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ブルームバルト攻防戦
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お義父様たちは大丈夫だろうか…
できる限り時間を稼ぐと、この街のために命懸けで戦ってくれている。
それなのに、私は守られるだけで何も出来ずにいる…
侍女の着るような服に着替え、フィーを抱いた。
「まー」と笑う彼女はお気に入りの人形を抱いている。その人形に《守ってください》と祈った。
「大丈夫です、奥様」とアンネが寄り添ってくれた。
彼女は私のドレスを着てた。何かあった時に、私の代わりになるようにと…
「ごめんなさい、アンネ…」
「本当に、私では役不足ですわ。オークランドの美人の基準が低いと良いのですが…」
「あら、アンネさん、貴女は美人でしてよ。よく似合ってますわ。
残念だわァ…私がもっと若ければ立候補しましたのに」とシュミット夫人が冗談を言った。
少しだけ場が和んだ。
「ラウラ、貴女はダメよ。ドレスのサイズが合わないわ」と笑うトゥルンバルト夫人も笑った。
「あら、もっと残念」とシュミット夫人は少女のように悔しがった。
ロンメル邸を解放して、中に女性や子供、老人が集まっていた。
「奥様」と呼ばれて顔を上げた。
街の代表をしてる町長のメイウッドさんだ。
「お屋敷を解放して下さり感謝致します」
「メイウッドさん、皆さん避難できましたか?」
「はい、お陰様で」と彼は頭を下げた。
「私に出来るのはこれくらいです」と答えながらフィーを抱きしめた。この子がいるから、まだしっかりしなければと思える。私一人では耐えられない…
ワルター様は、こんなにも沢山背負ってくださっていたのだ…
「大丈夫です、テレーゼ様」と幼い声が私を励ましてくれた。
ケヴィンはワルター様から貰ったダガーを握っていた。彼が少し凛々しく見えた。
「お父様や大ビッテンフェルト卿もいらっしゃいます!僕も頑張ります!」
「ありがとう、ケヴィン」
「ユリアもテレーゼ様といるよ!」
「ありがとう、ユリア」
子供たちだって不安なのに、この子たちは私を支えてくれている…
私もブルームバルトを預かる身として、しっかりと男爵夫人らしく振る舞わねば…
席を立った。座っている場合ではない。
「奥様、どちらに…」
「街の皆さんの所へ…ロンメル男爵夫人として励ましに参ります」
そうだ、私はロンメル男爵夫人だ。
夫の留守を守らなければならない。
嘆くのはまだ早い。まだ、終わったわけじゃない…
お母様のように背筋を正した。
それだけで少しだけ強くなれた気がした…
継母であるガブリエラ様があの日下さったお言葉を思い出して自分を奮った。
『貴方はロンメルの娘ですが、同時にヴェルフェル侯爵の娘である事も肝に銘じておきなさい』
私は死ぬその時までロンメルでヴェルフェルだ。
✩.*˚
「アリュ、こっちだよ」
ルドに呼ばれて、餌をもらえると思ったのだろう。
アルマはトコトコと歩きながら着いて来た。
『悪い人達が来るから、御屋敷の中に避難するのよ』と告げると、ルドはまず外に繋がれたままの友達の心配をした。
『アリュはどうなるの?』とルドが泣いたので、御屋敷の中のスーの部屋に引き入れた。
もう既に大型犬くらいの大きさになっていたが、アルマは相変わらず大人しく、ルドのいい友達になっていた。
「アリュ、いい子にしててね」とルドがアルマの顔を撫でた。アルマもルドに顔を擦り寄せて、甘える時の声で鳴いていた。
何かあった時に、アルマだけでも逃げられるように、一番大きな窓を開けておいた。
外からの風に、戦場の匂いが乗って届いた。
エルマー…
彼のことを思った。
スーはカナルで戦ってる。助けには来れないだろう…
私がルドを守ってあげないと…
ルドは相変わらずアルマとじゃれている。この子はまだよく分かってないのだろう。
アルマの事だって、悪い人に連れていかれるかもという程度の心配だったのかもしれない。
この子は優しいから、友達の心配をしたのだろう…
皆のいる広間に戻ろうとしたが、ルドは嫌がった。
「アリュといる」
「アルマは一人でも大丈夫よ。奥様たちの所に行こう?」
「だって、パパが僕に『アリュをお願い』って言ったもん!アリュを置いていけないもん!」
「…ルド」この子がパパと呼ぶのはスーだ。
この子はこの子なりに約束を守ろうとしてるのだ。
「…そうね…じゃあ、奥様にここに居るって言ってくるね。ルド、ここで待っていられる?」
「うん。僕、アリュといるよ」と少し誇らしげにルドは返事をした。
アルマはルドを守るように翼の中に子供を招いた。
仲良しだな…
引き離すのが可哀想で、彼らをそのままにして部屋を後にした。
✩.*˚
ロンメル邸の周りを炎の壁で囲った。
ひとまずはこれで安心だろう…
「行こう」とレオンに声を掛けて、持ち場である南門に向かった。
アニタたちはロンメル夫人が解放してくれた屋敷で預かってもらっている。憂いはなかった。
「梟を使って空から見張っています。何かあったら報せるように言い含めてますから、安心してください」とレオンが告げた。
相変わらず、こいつはしっかりしている。頼もしい男だ。
「頑張りましょう、兄さん」とレオンが俺を励ました。レオンの柔い檄に応えて頷いた。
やると決めたんだ。自分のために…
俺の生活を守るために…
「おう!エインズワース!来たか!」
まだ南門にいたロンメルの親父が、雷のような声を落とした。
「あんたまだ、こんなに所にいたのか?」
呆れた…ここは激戦区になると言ったろう?
爺さんは巨躯を揺らして笑い飛ばした。
「年寄り扱いするな!俺だってまだ戦える!」と豪語する爺さんはハルバードを握っていた。
元気な爺さんだ…
「今し方、奴らの降伏勧告を突っぱねてやったところだ!ついでに俺の口の悪さが出ちまった!やっぱり俺にお上品なのは似合わんな!」と彼は悪びれもせずに大声で笑った。
「街を明け渡して、ロンメル男爵夫人とお嬢様を差し出すよう要求されました」とウェリンガーという補佐役の男が言葉を付け足した。
「なめやがって!俺の可愛い娘と孫だ!渡すものか!」と大ビッテンフェルトは吼えた。
あんたの子供はおっさんの方だろう?
「大ビッテンフェルト!オークランドの連中が来ます!」と櫓に登っていた奴らが騒いだ。
「彼らを下ろしてください。私が変わります」とレオンがネズミを取り出した。
「皆、仕事だよ」と言うレオンの声に反応して、町中から湧いたネズミが群れになって押し寄せた。
レオンの《祝福》を目の当たりにして、やかましい爺さんも口を噤んだ。
ネズミの大軍を従えて、一際大きなネズミがレオンの肩に登って髭をひくつかせた。
「私はこの街が大好きなんだよ。一緒に戦ってくれるね?」
「ヂヂ」と小さな獣の群れが応えた。
ネズミたちは散ると、カーテンウォールや櫓に登った。
ブルームバルトの裏の山から狼の遠吠えが届いた。
「ロンメル様が狼を駆除しなくて良かったですよ。彼らも戦ってくれるそうです」
「…俺より手勢がいるじゃねぇか?」
傭兵団の大御所の面目を潰した男は、爽やかに笑って見せた。
「私たち兄弟を敵に回すと怖いですよ。
ねぇ、兄さん?」
機嫌の良いレオンに「まぁな」と答えて戦う用意をした。
「《灼腕》」
炎の腕を呼び出した。背中から噴出した赤い炎が腕の形に変わり、一本、また一本と数を増やした。
「ここは任された」と持ち場を引き継いだ。
「エインズワース兄弟!」
馬上の人になったロンメルの親父が、でかい声で俺たちを呼んだ。
「息子に代わって感謝する!
