燕の軌跡

猫絵師

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「ソーリュー!」

日記を整理していると、ワルターがノックもせずに部屋に飛び込んできた。

「ひゃっ!」ワルターに驚いたユリアが飛び上がった。

「ん?なんだ、ユリアいたのか?」とワルターは意外そうな顔をしたが、何も無かったように俺に視線を向けた。

「侯爵が船を用立ててくれると約束してくれた。

来春の貿易船で良ければ《リョウ》の手前の《メイズ》の港まで乗せると言ってくれた」

「本当か?」

「あぁ、侯爵の名前で依頼してくれるらしい。良かったな」

美紫メイズ》は《華国》の大港だ。そこからなら運が良ければ《寿本》に直通の船があるかもしれない。そうであれば帰国は楽になる。

「ありがたい」と呟く俺にワルターは「良かったな」と言って肩を叩いた。

帰国が現実味を帯びた。

「必要なものがあれば早めに言ってくれ、用立てる」とワルターは言ってくれた。

「荷物は最低限にするつもりだ。来春まで世話になる」

「そうか、予定はまた侯爵から知らせてくれるらしい。春の第二の月以降になるとの事だった」

「承知した」

「なんか決まったら決まったで寂しくなるな…」とワルターは少し寂しい顔をした。

「まだもう少し先だ」と答えると彼も頷いた。

「じゃあな」と言って、ワルターは来た時のように慌ただしく帰って行った。

「ソーリュー…」泣きそうな声が俺を呼んだ。

小さな手が俺の手を握って引いた。視線を落とすと涙を溜めた視線と目が合った。

「ユリア…」

「帰っちゃうの?」俺が何か言う前に、彼女は確認するように訊ねた。

膝を折って泣きそうな子供を腕の中に招いた。

細い幼い腕が縋るように首に回る。手のひらに収まりそうな小さな頭を撫でた。涙が服を濡らした。

黙って少女の涙が枯れるのを待った。

何を言ってもこの子との別れは変わらない。

手紙も届かないような遠い地に俺は帰る。

「すまんな」と詫びた。

ユリアは嫌がるように、顔を押し付けたまま首を横に振った。

全く、俺のどこがいいのか?ただ近くにいただけの存在だ…

「やぁ…行っちゃ嫌ぁよ…」

くぐもった少女の声に後ろ髪を引かれた。

まだ幼いが、いい女だ…

彼女が好い男を見つけられるように、と思いながら小さな頭を撫でた。

別れの日はこの冬を超えればすぐだ…

窓の外に視線を向けた。

窓を木枯らしが叩いて、冬の訪れを告げた。

✩.*˚

どうしよう…

「ねえ、ラウラ、どうしたらいい?」シュミット夫人に相談した。

「そうですねぇ…でもまだ一月半飛んだだけですものね…大事にするのも…」と彼女も少し困っていた。

「三月程は様子を見ないと、何とも…」

「次来なかったら?」

「その時は確認した方が宜しいかと…

でも旦那様にはお控え頂いた方が良いかもしれませんねぇ…」

「…そ、そう、ね…」それが一番どうしたらいいのか分からないのだ…

拒み方が分からない…

「主人からやんわりとお伝えするように言っておきましょうか?それとも私がお伝えしましょうか?」と夫人が申し出てくれた。

「お二人にお願いできますか?」と夫人に難しい役を引き受けて貰った。

「何かあったらお伝えくださいませ。私にできることでしたらお手伝い致しますわ。

伊達に四人も産んでませんわ」と彼女は頼もしく答えた。

不安が少し拭われる。流石現役の母親だ。頼もしい。

もし命を授かっているのなら、大切にしなければならない。でもその判断をするには、若い、経験のない私にはまだ難しかった。

「ラウラ、ありがとう。貴女が居てくれて良かったわ」と感謝を伝えると、彼女は嬉しそうに笑った。

「奥様、めでたいことですから、どうかそんなに困った顔をしないでくださいませ。

とは言え、初めては不安ですものね。私もケヴィンの時は狼狽えたものですよ。

でも済んでしまうと案外あっけないもんですよ」と彼女は明るく笑って私を勇気づけてくれた。

気持ちは少し楽になった。

彼女に礼を言って仕事場を後にした。

今日は久しぶりに、子供たちの待つ学校にも行かなければいけない。

