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地将
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これは天意だ!
「なにやらご機嫌なようですね」と戻った私に副団長のクィンが訊ねた。
彼は天使のような見目麗しい青年だが、彼は私にとっても手厳しい。
「異教徒らに悔い改めの機会を与えてやることが出来る。偉大なるルフトゥ神こそが偉大なる存在と知らしめる機会が与えられたのだ!」
「なるほど、僥倖ですね…して、何を?」
「二日の猶予を頂いた!カナル運河に橋を架けるぞ!」
「…は?」クィンの顔が歪む。切りそろえた黄金色の前髪から覗く青い瞳は零れそうだ。
「申し訳ありません…団長…その…また勝手な約束を?」
「はっはっはっ!」と笑い飛ばした私の姿に、クィンは体裁を保つのを止めた。
「笑って誤魔化されるとでも思ってるのですか?!団長に振り回される我々の身にも…」
「怒るな、クィン!閣下は快く応じてくださったぞ!」
「あ…あんた…まさか」
「フェルトン伯爵閣下は若者の話も聞いてくださる良い御仁であった!」
「あー!!!」クィンは頭を抑えて崩れ落ちた。リアクションの大きい奴め!
「大役を頂戴した!
どうだ、騎士として嬉しかろう?!」
はっはと笑う私の足元で、芋虫と化した副団長は呪詛のように恨み言を吐き出した。
「…毎度毎度…勝手ばかり…あんたの尻拭いで私たちがどれだけ苦労しているか知らんのですよ…
全く…二日で軍隊の渡れる橋を架けるですって?
そんなの出来たら苦労しませんよ…
第一、どこに作るともまだ決めてないんでしょう?
地理にも明るくない我々に、どこがいいなんて、そんなの分かるわけないじゃないですか…
やっぱりこうなるんだ…私の人生呪われてるんだ…」
「暗い奴だな」
「誰のせいで?!」とクィンがはね起きた。落ち込んでるかと思ったが意外と元気そうだ。
「はっはっはっ!」
「笑うな!その不愉快な口を閉じろ!」
「おやおや、また始まりましたよ」とほかの団員も集まってきた。
「今度は何を始めるのでしょうね?」
「カナルに橋を架けるぞ!」と集まって来た部下に宣言した。
「おやまぁ…なるほど、そうきましたか…」と古参の団員のオリヴァーが苦笑いした。
「猶予は?」と巨漢のオルセンが訊ねた。
「二日だ!」と言う私の返事に、彼らは皆揃って口をポカンと空けて言葉を失った。
「私としては一日でも良かったのだが、皆にそれは酷であろう?
一日余分に取っておいたから文句はあるまい!」
「…ですって…」とオリヴァーが呟いてクィンの肩を叩いた。
「団長が馬鹿なのは今に始まったことじゃないですが…これは…困りましたねぇ…」
「むむっ!悩んでも結果は同じだろう?」
「まぁ、一理ありますが…ねぇ?」
「最高指揮官と勝手に約束して来たらしい…とりあえず取り掛からねば…」
「あちゃー…やらかしましたねぇ…フォローのしようがない…」
「最悪、団長の首一つで済めば良いのだが…」
「はっはっはっ!クィン、面白い冗談だ!」笑いながらカナル運河を眺めた。対岸では相変わらず異教徒らの抵抗が続いていて、船は近づけない様子だ。
「なにやら強力な魔導師級の敵が岸を守ってるようですな」
「やはり魔法か…」
さっきの晴天に走った稲妻は、たまたまでは無いようだ。あれが牽制になって、船を不用意に近づけられなくなっていた。
「《冬将軍》はまだか?」
「まだ、うんともすんともないですねぇ…」
「《白蘭》の《祝福》を擁した二人が負けた相手だ。油断するな」
「そういえば、《白蘭》の副団長はフェルトン伯爵閣下のご子息だったのでは?」
「うん?そうだったか?いかんせん、随分昔に会ったきりでな、顔もろくに覚えてない!」
「ですよね…あんた、三歩歩いたら大抵の事は忘れますからね」
「はっはっはっ!上司の悪口はいかんぞ!」
「馬鹿話はそれくらいにしておけ…
仕事にかかるぞ」とクィンが話を元に戻した。
なんだかんだ文句を言っても必ずやってくれる、頼りになる副団長だ。
「土をありったけ用意しろ!橋を作って岸が崩れたら意味ないからな!」
「私たち、騎士なのか土木作業員なのか分からなくなってきましたねぇ」とオリヴァーが苦笑いしながら呟いた。
✩.*˚
「大儀であった!」
頭の上から降ってきた爆音は、どうやら罵声でも怒号でもなく賛辞だったようだ。
「良き戦働きであった!褒めて遣わす!」
「…誰?」見た目も声も態度もデカイ。
偉い人で間違いなさそうだが、見たことない人だ。
「ば!馬鹿!」とワルターが慌てふためいていたが巨漢は愉快そうに大声で笑った。
「面白いな、《燕》の!甥っ子の話通りだ!
兄上は実に面白い!私を退屈させてはくれんな!」
「甥っ子?兄上?」
「アレクシス公子様とヴェルフェル侯爵閣下の事だ…」
「その通り!」とまた爆音が降ってくる。
「私がカナル河畔防衛軍、最高指揮官カール・ギュンター・フォン・リューデル伯爵だ!」
うるさい…
「なかなかな見世物であったぞ!
攻城兵器まで持ち出すとはオークランドにもおもしろい奴がいる!
船は沈めずに拿捕して欲しかったが、そうも言っておられんな!今後も燕の旗からは目が離せん!」
ご機嫌な様子でリューデル伯爵は《燕の団》を褒め、耳鳴りを残して去って行った。
「何だよあれ…天災か?」とカミルが呟いた。
「褒められてんのか叱られてんのか分からんな…」
「全くだ」とゲルトが顔を顰めて応えた。
「アーサー以外は全員鼓膜負傷だな」
「いやー、この《祝福》で助かった…」とアーサーは胸をなでおろしていた。
「とりあえず、今日のところは終了のようだ」と彼は兜を取って脇に抱えた。
河を挟んで戦ってるとあって、日のあるうちで戦闘は終わった。今後はどうなるか分からないが、とりあえず今日は終了のようだ。
「明日もあるんだ。負傷者の手当と休める奴は順に休め!集合の合図は分かってるな!奇襲にも備えておけ!」
「無事な矢は拾っておけよ!明日お返ししてやれ!」
「篝火は絶やすなよ!多めに焚いておけ!」
次々と指示が飛ぶ。撤収の準備をして、休むために見張り番と交代した。
「このまま寝れる…」
「ちゃんと食べろ、身が持たんぞ」とアーサーが明るく笑った。彼は戦慣れしてるようだ。
「食える時に食って、寝れる時に寝る事だ。それができなきゃ生き残れん」
「繊細な人間には無理な仕事だな…」
「図太いお前さんには天職かもな」と言って彼は笑った。
「俺は随分苦労したよ。
なんせ大事大事にされてたお坊ちゃまだったからな…」
「なるほど」そういえばそうだったな…
「この《祝福》が無かったら何回か死んでたよ」と語る彼は昔を思い出して笑った。その顔は少しだけ寂しげだった。
「…良いのか?」
「何が?」
「向こうにあんたの父さんが居るんだろ?」
「…フェルトン伯爵か…もう十年以上会ってないな…」と彼は空を仰いで呟いた。他人のような呼び方に彼と父親の溝のようなものを感じた。
「まぁ、向こうは俺が死んでると思ってるはずだ…
今更父上も俺に未練など無いだろうよ」
「あんたは無いのか?」
「分からん…俺はもうあの家にも国にも居場所が無いんでな…
《ブルームバルト》の《ロンメル家》が俺の帰る場所だ」
「そうか…」
「そうさ」と答えて彼は兜をクルクルと回して弄んだ。
悲しみを紛らわすような子供っぽい行動に、らしくない彼の姿を見た。
「俺の心配してくれるなんて優しいじゃないか?」
「うるさい」とぶっきらぼうに返して帽子を深く被った。アーサーの低く笑う声だけが耳に届いた。
「ありがとよ」
アーサーの声が背中に届いた。その声に返事もせずに、彼を残してその場を後にした。
✩.*˚
「自分のテントあるだろ?」と床に転がってるスーに声をかけた。
「いいんだよここで」
「踏まれても知らねぇぞ?俺の寝床に勝手に入ってくるなよ?」
「毛布くらい持ってきたよ」
「まだ、それ持ってたのか?」俺が昔に買ってやった茶色の毛布だ。もっといいのあるだろう?