終わったら勝利の宴会だ!必ず顔を出せよ!」
死ぬなということか?勝手なことを…
俺は酒はあまり好きじゃない。
俺の腹の中を読んだように、レオンが苦笑いを見せた。
「いい人じゃないですか?」
「…俺にはやかまし過ぎる」
「兄さんはもっと素直になるべきだ」とレオンは大きなネズミを撫でながら笑っていた。
障害物を積んだ南門を激しくノックする音が響いた。
丈夫な門が揺れ、ミシミシと軋む音が不気味に夜の空気を震わせた。
長い夜が始まった。
✩.*˚
ブルームバルトの門の向こう側で、空に伸びる炎の腕を見た。
一部の兵士が「あいつだ!」と悲鳴を上げた。その言葉が何を指しているのかは確認するまでもなかった。
あれが…
オルセンを倒した炎使い…
クィンとオリヴァーの仇だ…
「悪魔め…」憎しみが無意識に口から溢れた。頭に血が昇り、身体が勝手に動いた。
「団長?」
「あれは私が相手する!」
「お待ちを!北側の橋は…」
「あれを屠るのが先だ!」と怒鳴った。
あれが居るから…
そうだ!あんな悪魔のような存在がいるから、ここの住民は降伏勧告を飲めなかったのだ!
全てはあの悪魔が悪いのだ!
あの悪魔を取り除く事こそ、私の使命だ!私はそのために《祝福》を賜ったのだ!
「《御腕》!」地面が盛り上がって力強い腕に姿を変えた。
《祝福》で形作られた腕は、ブルームバルトの入口に拳を叩き付けた。
大地から伸びる強健な拳が、立ち塞がる門を揺らした。
障害物を積んでいるのか、手応えは無かった。
腕を引いて立て続けに拳を振るった。
私は…私は間違ってなどいない!
シェリル様の理想として!私は…!
確かな手応えを感じて、壊れた門の隙間に《御腕》を差し込んで、崩れた瓦礫と共に左右に掻き分けた。
「ご苦労!マクレイ卿!」と労う声が、穿たれた門に向かって突入を命じた。
ブルームバルトに踏み込もうとした兵たちの足並みを、暗い色の蠢く地面が阻んだ。
「何だ!?」
あまりに異様な光景に、雪崩こもうとした兵士の足が止まった。
蠢く地面が、止まれなかった兵士を飲み込んだ。巻き込まれた人の姿が狂ったように踊って、その場に倒れて動かなくなった。
兵士の死体から、まとわりついた暗い色の波が引いた。
「ねっ、ネズミだ!」と引き攣った悲鳴が上がる。
光に反射したネズミの目が、暗闇で星のように瞬いて見えた。よく見れば、街を囲むように伸びた塀の上や地面は灰色の絨毯で埋め尽くされていた。
「…これは…」
「小さいですが、彼らは勇敢な戦士たちですよ」と答える声がした。
門の向こう側に見えた敵は、たった二人だけだった。
黒髪の男に視線を奪われた。
彼の背からあの炎の腕が伸びていた…
「オークランドの皆さん、ブルームバルトへようこそ…と言いたいところですが、少しばかりノックが過激すぎませんか?礼儀がなってませんね!」
もう一人の亜麻色の髪の青年が、そう言ってこちらを睨んだ。ネズミたちの光る目が、一斉に向きを揃えた。
「皆、お行儀よくお出迎えして。お残しは無しだよ」と青年はネズミをけしかけた。
あまりの多さに、ネズミの鳴き声と蠢く音が不気味に押し寄せた。
狭い出入り口を阻まれ、押し寄せるネズミの群れに打つ手がない。
「何している!たかがネズミだ!」と叫んだ指揮官の声も届かぬほど、現場は混乱を極めた。
「《石礫の疾風》!」
地面から作り出した無数の石の礫をネズミの群れに放った。
《祝福》で強化された魔法に襲われて、ネズミの群れが吹き飛ばされ、血を振りまく肉片が宙を舞った。
まだ押し寄せるネズミの群れに、さらに《祝福》を放った。
「《地の棘》!」
「ヂヂ」と鳴いたネズミの波が、地面から生えた鋭い棘の囲いに阻まれて進軍を止めた。
ネズミの進軍が止まり、逃げ腰だった兵士たちから「おぉ!」色めき立った歓声が沸いた。
地面から生えた棘に阻まれても、ネズミの群れはまだ諦めていなかった。
串刺しになった仲間の背を踏んで、ネズミたちはさらに前に繰り出そうとする。
あの亜麻色の髪の青年が操っているのか?あの男を倒せばネズミは散るか?
だが、この中どうやって踏み込む?
頭を悩ませていると、ネズミの足が止まった。群れがブルームバルトに向かって退いていく。
街の中から黒煙が昇った。
別の門から侵入したのか?
一羽の梟が飛んできて、ネズミ使いの肩に留まった。
亜麻色の髪の青年と黒髪の男が何か言葉を交わしている。
炎の腕を背負った男が前に出た。ネズミを引き連れた青年がその場を離れる素振りを見せた。
「すいません、兄さん。後を頼みます」
「行け。爺さんたちを頼む」
そう言って、彼は炎で出来た腕を構えた。
あのネズミ使いを他の加勢に行かせるらしい。それはそれで問題だ。まとめてここで始末をつけたかった。
前に踏み出した私の前に、炎の腕が迫った。
「《御腕》!」地面から伸びた腕を操作した。土の腕を作った分、地面が脆くなって相手の足元を抉った。
「ちっ」炎使いが舌打ちをして、悪くなった足場から逃げた。
足元がガラガラと崩れ、さらに大地を抉って腕が伸びる。
その穴はお前の墓だ!その中に葬ってくれる!
炎の腕と地面から生えた腕が掴み合いになる。
「マクレイ卿が《悪魔》の足止めしてるうちに攻め込め!」と下知が下る。
炎使いがまた舌打ちした。
「入ってくるな!《地獄炎の境界》!」
新たな腕が伸びて地面に黒い炎の線を引いた。
組み合っていた炎の腕の力が緩んだ。
その隙を見逃さなかった。一気に押し込んで、土塊の腕が彼を捕らえた。
捕まった男は舌打ちしたが、黒い炎の線を切り離しはしなかった。
「消火して進め!他の隊と合流せよ!」
「無駄だ!」と土の腕の中で男が吠えた。
「俺も譲る気は無い!その黒い炎は越えさせない!