アンネが「馬車を用意しましょうか?」と言ってくれたが、自分の足で歩きたかった。

学校までの道のりは少し遠いが、その分色んな人と会える。

「テレーゼ様」「奥様」と町の皆さんが声をかけてくれる。

時々大通りに市が立ち、それを眺めるのも楽しかった。馬車は確かに楽だけど、いちいち停めて見るのも億劫だし、往来の邪魔になる。

問題はただ一つ、靴底がすぐに劣化してしまう事だけだ。沢山履き潰した分だけ、私はこの町に馴染んだ。お別れした靴に感謝だ。

「テレーゼ様!」学校に改造した建物に近付くと子供たちの元気な声が迎えてくれた。

手を振って応えると歓声が上がる。

可愛い子供たち。

先生を引き受けてくれた町の人にも感謝してる。

僅かなお給金しか払えていないが、彼らは子供たちのために時間を作って教えに来てくれていた。

近隣の村からも、学びたい子たちが頑張って朝早くから訪ねてきてくれる。

中には優秀な子供もいた。

運動が得意な子や計算が得意な子、文学が得意な子、魔法の適正のある子もいる。

貧しいというだけで、埋もれさせてしまうのは可哀想だ。

『ワルター様のお役に立ってね』と子供たちにお願いすると、彼らは嬉しそうに目を輝かせて『はい!』と応えてくれた。

ブルームバルトは少しずつ未来に向かっている。

子供たちの成長を楽しんで、いつものように絵本を取り出した。

「今日はこの絵本を読みましょうね」と子供たちを集めて絵本を開いた。

最初の頃は座っていられなかった子も、今ではお行儀よく並んでこの時間を楽しみにしている。

子供らの成長を喜んで、ページを捲った。

「昔むかし…」と始まる絵本を読み始めた。

いつか自分の子にもこうやって読むのだろう。そんな想像をして、少しだけ照れくさく思えた。

✩.*˚

「お前なぁ…いきなりやってきてそれかよ?」

ゲルトへの手紙を用意していると、書斎に現れたシュミットからお小言を食らった。

「大事なお話ですので」と言いながら彼は夫婦の問題に口を挟んだ。

「旦那様には少しお控え頂きたく…」

「何でそんな事お前に言われにゃならんのだ?」拗ねる俺にシュミットは淡々とした様子で語った。

「奥様のお身体をいたわって欲しいだけです。私だって好き好んで他人の夜の生活に踏み込みたいわけじゃありませんよ…

ただ!

旦那様の求めに全て応じていては、奥様のお身体が持ちません。女性は繊細なんです、ご自重くださいませ」

「何だよ?それじゃいつまでたっても授からないだろうが?」

俺だって子供は欲しい。テレーゼとの子なら尚更だ。

「奥様がお体壊したら元も子もないでしょう?」

「う…それはそうだが…」

「ラウラの話では月のものが遅れているそうです」とシュミットが伝えた。

この言葉に、もしかしてと期待した。

「女性は繊細なんです。

子供ができてなくても、疲れや環境の変化などで月のものが遅れることは珍しくありません。

そんな事言わさないでくださいよ」とシュミットがやれやれと頭を振った。

あ、出来たって話じゃないのか…

「遅れてるって…いつから?」

「一月半程ですから判断はできません。

疲れで遅れてるだけかもしれませんしね。

毎晩求められるのは結構ですが、奥様は旦那様以外の経験が無いのです。自分からは断れないでしょうから、察してあげて下さい。

…全く、いい歳したおっさんにこんな事言わさせられる身にもなって下さい、全く…」

辛辣…

シュミットの小言がグサグサと刺さる。

確かに、思い当たる節はある…

だってよ、可愛いんだ…

寝る前にしたって、夜中に目が覚めて、無防備なあの顔が隣にあったらムラムラするだろ?

朝の寝起きだって抱きたくなる。

あの吸い付くようなスベスベした肌に触れたくなるのは男の本能だろ?

「…寝室分けましょう」

「えっ!ちょっ!ちょっと待てよ!」

「お約束頂けないならそうしますよ。どうにも我慢できそうにないですし…」

「わっ、分かったって!ちょっと控えるよ!それで良いだろ?!」

「具体的に?」

え?それお前に言うの?

「…一晩に一回…とか?」俺の返事にシュミットが呆れ返った顔をした。

「週に二回」

「え?!嘘だろ?」

「あんたこそ嘘でしょ?!もっと早くお止めするべきでした!