「これがいいんだ」と言ってスーは毛布に包まって笑った。枕の代わりに組んだ腕で頭を支え、テントの屋根を見詰めた。
「なんか懐かしいな…
あの時はもっと狭いテントだった」
「まぁな…俺も偉くなったもんだ」と苦笑いした。
煙草臭くて狭い、寝るだけの貧相なテントだった。
それが今や身体をかがめなくても入れて、調度品まで揃っていて、足元には贅沢な絨毯まで敷いてある。寝床だって贅沢は言えないが、寝起きに不自由のないものだ。
少なくとも、寝起きに身体が凝り固まっていることは無い。
「俺も床で寝ようかね…」
「何で君がこっちに来るんだよ?」
「なんか変な感じだからさ…帰ってきた感じがしねぇんだよ」
「変なの」とスーが笑った。
スーの横に寝床を作って転がった。硬い床の方がしっくりと身体に馴染んだ。
「あぁ、やっぱこれだわ…」
「君ってやっぱりちょっと変わってるよね?」
「お前に言われたくねぇよ」と応えて、同じように腕を組んだ。
何だか急に睡魔に襲われた。なんだかんだ言って、俺も疲れていた。
「なぁ、スー…」
「何だよ、ワルター?」
「俺が死んでも、お前はここを離れたりしないよな?」とつまらないことを口にした。
驚いたスーが跳ね起きて俺の顔を覗き込んだ。
「何言ってんだよ?藪から棒に…」
「訊いただけだよ…俺はおっさんだからな…」
どう足掻いても、俺の寿命の方が先に来る。スーは半分エルフだ。俺が想像できないくらい長く生きるかもしれない…
「君が死ぬとか…そんな事言うなよ…」
「…わりぃ」
「ばかやろう…」と呟く声は傷付いていた。つまらん事を言ったと後悔した。
「腕枕してやろうか?」と提案するとスーは赤面して怒鳴った。
「要らないよ!ガキじゃあるまいし!」
「何だよ?昔は一緒に寝たろ?」反抗期かね?数年でこいつも変わったな…
「それだって、あんた俺に…」と言いかけてスーは口を噤んだ。さらに顔が赤くなった。
「俺が何だよ?」
「い、言わない!絶対!ばかやろう!」悪態を吐いて、スーは毛布を頭まで被って俺を拒否した。
何だよ?一体?
「あー…あれか?寝てる間に身体拭いてやったことか?何もしてねぇって…」
「うるさい!違う!そんなんじゃない!」
「何だよ?他になんかあったか?」
「うるさい!さっさと寝ちまえ!」
何怒ってんだよ?ってか、ここ俺のテントなんだが…
ガキみたいに拗ねるスーを笑って、硬い床に身体を預けて目を閉じた。
✩.*˚
『ごめんね、アダム…ごめんねぇ…』
涙ながらに子供を抱いて、何度も懺悔する女は、私を産んた母親だった人だ…
今でも彼女は私の夢に現れては、苦しみと信仰を残して次の夢に現れるまで何処かに消えるのだ…
彼女の腕の中で健気に笑ってみせるのは、幼い自分だ…
『大丈夫だよ』と笑ってみせるが、その声は悲しみに震えていた。
この子は売られて行くのだ…
他の子供たちと一緒に、馬車に荷物のように積まれて、何も知らずに…僅かな金の為に奴隷になるのだ…
私を買ったのは裕福な商家だった。
同じく奴隷として買われた者たちと、狭い小屋に放り込まれて、僅かな食事で扱き使われた。
自由など無かった。週に一度健康状態をチェックされ、使えなくなれば、美しい大聖堂の裏にゴミのように捨てられるのだ…
私もそうやって捨てられた…
『まだ息がある』とたまたま通りかかった女神官様が私を拾わなければ、この命の灯火は潰えていただろう。
神が私に死ぬなと仰せだったのだ。
私を拾った聖女シェリル・マクレイ様が新たな母となって下さった。
この方のために生きると心に誓った。
『アダム。貴方は私の誇りですよ』と、彼女は子供だった私のささやかな働きを褒めて下さった。
小さな教会にある孤児院の裏の畑…
土を耕し、野菜を育てるのが私とシェリル様の大切な時間だった…
笑顔でシェリル様のために畑の世話をした。
『貴方が来てから収穫が増えたのです。
貴方はルフトゥ神から《愛されてる》のかもしれませんね』
その言葉の通り、私はルフトゥ神に選ばれた者だった。
洗礼を受け、《大地》の《祝福》を持つ者として認定されると、私を引き取ろうとする人たちが、小さな教会の孤児院に押しかけた。
私はシェリル様と、血の繋がらない弟や妹たちと仲良く暮らして居たかっただけなのに…
『アダム…この国とルフトゥ神の為、その身を捧げて下さいますか?』
シェリル様は私を聖職の騎士にと願った。
悲しいかな、私がこの教会を出て行くことが、彼女の願いだった…
『ごめんなさい…貴方をここに置いておくことはできなくなってしまいました…』
謝罪する育ての母に、私はまた『大丈夫です』と笑って応えた。
敬愛するシェリル様の願いとあらば、致し方ない…
私が教会を出て聖騎士になれば、彼女らの生活は保証され、また元の静かな生活に戻るのだから…
私は、今度は神の奴隷として神殿に売られた…
悪いことでは無い…
むしろ私は恵まれた道を歩むこととなったのだ。素晴らしい栄誉だ。
神の為、国の為、人の為に役立つという誉大き大役を喜ばぬなど、畏れ多い事だ…
私は神から選ばれたのだから、選ばれなかった者を守り、導く存在なのだ。
『それでも』と、私の中で幼い子供が泣くのだ…
『私と一緒にいて欲しかった』と…
大人になった今でも、私の乾きは未だ満たされることは無いのだ…
✩.*˚
「団長、何処でも寝ないでくださいよ」と私を叱るクィンの声に目を開けた。
「一応まだオークランド領ですが、ともすれば異教徒どもが奇襲してくるやもしれませんよ。
そうでなくとも、そんな穴の中で寝るのやめてください、みっともない…」
「む?そうか?意外と心地よいものだぞ?」と答える私にクィンは冷ややかな目で睨んだ。
人一人入るに困らない程度の穴は、揺りかごのように心地よい。いかんせん、誰も同意してくれないので、私は変人扱いだ。
《祝福》で小さめの丘を一つ潰して土を調達した。
丘を切り出すのにかなりの魔力を消費していたので、橋を作るための魔力を回復させるために休んでいた。
「その《蛸壺》の上から土かけて土饅頭にしますよ?さっさと出てきてください」
ふむ、なかなか手厳しい。
彼も土を運ぶのを手伝っていたのだろう。
彼の綺麗な顔も《黄金樹の騎士団》の団服も土で汚れている。皆働き者の良い部下たちだ。
橋を架ける場所を探して、土を用意するのに丸一日を費やしてしまった。
「指定場所への土を搬送が完了しました。馬車にして80台分か?」
「私は肉体労働派じゃないんですがね…
まぁ、ざっくりそのくらいですね…」
同じく土まみれで埃を立てているオリヴァーが苦笑いして答えた。
「あの空飛ぶ斥候の目をくぐって、この量の土砂を運ぶのは大変なんですよ。
目眩しの魔法をかけてたから、私はもう魔力なんて残ってませんよ、すっからかんだ…
他の皆も似たような状態です」
「ご苦労!皆よく頑張ってくれた!」
「はいはい、どうも…ちょっと休憩を…」
「よし!始めるか!」と現場に向かおうとした私の外套を引っ掴んでクィンが止めた。
「あんたな!私たちの話聞いてたのか?!」
「準備が終わったんだろう?なら一刻も早く橋を渡そうじゃないか?約束の時間まであと少しだぞ!」
「馬鹿言え!皆クタクタなんだよ!これ以上は付き合いませんよ!」
「せめて明日の朝一番にしましょうよ…」
「善は急げだ!」
「オリヴァー!この馬鹿を魔法で拘束しろ!」
「だから、私ももう魔力切れですって…すっからかんなんですよ…」とオリヴァーは諸手を上げた。
「オルセンはどこ行った!」
「彼、一番働いてましたからね…その辺でぶっ倒れてるのでは?」
「ほら見ろ!」
「うむ!皆よく頑張ったな!私も団長として鼻が高いぞ!
私も橋造りを頑張らねばならんな!」
「だからせめて3時間!3時間でいいから休ませてくださいよ!」と言いながらクィンが私を引き止めた。
そこまで言うなら仕方ない…
「じゃあ、夜明けまで」と言って団員に休むように伝えた。
深夜まで土木作業に従事していた団員たちは全員泥のように眠った。
起きたら強走薬の水薬を配って備えさせよう。
私のわがままを叶えてくれる良い部下たちだ。
『兄弟姉妹らを大切になさい』というのが貴女の教えでしたね…
「異教徒にも…悔い改める機会を…」と呟いてシェリル様から頂戴したルフトゥ神の十字架を握った。
異教徒とは、正しき神に仕える機会の無かった者たちだ。
シェリル様は、その者たちにも慈悲を持って導くようにと私に願った。
対岸のあるはずの方角に視線を向け、彼らの為に祈りを捧げた。
✩.*˚
二日目も、フィーア勢の抵抗でオークランドの揚陸は阻止されて終わった。
「ふむ…」戦況は河を挟んで膠着していた。
まだ二日目だが、長引くのは得策ではない。
軍隊とは金食い虫だ。何もしてなくても食料や糧秣は消えてゆくし、軍備とてタダではない。
まだ我々は、この河畔の土を踏み固めているだけに過ぎない。
戦況は難しい状況のまま三日目を迎えた。
「おはようございます」コーエン卿たちの幕僚の挨拶に頷いて応えた。
「うむ。今日も始めるとするか」
憂鬱を振り払うように自分を奮うため息を吐いて、テントの中に広げられたカナル周辺の地図の前に立った。
地図の上に並んだ軍隊を模した駒は、未だ動かぬままだ。
「軍議を始めよう。昨日に引き続き…」と話を始めようとした時、テントの外で何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「お待ちください!そのようなお姿で…」
「先日のお約束を果たしに参上したと、フェルトン最高指揮官にお取次ぎ願いたい!」
侍従と揉めるその声に聞き覚えがあった。
「…マクレイ卿?」コーエン卿と顔を見合わせた。
そういえば何か約束していたな…
コーエン卿に手を振って合図し、来訪者を通すように指示した。
「御無礼仕ります!」とハキハキとした口調で、元気な若者は本営の天幕に入場した。
天幕に居合わせた幕僚らが眉をひそめてざわついた。
まるで庭を穴だらけにして遊んできた犬のような姿だ。全身土まみれで、せっかくのルフトゥ神の威光を示す聖騎士の衣装も、煤けてみすぼらしくなっていた。
「なにか急ぎの用かね、マクレイ卿?」
「はっ!お喜びください!」と彼は自信ありげに胸を張って答えた。
「急拵えではありますが、お約束通り橋の用意が完了しました!」
「…なに?」
「見張りの無い場所を探すのに手間取りましたが、ここより5キロ程下流に《ヴォルテックスの滝》と呼ばれる難所があります。
一帯に小さな滝と岩場が点在しておりまして、深みは渦を巻いて人を飲み込むという難所中の難所です。
まさかここを通って来るとは思っておりますまい!」
「…本当かね?」と幕僚を見回した。
「早い段階で渡河のポイントから外された場所です。半魚の姿をした魔女が住み、渡ろうとすると深淵に人を引きずり込んで喰らうという伝承があります」
「実際は?」と煤けた騎士団長に尋ねると彼は首を傾げて答えた。
「大きな魚がいましたが、人を脅かすほどの魔物や水精の気配はありませんでした。部下が確認しております」
「皆の意見は?」と幕僚を見回した。
「…使えるものは使うべきかと」と口を開いたのは武名で名高いメイヤー子爵だった。彼はマクレイ卿に橋の強度を尋ねた。
「王都の《凱旋橋》と同程度の強度はあります」とマクレイ卿は答えた。凱旋パレードで軍隊が練り歩く石造りの橋と同じとは、かなりの強度だ。
それを聞いたメイヤー子爵は迷わず出陣の許可を求めた。
「閣下、私の麾下2000騎に、橋を渡る許可を頂戴したく存じます」
「私もご同行させてください」とオールコック卿も名乗りを上げた。彼の麾下400騎と《黄金樹の騎士団》の200騎が作戦に加わった。
「よろしい。別働隊の指揮権をメイヤー子爵に委任する。
卿は別働隊を率いて対岸に渡り、対岸の異教徒らの側背より奇襲を仕掛けよ。
敵に戦況の変化を悟らせぬよう、揚陸作戦はそのまま続ける。
戦況を見定め、然るべき時に突撃の号令を発する」
「はっ!」
「さて、渡ってからが本番だ。油断すまいぞ!