伸びろ!《灼腕》!」
炎の腕が押し返してくる。それでも先程までの勢いは無かった。あの黒い炎を操るために、《祝福》の力が分散されているのだろう。
このままなら力ずくで押し勝てる。
勝手に勝利を確信した。
捕らえた炎使いを捻り潰そうと、《御腕》に力を込めた。潰されそうになりながらも、彼はまだ抵抗を続けた。土で出来た腕が焦げた匂いを放ち、少しだけ崩れた。
「ここは誰も通さん!」
男の声が変わった…
獣の唸り声のような声は明らかに人とは異なっていた。
《御腕》に抵抗する男の身体が炎に包まれ、爆ぜた。
爆風に、焼けて脆くなった腕が砕け、元の土塊に戻り、頭上に降り注いだ。
《御腕》から自由になった炎の塊は、揺らめきながら空中に留まった。
「何だ?」
視線を集める炎の玉から歪な形に炎が伸びていた。
それは鳥の翼に見えた…
炎が伸びて、さらにその形を変えた。
異形となった彼は、人の姿を捨てた。
雷のように響く獣の声が、炎を纏った獣から放たれる。
恐怖と絶望を与えるのに十分な光景に、誰もが口を噤んだ。
これは《祝福》と呼ぶには危険すぎる…
✩.*˚
土を操る騎士は強かった。
こいつがロンメルの言っていた、《地将》を名乗る聖騎士団長か?
掴みかかってきた土の腕は、炎に炙られても、崩れるだけで消滅しなかった。
捻り潰されそうになりながら、圧に抗って黒い炎を維持した。
この先には行かせない!渡すものか!
レオンは上手くやるはずだ。
俺も仕事を引き受けたからには最後までやるつもりだ。
目の前の男は、限りなく《神紋持ち》に近い存在だろう。
俺のような、戦いから逃げ出すような半端者じゃない。マジな奴だ。
「負けたくないか?」頭の奥で響く声が問いかけた。
また、お前か…
「守りたいか?」とお節介を焼くのは、俺に《呪い》をかけた獣だ。
「力が欲しいか?」
「…うるさい、気が散る」と獣の声を追い払おうとしたが、獣は相変わらず勝手に喋った。寂しがりか?!
「《冬の王》の眷属のように、我を受け入れれば良いではないか?何故我を嫌う?」
返事はしなかった。
何故だと?!そんなの決まってる!この《祝福》のせいで、俺がまともじゃないからだ!
俺は静かに、自分の居場所で、自分の家族と暮らしたいだけだ!
平凡な幸せに浸っていたいだけだ!
でもこの《祝福》がなければ、戦うことすらままならないのも事実だ…それがまたムカつく!
話しかけてくる獣のせいで、集中出来なくなる。
押し負ける!
負けたら、俺はまた失う…
手に入れた生活も、家族も、友人も全部だ。
「たす…けろ…」ミシミシと軋む身体で圧に耐えながら、屈辱的な言葉を口にした。
「よろしい、我が眷属」と応えた炎を纏った獅子は、その姿に不似合いな翼で俺の全身を包んだ。
視界が翼に覆われて、あれほど重かった圧が消えた。
身体が軽い…
全身に力がみなぎる感覚を覚えた。
「さあ、行け。急がねば無駄になるぞ」と獅子は機嫌よく笑った。
言われなくてもそうする!
「ここは誰も通さん!」
目の前にあった炎が爆ぜて視界が開けた。
さっきまで戦っていた景色が眼下に広がった。
あの男は…
俺を見上げる無数の顔の中に、あの男を見つけた。
まだ燃え続けている黒い炎は、街に繰り出そうとする侵入者を阻んでいる。
俺を見上げていた男が拳を握った。奴はまだやる気だ。
地面が抉れて、また大地の腕が襲いかかってくる。
伸びた腕を避けると、新しい腕が繰り出され、捕らえ損なった腕も追いかけて来た。
《炎獅子》の《祝福》の効果か?
身体は空中に留まり、思い通りに動いた。
そもそも何で俺は浮いているのだ?
迎え撃つために、火球を放とうとして構えた腕を見て驚いた。
全身の至る所から発火する身体は、人の姿をしていなかった。
《神紋》の刻まれた、太く大きな獣の腕と凶悪な爪の並んだ指を見て思考が停止した。
背には《灼腕》の代わりに、でかい翼が生えていた。
やりやがったな!これじゃ化け物だ!
喉の奥から漏れるのは獣の唸り声で、悪態を吐く言葉もまた、獅子の吼える声に変わった。
これのどこが《祝福》だ!《呪い》の間違いだろう?!
困惑している俺に、また土色の腕が迫った。
とにかく、今は戦って、あいつらを追い払うのが先決だ。
もうあいつには二度と助けは請わん!
半ば八つ当たりのように火球を放った。火の玉を直撃した腕が崩れて土塊に変わる。
バラバラと降り注いだ土砂は、地面に触れると、またすぐに次の腕に変わった。
「降りてこい!悪魔め!」と彼は俺に向かって叫んだ。
「神の…ルフトゥ神の名代で、貴様を葬ってくれる!」と彼は息巻いていた。
よく言う…お前も十分、人離れした《悪魔》ではないか?
そんな言葉を飲み込んで、再び彼と対峙した。
✩.*˚
街の至る所に、水を満たした樽や荷車で簡易的な障害物を設置していたが、押し寄せた軍隊を塞き止めるには役不足だった。
傭兵たちも街の男衆も頑張っていたが、状況は芳しくない。
なんせ相手はちゃんとした軍隊だ。
素人では相手にならん。
俺も若い頃ほど動けないが、それでも街の連中を戦わせるよりマシだ。
「大御所!ハルバードの腕はまだまだ現役ですな!」とドライファッハから連れて来た連中が褒めそやした。
「ブルーノの稽古の相手をしておいて良かったぜ」と傭兵たちに陽気に応えた。
真面目な孫息子は、早く養父に追い付きたいと、俺からもハルバードの稽古を受けていた。
やはり基礎は大事だ。俺もブルーノの相手をして、若い頃の感覚を少しばかり取り戻していた。
「まだ、孫たちを甘やかす役目が残ってんだ!こんなところでくたばらねぇよ!」と豪語して、向かってくるオークランド兵にハルバードを振るった。
ロンメルの屋敷で借りたハルバードは業物だ。
切れ味も、手に馴染む感覚も、俺の心に火をつけるのに十分だった。
懐かしい。ゲルトと並んで戦った、あの頃を思い出す…
「ロンメルの屋敷に近づけるな!死守しろ!」
「おお!」檄に応える声は頼もしい。だが、その声は明らかに数を減らしていた。
「グスタフ様。そろそろ次の地点まで下がりましょう。この場所ももう潮時です」
冷静に現場を分析して、ウェリンガーが防衛ラインを下げるように進言した。
行く手を阻む障害物を、退かしながら、オークランドの連中は着実に前に進んでいた。
「やむを得ん、完全に突破される前に、次の地点まで下がれ」と命令を伝えた。
「ウェリンガー、街の連中から逃がせ」
「はっ!」下知を受け取ったウェリンガーは、すぐに行動に移った。街の連中を心中させる訳にはいかない。
ハルバードを握り直した。
時間稼ぎにしかならないが、それでも援軍が来るまで何とか持ちこたえられたらいい。
ロンメル夫人はヴェルフェル侯爵の愛娘だ。必ず援軍をくれるはずだ。
そう信じてハルバードを振るい続けた。
敵の手勢は南門に集中していた。西門は小さく、エインズワース兄弟の持ち場に比べれば敵は少なかった。南門を守るはずだった奴らもいるからまだマシだ。
北の門にはシュミットが張り付いているが、あちらもどうなっているのか分からない。
無事を祈ったものの、そんなものは気休めでしかなかった。
オークランド勢の足を止めていた障害物が崩れ落ちた。
「大御所!ここはもうダメだ!逃げてくれ!」
「クソっ!数が多すぎる!」
押し寄せたオークランド兵に傭兵たちから弱音が洩れた。
ギリギリを保っていた防衛線が決壊した。
俺を逃がそうと、壁になった奴らが一人ずつ倒れていく。
一人、また一人と倒れる傭兵たちを無力に眺めた。
長く着いてきてくれた奴もいた。
一緒に酒を飲んだ奴もいた。
ろくに話したことの無い奴もいた。
「畜生!」
彼らを捨てて、逃げるしかない自分を、歳のせいにした…
「大ビッテンフェルトだけでも逃がせ!」
「おお!」と応えた男たちは、僅かな時間稼ぎのために命を捨てた。
『グスタフ、これは商売だ。気持ちを入れすぎるな。そいつは無駄な感情だ』と親父も爺さんも口癖のようにそう言っていた。
それでも、俺は『家族だ』と言った親友の言葉の方が好きだった。
《商売道具》なら捨てられたろう…
でもこいつらは俺の《家族》だ…
捨てられねぇよな、ゲルトよ…
足を止め、ハルバードを握り直した。
「大御所!」と急かす声を背にして、踵を返した。
元より、ハルバードは一対一で使う武器ではない。
「お前らはウェリンガーと合流しろ!」と言い残してオークランド兵に向かって槍斧を振るった。
馬鹿な爺ですまんな…俺は頑固なんだ…
自分でも驚く程ハルバードを振るっていた。
赤く染まった全身は屠った敵のか、反撃を受けた自分のものなのかも判別つかなくなっていた。
眼鏡もどこかに落としてきたらしい…
どうせ敵だらけだ…
この足が、腕が動く限り暴れて、一人でも多く道連れにしてやる!
