されるということは不名誉な降格を意味する。
「…黙って見てろってか?」と、《犬》の筆頭のディルクが代表して訊ねた。
「そうだよ。少なくとも、直接何かしてこない限り、手も口もを出すな。
馬鹿なお前らでも、《待て》くらいはできるだろ?」
「向こうが手ぇ出したら噛み付いて良いんだな?」
「食いちぎってやんな」と許可すると、《犬》たちはようやく大人しくなった。
分かりやすい《犬》の反応に苦笑いしながら、《愛犬》を連れて喧嘩をしに向かった。
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