卿らの勇を思う存分振るい、後世の語り草とするがよい!」
「ははっ!」
「全てはオークランドの栄光のために!」
「オークランドに栄光を!」と私の檄に幕僚たちの唱和が重なる。
「やっと剣を交えることができますな」と幕僚を解散させたテントでコーエン卿が呟いた。
「勝利の女神の前髪を掴めますかな?」
「せっかく訪れた好機だ。無駄にはすまいよ」
勝利の女神が戦場を横切るのは一瞬だ。
捉えて確実に口説かねばならん。
「先ずはカナルだ」と呟きながら、年甲斐にもなく胸が高鳴るのを感じた。
✩.*˚
太陽が中天を過ぎた頃、遊ぶようにハミを齧っていたアイリスが、急に耳を立てて辺りを警戒し始めた。
「どうした?」
「おや、アイリス嬢。ご機嫌が悪いのですかな?」と傍らに控えていたトゥルンバルトが訊ねた。
すぐ指示が出せるよう、俺たちは傭兵たちの全体が見渡せる場所で待機していた。
「左翼を気にしてる…何か動きがあったか?」
「いえ、昨日と変わりません」と若いケッテラーが答えた。まだ20代前半の青年はこの大戦が初陣で、表情が硬かった。
「閣下!また船が…」とトゥルンバルトが対岸を指さした。大きめの船が帆を張ってこちらに向かってくる。
「なんだありゃ?」向かってくる船の姿は異質だった。
風に押され、対岸を離れて滑り出した船は、火の手を上げながらこちらに向かってくる。もうもうと立ち上る煙で対岸の様子が見にくくなった。
「《火船》だ!突っ込んでくるぞ!」
「後退だ!沿岸から離れて備えろ!」
「ロンメル閣下!閣下もお下がりください!」
場が一時騒然となる。
「勿体ねぇなぁ…」俺ならあんな思い切った作戦は出来ない。
アイリスに合図して前に出た。
後退する傭兵たちが俺に気付いて道を開けた。
「ワルター」雷の拳を握ったまま、スーが振り返った。大技を出すか悩んでいたようだ。
「サービスだ。あのデカいのは俺が止めてやる。
煙の向こうから突っ込んでくる奴らは任せたぞ」
「まだ、俺たちだけで…」
「暇だからな。そろそろ動かんとリューデル閣下が怒鳴り込んで来そうだ」と答えて人払いした。
パキパキッと空気が凍り付く音がして、夏の空気が凍り付いた。自分でも無茶苦茶だと思う。
なんでも出来そうだ…そんな気がした。
「《氷の角》」
川の表面に氷が走った。
氷の表層は形を変え、俺のイメージ通りに氷の造形が現れて船を襲った。
鹿の角に掬いあげられるような形で絡め取られた船は、船底を晒して岸まであと少しを残して動けなくなった。
少し離れた所から「ロンメル閣下万歳!」の声が上がった。歓声が沸き起こるが、まだ終わっちゃいない。
カナルの河の流れは滞ることなく、俺の氷を蝕んだ。
あの時の、《冬の王》の力を借りた時ほどの氷結には至らない。
「来るぞ!得物を構えろ!」とよく通る声でトゥルンバルトが団長らしく指示を出した。
船底にぶつかる水の音が、煙の向こうから近づいた。
氷に絡め取られた火船の脇を抜け、兵士を乗せた櫂を備えた揚陸船が、岸に乗り上がるほどの勢いで着岸した。
船は船底で砂利を飛ばしながら乗り上げた。少しだけ遅れてもう一隻が到着する。
目の前に揚陸した船の前方が大きく口を開けた。
「突撃!」船から傭兵のような姿の軽装の歩兵部隊が飛び出した。見たところ100くらいか?
「《黒貂団》一番乗りだ!行儀悪く食い散らかしてやれ!」
「お客さんだ!お迎えしてやれ!」
「おぉ!」と元気な声が上がる。燕の旗が翻り、岸に押し寄せた男たちとぶつかった。
河畔の湿った空気が熱を帯び、激しい戦闘が始まった。混戦になると俺の《祝福》は味方にも影響が出るから使えない。
「閣下。ここは《燕の団》に任せてお下がりください」
ケッテラーが部下を連れて俺の周りを取り囲んだ。その様子を目敏く見咎めた奴らが、「《冬将軍》だ!」と叫んで色めき立った。
何だ、その渾名は…ダセェな…
「ぶっ殺せ!」と傭兵たちが俺たちの方に向かって雪崩込んだ。
「俺も偉くなったもんだ…」まぁ、蟻のように群がってくること…
ケッテラーが敵の前に立ちはだかった。
若い騎士は馬上で剣を振るい、瞬く間に二人を切り捨て、馬の蹄で押し寄せた人の波を散らした。
「閣下!早くお下がり下さい!新手が来ます!」
彼の言葉通り、岸に新たな船が迫っていた。
「こいつはまずいな…」
「ワルター!下がれ!君がやられると面倒だ!」
「へぇ…生意気言うじゃねぇか、スー?」
俺がやられるだと?お前に心配されるほど鈍っちゃいねえよ!
剣を抜いた。
並の剣では長さが気に入らない。足らない部分を氷で継ぎ足して、振り慣れた得物に作り変えた。
『そんな傭兵みたいな剣を使うのはおよしなさい』とシュミットは苦言を呈したが、俺はこれが好きだ。
馬上で振るうもんじゃねえが、魔法で姿を変えた剣は見た目に反して軽かった。
「アイリス。お前は賢くて自分の仕事の分かる奴だ」と彼女に声をかけた。
彼女は頭を低くして、敵に向かって勇敢に駆け出した。
氷で造形されたツヴァイハンダーが、《燕の団》の印をしてない奴らを襲った。
ツヴァイハンダーの餌食になった奴らは、氷の刃に切り裂かれて退場した。
「鈍ってねぇな!安心したぜ!」
何処からかゲルトの声がした。
彼もこの混戦の中、武器を取って戦っている。
「《燕の団》!ボヤボヤしてると大人気ない雇用主に手柄を全部持ってかれるぞ!」
「そいつは商売上がったりだ!」とスーの檄に誰かが笑って応えた。まだ戦闘は始まったばかりだ。
「気張れよ!押し返せ!」
「おぉ!」
激しい戦闘に周りの様子も分からなくなる。
それでも傭兵のする事はひとつだ。
カナルの河原が血で赤く染まった。
✩.*˚
「はっはっはぁ!婿殿め!やるではないか!」
岸に迫る火船を氷で絡め取り、自陣を守ったようだ。
あれが岸に届いていたら、被害は甚大だったろう。
「火船は止まりましたが、まだ揚陸船が残っております」と副官のエアフルトが抑揚のない声で報告した。
彼の言う通り、二隻の中型の輸送船が火船の煙の向こうから現れ、そのままの勢いで着岸した。
「ふははは!面白い!どうする婿殿!」
「ヴォン!」私の傍らで愛犬のロローが吠えた。子牛程の大きさに育った大きな黒い犬は、私の近侍のように控えている。
「お前も面白いか?!戦は生き物だ。だから面白い!」
「ヴァオン!」腹に響くような良い声で吠え、ロローはソワソワと辺りを警戒し始めた。
「どうした?」と声をかけるが、彼はしきりに耳を動かし、尾を旗のように上げて、何か言いたげな顔で私を見上げた。
なにかの気配を察したのだろう。ロローは索敵に優れた猟犬だ。
「よし!ロロー!許す!行ってこい!」
「ヴォン!」と元気に応えて、ロローは走り出した。
「《ロロー隊》!見失うなよ!」
「ははっ!」
愛犬に与えた小隊は犬の姿をした隊長に従った。
「敵か?」
「まさか…上陸が可能な場所には兵を配置しております。そう簡単にオークランド勢がこの河を超えることなど出来ますまい」とエアフルトは答えたが、どうにも嫌な感じがした。
「常識で考えるなよ?戦という怪物は生きているのだからな」
戦はその姿を自在に変える怪物だ。
時には蛇のように、時には狼のように、時には鷹のようにその姿を自在に変える。
だが私は人間だ。
人間として、その怪物の挑戦を受けてやる!