槍斧の贄にしようと、オークランド兵に向けて一歩踏み出した。
最前列の一人が悲鳴をあげて逃げ出した。兵隊の足並みが乱れる。
何だ?目眩か?地面がぐにゃりと歪んだ気がした。
「無茶しますね」と呆れたような若い男の声がした。
「兄さんの言う通り、こっちに来て正解でしたよ」
「エインズワース?!」南の門で別れたはずのエインズワースの弟だ。彼はネズミの群れをオークランド兵にけしかけて、「こちらへ」と俺の腕を引いた。
「ネズミの群れを半分連れてきました。残りの半分はエドが北門に連れていきましたよ」
「兄貴はどうした?」と尋ねると、彼の顔に影が過ぎった。
「…大丈夫です、兄さんは強いですから」
その言葉は、俺に向けられたものというより、自分に言い聞かせているようだった。
「それより、大ビッテンフェルト。貴方は少し下がってください。このままじゃ全滅しますよ」
「なかなか手厳しいな…」
「私はありのままを口にしただけですよ。
ネズミも無限じゃないんです。早く…」
説教を垂れていた、エインズワースの弟の言葉が、どこからか飛んできた矢に阻まれて途切れた。
「エインズワース!」
倒れそうになった身体に手を伸ばして支えた。またどこからか飛来した矢は運良く外れた。
矢は間違いなく、ネズミを連れて現れたエインズワースの弟を狙っていた。
ネズミの群れが動揺するように鳴き声を上げた。
「…皆…ダメだ、留まって…」
主を失って、パラパラと群れから離れるネズミが出始めた。
離れたネズミの群れは、もうひとつの群れの居る北の門に向かおうとしていた。
「ネズミに火を放って追い払え!」とオークランド勢の後ろから声が上がった。
少し高い足場に登った男が弓を構えていた。
「そのデカい爺と、ネズミを連れて来た奴を逃がすな!必ずこの場で仕留めろ!」
浮き足立っていた兵士たちが我に返って、ネズミの群れを追い払いにかかった。松明の火に炙られて、ネズミたちの波が引いた。
さらに状況が悪くなる。
「おい!しっかりしろ!」抱えた青年の口から赤い血が溢れた。
肺をやられている。むせるような咳に混ざった鮮血が、血塗れの服に新しい染みを作った。
「大御所!逃げてくれ!」
義理堅く、まだ逃げずに残っていた奴らが叫んだ。
思考が絡まる。
迷いが生じて、一番優先すべきが何か分からなくなる…
クソっ!これが俺の限界か?!
逃げを選択しようとした俺の頭上から、聞くはずのない声が降ってきた。
「《ネーレーイス》!」
その声を合図に、近くにあった水を満たした樽が内側から爆ぜるように壊れた。あちこちで同じように樽が壊れて水が溢れた。
そのまま地面に染み込むはずの水は、形を保って大きな女の姿に変わった。
女は周りには目もくれずに、空を見上げた。
視線の先に、コウモリのように羽ばたく翼が過ぎった。
「受け止めろ!《ネーレーイス》!」
よく通る若い男の声に反応して、女は空に向けて透き通った腕を伸ばした。
コウモリのような影から切り離された何かが、透明な女の身体に吸い込まれるように落ちた。
水音に続いて、水飛沫が飛んで雨のように降り注ぐ。落ちてきたのは人だ。
「ぶはっ!よぉし!生きてる!」
「スー!お前ふざけるなよ!」
「何だよ?どうせこれくらいじゃ、お前は傷一つつかないんだろ?」
「それとこれは別だ!こんな降り方聞いてないぞ!」
騒がしく口喧嘩をする奴らが、透明な腕の中に収まっていた。
「…スー?」
「あれ?グスタフじゃないか?何でここにいるのさ」と場にそぐわぬ懐っこい挨拶をして、スーは透明な腕を後にした。
あまりの出来事に、ネズミの群れは逃げ出して、オークランド勢も固まっている。
「加勢に来たよ」と告げて、スーは女の姿をした水の精霊に指示を出した。
「あいつらは敵だ。俺たちを守れ《ネーレーイス》」
スーの言葉に、精霊が向きを変えた。
水の腕が振り上げられ、鞭のようにしなる腕が、オークランドの前衛を薙ぎ払った。
癇癪を起こしたように暴れる女の姿に、過去の嫌な記憶が過ぎる…
「雑魚は彼女で十分だ。
後は俺たちで引き受けるよ。ありがとう、グスタフ」
「大丈夫か?」
「君らよりマシさ」とスーは女みたいな顔で笑った。
「アーサーも居る。負けたりはしないよ」と不敵に笑う青年は自信満々に応えた。
ここは任せて大丈夫そうだ…
「すまん」と返して、エインズワースの弟を抱えて立ち上がった。
ネズミが後を着いてくるのを見て、スーは俺を呼び止めた。
「レオン?!お前その格好どうしたんだよ?!」
「知り合いか?」と訊ねると、スーは頷いて、手のひらをエインズワースの弟に翳した。
「抜いて、すぐ止血する」
スーに言われた通りに、刺さっていた矢を引き抜くと、スーは慣れた様子で魔法で矢傷を塞いだ。
「ありがとう、スー…」と弱々しくエインズワースの弟が礼を言った。それに満足してスーは頷いた。
「応急処置だ。テレーゼにちゃんと治してもらって…後は俺が引き受けるよ」
そう言って踵を返した青年の背から、抑えようのない怒りの気配が立ち昇って見えた。
指輪の並んだ手を翳して、スーは目の前に並ぶ兵士に呪詛を吐いた。
「クソッタレの恥知らずのオークランド!