そんなに求めてたら奥様だって身体持ちませんよ!

奥様はか弱いご夫人ですよ!

やっぱり寝所を分けましょう!その方が安心だ!」もう体裁を保つのは止めたらしい。

まさか夜の生活に指導が入るとは思っていなかった…

その後もしばらく説教が続いて、ご婦人の扱いについて延々と説き伏せられた。

なんだよコレ?どういう状況だよ?

そのまま妊娠後の話にまで及ぶ。

子供が腹にいる間もそうだが、産んだ後も、しばらくは悪露というのが続くから抱けないのだという。

え?そうなの?女って大変だ…

「何でこんな話しなきゃならんのですか…全く…」とシュミットは機嫌が悪そうだ。

「とにかく!奥様のお身体を大切にして下さいよ!

ラウラにやんわりと伝えろと言われたのに、こんな踏み込んだ話になるとは思ってませんでしたよ!」

「はぁ…俺のせいか?」

「間違いなく旦那様のせいですよ!」

おっさんを叱った、年下のおっさんは憤然として部屋を後にした。

参ったな、と頭を掻いた。

にしてもなんか機嫌悪くないか?ホントに俺のせいだけか?

そんな事を思いながら手元に目を落とした。

「あ…」動揺して零したインクが手にベッタリと付いてしまった。

「…はぁ…」手紙も書き直しだ…

何やってんだか…

ため息を吐いて紙で机を拭いた。

月のものが遅れている。

その言葉に期待した俺がいる。期待させるかもしれないから彼女からは伝えにくかったのだろう。

でも出来てたら?

彼女と話す必要があった。

✩.*˚

「笑い事じゃない」とアーサーに釘を指した。

ラウラにはやんわりとお伝えするようにと言われてたのに…

「で?夫人が怖くて厩舎に寄ったのか?あんたも苦労人だな…」とアーサーは薄情に笑った。

苦い顔で落ち込む私に、アーサーは「大丈夫さ」と笑いながら馬にブラシをかけた。

私も空いてるブラシを手にして、馬の傍らに立った。

愛馬はブラシを持った私に期待の眼差しを向けた。

子供の頃から馬が傍にいた。馬丁の息子だったから誰よりも馬の扱いに長けていた。

馬を見てると癒される。

「よしよし、気持ちいいか?」首と背中に念入りでブラシがけしてやると、ご機嫌な馬は馬房の柵をガリガリと齧った。

「伝え方が不味かった…私もまだまだだ…」

「らしくないんじゃないか?何か他にも悩みでもあるのか?」

「…あるといえばあるが…」

「聞くよ、言いな。ここだけの話さ」とアーサーは軽い感じで私に話を促した。

「はぁ」とため息を吐いて、彼の言葉に甘えた。

「娘が…」

「ユリアが?」

「好きな男がいるんだ…」私がそう言うと、少し間を開けて、アーサーは「ぶふっ」っと吹き出した。

彼は口元を抑え、肩を震わせて堪えるように笑っていた。失礼な、私は割と真剣に悩んでいるんだ!

「アーサー…」

「や…悪い…まさかそんな事…ふふっ」

「笑い事じゃない!私は真剣だ!」

「まあ、そうだろうな」と応えたアーサーは苦笑いしている。

「女の子はだからな、男の子とは違う」と彼はラウラと同じ事を言った。

彼は父親じゃないからそんな事を言うのだ。当人だったらそんな事言えるわけがない。

「で?まさかその男に怒鳴り込むわけじゃあるまい?娘をくれてやるのか?」

「まさか!私よりずっと年上だぞ!」誰とは言わないが、もう50近いはずだ!7歳の少女を嫁になどとんでもない!

「確かに、悪い男じゃない。私だって彼を人として尊敬してる。だがそれとこれは別の話だ!」

「相手の男は嫁にすると言ってるのか?」

「そんなわけないだろう?!