「《ロロー隊》!正体不明の騎兵隊発見!」と報告が届いた。
「ふはははっ!見ろエアフルト!ロローの手柄だ!」
「…赤毛牛の肝臓のテリーヌをご用意しましょう」と彼はロローの好物を約束した。
「さあて!我らもオークランドというご婦人と舞踏会と洒落こもうでは無いか!
フイッシャー卿!プロイセ卿!卿らの騎兵でお相手してやれ!」
「はっ!」
「ありがたき幸せ!」
「南部侯自慢の重装騎兵の槍の穂先で踊って頂こう!正面から迎えに行って、お相手してやれ!」
二人の強者を送り出し、また戦闘が続く河畔に視線を戻した。
「ほう…ロンメルめ!傭兵の血が騒ぐと見える!」
彼は馬を降り、巨大な剣を振るって前線で戦っていた。
彼の前に立ちはだかったオークランドの兵士は、瞬く間に数を減らした。
新参者の《燕の団》はよく戦っていた。私が心躍る程の奮戦を見せ、足場の悪い戦場で怯むことなく敵を押し返している。
「閣下、ロロー様がお戻りです」という声に振り向くと、軽装の騎馬隊を連れたロローが誇らしげに尾を振っていた。
「おう!ロロー!索敵御苦労!」
「ヴォン!」褒められた彼は嬉しそうに吠えた。馬から降りて愛犬の頭や背を撫でて、その働きを褒め称えた。
「よしよし、可愛い奴だ!
お前は本当に役に立つ男だな!後でご馳走を用意してやろう!」
「クーン」長い赤い舌を垂らして甘える姿は子犬のようだが、この賢い犬は私の窮地を幾度となく救ってくれた戦友だ。
彼をひとしきり撫でて労うと、また馬の背に戻った。
ロローは馬の背に戻った私の傍に控え、姿勢を正して次の出番を待った。
本陣に伝令が駆け込んだ。彼は慌てて所属を述べ、戦況を報告した。
「フィッシャー卿麾下ミュラーと申します。
左翼後方より敵襲!およそ2500騎!フィッシャー卿、及びプロイセ卿と交戦中であります!」
「…馬鹿な」
「確かか?!」
「はっ!間違いないかと…」と答える伝令は我々の指示を仰いだ。
「どうやってそんな数の騎兵を対岸に?
戦端が開いてたったの3日だぞ?!」
「何処かの河畔の砦を落とされたのか?」と訝ったが、真相は分からない。
「いかんな…フィッシャー卿とプロイセ卿の麾下でやっと500騎程だ。本営と右翼から応援を寄越せ!」と指示を出すと、エアフルトが通訳のように指示を付け足した。
「ラインフェルト卿とライアー卿の800騎、及び私の重騎兵をのうち300騎を向かわせてオークランドの側面を急襲せよ!
敵の詳細は?!」
「《百合と獅子》の旗と、銀地の布に《黄金樹》の旗を確認しております。他詳細は不明です!」
「銀地とは聖騎士団か?《黄金樹》は王都の聖騎士団と記憶してるが…
《百合と獅子》はどこの誰だ?」
「《百合と獅子》はメイヤー子爵です」とエアフルトが答えた。何処かで聞いたことがある気がした。
「全く…ロローが気付かなかったらと思うとゾッとする…」
「危うく無防備なまま、2000を超える騎兵隊の奇襲を受けるところでした…」
「うむ…斥候を放って下流を調べさせろ。奴らがどうやって河を渡ったのかを調べねば…」
「御意」
「なかなかやるではないか、オークランド」冷や汗をかかされたが、これが戦というものだ。
さて…敵将はどんな《怪物》か?
どんな敵であろうと、亡き父上と兄上から預かったこの地は譲らぬ、と心に決めていた。
✩.*˚
オークランドの騎兵の突撃を、待ち構えていた長槍で武装した歩兵の針鼠が阻んだ。
馬の悲鳴と血煙で、即席の地獄が出来上がる。
「怯むな!数は少ない!踏み散らかしてしまえ!」と自軍に檄を飛ばした。
フィーア勢は河畔を守るために戦力を割き、左右に広く展開していた。
薄い紙を拳で殴るかのように、容易く破ることができると思っていた。
実際フィーア勢はオークランドの大軍に比べれば数では劣っている。
4万対1万5000といったところか…
そのほとんどを沿岸に回しているのだから2500騎でも、奇襲部隊として十分な戦果をあげることが出来るはずだった。
しかし現実はそう甘くなかったようだ。
「待っていたぞ!オークランドの卑怯者どもが!」と正面から二つの旗印が出迎えた。
準備を整え、槍を構えた重装備の騎兵隊と正面からぶつかった。
前列の騎兵が肉の盾となり、突撃の勢いを殺したかのように見えた。
「何だ、あの馬は…」
南部侯の重騎兵は正面から受けるな、というマニュアルの意味を身をもって知った。
馬自体が違うのだ。
騎士が乗るような馬ではなく、まるで輓馬だ。
脚が太く素早くはないが、突撃に特化した馬は頑丈で力が強かった。勢いに乗った馬の脚は止まらない。
押し込まれる形で勢いを失ったのは我々の方だ。
「これがヴェルフェル侯爵家の力だ!見くびったな!侵略者ども!」と指揮官らしき騎士が吠えた。
「閣下!アボット隊崩壊しました!」と不愉快な報告が届く。
「まだだ!左右に別れて挟撃しろ!あの馬ではそう簡単に方向を変えられぬはずだ!」
指摘した通り、重装備の騎兵隊は左右に逃げた我々を追うことは出来なかった。
反転して攻勢に転じる。
突出したヴェルフェル侯爵の重騎兵に、オークランドの騎士団が襲いかかった。
動きの緩慢な馬など恐るるに足らぬ。
敵の数も少ない。正面に立たねば良いだけの話だ。
奇襲には失敗したが、オークランド流の騎兵術で翻弄して、無防備な脇腹から食い破ってくれる!
上手く迎撃できずに、玉ねぎの皮を剥くように、重装の騎士団は外側から徐々にその数を減らした。
重装備の騎兵は得物を、長くて扱いづらいランスから剣や鎚矛に持ち替えた。馬に馬をぶつけ、互いに罵り合い、激しい応酬が始まった。
しかしそれでもオークランドの数の優位は揺らがなかった。
「下がるな!踏みとどまれ!」と敵将の檄が飛ぶ。
劣勢に追い込まれながらも、彼らは背を向けて逃げることは無かった。
「胸を張って《ニクセの船》に乗れ!」と檄を飛ばして仲間を奮い立たせながら、彼自身も槌矛を振るって戦っていた。
「閣下!新手です!」と側近から報告が入る。
襲撃に気が付いた右翼から左翼に騎兵が送られてきたようだ。
「早いな…」今度は素早そうな軽装の騎兵隊だ。
新手の騎兵隊は素早い動きで、大きく膨らむと奇襲部隊を包むように展開した。
「逃がすな!《囲い》を用意しろ!」と敵将の下知が飛ぶ。
「《狐狩りの陣》を敷いて殲滅せよ!河を越えたことを後悔させてやれ!」
「閣下!包囲されます!」
「フィーアの重騎兵の突撃来ます!」
素早い軽装の騎兵隊の向こう側で、あの輓馬のような騎馬隊が槍を構えていた。
重く響く馬蹄の地鳴りが迫る。
あの突撃の破壊力は先程経験済みだ。何とか軽騎兵の包囲を突破して、正面からの攻撃は躱さねばならない。
指示が遅れればそれだけ被害は大きくなる。
「諸君!大神ルフトゥに祈りを捧げたまたえ!」とよく通る声が場違いな檄を飛ばした。
何事かと見渡した視線の先に、風に舞う銀地の旗が翻った。
「《黄金樹の騎士団》!」
後方に居たはずの土まみれの騎士団が駆け抜けた。
先頭にはあの団長の姿があった。
地響きを轟かせる輓馬の群れに立ちはだかった《英雄》は《祝福》を放った。
「《地盤隆起》!」
重騎兵の足元の土がひび割れて隆起した。30センチほど盛り上がった土に脚を取られ、突撃する馬脚が止まった。
勢いは止まらず、重騎兵の前列が後ろに押されて総崩れになる。
「我は《黄金樹の騎士団》団長の《地将》アダム・マクレイ!大神ルフトゥに《祝福》を賜った敬虔な使徒である!」
土に汚れて煤けた聖騎士団長が大袈裟に弁を振るった。
彼の土に汚れた姿が味方の目に神々しく映った。
「神は我らと共にある!各々方、ルフトゥ神と王国の為にその勇を振るって奮戦したまえ!」
「ルフトゥ神万歳!オークランド王国万歳!」
団長の檄に団員の唱和が重なる。
彼らの芝居は、オークランド勢が勢いを取り戻すのに十分だった。
「橋頭堡を確保せよ!」との下知に、残る騎士たちが「おお!」と声を上げて応じた。
「敵本陣は目の前だ!揚陸部隊と合流して異教徒らを殲滅せよ!」
「ルフトゥ神万歳!」と神を称える声が響き、夏空の下、両軍の騎馬が雨雲のように行き交い、血腥い雨が地を濡らした。
「なにやらご機嫌なようですね」と戻った私に副団長のクィンが訊ねた。
彼は天使のような見目麗しい青年だが、彼は私にとっても手厳しい。
「異教徒らに悔い改めの機会を与えてやることが出来る。偉大なるルフトゥ神こそが偉大なる存在と知らしめる機会が与えられたのだ!」
「なるほど、僥倖ですね…して、何を?」
「二日の猶予を頂いた!カナル運河に橋を架けるぞ!」
「…は?」クィンの顔が歪む。切りそろえた黄金色の前髪から覗く青い瞳は零れそうだ。
「申し訳ありません…団長…その…また勝手な約束を?」
「はっはっはっ!」と笑い飛ばした私の姿に、クィンは体裁を保つのを止めた。
「笑って誤魔化されるとでも思ってるのですか?!団長に振り回される我々の身にも…」
「怒るな、クィン!閣下は快く応じてくださったぞ!」
「あ…あんた…まさか」
「フェルトン伯爵閣下は若者の話も聞いてくださる良い御仁であった!」
「あー!!!」クィンは頭を抑えて崩れ落ちた。リアクションの大きい奴め!