ワルターの!俺たちの街に手を出した事を後悔させてやる!」
できる限り時間を稼ぐと、この街のために命懸けで戦ってくれている。
それなのに、私は守られるだけで何も出来ずにいる…
侍女の着るような服に着替え、フィーを抱いた。
「まー」と笑う彼女はお気に入りの人形を抱いている。その人形に《守ってください》と祈った。
「大丈夫です、奥様」とアンネが寄り添ってくれた。
彼女は私のドレスを着てた。何かあった時に、私の代わりになるようにと…
「ごめんなさい、アンネ…」
「本当に、私では役不足ですわ。オークランドの美人の基準が低いと良いのですが…」
「あら、アンネさん、貴女は美人でしてよ。よく似合ってますわ。
残念だわァ…私がもっと若ければ立候補しましたのに」とシュミット夫人が冗談を言った。
少しだけ場が和んだ。
「ラウラ、貴女はダメよ。ドレスのサイズが合わないわ」と笑うトゥルンバルト夫人も笑った。
「あら、もっと残念」とシュミット夫人は少女のように悔しがった。
ロンメル邸を解放して、中に女性や子供、老人が集まっていた。
「奥様」と呼ばれて顔を上げた。
街の代表をしてる町長のメイウッドさんだ。
「お屋敷を解放して下さり感謝致します」
「メイウッドさん、皆さん避難できましたか?」
「はい、お陰様で」と彼は頭を下げた。
「私に出来るのはこれくらいです」と答えながらフィーを抱きしめた。この子がいるから、まだしっかりしなければと思える。私一人では耐えられない…
ワルター様は、こんなにも沢山背負ってくださっていたのだ…
「大丈夫です、テレーゼ様」と幼い声が私を励ましてくれた。
ケヴィンはワルター様から貰ったダガーを握っていた。彼が少し凛々しく見えた。
「お父様や大ビッテンフェルト卿もいらっしゃいます!僕も頑張ります!」
「ありがとう、ケヴィン」
「ユリアもテレーゼ様といるよ!」
「ありがとう、ユリア」
子供たちだって不安なのに、この子たちは私を支えてくれている…
私もブルームバルトを預かる身として、しっかりと男爵夫人らしく振る舞わねば…
席を立った。座っている場合ではない。
「奥様、どちらに…」
「街の皆さんの所へ…ロンメル男爵夫人として励ましに参ります」
そうだ、私はロンメル男爵夫人だ。
夫の留守を守らなければならない。
嘆くのはまだ早い。まだ、終わったわけじゃない…
お母様のように背筋を正した。
それだけで少しだけ強くなれた気がした…
継母であるガブリエラ様があの日下さったお言葉を思い出して自分を奮った。
『貴方はロンメルの娘ですが、同時にヴェルフェル侯爵の娘である事も肝に銘じておきなさい』
私は死ぬその時までロンメルでヴェルフェルだ。
✩.*˚
「アリュ、こっちだよ」
ルドに呼ばれて、餌をもらえると思ったのだろう。
アルマはトコトコと歩きながら着いて来た。
『悪い人達が来るから、御屋敷の中に避難するのよ』と告げると、ルドはまず外に繋がれたままの友達の心配をした。
『アリュはどうなるの?』とルドが泣いたので、御屋敷の中のスーの部屋に引き入れた。
もう既に大型犬くらいの大きさになっていたが、アルマは相変わらず大人しく、ルドのいい友達になっていた。
「アリュ、いい子にしててね」とルドがアルマの顔を撫でた。アルマもルドに顔を擦り寄せて、甘える時の声で鳴いていた。
何かあった時に、アルマだけでも逃げられるように、一番大きな窓を開けておいた。
外からの風に、戦場の匂いが乗って届いた。
エルマー…
彼のことを思った。
スーはカナルで戦ってる。助けには来れないだろう…
私がルドを守ってあげないと…
ルドは相変わらずアルマとじゃれている。この子はまだよく分かってないのだろう。
アルマの事だって、悪い人に連れていかれるかもという程度の心配だったのかもしれない。
この子は優しいから、友達の心配をしたのだろう…
皆のいる広間に戻ろうとしたが、ルドは嫌がった。
「アリュといる」
「アルマは一人でも大丈夫よ。奥様たちの所に行こう?」
「だって、パパが僕に『アリュをお願い』って言ったもん!アリュを置いていけないもん!」
「…ルド」この子がパパと呼ぶのはスーだ。
この子はこの子なりに約束を守ろうとしてるのだ。
「…そうね…じゃあ、奥様にここに居るって言ってくるね。ルド、ここで待っていられる?」
「うん。僕、アリュといるよ」と少し誇らしげにルドは返事をした。
アルマはルドを守るように翼の中に子供を招いた。
仲良しだな…
引き離すのが可哀想で、彼らをそのままにして部屋を後にした。
✩.*˚
ロンメル邸の周りを炎の壁で囲った。
ひとまずはこれで安心だろう…
「行こう」とレオンに声を掛けて、持ち場である南門に向かった。
アニタたちはロンメル夫人が解放してくれた屋敷で預かってもらっている。憂いはなかった。
「梟を使って空から見張っています。何かあったら報せるように言い含めてますから、安心してください」とレオンが告げた。
相変わらず、こいつはしっかりしている。頼もしい男だ。
「頑張りましょう、兄さん」とレオンが俺を励ました。レオンの柔い檄に応えて頷いた。
やると決めたんだ。自分のために…
俺の生活を守るために…
「おう!エインズワース!来たか!」
まだ南門にいたロンメルの親父が、雷のような声を落とした。
「あんたまだ、こんなに所にいたのか?」
呆れた…ここは激戦区になると言ったろう?
爺さんは巨躯を揺らして笑い飛ばした。
「年寄り扱いするな!俺だってまだ戦える!」と豪語する爺さんはハルバードを握っていた。
元気な爺さんだ…
「今し方、奴らの降伏勧告を突っぱねてやったところだ!ついでに俺の口の悪さが出ちまった!やっぱり俺にお上品なのは似合わんな!」と彼は悪びれもせずに大声で笑った。
「街を明け渡して、ロンメル男爵夫人とお嬢様を差し出すよう要求されました」とウェリンガーという補佐役の男が言葉を付け足した。
「なめやがって!俺の可愛い娘と孫だ!渡すものか!」と大ビッテンフェルトは吼えた。
あんたの子供はおっさんの方だろう?
「大ビッテンフェルト!オークランドの連中が来ます!」と櫓に登っていた奴らが騒いだ。
「彼らを下ろしてください。私が変わります」とレオンがネズミを取り出した。
「皆、仕事だよ」と言うレオンの声に反応して、町中から湧いたネズミが群れになって押し寄せた。
レオンの《祝福》を目の当たりにして、やかましい爺さんも口を噤んだ。
ネズミの大軍を従えて、一際大きなネズミがレオンの肩に登って髭をひくつかせた。
「私はこの街が大好きなんだよ。一緒に戦ってくれるね?」
「ヂヂ」と小さな獣の群れが応えた。
ネズミたちは散ると、カーテンウォールや櫓に登った。
ブルームバルトの裏の山から狼の遠吠えが届いた。
「ロンメル様が狼を駆除しなくて良かったですよ。彼らも戦ってくれるそうです」
「…俺より手勢がいるじゃねぇか?」
傭兵団の大御所の面目を潰した男は、爽やかに笑って見せた。
「私たち兄弟を敵に回すと怖いですよ。
ねぇ、兄さん?」
機嫌の良いレオンに「まぁな」と答えて戦う用意をした。
「《灼腕》」
炎の腕を呼び出した。背中から噴出した赤い炎が腕の形に変わり、一本、また一本と数を増やした。
「ここは任された」と持ち場を引き継いだ。
「エインズワース兄弟!」
馬上の人になったロンメルの親父が、でかい声で俺たちを呼んだ。
「息子に代わって感謝する!
