燕の軌跡

猫絵師

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意気地無し

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僕は腰抜けだ…好きな子も守れなかった…

旦那様からもらったダガーは鞘に収まったままで、飾りのように本来の役目を果たせなかった。それもこれも、僕の意気地が無かったからだ…

悪漢を前に、ダガーを抜くことができなかった。僕に、剣を抜く勇気がなかったんだ…

剣術や護身術は習っていても、実際に使えなければ意味がないと思い知らされた。

僕は何の役にも立てないまま、殴られて気を失って、気が付くと自分のベッドに横になっていた。

「ケヴィン…大丈夫?」

様子を見に来てくれたお母さんが心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

どんな顔をしていいのか分からずに、お母さんの視線から逃げるように視線を逸らした。

「僕は大丈夫…ライナは…」

「旦那様がさっき向かわれたわ。きっと無事に帰ってくるから、心配しないで。貴方は大丈夫?」

心配そうに伸びた手が顔に触れた瞬間、今まで感じたことのない鋭い痛みが走って、反射的にお母さんの手を払ってしまった。

「ケヴィン…」

「ご…ごめんなさい…痛かったから」

「そう…ごめんなさいね。奥様にはお願いできないから、スーが戻ったら治療してもらいましょうね。他に痛むところはない?」

「うん…」

「そう?とりあえず、スーが戻るまで大人しく寝ててちょうだい。ハンスが呼びに行ってくれているから、じきに戻ると思うわ」

お母さんはそう言い残して、仕事に戻って行った。

部屋に一人残されて、また惨めな気持ちが湧いた。

痛みのせいか、ひどく寂しく感じた。

幼い時に熱を出して、一人で寝ていた時のような感覚…

お喋りなユリアもいないし、いつものにぎやかな声もない。

しん、と静まり返った部屋の空気が辛く、殴られた痛みとそれに伴う熱を際立たせた。

ライナ…

無事であってほしいと思う。でも、彼女が無事に戻ったとして、僕は彼女に会わせる顔がない…

格好悪いな…

今、彼女を助ける役目は僕じゃない誰かだ。それがひどく歯痒く思えて悔しかった。

僕がライナに『雑貨屋には後で行こう』と提案したから、こんなことになったんだ…

そういえば、ザラはどうしたんだろう?

雑貨屋の前に繋いだままになっていた。

僕はひどい男だ…

ライナとザラを想って、不甲斐ない自分を責めた。

自分が許せなくて、悔し涙が頬を伝った。

それすら女々しくて、自分の部屋なのに居場所のない心地だ。

やり場のない怒りを抱えて、僕は自分が大嫌いになっていた…

✩.*˚

《燕の団》に血相を変えたハンスが来て、事情を話してくれた。

表の通りで問題があったのは聞いていた。

ゴロツキだかチンピラだか分からないが、頭の悪い奴が居たもんだ… 

ハンスによると、巻き込まれて怪我をしたケヴィンは、周りの大人が屋敷まで届けてくれたらしい。

「ケヴィンの容態は?酷いのか?」

「顔の左側が腫れ上がっています。骨が折れてるかと…私の出てきたときには意識もありませんでした…」

「テレーゼは?」顔を殴られたなら心配だ。すぐに手当をしなければ間に合わないかもしれない…

頭や首に後遺症が残る前にテレーゼに頼るのが一番だ。

「奥様には頼めません…」とハンスは辛そうに答えた。

テレーゼは二人目を産んでからまた体調を崩しがちになっていたし、学校の件で忙しい。ハンスの立場では頼ることができなかったのだろう…

だから俺のところに来たのか…

「ここには俺が残ってるから、お前は坊ちゃんの治療に行ってやれ」と、カミルが厄介ごとを引き受けてくれた。拠点に指示する奴がいないのはまずい。未だに彼に頼り切っている自分がいた。