「大役を頂戴した!
どうだ、騎士として嬉しかろう?!」
はっはと笑う私の足元で、芋虫と化した副団長は呪詛のように恨み言を吐き出した。
「…毎度毎度…勝手ばかり…あんたの尻拭いで私たちがどれだけ苦労しているか知らんのですよ…
全く…二日で軍隊の渡れる橋を架けるですって?
そんなの出来たら苦労しませんよ…
第一、どこに作るともまだ決めてないんでしょう?
地理にも明るくない我々に、どこがいいなんて、そんなの分かるわけないじゃないですか…
やっぱりこうなるんだ…私の人生呪われてるんだ…」
「暗い奴だな」
「誰のせいで?!」とクィンがはね起きた。落ち込んでるかと思ったが意外と元気そうだ。
「はっはっはっ!」
「笑うな!その不愉快な口を閉じろ!」
「おやおや、また始まりましたよ」とほかの団員も集まってきた。
「今度は何を始めるのでしょうね?」
「カナルに橋を架けるぞ!」と集まって来た部下に宣言した。
「おやまぁ…なるほど、そうきましたか…」と古参の団員のオリヴァーが苦笑いした。
「猶予は?」と巨漢のオルセンが訊ねた。
「二日だ!」と言う私の返事に、彼らは皆揃って口をポカンと空けて言葉を失った。
「私としては一日でも良かったのだが、皆にそれは酷であろう?
一日余分に取っておいたから文句はあるまい!」
「…ですって…」とオリヴァーが呟いてクィンの肩を叩いた。
「団長が馬鹿なのは今に始まったことじゃないですが…これは…困りましたねぇ…」
「むむっ!悩んでも結果は同じだろう?」
「まぁ、一理ありますが…ねぇ?」
「最高指揮官と勝手に約束して来たらしい…とりあえず取り掛からねば…」
「あちゃー…やらかしましたねぇ…フォローのしようがない…」
「最悪、団長の首一つで済めば良いのだが…」
「はっはっはっ!クィン、面白い冗談だ!」笑いながらカナル運河を眺めた。対岸では相変わらず異教徒らの抵抗が続いていて、船は近づけない様子だ。
「なにやら強力な魔導師級の敵が岸を守ってるようですな」
「やはり魔法か…」
さっきの晴天に走った稲妻は、たまたまでは無いようだ。あれが牽制になって、船を不用意に近づけられなくなっていた。
「《冬将軍》はまだか?」
「まだ、うんともすんともないですねぇ…」
「《白蘭》の《祝福》を擁した二人が負けた相手だ。油断するな」
「そういえば、《白蘭》の副団長はフェルトン伯爵閣下のご子息だったのでは?」
「うん?そうだったか?いかんせん、随分昔に会ったきりでな、顔もろくに覚えてない!」
「ですよね…あんた、三歩歩いたら大抵の事は忘れますからね」
「はっはっはっ!上司の悪口はいかんぞ!」
「馬鹿話はそれくらいにしておけ…
仕事にかかるぞ」とクィンが話を元に戻した。
なんだかんだ文句を言っても必ずやってくれる、頼りになる副団長だ。
「土をありったけ用意しろ!橋を作って岸が崩れたら意味ないからな!」
「私たち、騎士なのか土木作業員なのか分からなくなってきましたねぇ」とオリヴァーが苦笑いしながら呟いた。
✩.*˚
「大儀であった!」
頭の上から降ってきた爆音は、どうやら罵声でも怒号でもなく賛辞だったようだ。
「良き戦働きであった!褒めて遣わす!」
「…誰?」見た目も声も態度もデカイ。
偉い人で間違いなさそうだが、見たことない人だ。
「ば!馬鹿!」とワルターが慌てふためいていたが巨漢は愉快そうに大声で笑った。
「面白いな、《燕》の!甥っ子の話通りだ!
兄上は実に面白い!私を退屈させてはくれんな!」
「甥っ子?兄上?」
「アレクシス公子様とヴェルフェル侯爵閣下の事だ…」
「その通り!」とまた爆音が降ってくる。
「私がカナル河畔防衛軍、最高指揮官カール・ギュンター・フォン・リューデル伯爵だ!」
うるさい…
「なかなかな見世物であったぞ!
攻城兵器まで持ち出すとはオークランドにもおもしろい奴がいる!
船は沈めずに拿捕して欲しかったが、そうも言っておられんな!今後も燕の旗からは目が離せん!」
ご機嫌な様子でリューデル伯爵は《燕の団》を褒め、耳鳴りを残して去って行った。
「何だよあれ…天災か?」とカミルが呟いた。
「褒められてんのか叱られてんのか分からんな…」
「全くだ」とゲルトが顔を顰めて応えた。
「アーサー以外は全員鼓膜負傷だな」
「いやー、この《祝福》で助かった…」とアーサーは胸をなでおろしていた。
「とりあえず、今日のところは終了のようだ」と彼は兜を取って脇に抱えた。
河を挟んで戦ってるとあって、日のあるうちで戦闘は終わった。今後はどうなるか分からないが、とりあえず今日は終了のようだ。
「明日もあるんだ。負傷者の手当と休める奴は順に休め!集合の合図は分かってるな!奇襲にも備えておけ!」
「無事な矢は拾っておけよ!明日お返ししてやれ!」
「篝火は絶やすなよ!多めに焚いておけ!」
次々と指示が飛ぶ。撤収の準備をして、休むために見張り番と交代した。
「このまま寝れる…」
「ちゃんと食べろ、身が持たんぞ」とアーサーが明るく笑った。彼は戦慣れしてるようだ。
「食える時に食って、寝れる時に寝る事だ。それができなきゃ生き残れん」
「繊細な人間には無理な仕事だな…」
「図太いお前さんには天職かもな」と言って彼は笑った。
「俺は随分苦労したよ。
なんせ大事大事にされてたお坊ちゃまだったからな…」
「なるほど」そういえばそうだったな…
「この《祝福》が無かったら何回か死んでたよ」と語る彼は昔を思い出して笑った。その顔は少しだけ寂しげだった。
「…良いのか?」
「何が?」
「向こうにあんたの父さんが居るんだろ?」
「…フェルトン伯爵か…もう十年以上会ってないな…」と彼は空を仰いで呟いた。他人のような呼び方に彼と父親の溝のようなものを感じた。
「まぁ、向こうは俺が死んでると思ってるはずだ…
今更父上も俺に未練など無いだろうよ」
「あんたは無いのか?」
「分からん…俺はもうあの家にも国にも居場所が無いんでな…
《ブルームバルト》の《ロンメル家》が俺の帰る場所だ」
「そうか…」
「そうさ」と答えて彼は兜をクルクルと回して弄んだ。
悲しみを紛らわすような子供っぽい行動に、らしくない彼の姿を見た。
「俺の心配してくれるなんて優しいじゃないか?」
「うるさい」とぶっきらぼうに返して帽子を深く被った。アーサーの低く笑う声だけが耳に届いた。
「ありがとよ」
アーサーの声が背中に届いた。その声に返事もせずに、彼を残してその場を後にした。
✩.*˚
「自分のテントあるだろ?」と床に転がってるスーに声をかけた。
「いいんだよここで」
「踏まれても知らねぇぞ?俺の寝床に勝手に入ってくるなよ?」
「毛布くらい持ってきたよ」
「まだ、それ持ってたのか?」俺が昔に買ってやった茶色の毛布だ。もっといいのあるだろう?