終わったら勝利の宴会だ!必ず顔を出せよ!」
死ぬなということか?勝手なことを…
俺は酒はあまり好きじゃない。
俺の腹の中を読んだように、レオンが苦笑いを見せた。
「いい人じゃないですか?」
「…俺にはやかまし過ぎる」
「兄さんはもっと素直になるべきだ」とレオンは大きなネズミを撫でながら笑っていた。
障害物を積んだ南門を激しくノックする音が響いた。
丈夫な門が揺れ、ミシミシと軋む音が不気味に夜の空気を震わせた。
長い夜が始まった。
✩.*˚
ブルームバルトの門の向こう側で、空に伸びる炎の腕を見た。
一部の兵士が「あいつだ!」と悲鳴を上げた。その言葉が何を指しているのかは確認するまでもなかった。
あれが…
オルセンを倒した炎使い…
クィンとオリヴァーの仇だ…
「悪魔め…」憎しみが無意識に口から溢れた。頭に血が昇り、身体が勝手に動いた。
「団長?」
「あれは私が相手する!」
「お待ちを!北側の橋は…」
「あれを屠るのが先だ!」と怒鳴った。
あれが居るから…
そうだ!あんな悪魔のような存在がいるから、ここの住民は降伏勧告を飲めなかったのだ!
全てはあの悪魔が悪いのだ!
あの悪魔を取り除く事こそ、私の使命だ!私はそのために《祝福》を賜ったのだ!
「《御腕》!」地面が盛り上がって力強い腕に姿を変えた。
《祝福》で形作られた腕は、ブルームバルトの入口に拳を叩き付けた。
大地から伸びる強健な拳が、立ち塞がる門を揺らした。
障害物を積んでいるのか、手応えは無かった。
腕を引いて立て続けに拳を振るった。
私は…私は間違ってなどいない!
シェリル様の理想として!私は…!
確かな手応えを感じて、壊れた門の隙間に《御腕》を差し込んで、崩れた瓦礫と共に左右に掻き分けた。
「ご苦労!マクレイ卿!」と労う声が、穿たれた門に向かって突入を命じた。
ブルームバルトに踏み込もうとした兵たちの足並みを、暗い色の蠢く地面が阻んだ。
「何だ!?」
あまりに異様な光景に、雪崩こもうとした兵士の足が止まった。
蠢く地面が、止まれなかった兵士を飲み込んだ。巻き込まれた人の姿が狂ったように踊って、その場に倒れて動かなくなった。
兵士の死体から、まとわりついた暗い色の波が引いた。
「ねっ、ネズミだ!」と引き攣った悲鳴が上がる。
光に反射したネズミの目が、暗闇で星のように瞬いて見えた。よく見れば、街を囲むように伸びた塀の上や地面は灰色の絨毯で埋め尽くされていた。
「…これは…」
「小さいですが、彼らは勇敢な戦士たちですよ」と答える声がした。
門の向こう側に見えた敵は、たった二人だけだった。
黒髪の男に視線を奪われた。
彼の背からあの炎の腕が伸びていた…
「オークランドの皆さん、ブルームバルトへようこそ…と言いたいところですが、少しばかりノックが過激すぎませんか?礼儀がなってませんね!」
もう一人の亜麻色の髪の青年が、そう言ってこちらを睨んだ。ネズミたちの光る目が、一斉に向きを揃えた。
「皆、お行儀よくお出迎えして。お残しは無しだよ」と青年はネズミをけしかけた。
あまりの多さに、ネズミの鳴き声と蠢く音が不気味に押し寄せた。
狭い出入り口を阻まれ、押し寄せるネズミの群れに打つ手がない。
「何している!たかがネズミだ!」と叫んだ指揮官の声も届かぬほど、現場は混乱を極めた。
「《石礫の疾風》!」
地面から作り出した無数の石の礫をネズミの群れに放った。
《祝福》で強化された魔法に襲われて、ネズミの群れが吹き飛ばされ、血を振りまく肉片が宙を舞った。
まだ押し寄せるネズミの群れに、さらに《祝福》を放った。
「《地の棘》!」
「ヂヂ」と鳴いたネズミの波が、地面から生えた鋭い棘の囲いに阻まれて進軍を止めた。
ネズミの進軍が止まり、逃げ腰だった兵士たちから「おぉ!」色めき立った歓声が沸いた。
地面から生えた棘に阻まれても、ネズミの群れはまだ諦めていなかった。
串刺しになった仲間の背を踏んで、ネズミたちはさらに前に繰り出そうとする。
あの亜麻色の髪の青年が操っているのか?あの男を倒せばネズミは散るか?
だが、この中どうやって踏み込む?
頭を悩ませていると、ネズミの足が止まった。群れがブルームバルトに向かって退いていく。
街の中から黒煙が昇った。
別の門から侵入したのか?
一羽の梟が飛んできて、ネズミ使いの肩に留まった。
亜麻色の髪の青年と黒髪の男が何か言葉を交わしている。
炎の腕を背負った男が前に出た。ネズミを引き連れた青年がその場を離れる素振りを見せた。
「すいません、兄さん。後を頼みます」
「行け。爺さんたちを頼む」
そう言って、彼は炎で出来た腕を構えた。
あのネズミ使いを他の加勢に行かせるらしい。それはそれで問題だ。まとめてここで始末をつけたかった。
前に踏み出した私の前に、炎の腕が迫った。
「《御腕》!」地面から伸びた腕を操作した。土の腕を作った分、地面が脆くなって相手の足元を抉った。
「ちっ」炎使いが舌打ちをして、悪くなった足場から逃げた。
足元がガラガラと崩れ、さらに大地を抉って腕が伸びる。
その穴はお前の墓だ!その中に葬ってくれる!
炎の腕と地面から生えた腕が掴み合いになる。
「マクレイ卿が《悪魔》の足止めしてるうちに攻め込め!」と下知が下る。
炎使いがまた舌打ちした。
「入ってくるな!《地獄炎の境界》!」
新たな腕が伸びて地面に黒い炎の線を引いた。
組み合っていた炎の腕の力が緩んだ。
その隙を見逃さなかった。一気に押し込んで、土塊の腕が彼を捕らえた。
捕まった男は舌打ちしたが、黒い炎の線を切り離しはしなかった。
「消火して進め!他の隊と合流せよ!」
「無駄だ!」と土の腕の中で男が吠えた。
「俺も譲る気は無い!その黒い炎は越えさせない!