「悪い、すぐ戻る」カミルに礼を言って、ディルクに馬の用意を頼んだ。

「巻き込まれたのはケヴィンだけか?」

俺の質問に、ハンスは苦い表情を浮かべた。

「…申し訳ありません…一緒にお使いに出ていたライナが人質に…」

「ライナが?!」ハンスの言葉にカミルが慌てて声を上げた。

ライナはゲルトにとって娘みたいなもんだ。そんなライナに、カミルも特別な感情を抱いていた。カミルにとってライナはゲルトの次に大切な存在だ。

「何でそれを早く言わねぇんだ!スー!俺も出るからな!」

残るって言ったくせに、カミルは血相を変えて嵐のように事務所を出て行った。彼の怒鳴り声が遠ざかると、馬の嘶く声と馬蹄の音が聞こえて、外は静かになった。

「すまない…ライナの方には旦那様が向かったから大丈夫かと…」とバツが悪そうに詫びて、ハンスは項垂れていた。

「いいさ。ここにはディルクに残ってもらうよ」

ライナの事を黙っていたハンスを責める気にはならなかった。

こうなることが分かっていたから、ワルターが口留めしていたのかもしれない。

《燕の団》にはディルクを残して、ハンスとロンメルの屋敷に向かった。

屋敷に到着すると、待っていたアダムに馬を預けてすぐにケヴィンの部屋に向かった。

俺たちの姿を見つけて、ラウラが駆け寄ってきた。

「スー、ごめんなさい…」ラウラは俺に詫びながら目に涙を溜めていた。

彼女もケヴィンの事が心配で不安だったのだろう。彼女も被害者だ。

「いいよ、ラウラ。ケヴィンは大丈夫だから安心して」

「意識は戻ったの…でも…あんなひどい怪我…」

涙で言葉を詰まらせるラウラにハンスが寄り添って慰めていた。

いつも明るい空気を振りまいている彼女の悲しむ姿が痛々しくて、この騒ぎを起こした犯人に怒りが湧く。

絶対に許さない…この街でやったことの報いは絶対にくれてやる…

ケヴィンの部屋に入ると、彼はベッドの上で膝を抱えていた。

起き上がれるようで少し安心したが、彼の顔を見て、そんな甘い考えも吹き飛んだ。

顔の左半分が腫れあがっていて、俺の知っているケヴィンとまったく違う姿に衝撃を受けた。

俺でこれだけショックを受けるのだから、ラウラやハンスは辛かっただろう…

「…大丈夫か、ケヴィン?」

俺の問いかけに、ケヴィンは黙って頷いた。

「痛むだろ?治療するよ」と声を掛けると、またケヴィンは黙って頷いて、ベッドの上で座りなおして俺の方を向いた。

痛々しい傷に手を伸ばして、治癒の魔石を発動させた。

カナルでも使う機会が多くなったことで、俺の治癒魔法はこの数年でさらに向上した。もともとレプシウス師から頂戴した魔石の指輪だ。その元々の能力に、俺の魔法使いとしての能力がようやく追いついたのだろう。

皮肉だな…

この能力は周りが傷ついて、初めて役に立つのだ…

それなら、俺の大事な人たちが誰も傷つかずに、この力もへたくそなままでいる方が幸せのはずだ…

レプシウス師もそうだったのだろうか?

自分の力が流れていく感覚が弱くなって、ケヴィンの治療が終わった。腫れあがっていた。痛々しい傷跡は、赤黒い痣を残して元の形に近づいていた。

これが俺の限界だ…

「明日、また治癒魔法かけるよ。少し痕が残るかもしれないけど…」

俺の言葉に、ケヴィンは悲しい声で「いいよ」と応えた。

「僕が…ライナを守れなかったから…この傷は残しておいていい」

「…ケヴィン、でもそれは…」

「みんなは優しいから『仕方ない』って…言うだろうけど…僕が役立たずだったんだ…」

そう言いながらケヴィンは自分の不甲斐なさを恥じて、自らを責め続けた。俺にはその気持ちが痛いくらい分かるのに、ケヴィンの心の傷まで癒す方法はなかった…

「だって…僕しかライナを守れなかったのに…彼女のために剣を抜くこともできなかった…怖くて…僕は彼女を守れなかった…弱虫だ…」

「相手はケヴィンより大きかったし、一人じゃなかったんだろ?それなら、剣を抜かないのが正解だ。もし抜いてたら、殴られるだけじゃすまなかった」

こんな言葉で彼が救われるとは思ってないが、黙って聞いていることはできなかった。何か言葉を掛けなきゃ、ケヴィンは自分の言葉でさらに心の傷を深くしてしまう気がした。

俺がそうだったから…

「ケヴィン。お前が死んだら、ハンスもラウラも、お前の兄弟たちも悲しいんだ。

俺も、死んだ人間までは治せない。それに、お前にダガーを渡したワルターだって、お前が無謀な勇気でその剣を抜くことを望んで渡したわけじゃない。

お前は間違ってない。俺はそう思う」

「…でも…そんなの…」

「『そんなの』じゃないだろう?