「これがいいんだ」と言ってスーは毛布に包まって笑った。枕の代わりに組んだ腕で頭を支え、テントの屋根を見詰めた。
「なんか懐かしいな…
あの時はもっと狭いテントだった」
「まぁな…俺も偉くなったもんだ」と苦笑いした。
煙草臭くて狭い、寝るだけの貧相なテントだった。
それが今や身体をかがめなくても入れて、調度品まで揃っていて、足元には贅沢な絨毯まで敷いてある。寝床だって贅沢は言えないが、寝起きに不自由のないものだ。
少なくとも、寝起きに身体が凝り固まっていることは無い。
「俺も床で寝ようかね…」
「何で君がこっちに来るんだよ?」
「なんか変な感じだからさ…帰ってきた感じがしねぇんだよ」
「変なの」とスーが笑った。
スーの横に寝床を作って転がった。硬い床の方がしっくりと身体に馴染んだ。
「あぁ、やっぱこれだわ…」
「君ってやっぱりちょっと変わってるよね?」
「お前に言われたくねぇよ」と応えて、同じように腕を組んだ。
何だか急に睡魔に襲われた。なんだかんだ言って、俺も疲れていた。
「なぁ、スー…」
「何だよ、ワルター?」
「俺が死んでも、お前はここを離れたりしないよな?」とつまらないことを口にした。
驚いたスーが跳ね起きて俺の顔を覗き込んだ。
「何言ってんだよ?藪から棒に…」
「訊いただけだよ…俺はおっさんだからな…」
どう足掻いても、俺の寿命の方が先に来る。スーは半分エルフだ。俺が想像できないくらい長く生きるかもしれない…
「君が死ぬとか…そんな事言うなよ…」
「…わりぃ」
「ばかやろう…」と呟く声は傷付いていた。つまらん事を言ったと後悔した。
「腕枕してやろうか?」と提案するとスーは赤面して怒鳴った。
「要らないよ!ガキじゃあるまいし!」
「何だよ?昔は一緒に寝たろ?」反抗期かね?数年でこいつも変わったな…
「それだって、あんた俺に…」と言いかけてスーは口を噤んだ。さらに顔が赤くなった。
「俺が何だよ?」
「い、言わない!絶対!ばかやろう!」悪態を吐いて、スーは毛布を頭まで被って俺を拒否した。
何だよ?一体?
「あー…あれか?寝てる間に身体拭いてやったことか?何もしてねぇって…」
「うるさい!違う!そんなんじゃない!」
「何だよ?他になんかあったか?」
「うるさい!さっさと寝ちまえ!」
何怒ってんだよ?ってか、ここ俺のテントなんだが…
ガキみたいに拗ねるスーを笑って、硬い床に身体を預けて目を閉じた。
✩.*˚
『ごめんね、アダム…ごめんねぇ…』
涙ながらに子供を抱いて、何度も懺悔する女は、私を産んた母親だった人だ…
今でも彼女は私の夢に現れては、苦しみと信仰を残して次の夢に現れるまで何処かに消えるのだ…
彼女の腕の中で健気に笑ってみせるのは、幼い自分だ…
『大丈夫だよ』と笑ってみせるが、その声は悲しみに震えていた。
この子は売られて行くのだ…
他の子供たちと一緒に、馬車に荷物のように積まれて、何も知らずに…僅かな金の為に奴隷になるのだ…
私を買ったのは裕福な商家だった。
同じく奴隷として買われた者たちと、狭い小屋に放り込まれて、僅かな食事で扱き使われた。
自由など無かった。週に一度健康状態をチェックされ、使えなくなれば、美しい大聖堂の裏にゴミのように捨てられるのだ…
私もそうやって捨てられた…
『まだ息がある』とたまたま通りかかった女神官様が私を拾わなければ、この命の灯火は潰えていただろう。
神が私に死ぬなと仰せだったのだ。
私を拾った聖女シェリル・マクレイ様が新たな母となって下さった。
この方のために生きると心に誓った。
『アダム。貴方は私の誇りですよ』と、彼女は子供だった私のささやかな働きを褒めて下さった。
小さな教会にある孤児院の裏の畑…
土を耕し、野菜を育てるのが私とシェリル様の大切な時間だった…
笑顔でシェリル様のために畑の世話をした。
『貴方が来てから収穫が増えたのです。
貴方はルフトゥ神から《愛されてる》のかもしれませんね』
その言葉の通り、私はルフトゥ神に選ばれた者だった。
洗礼を受け、《大地》の《祝福》を持つ者として認定されると、私を引き取ろうとする人たちが、小さな教会の孤児院に押しかけた。
私はシェリル様と、血の繋がらない弟や妹たちと仲良く暮らして居たかっただけなのに…
『アダム…この国とルフトゥ神の為、その身を捧げて下さいますか?』
シェリル様は私を聖職の騎士にと願った。
悲しいかな、私がこの教会を出て行くことが、彼女の願いだった…
『ごめんなさい…貴方をここに置いておくことはできなくなってしまいました…』
謝罪する育ての母に、私はまた『大丈夫です』と笑って応えた。
敬愛するシェリル様の願いとあらば、致し方ない…
私が教会を出て聖騎士になれば、彼女らの生活は保証され、また元の静かな生活に戻るのだから…
私は、今度は神の奴隷として神殿に売られた…
悪いことでは無い…
むしろ私は恵まれた道を歩むこととなったのだ。素晴らしい栄誉だ。
神の為、国の為、人の為に役立つという誉大き大役を喜ばぬなど、畏れ多い事だ…
私は神から選ばれたのだから、選ばれなかった者を守り、導く存在なのだ。
『それでも』と、私の中で幼い子供が泣くのだ…
『私と一緒にいて欲しかった』と…
大人になった今でも、私の乾きは未だ満たされることは無いのだ…
✩.*˚
「団長、何処でも寝ないでくださいよ」と私を叱るクィンの声に目を開けた。
「一応まだオークランド領ですが、ともすれば異教徒どもが奇襲してくるやもしれませんよ。
そうでなくとも、そんな穴の中で寝るのやめてください、みっともない…」
「む?そうか?意外と心地よいものだぞ?」と答える私にクィンは冷ややかな目で睨んだ。
人一人入るに困らない程度の穴は、揺りかごのように心地よい。いかんせん、誰も同意してくれないので、私は変人扱いだ。
《祝福》で小さめの丘を一つ潰して土を調達した。
丘を切り出すのにかなりの魔力を消費していたので、橋を作るための魔力を回復させるために休んでいた。
「その《蛸壺》の上から土かけて土饅頭にしますよ?さっさと出てきてください」
ふむ、なかなか手厳しい。
彼も土を運ぶのを手伝っていたのだろう。
彼の綺麗な顔も《黄金樹の騎士団》の団服も土で汚れている。皆働き者の良い部下たちだ。
橋を架ける場所を探して、土を用意するのに丸一日を費やしてしまった。
「指定場所への土を搬送が完了しました。馬車にして80台分か?」
「私は肉体労働派じゃないんですがね…
まぁ、ざっくりそのくらいですね…」
同じく土まみれで埃を立てているオリヴァーが苦笑いして答えた。
「あの空飛ぶ斥候の目をくぐって、この量の土砂を運ぶのは大変なんですよ。
目眩しの魔法をかけてたから、私はもう魔力なんて残ってませんよ、すっからかんだ…
他の皆も似たような状態です」
「ご苦労!皆よく頑張ってくれた!」
「はいはい、どうも…ちょっと休憩を…」
「よし!始めるか!」と現場に向かおうとした私の外套を引っ掴んでクィンが止めた。
「あんたな!私たちの話聞いてたのか?!」
「準備が終わったんだろう?なら一刻も早く橋を渡そうじゃないか?約束の時間まであと少しだぞ!」
「馬鹿言え!皆クタクタなんだよ!これ以上は付き合いませんよ!」
「せめて明日の朝一番にしましょうよ…」
「善は急げだ!」
「オリヴァー!この馬鹿を魔法で拘束しろ!」
「だから、私ももう魔力切れですって…すっからかんなんですよ…」とオリヴァーは諸手を上げた。
「オルセンはどこ行った!」
「彼、一番働いてましたからね…その辺でぶっ倒れてるのでは?」
「ほら見ろ!」
「うむ!皆よく頑張ったな!私も団長として鼻が高いぞ!
私も橋造りを頑張らねばならんな!」
「だからせめて3時間!3時間でいいから休ませてくださいよ!」と言いながらクィンが私を引き止めた。
そこまで言うなら仕方ない…
「じゃあ、夜明けまで」と言って団員に休むように伝えた。
深夜まで土木作業に従事していた団員たちは全員泥のように眠った。
起きたら強走薬の水薬を配って備えさせよう。
私のわがままを叶えてくれる良い部下たちだ。
『兄弟姉妹らを大切になさい』というのが貴女の教えでしたね…
「異教徒にも…悔い改める機会を…」と呟いてシェリル様から頂戴したルフトゥ神の十字架を握った。
異教徒とは、正しき神に仕える機会の無かった者たちだ。
シェリル様は、その者たちにも慈悲を持って導くようにと私に願った。
対岸のあるはずの方角に視線を向け、彼らの為に祈りを捧げた。
✩.*˚
二日目も、フィーア勢の抵抗でオークランドの揚陸は阻止されて終わった。
「ふむ…」戦況は河を挟んで膠着していた。
まだ二日目だが、長引くのは得策ではない。
軍隊とは金食い虫だ。何もしてなくても食料や糧秣は消えてゆくし、軍備とてタダではない。
まだ我々は、この河畔の土を踏み固めているだけに過ぎない。
戦況は難しい状況のまま三日目を迎えた。
「おはようございます」コーエン卿たちの幕僚の挨拶に頷いて応えた。
「うむ。今日も始めるとするか」
憂鬱を振り払うように自分を奮うため息を吐いて、テントの中に広げられたカナル周辺の地図の前に立った。
地図の上に並んだ軍隊を模した駒は、未だ動かぬままだ。
「軍議を始めよう。昨日に引き続き…」と話を始めようとした時、テントの外で何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「お待ちください!そのようなお姿で…」
「先日のお約束を果たしに参上したと、フェルトン最高指揮官にお取次ぎ願いたい!」
侍従と揉めるその声に聞き覚えがあった。
「…マクレイ卿?」コーエン卿と顔を見合わせた。
そういえば何か約束していたな…
コーエン卿に手を振って合図し、来訪者を通すように指示した。
「御無礼仕ります!」とハキハキとした口調で、元気な若者は本営の天幕に入場した。
天幕に居合わせた幕僚らが眉をひそめてざわついた。
まるで庭を穴だらけにして遊んできた犬のような姿だ。全身土まみれで、せっかくのルフトゥ神の威光を示す聖騎士の衣装も、煤けてみすぼらしくなっていた。
「なにか急ぎの用かね、マクレイ卿?」
「はっ!お喜びください!」と彼は自信ありげに胸を張って答えた。
「急拵えではありますが、お約束通り橋の用意が完了しました!」
「…なに?」
「見張りの無い場所を探すのに手間取りましたが、ここより5キロ程下流に《ヴォルテックスの滝》と呼ばれる難所があります。
一帯に小さな滝と岩場が点在しておりまして、深みは渦を巻いて人を飲み込むという難所中の難所です。
まさかここを通って来るとは思っておりますまい!」
「…本当かね?」と幕僚を見回した。
「早い段階で渡河のポイントから外された場所です。半魚の姿をした魔女が住み、渡ろうとすると深淵に人を引きずり込んで喰らうという伝承があります」
「実際は?」と煤けた騎士団長に尋ねると彼は首を傾げて答えた。
「大きな魚がいましたが、人を脅かすほどの魔物や水精の気配はありませんでした。部下が確認しております」
「皆の意見は?」と幕僚を見回した。
「…使えるものは使うべきかと」と口を開いたのは武名で名高いメイヤー子爵だった。彼はマクレイ卿に橋の強度を尋ねた。
「王都の《凱旋橋》と同程度の強度はあります」とマクレイ卿は答えた。凱旋パレードで軍隊が練り歩く石造りの橋と同じとは、かなりの強度だ。
それを聞いたメイヤー子爵は迷わず出陣の許可を求めた。
「閣下、私の麾下2000騎に、橋を渡る許可を頂戴したく存じます」
「私もご同行させてください」とオールコック卿も名乗りを上げた。彼の麾下400騎と《黄金樹の騎士団》の200騎が作戦に加わった。
「よろしい。別働隊の指揮権をメイヤー子爵に委任する。
卿は別働隊を率いて対岸に渡り、対岸の異教徒らの側背より奇襲を仕掛けよ。
敵に戦況の変化を悟らせぬよう、揚陸作戦はそのまま続ける。
戦況を見定め、然るべき時に突撃の号令を発する」
「はっ!」
「さて、渡ってからが本番だ。油断すまいぞ!