伸びろ!《灼腕》!」
炎の腕が押し返してくる。それでも先程までの勢いは無かった。あの黒い炎を操るために、《祝福》の力が分散されているのだろう。
このままなら力ずくで押し勝てる。
勝手に勝利を確信した。
捕らえた炎使いを捻り潰そうと、《御腕》に力を込めた。潰されそうになりながらも、彼はまだ抵抗を続けた。土で出来た腕が焦げた匂いを放ち、少しだけ崩れた。
「ここは誰も通さん!」
男の声が変わった…
獣の唸り声のような声は明らかに人とは異なっていた。
《御腕》に抵抗する男の身体が炎に包まれ、爆ぜた。
爆風に、焼けて脆くなった腕が砕け、元の土塊に戻り、頭上に降り注いだ。
《御腕》から自由になった炎の塊は、揺らめきながら空中に留まった。
「何だ?」
視線を集める炎の玉から歪な形に炎が伸びていた。
それは鳥の翼に見えた…
炎が伸びて、さらにその形を変えた。
異形となった彼は、人の姿を捨てた。
雷のように響く獣の声が、炎を纏った獣から放たれる。
恐怖と絶望を与えるのに十分な光景に、誰もが口を噤んだ。
これは《祝福》と呼ぶには危険すぎる…
✩.*˚
土を操る騎士は強かった。
こいつがロンメルの言っていた、《地将》を名乗る聖騎士団長か?
掴みかかってきた土の腕は、炎に炙られても、崩れるだけで消滅しなかった。
捻り潰されそうになりながら、圧に抗って黒い炎を維持した。
この先には行かせない!渡すものか!
レオンは上手くやるはずだ。
俺も仕事を引き受けたからには最後までやるつもりだ。
目の前の男は、限りなく《神紋持ち》に近い存在だろう。
俺のような、戦いから逃げ出すような半端者じゃない。マジな奴だ。
「負けたくないか?」頭の奥で響く声が問いかけた。
また、お前か…
「守りたいか?」とお節介を焼くのは、俺に《呪い》をかけた獣だ。
「力が欲しいか?」
「…うるさい、気が散る」と獣の声を追い払おうとしたが、獣は相変わらず勝手に喋った。寂しがりか?!
「《冬の王》の眷属のように、我を受け入れれば良いではないか?何故我を嫌う?」
返事はしなかった。
何故だと?!そんなの決まってる!この《祝福》のせいで、俺がまともじゃないからだ!
俺は静かに、自分の居場所で、自分の家族と暮らしたいだけだ!
平凡な幸せに浸っていたいだけだ!
でもこの《祝福》がなければ、戦うことすらままならないのも事実だ…それがまたムカつく!
話しかけてくる獣のせいで、集中出来なくなる。
押し負ける!
負けたら、俺はまた失う…
手に入れた生活も、家族も、友人も全部だ。
「たす…けろ…」ミシミシと軋む身体で圧に耐えながら、屈辱的な言葉を口にした。
「よろしい、我が眷属」と応えた炎を纏った獅子は、その姿に不似合いな翼で俺の全身を包んだ。
視界が翼に覆われて、あれほど重かった圧が消えた。
身体が軽い…
全身に力がみなぎる感覚を覚えた。
「さあ、行け。急がねば無駄になるぞ」と獅子は機嫌よく笑った。
言われなくてもそうする!
「ここは誰も通さん!」
目の前にあった炎が爆ぜて視界が開けた。
さっきまで戦っていた景色が眼下に広がった。
あの男は…
俺を見上げる無数の顔の中に、あの男を見つけた。
まだ燃え続けている黒い炎は、街に繰り出そうとする侵入者を阻んでいる。
俺を見上げていた男が拳を握った。奴はまだやる気だ。
地面が抉れて、また大地の腕が襲いかかってくる。
伸びた腕を避けると、新しい腕が繰り出され、捕らえ損なった腕も追いかけて来た。
《炎獅子》の《祝福》の効果か?
身体は空中に留まり、思い通りに動いた。
そもそも何で俺は浮いているのだ?
迎え撃つために、火球を放とうとして構えた腕を見て驚いた。
全身の至る所から発火する身体は、人の姿をしていなかった。
《神紋》の刻まれた、太く大きな獣の腕と凶悪な爪の並んだ指を見て思考が停止した。
背には《灼腕》の代わりに、でかい翼が生えていた。
やりやがったな!これじゃ化け物だ!
喉の奥から漏れるのは獣の唸り声で、悪態を吐く言葉もまた、獅子の吼える声に変わった。
これのどこが《祝福》だ!《呪い》の間違いだろう?!
困惑している俺に、また土色の腕が迫った。
とにかく、今は戦って、あいつらを追い払うのが先決だ。
もうあいつには二度と助けは請わん!
半ば八つ当たりのように火球を放った。火の玉を直撃した腕が崩れて土塊に変わる。
バラバラと降り注いだ土砂は、地面に触れると、またすぐに次の腕に変わった。
「降りてこい!悪魔め!」と彼は俺に向かって叫んだ。
「神の…ルフトゥ神の名代で、貴様を葬ってくれる!」と彼は息巻いていた。
よく言う…お前も十分、人離れした《悪魔》ではないか?
そんな言葉を飲み込んで、再び彼と対峙した。
✩.*˚
街の至る所に、水を満たした樽や荷車で簡易的な障害物を設置していたが、押し寄せた軍隊を塞き止めるには役不足だった。
傭兵たちも街の男衆も頑張っていたが、状況は芳しくない。
なんせ相手はちゃんとした軍隊だ。
素人では相手にならん。
俺も若い頃ほど動けないが、それでも街の連中を戦わせるよりマシだ。
「大御所!ハルバードの腕はまだまだ現役ですな!」とドライファッハから連れて来た連中が褒めそやした。
「ブルーノの稽古の相手をしておいて良かったぜ」と傭兵たちに陽気に応えた。
真面目な孫息子は、早く養父に追い付きたいと、俺からもハルバードの稽古を受けていた。
やはり基礎は大事だ。俺もブルーノの相手をして、若い頃の感覚を少しばかり取り戻していた。
「まだ、孫たちを甘やかす役目が残ってんだ!こんなところでくたばらねぇよ!」と豪語して、向かってくるオークランド兵にハルバードを振るった。
ロンメルの屋敷で借りたハルバードは業物だ。
切れ味も、手に馴染む感覚も、俺の心に火をつけるのに十分だった。
懐かしい。ゲルトと並んで戦った、あの頃を思い出す…
「ロンメルの屋敷に近づけるな!死守しろ!」
「おお!」檄に応える声は頼もしい。だが、その声は明らかに数を減らしていた。
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冷静に現場を分析して、ウェリンガーが防衛ラインを下げるように進言した。
行く手を阻む障害物を、退かしながら、オークランドの連中は着実に前に進んでいた。
「やむを得ん、完全に突破される前に、次の地点まで下がれ」と命令を伝えた。
「ウェリンガー、街の連中から逃がせ」
「はっ!」下知を受け取ったウェリンガーは、すぐに行動に移った。街の連中を心中させる訳にはいかない。
ハルバードを握り直した。
時間稼ぎにしかならないが、それでも援軍が来るまで何とか持ちこたえられたらいい。
ロンメル夫人はヴェルフェル侯爵の愛娘だ。必ず援軍をくれるはずだ。
そう信じてハルバードを振るい続けた。
敵の手勢は南門に集中していた。西門は小さく、エインズワース兄弟の持ち場に比べれば敵は少なかった。南門を守るはずだった奴らもいるからまだマシだ。
北の門にはシュミットが張り付いているが、あちらもどうなっているのか分からない。
無事を祈ったものの、そんなものは気休めでしかなかった。
オークランド勢の足を止めていた障害物が崩れ落ちた。
「大御所!ここはもうダメだ!逃げてくれ!」
「クソっ!数が多すぎる!」
押し寄せたオークランド兵に傭兵たちから弱音が洩れた。
ギリギリを保っていた防衛線が決壊した。
俺を逃がそうと、壁になった奴らが一人ずつ倒れていく。
一人、また一人と倒れる傭兵たちを無力に眺めた。
長く着いてきてくれた奴もいた。
一緒に酒を飲んだ奴もいた。
ろくに話したことの無い奴もいた。
「畜生!」
彼らを捨てて、逃げるしかない自分を、歳のせいにした…
「大ビッテンフェルトだけでも逃がせ!」
「おお!」と応えた男たちは、僅かな時間稼ぎのために命を捨てた。
『グスタフ、これは商売だ。気持ちを入れすぎるな。そいつは無駄な感情だ』と親父も爺さんも口癖のようにそう言っていた。
それでも、俺は『家族だ』と言った親友の言葉の方が好きだった。
《商売道具》なら捨てられたろう…
でもこいつらは俺の《家族》だ…
捨てられねぇよな、ゲルトよ…
足を止め、ハルバードを握り直した。
「大御所!」と急かす声を背にして、踵を返した。
元より、ハルバードは一対一で使う武器ではない。
「お前らはウェリンガーと合流しろ!」と言い残してオークランド兵に向かって槍斧を振るった。
馬鹿な爺ですまんな…俺は頑固なんだ…
自分でも驚く程ハルバードを振るっていた。
赤く染まった全身は屠った敵のか、反撃を受けた自分のものなのかも判別つかなくなっていた。
眼鏡もどこかに落としてきたらしい…
どうせ敵だらけだ…
この足が、腕が動く限り暴れて、一人でも多く道連れにしてやる!