お前には価値がある。本当だ。お前が自分に価値を見出さなくても、俺たちはお前を宝物のように思ってる。お前は俺たちの大切な存在だ」

ケヴィンはそう思ってなくても、俺たちにとって、ケヴィンは幼いころから見守り続けた子供みたいなものだ。そして、エルマーの思い出も彼と共にある…

「ライナだって、俺たちの子供だ。お前と同じ大事な子供だ。

彼女は絶対に助ける。だから、そんなに自分を責めるな。それをしていいのはライナだけのはずだ」

俺の言葉はケヴィンに響いたろうか?

ライナを諦めるのはまだ早いだろう?

ワルターも向かったというし、過保護なカミルもライナのために出て行った。

他にも、気が付いた奴らが動いているはずだ…

それで彼女を助けることができなかったなら、俺たち大人の責任だ。

「ライナは無事に帰るから、お前は信じて待ってろよ。暇ならライナに謝る練習でもしてろ」

課題を残してケヴィンの部屋を後にした。

扉の向こうで心配そうに待っていたハンスとラウラにケヴィンを預けた。

焦げるような怒りを腹に抱えて、俺も街に向かった。

✩.*˚

カイはあたしを覚えてくれてた。

それだけで嬉しかったのに…

知らない間に、カイはすごく大人になってて、格好よくなってた。口を開くとあの頃のままで、それがさらに嬉しかった。

今まで会いに来てくれなかったことなんて、もうなんとも思ってない。

カイはあたしの好きなカイのままだ。

片っぽどっかに逃げた靴に感謝して、頼もしい彼の優しさと強い腕に甘えた。

また髪を結んで欲しいとねだると、彼は困ったように笑って、「またな」と答えをはぐらかした。

前なら『いいよ』って即答だったのに…

「…もしかして嫌だった?」と訊ねると、彼は苦笑いを浮かべたまま、あたしの質問には答えなかった。

そういえば、あれから女の子たちの噂にも、彼の名前は出なくなくなっていた。

あんなことがあったから、嫌になったのだろうか?

もし、そうだとしたら、あたしのせいだ…

「ねぇ、ちょっと降ろして」と我儘を言うと、カイは少し迷って、道の端であたしをそっと地面に降ろした。

唯一身に付けていた、首に提げてた小銭入れを確認した。ちゃんと小銭は入っていた。

「あのっ!これ!」銀貨を一枚出してカイに突き出した。

突然のあたしの行動に、彼は驚いた顔であたしを見ていた。

「ちゃんと髪代払うから…」とカイに伝えた。

彼は銀貨を見て《いいよ》とも《嫌》とも言わなかった。

それでも、この機会を逃したらダメな気がした。

「やっと会えたの。嬉しかった…

タダでしてって言わないから…お願い」

大好きな彼の手を取って銀貨を握らせた。

小さな銀貨が、あたしの欲しい答えを引き出してくれるものだと思っていた。

それでも彼から返ってきた答えは、「要らない」という断り文句だった。

「金なんかなくても髪なら結んでやるよ。でもこんなところじゃ無理だ。何も持ってないし…手も洗わないと…」

カイはそう言いながら、あたしにお金を返そうとした。

慌てて手を後ろに隠して、彼に無理やり握らせたお金を拒否した。

「じゃあ、帰ったらしてくれる?」と訊ねると、彼は「それは…」と言葉を濁した。カイは言い訳も嘘は苦手みたいだ…

でもその正直さが、あたしの求めてる答えをくれないのだと語っていた。

「だって、カイはあたしに会いに来てくれないでしょ?