卿らの勇を思う存分振るい、後世の語り草とするがよい!」
「ははっ!」
「全てはオークランドの栄光のために!」
「オークランドに栄光を!」と私の檄に幕僚たちの唱和が重なる。
「やっと剣を交えることができますな」と幕僚を解散させたテントでコーエン卿が呟いた。
「勝利の女神の前髪を掴めますかな?」
「せっかく訪れた好機だ。無駄にはすまいよ」
勝利の女神が戦場を横切るのは一瞬だ。
捉えて確実に口説かねばならん。
「先ずはカナルだ」と呟きながら、年甲斐にもなく胸が高鳴るのを感じた。
✩.*˚
太陽が中天を過ぎた頃、遊ぶようにハミを齧っていたアイリスが、急に耳を立てて辺りを警戒し始めた。
「どうした?」
「おや、アイリス嬢。ご機嫌が悪いのですかな?」と傍らに控えていたトゥルンバルトが訊ねた。
すぐ指示が出せるよう、俺たちは傭兵たちの全体が見渡せる場所で待機していた。
「左翼を気にしてる…何か動きがあったか?」
「いえ、昨日と変わりません」と若いケッテラーが答えた。まだ20代前半の青年はこの大戦が初陣で、表情が硬かった。
「閣下!また船が…」とトゥルンバルトが対岸を指さした。大きめの船が帆を張ってこちらに向かってくる。
「なんだありゃ?」向かってくる船の姿は異質だった。
風に押され、対岸を離れて滑り出した船は、火の手を上げながらこちらに向かってくる。もうもうと立ち上る煙で対岸の様子が見にくくなった。
「《火船》だ!突っ込んでくるぞ!」
「後退だ!沿岸から離れて備えろ!」
「ロンメル閣下!閣下もお下がりください!」
場が一時騒然となる。
「勿体ねぇなぁ…」俺ならあんな思い切った作戦は出来ない。
アイリスに合図して前に出た。
後退する傭兵たちが俺に気付いて道を開けた。
「ワルター」雷の拳を握ったまま、スーが振り返った。大技を出すか悩んでいたようだ。
「サービスだ。あのデカいのは俺が止めてやる。
煙の向こうから突っ込んでくる奴らは任せたぞ」
「まだ、俺たちだけで…」
「暇だからな。そろそろ動かんとリューデル閣下が怒鳴り込んで来そうだ」と答えて人払いした。
パキパキッと空気が凍り付く音がして、夏の空気が凍り付いた。自分でも無茶苦茶だと思う。
なんでも出来そうだ…そんな気がした。
「《氷の角》」
川の表面に氷が走った。
氷の表層は形を変え、俺のイメージ通りに氷の造形が現れて船を襲った。
鹿の角に掬いあげられるような形で絡め取られた船は、船底を晒して岸まであと少しを残して動けなくなった。
少し離れた所から「ロンメル閣下万歳!」の声が上がった。歓声が沸き起こるが、まだ終わっちゃいない。
カナルの河の流れは滞ることなく、俺の氷を蝕んだ。
あの時の、《冬の王》の力を借りた時ほどの氷結には至らない。
「来るぞ!得物を構えろ!」とよく通る声でトゥルンバルトが団長らしく指示を出した。
船底にぶつかる水の音が、煙の向こうから近づいた。
氷に絡め取られた火船の脇を抜け、兵士を乗せた櫂を備えた揚陸船が、岸に乗り上がるほどの勢いで着岸した。
船は船底で砂利を飛ばしながら乗り上げた。少しだけ遅れてもう一隻が到着する。
目の前に揚陸した船の前方が大きく口を開けた。
「突撃!」船から傭兵のような姿の軽装の歩兵部隊が飛び出した。見たところ100くらいか?
「《黒貂団》一番乗りだ!行儀悪く食い散らかしてやれ!」
「お客さんだ!お迎えしてやれ!」
「おぉ!」と元気な声が上がる。燕の旗が翻り、岸に押し寄せた男たちとぶつかった。
河畔の湿った空気が熱を帯び、激しい戦闘が始まった。混戦になると俺の《祝福》は味方にも影響が出るから使えない。
「閣下。ここは《燕の団》に任せてお下がりください」
ケッテラーが部下を連れて俺の周りを取り囲んだ。その様子を目敏く見咎めた奴らが、「《冬将軍》だ!」と叫んで色めき立った。
何だ、その渾名は…ダセェな…
「ぶっ殺せ!」と傭兵たちが俺たちの方に向かって雪崩込んだ。
「俺も偉くなったもんだ…」まぁ、蟻のように群がってくること…
ケッテラーが敵の前に立ちはだかった。
若い騎士は馬上で剣を振るい、瞬く間に二人を切り捨て、馬の蹄で押し寄せた人の波を散らした。
「閣下!早くお下がり下さい!新手が来ます!」
彼の言葉通り、岸に新たな船が迫っていた。
「こいつはまずいな…」
「ワルター!下がれ!君がやられると面倒だ!」
「へぇ…生意気言うじゃねぇか、スー?」
俺がやられるだと?お前に心配されるほど鈍っちゃいねえよ!
剣を抜いた。
並の剣では長さが気に入らない。足らない部分を氷で継ぎ足して、振り慣れた得物に作り変えた。
『そんな傭兵みたいな剣を使うのはおよしなさい』とシュミットは苦言を呈したが、俺はこれが好きだ。
馬上で振るうもんじゃねえが、魔法で姿を変えた剣は見た目に反して軽かった。
「アイリス。お前は賢くて自分の仕事の分かる奴だ」と彼女に声をかけた。
彼女は頭を低くして、敵に向かって勇敢に駆け出した。
氷で造形されたツヴァイハンダーが、《燕の団》の印をしてない奴らを襲った。
ツヴァイハンダーの餌食になった奴らは、氷の刃に切り裂かれて退場した。
「鈍ってねぇな!安心したぜ!」
何処からかゲルトの声がした。
彼もこの混戦の中、武器を取って戦っている。
「《燕の団》!ボヤボヤしてると大人気ない雇用主に手柄を全部持ってかれるぞ!」
「そいつは商売上がったりだ!」とスーの檄に誰かが笑って応えた。まだ戦闘は始まったばかりだ。
「気張れよ!押し返せ!」
「おぉ!」
激しい戦闘に周りの様子も分からなくなる。
それでも傭兵のする事はひとつだ。
カナルの河原が血で赤く染まった。
✩.*˚
「はっはっはぁ!婿殿め!やるではないか!」
岸に迫る火船を氷で絡め取り、自陣を守ったようだ。
あれが岸に届いていたら、被害は甚大だったろう。
「火船は止まりましたが、まだ揚陸船が残っております」と副官のエアフルトが抑揚のない声で報告した。
彼の言う通り、二隻の中型の輸送船が火船の煙の向こうから現れ、そのままの勢いで着岸した。
「ふははは!面白い!どうする婿殿!」
「ヴォン!」私の傍らで愛犬のロローが吠えた。子牛程の大きさに育った大きな黒い犬は、私の近侍のように控えている。
「お前も面白いか?!戦は生き物だ。だから面白い!」
「ヴァオン!」腹に響くような良い声で吠え、ロローはソワソワと辺りを警戒し始めた。
「どうした?」と声をかけるが、彼はしきりに耳を動かし、尾を旗のように上げて、何か言いたげな顔で私を見上げた。
なにかの気配を察したのだろう。ロローは索敵に優れた猟犬だ。
「よし!ロロー!許す!行ってこい!」
「ヴォン!」と元気に応えて、ロローは走り出した。
「《ロロー隊》!見失うなよ!」
「ははっ!」
愛犬に与えた小隊は犬の姿をした隊長に従った。
「敵か?」
「まさか…上陸が可能な場所には兵を配置しております。そう簡単にオークランド勢がこの河を超えることなど出来ますまい」とエアフルトは答えたが、どうにも嫌な感じがした。
「常識で考えるなよ?戦という怪物は生きているのだからな」
戦はその姿を自在に変える怪物だ。
時には蛇のように、時には狼のように、時には鷹のようにその姿を自在に変える。
だが私は人間だ。
人間として、その怪物の挑戦を受けてやる!