槍斧の贄にしようと、オークランド兵に向けて一歩踏み出した。
最前列の一人が悲鳴をあげて逃げ出した。兵隊の足並みが乱れる。
何だ?目眩か?地面がぐにゃりと歪んだ気がした。
「無茶しますね」と呆れたような若い男の声がした。
「兄さんの言う通り、こっちに来て正解でしたよ」
「エインズワース?!」南の門で別れたはずのエインズワースの弟だ。彼はネズミの群れをオークランド兵にけしかけて、「こちらへ」と俺の腕を引いた。
「ネズミの群れを半分連れてきました。残りの半分はエドが北門に連れていきましたよ」
「兄貴はどうした?」と尋ねると、彼の顔に影が過ぎった。
「…大丈夫です、兄さんは強いですから」
その言葉は、俺に向けられたものというより、自分に言い聞かせているようだった。
「それより、大ビッテンフェルト。貴方は少し下がってください。このままじゃ全滅しますよ」
「なかなか手厳しいな…」
「私はありのままを口にしただけですよ。
ネズミも無限じゃないんです。早く…」
説教を垂れていた、エインズワースの弟の言葉が、どこからか飛んできた矢に阻まれて途切れた。
「エインズワース!」
倒れそうになった身体に手を伸ばして支えた。またどこからか飛来した矢は運良く外れた。
矢は間違いなく、ネズミを連れて現れたエインズワースの弟を狙っていた。
ネズミの群れが動揺するように鳴き声を上げた。
「…皆…ダメだ、留まって…」
主を失って、パラパラと群れから離れるネズミが出始めた。
離れたネズミの群れは、もうひとつの群れの居る北の門に向かおうとしていた。
「ネズミに火を放って追い払え!」とオークランド勢の後ろから声が上がった。
少し高い足場に登った男が弓を構えていた。
「そのデカい爺と、ネズミを連れて来た奴を逃がすな!必ずこの場で仕留めろ!」
浮き足立っていた兵士たちが我に返って、ネズミの群れを追い払いにかかった。松明の火に炙られて、ネズミたちの波が引いた。
さらに状況が悪くなる。
「おい!しっかりしろ!」抱えた青年の口から赤い血が溢れた。
肺をやられている。むせるような咳に混ざった鮮血が、血塗れの服に新しい染みを作った。
「大御所!逃げてくれ!」
義理堅く、まだ逃げずに残っていた奴らが叫んだ。
思考が絡まる。
迷いが生じて、一番優先すべきが何か分からなくなる…
クソっ!これが俺の限界か?!
逃げを選択しようとした俺の頭上から、聞くはずのない声が降ってきた。
「《ネーレーイス》!」
その声を合図に、近くにあった水を満たした樽が内側から爆ぜるように壊れた。あちこちで同じように樽が壊れて水が溢れた。
そのまま地面に染み込むはずの水は、形を保って大きな女の姿に変わった。
女は周りには目もくれずに、空を見上げた。
視線の先に、コウモリのように羽ばたく翼が過ぎった。
「受け止めろ!《ネーレーイス》!」
よく通る若い男の声に反応して、女は空に向けて透き通った腕を伸ばした。
コウモリのような影から切り離された何かが、透明な女の身体に吸い込まれるように落ちた。
水音に続いて、水飛沫が飛んで雨のように降り注ぐ。落ちてきたのは人だ。
「ぶはっ!よぉし!生きてる!」
「スー!お前ふざけるなよ!」
「何だよ?どうせこれくらいじゃ、お前は傷一つつかないんだろ?」
「それとこれは別だ!こんな降り方聞いてないぞ!」
騒がしく口喧嘩をする奴らが、透明な腕の中に収まっていた。
「…スー?」
「あれ?グスタフじゃないか?何でここにいるのさ」と場にそぐわぬ懐っこい挨拶をして、スーは透明な腕を後にした。
あまりの出来事に、ネズミの群れは逃げ出して、オークランド勢も固まっている。
「加勢に来たよ」と告げて、スーは女の姿をした水の精霊に指示を出した。
「あいつらは敵だ。俺たちを守れ《ネーレーイス》」
スーの言葉に、精霊が向きを変えた。
水の腕が振り上げられ、鞭のようにしなる腕が、オークランドの前衛を薙ぎ払った。
癇癪を起こしたように暴れる女の姿に、過去の嫌な記憶が過ぎる…
「雑魚は彼女で十分だ。
後は俺たちで引き受けるよ。ありがとう、グスタフ」
「大丈夫か?」
「君らよりマシさ」とスーは女みたいな顔で笑った。
「アーサーも居る。負けたりはしないよ」と不敵に笑う青年は自信満々に応えた。
ここは任せて大丈夫そうだ…
「すまん」と返して、エインズワースの弟を抱えて立ち上がった。
ネズミが後を着いてくるのを見て、スーは俺を呼び止めた。
「レオン?!お前その格好どうしたんだよ?!」
「知り合いか?」と訊ねると、スーは頷いて、手のひらをエインズワースの弟に翳した。
「抜いて、すぐ止血する」
スーに言われた通りに、刺さっていた矢を引き抜くと、スーは慣れた様子で魔法で矢傷を塞いだ。
「ありがとう、スー…」と弱々しくエインズワースの弟が礼を言った。それに満足してスーは頷いた。
「応急処置だ。テレーゼにちゃんと治してもらって…後は俺が引き受けるよ」
そう言って踵を返した青年の背から、抑えようのない怒りの気配が立ち昇って見えた。
指輪の並んだ手を翳して、スーは目の前に並ぶ兵士に呪詛を吐いた。
「クソッタレの恥知らずのオークランド!
ワルターの!俺たちの街に手を出した事を後悔させてやる!」
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幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
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