今じゃないと…もう会えないでしょ?」

「カミルの兄貴に、もうお前に関わるなって言われてんだ…

お前はもう俺たちみたいなと関わっちゃなんねぇよ」

「じゃあ、ミア姉にお願いする!カミルが《ダメ》って言っても、団長が《いいよ》って言ったら聞いてくれる?」

「ルカ…」

「結んで…」あたしたちにはこれしかないから…

野良犬みたいにぼさぼさだった髪を、女の子みたいに結ってくれたのはカイだ…

お祭りにも連れて行ってくれた…

あたしみたいな女の子でも、彼に恋するには十分過ぎた…

「髪…もう伸びたの…カイのために伸ばしたの…また結んでほしかったから」

髪を結う以上は求めないから、これくらいは応えてほしい。そうでなきゃ、あたしの長い片思いは惨めに終わっちゃう…

片思いなら、せめていい思い出で終わらせて欲しい…

「ほんと…女ってめんどくせぇな…」

彼の放った言葉はひどいものだった。それでもカイに女って認められたような気がした…

カイの腕が伸びて、彼の指先があたしの髪を拾い上げた。

「どんなのがいい?」

「…結んでくれるの?」

自分で言い出したくせに、彼の質問に質問で返してしまった。

会話にならないあたしを見て、彼は優しい顔で笑って頷いてくれた。

「もらっちまったしな…もらっただけの仕事はするよ」と、彼は半ばやけっぱちのような言い方で、あたしのお願いを聞いてくれた。

夢でも見てるみたいだ…

あたしのふわふわした気分も束の間、またざわめき始めた通りの喧騒にかき消された。

「…なんだ?」と呟いて眉を寄せたカイが守るようにあたしを抱き寄せた。

ドドッと馬蹄の轟く音を残して、馬に乗った男たちが通りを駆け抜けて行った。

先頭を駆けて行ったのはカミルだ…

道端にいたあたしたちには気付かずに、彼は疾風のように、あたしたちの来た方向に向かって走り去った。

「…やべぇな…後で面倒にならなきゃいいけどよ」とカイが苦笑いを浮かべながら呟いた。呼び止めなかったから、バツが悪いのだろうか?