「《ロロー隊》!正体不明の騎兵隊発見!」と報告が届いた。
「ふはははっ!見ろエアフルト!ロローの手柄だ!」
「…赤毛牛の肝臓のテリーヌをご用意しましょう」と彼はロローの好物を約束した。
「さあて!我らもオークランドというご婦人と舞踏会と洒落こもうでは無いか!
フイッシャー卿!プロイセ卿!卿らの騎兵でお相手してやれ!」
「はっ!」
「ありがたき幸せ!」
「南部侯自慢の重装騎兵の槍の穂先で踊って頂こう!正面から迎えに行って、お相手してやれ!」
二人の強者を送り出し、また戦闘が続く河畔に視線を戻した。
「ほう…ロンメルめ!傭兵の血が騒ぐと見える!」
彼は馬を降り、巨大な剣を振るって前線で戦っていた。
彼の前に立ちはだかったオークランドの兵士は、瞬く間に数を減らした。
新参者の《燕の団》はよく戦っていた。私が心躍る程の奮戦を見せ、足場の悪い戦場で怯むことなく敵を押し返している。
「閣下、ロロー様がお戻りです」という声に振り向くと、軽装の騎馬隊を連れたロローが誇らしげに尾を振っていた。
「おう!ロロー!索敵御苦労!」
「ヴォン!」褒められた彼は嬉しそうに吠えた。馬から降りて愛犬の頭や背を撫でて、その働きを褒め称えた。
「よしよし、可愛い奴だ!
お前は本当に役に立つ男だな!後でご馳走を用意してやろう!」
「クーン」長い赤い舌を垂らして甘える姿は子犬のようだが、この賢い犬は私の窮地を幾度となく救ってくれた戦友だ。
彼をひとしきり撫でて労うと、また馬の背に戻った。
ロローは馬の背に戻った私の傍に控え、姿勢を正して次の出番を待った。
本陣に伝令が駆け込んだ。彼は慌てて所属を述べ、戦況を報告した。
「フィッシャー卿麾下ミュラーと申します。
左翼後方より敵襲!およそ2500騎!フィッシャー卿、及びプロイセ卿と交戦中であります!」
「…馬鹿な」
「確かか?!」
「はっ!間違いないかと…」と答える伝令は我々の指示を仰いだ。
「どうやってそんな数の騎兵を対岸に?
戦端が開いてたったの3日だぞ?!」
「何処かの河畔の砦を落とされたのか?」と訝ったが、真相は分からない。
「いかんな…フィッシャー卿とプロイセ卿の麾下でやっと500騎程だ。本営と右翼から応援を寄越せ!」と指示を出すと、エアフルトが通訳のように指示を付け足した。
「ラインフェルト卿とライアー卿の800騎、及び私の重騎兵をのうち300騎を向かわせてオークランドの側面を急襲せよ!
敵の詳細は?!」
「《百合と獅子》の旗と、銀地の布に《黄金樹》の旗を確認しております。他詳細は不明です!」
「銀地とは聖騎士団か?《黄金樹》は王都の聖騎士団と記憶してるが…
《百合と獅子》はどこの誰だ?」
「《百合と獅子》はメイヤー子爵です」とエアフルトが答えた。何処かで聞いたことがある気がした。
「全く…ロローが気付かなかったらと思うとゾッとする…」
「危うく無防備なまま、2000を超える騎兵隊の奇襲を受けるところでした…」
「うむ…斥候を放って下流を調べさせろ。奴らがどうやって河を渡ったのかを調べねば…」
「御意」
「なかなかやるではないか、オークランド」冷や汗をかかされたが、これが戦というものだ。
さて…敵将はどんな《怪物》か?
どんな敵であろうと、亡き父上と兄上から預かったこの地は譲らぬ、と心に決めていた。
✩.*˚
オークランドの騎兵の突撃を、待ち構えていた長槍で武装した歩兵の針鼠が阻んだ。
馬の悲鳴と血煙で、即席の地獄が出来上がる。
「怯むな!数は少ない!踏み散らかしてしまえ!」と自軍に檄を飛ばした。
フィーア勢は河畔を守るために戦力を割き、左右に広く展開していた。
薄い紙を拳で殴るかのように、容易く破ることができると思っていた。
実際フィーア勢はオークランドの大軍に比べれば数では劣っている。
4万対1万5000といったところか…
そのほとんどを沿岸に回しているのだから2500騎でも、奇襲部隊として十分な戦果をあげることが出来るはずだった。
しかし現実はそう甘くなかったようだ。
「待っていたぞ!オークランドの卑怯者どもが!」と正面から二つの旗印が出迎えた。
準備を整え、槍を構えた重装備の騎兵隊と正面からぶつかった。
前列の騎兵が肉の盾となり、突撃の勢いを殺したかのように見えた。
「何だ、あの馬は…」
南部侯の重騎兵は正面から受けるな、というマニュアルの意味を身をもって知った。
馬自体が違うのだ。
騎士が乗るような馬ではなく、まるで輓馬だ。
脚が太く素早くはないが、突撃に特化した馬は頑丈で力が強かった。勢いに乗った馬の脚は止まらない。
押し込まれる形で勢いを失ったのは我々の方だ。
「これがヴェルフェル侯爵家の力だ!見くびったな!侵略者ども!」と指揮官らしき騎士が吠えた。
「閣下!アボット隊崩壊しました!」と不愉快な報告が届く。
「まだだ!左右に別れて挟撃しろ!あの馬ではそう簡単に方向を変えられぬはずだ!」
指摘した通り、重装備の騎兵隊は左右に逃げた我々を追うことは出来なかった。
反転して攻勢に転じる。
突出したヴェルフェル侯爵の重騎兵に、オークランドの騎士団が襲いかかった。
動きの緩慢な馬など恐るるに足らぬ。
敵の数も少ない。正面に立たねば良いだけの話だ。
奇襲には失敗したが、オークランド流の騎兵術で翻弄して、無防備な脇腹から食い破ってくれる!
上手く迎撃できずに、玉ねぎの皮を剥くように、重装の騎士団は外側から徐々にその数を減らした。
重装備の騎兵は得物を、長くて扱いづらいランスから剣や鎚矛に持ち替えた。馬に馬をぶつけ、互いに罵り合い、激しい応酬が始まった。
しかしそれでもオークランドの数の優位は揺らがなかった。
「下がるな!踏みとどまれ!」と敵将の檄が飛ぶ。
劣勢に追い込まれながらも、彼らは背を向けて逃げることは無かった。
「胸を張って《ニクセの船》に乗れ!」と檄を飛ばして仲間を奮い立たせながら、彼自身も槌矛を振るって戦っていた。
「閣下!新手です!」と側近から報告が入る。
襲撃に気が付いた右翼から左翼に騎兵が送られてきたようだ。
「早いな…」今度は素早そうな軽装の騎兵隊だ。
新手の騎兵隊は素早い動きで、大きく膨らむと奇襲部隊を包むように展開した。
「逃がすな!《囲い》を用意しろ!」と敵将の下知が飛ぶ。
「《狐狩りの陣》を敷いて殲滅せよ!河を越えたことを後悔させてやれ!」
「閣下!包囲されます!」
「フィーアの重騎兵の突撃来ます!」
素早い軽装の騎兵隊の向こう側で、あの輓馬のような騎馬隊が槍を構えていた。
重く響く馬蹄の地鳴りが迫る。
あの突撃の破壊力は先程経験済みだ。何とか軽騎兵の包囲を突破して、正面からの攻撃は躱さねばならない。
指示が遅れればそれだけ被害は大きくなる。
「諸君!大神ルフトゥに祈りを捧げたまたえ!」とよく通る声が場違いな檄を飛ばした。
何事かと見渡した視線の先に、風に舞う銀地の旗が翻った。
「《黄金樹の騎士団》!」
後方に居たはずの土まみれの騎士団が駆け抜けた。
先頭にはあの団長の姿があった。
地響きを轟かせる輓馬の群れに立ちはだかった《英雄》は《祝福》を放った。
「《地盤隆起》!」
重騎兵の足元の土がひび割れて隆起した。30センチほど盛り上がった土に脚を取られ、突撃する馬脚が止まった。
勢いは止まらず、重騎兵の前列が後ろに押されて総崩れになる。
「我は《黄金樹の騎士団》団長の《地将》アダム・マクレイ!大神ルフトゥに《祝福》を賜った敬虔な使徒である!」
土に汚れて煤けた聖騎士団長が大袈裟に弁を振るった。
彼の土に汚れた姿が味方の目に神々しく映った。
「神は我らと共にある!各々方、ルフトゥ神と王国の為にその勇を振るって奮戦したまえ!」
「ルフトゥ神万歳!オークランド王国万歳!」
団長の檄に団員の唱和が重なる。
彼らの芝居は、オークランド勢が勢いを取り戻すのに十分だった。
「橋頭堡を確保せよ!」との下知に、残る騎士たちが「おお!」と声を上げて応じた。
「敵本陣は目の前だ!揚陸部隊と合流して異教徒らを殲滅せよ!」
「ルフトゥ神万歳!」と神を称える声が響き、夏空の下、両軍の騎馬が雨雲のように行き交い、血腥い雨が地を濡らした。
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