「カイは悪くないよ」と言って、どさくさに紛れて彼の胴に腕を回した。

カイの胸に顔を埋めると男の汗と煙草の匂いがする。

懐かしい傭兵の匂いだ…

カイの困ったように笑う気配がして、彼の手のひらが背中と頭に添えられた。

「ほら、帰るぞ。髪はあとでミア姐に頼んで櫛とか紐借りて綺麗にしてやるよ」

「うん」と頷くと、カイはまたあたしを抱え上げて歩き出した。

約束があるから、安心してお屋敷に帰れた。

「ライナ!無事だったのね!」

裏口からお屋敷に戻るとミア姉があたしたちを迎えてくれた。

「みんな心配してたんだよ」という言葉が嬉しかった。

「ケヴィンは?」と恐る恐る訊ねると、ミア姉は「大丈夫だよ」と言ってくれた。

「怪我して帰ってきたけど、スーが治してくれたから安心して。それより、ライナは怪我してない?」

「うん、大丈夫。カイが助けてくれたから…」

「そう。ありがとうね、カイ。スーにお礼するように言っておくわ」

ミア姉はそう言って、あたしを届けたカイを帰そうとした。

「ミア姉。少しだけカイに残ってもらっていい?」とお願いした。

「髪、結ってくれるって約束したから」

「…そうなの?」あたしの言葉が信じられなかったみたいで、ミア姉はカイにも視線を向けた。

「それで少し気分が紛れるなら…」

「すぐ終わらせるから、良いよね?」とカイの言葉を繋いでミア姉にお願いした。

「…うん。いいよ。いいんじゃない?」

ミア姉はそう言って許してくれた。あたしがずっとカイに会いたがってたから、目を瞑ってくれたのだろう。

ミア姉は黙って髪を結ぶための紐と櫛を貸してくれた。

使用人の休憩場所になっている裏庭のベンチに座ってカイに背を向けた。

「どんなのがいい?」と訊ねて、カイはあたしの伸びた髪を櫛でいた。髪に伝わる指の感触は、女の人のものとは少し違っていた。

「可愛くして」と曖昧なお願いをすると、カイは「難しいな」と笑った。

「あんまり別嬪さんに仕上げたら、後で爺さんとカミルの兄貴に文句言われるからな」

「カイは?あたしの事心配?」と訊ねながら少し後ろを向こうとした。

「こら、動くなよ」

カイは叱りながら、あたしの顔を両手で包むように挟んで前に向かせた。それが面白くて、二人でくすくすと笑った。

「俺はずっと前からお前は別嬪さんになるって言ったろ?お前は可愛いよ」

そう言いながらカイは女の子の髪に指先で魔法をかけた。

それは二度と解けないでと思えるような魔法だった。

✩.*˚

ライナの件は、偶然居合わせたカイの活躍で被害は最低限で済んだ。

下手人は全員捕まえたし、幸いなことに怪我人は出たが、死人は出なかった。

むしろ、問題は頭に血の昇った《燕の団》だ…

ライナを知っている団員はだけでなく、普段は温厚なカミルまでキレてて話にならん。

「手を出されたのは《ヴィンクラー》だ。このクソ野郎どもの落とし前はうちで持たせてもらう」と言って譲らなかった。

「うちだってケヴィンが怪我させられてるし、この大事な時期に騒ぎを起こされたんだ。ロンメルのメンツも丸つぶれだ」

「ロンメル男爵。あんたには世話になってるし、本来ならあんたの管轄だってのも分かってる。

だけどな、俺たちにもメンツってのがあるんだ。

この仕事は舐められたら商売にならねぇ。俺も《燕の団》を預かってる人間として退くわけにはいかねぇんだ」

随分こだわるんだな…

俺も《燕の団》と揉める気はないのだが、この街を預かっている身として、罪人の処分を他人に委ねるのは少々問題がある。

「分かった…お互い退けねぇってことだな?」

ため息を吐き出してそういう結論を確認した。このままじゃ埒が明かない。

「何してんだよ?」と気の抜けるような声がして、視線を動かすとスーの姿があった。スーはシュミットが屋敷に連れて行ったはずだ。

「ライナは?」と言って首を傾げているところを見ると、シュミットから話は聞いているのだろう。

「お前、どっかで擦違わなかったのか?

たまたまカイが現場の近くに居合わせたから、助けて連れ帰ったらしいぞ」

「そうなの?あいつやるじゃん」と他人ごとのように驚いて、スーは不機嫌そうなカミルを一瞥して、「で?今何の話?」と状況を訊ねた。

「クソ野郎共の制裁をどっちがするって話だ」と答えた。

「俺もカミルもメンツがあるってんでどっちも譲れねぇんだ…」

「ライナに手ぇ出されたんだ。《ヴィンクラー》を舐められて、簡単に引き下がれるか!」

「まぁ、俺も同じ気持ちだけど、ワルターのメンツもあるんだろ?半分こってわけにはいかないのか?」

「おまえ…そんな食いもんじゃねぇんだから…」

「ぶっ殺すのは譲らねぇ」と、カミルは物騒な本音を隠そうともしなかった。

ゲルトも同じようなことを言うだろうな…

ため息を吐き出して、カミルとの話をいったん打ち切って、スーに話を振った。

「スー、ケヴィンの治療はしてくれたのか?」

「まぁ、できる限りしたよ。テレーゼほどとはいかないけど多分大丈夫だと思う」

「…そうか」

スーだってフィーア屈指の治癒魔導師であるレプシウス師の弟子だ。半端な仕事はしないだろう…

「分かった…ケヴィンが大事無いなら俺が譲ろう」

「良いの?」

「仕方ないだろ?ライナの方が危険な目にあってんだ。

それに一応付けてたケヴィンがライナを守り切れなかったのはロンメルの落ち度でもある…

助けたのもカイだって言うしな…俺は出張っただけで何もしてねぇし、仕方ねぇから譲ってやるよ。

多少条件は付けるが、それを守ってくれるならお前らの好きにしろ」

そう言って条件をいくつか伝えた。

未遂で終わったとはいえ、この馬鹿共の罪は決して軽くない。

一日は《燕の団》に預けるが、その間は殺すなとか、処刑には俺が立ち会うとか、首はロンメルが預かるとかそんなことだ…

「だってさ…満足か?」

俺の代わりにスーがカミルに訊ねた。カミルも俺の譲歩を怖い顔のまま頷いて受け入れた。

「…すまねぇ、男爵…」多少溜飲を下げて冷静になったカミルが、ばつ悪そうに俺に詫びた。

こんなに俺に突っかかってくるのは、カミルにとって、ライナが大切な存在だからだ。

俺はカミルの怒りを悪く思っていない。むしろ歓迎すらしてる。

「頭冷えたらゲルトも連れてロンメルに来い。ライナも待ってる」

「…あぁ…行くよ」

カミルは俺の誘いに頷いて、団員を纏めると《燕の団》に帰って行った。

「お前は行かないのか?」と、俺の隣で他人事のような顔をしているスーに声を掛けた。

「カミルは怒ると怖いんだよ」と、スーは面倒臭そうにうそぶいた。カミルの怒りに巻き込まれたくないのだろう。

「普段怒らない奴が怒ると怖いのさ」

「じゃあ、テレーゼのが一番怖そうだな」とスーは嫌な事を言って笑った。

「なんたって、《神紋の英雄》を尻に敷いているくらいだからな」

「吐かせ。お前も人の事言えねぇだろうが」

「ミアは可愛いさ。昔ソーリューも褒めてたよ。《良い尻だ》ってね」

「そういう話じゃねぇだろうが…しかも何だよ?あいつそんなこと言ってたのか?」

「まあね」と、スーは俺の知らないソーリューの話を披露して、口笛で馬を呼んだ。スーはお気に入りの白馬の轡を握ると、俺に行き先を伝えた。

「俺も一回ロンメルに帰るよ。ライナが怪我していたら治してやらないと、ゲルトとカミルがまた怒るだろうからさ。

それが済んだら《燕の団》に行って、馬鹿共の仕置きしてくるさ」

「やりすぎんなよ?」と釘を刺してスーを見送った。

俺も帰るか…

馬を預けていた場所に戻ると、俺の乗ってきた馬の傍に、よく似た小柄な白馬がすり寄っていた。ケヴィンにやったザラだ。何でこんなところにいるのか知らないが、母親を見つけて来たらしい。

「お前、こんなところにいたのか?」

声を掛けると、ザラは尾を振って応えた。知っている人間と母馬に会えて安心したのだろう。

「帰るか…」と馬相手に呟いて、ザラの手綱を持ってリリーの背に乗った。

アイリスも母親になったから、しばらくはリリーが代役だ。

仔馬の姿はアイリスによく似ていたが、やんちゃでイタズラ好きな男の子だ。

落ち着きがないから、あれはきっと父親に似たのだろう…

パウル様は仔馬を気に入ったようで、引き取りたいと希望していた。仔馬はパウル様から《ナハトヒンメル号》という立派な名前までもらっていた。

ナハトは、ザラとリリーのようにいつまでも一緒にはいられない。アイリス親子はこの夏には離れ離れになる。

子供はいつか親から離れるものだが、あの二頭はまだ早すぎるような気もしていた。仲良く並んで歩くザラとリリーを見ていると少し可哀そうな気持ちが湧いた。

慌てて出てきたが、帰るのは別に急いではいない。

ゆっくりした足取りで屋敷に戻る途中でケッテラーに会った。どうやらシュミットに言われて来たらしい。

「私は必要ないと思ったんですがね。シュミット殿に言われて来ました」

父親や兄貴とは毛色の違う若い騎士はそう言って明るく笑った。

容姿はゲリンとよく似ているのに、弟のアルフォンスは明るく懐っこい性格で、いつも謎の余裕がある。

それでも俺は、生真面目で不器用な兄貴も、この人の懐に入るのが上手い、ふざけた弟も気に入っていた。

うちの娘たちもこんな風にまったく違う成長を見せるのだろうか?

《金色の狸》の妹はどんな子に育つかね?

「寄り道していいか?」とケッテラーに告げて、気まぐれに目的地を変えた。

馬の脚向けた方向で、ケッテラーは理解したらしい。

「お供致します」と爽やかに応じた青年を伴って、テレーゼに学校に向かった。
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