だが、ユリアは可愛いんだ!万が一があったら…」

「あるのか?」

「いや、ないから万が一だ!」

「あんたもややこしい男だな…」

自分でも何を言ってるのか分からんが、どうしたらいいのかも分からない。 娘の扱いは難しい…

「ユリアは泣くし、ラウラは放っておけと言うし、旦那様は何かと拗らせてて世話が焼ける…」

「親父というのも苦労するな…」アーサーは同情してくれるが、彼は父親じゃない。

「全くだ」とボヤきながら馬の背を撫でた。

お前も知ったこっちゃない顔だな…

「はぁぁあ…」

「そんなに心配かね?」とアーサーは苦笑いしながら、「まぁいいじゃないか」と私を諭した。

「相手もいい男なんだろう?

なら子供に手を出したりしないし、乙女心を無下にする事も無いはずだ。

初恋は初恋のまま終わらせてやれ…下手に引き離そうとすると拗らせるかもしれんぞ。乙女心は複雑なんだ」

「そうか?」

「ごく最近引き離そうとして失敗したもんでね」と彼は自嘲する様に笑って肩を竦めて見せた。

「まぁ、二度とゴメンだ、あんな嫌な役」

「…確かに悪役だな…」

「あんたも娘に嫌われるぜ。

どうせ一時のことだ。それなら好きにしてやりな」

「何だか知ったような口を聞くな…」とアーサーを睨むと彼は「俺も拗らせたタチでね」と恥ずかしそうに笑った。彼も過去に何かあったようだ。

「まあ、心配だろうが見守ってやんな。お父さん」と軽口を叩いて、アーサーは私の背を叩いた。

「ほら、言ってる間にお迎えだ」と言いながら指さす先に、ラウラが立っていた。

「ハンス、ちょっと…」と笑顔で手招きしてるが、彼女の場合これは怒ってる顔だ…

「旦那様が私の所に来ましたよ。

なんでも奥様の事でご相談と仰ってましたが、あなたどういう風にお伝え致しましたの?」

詰め寄るラウラにアーサーが苦笑いで助け舟を出した。

「ご内儀、亭主は伝え方が悪かったと反省しに来たんだ、お手柔らかにな」

「あら、アーサー。貴方もご一緒します?」

「残念ながら忙しいので」と薄情なものだ。

「やっぱり貴方には難しかったかしら?」

「すまん…」と謝ると彼女は大きめなため息を一つ吐いて、腕を組んで厩舎から母屋に私を連行した。

✩.*˚

「すまん」といきなり話を切り出したワルター様は、珍しく肩を落としていた。

何事かしら?と思っていると、彼は不器用に話を切り出した。

「一人で悩ませていたと聞いた…すまなかった」と彼は私の手を握った。夫人らから聞いたのだろう。

彼は、「時間を取ってちゃんと話そう」と言ってくださった。向き合わなかったのは私の方なのに、ワルター様は私の事を責めずに労わってくれた。

「身体は?大丈夫か?」私をソファに座らせて、彼も隣に座った。

「そんな大袈裟です」と答えた。

今日だって学校まで自分の足で行って帰って来てる。子供たちとも遊んだし、健康そのものだ。

月のものが来てないことを除けば…

「シュミットたちから聞いた。俺が悪い。お前に無理をさせてすまなかった」

「そんな事…」

「頼りにならん旦那ですまん、許してくれ」

「私こそ…自分の口で相談せずに申し訳ございませんでした」お互いに謝ってばかりだ。話が進まない。

「その…夜の事なんだが…」と彼は恥ずかしそうに口にした。

「その…お前は…どうしたい?」

唐突に訊ねられて言葉を失った。なんて答えるのが正解なのか分からなかった。

問答に失敗したと思ったのか、ワルター様は慌てて言葉を続けた。

「いや、その!だからな…えー…なんと言うか…

週二でどうだ?」

「…はい?」耳を疑った。

私の気の抜けた返事に、彼は顔を真っ赤にして手を振って誤魔化そうとした。

大人の男の人なのに、そういう話は苦手なのだろうか?

「だっ…ちょっ!今の無し!やり直すから!」

「はぁ?」何だか可哀想になってきた。でもその必死な姿が何だか可愛い…

「ふふっ」気がつくと笑ってしまっていた。

ワルター様は時々少年みたいになる。その姿がとても可愛いのだ。

「…俺は真面目だぞ…笑うなよ」と彼は赤面した顔のまま拗ねた。でもその顔も何だか愛おしい。

「ふふっ。申し訳ありません…可愛くて…」

「馬鹿言え、四十過ぎたおっさんが可愛いわけねぇだろ…」

「だって…ふふっ」

「だーっ!もう!笑うなって!」照れ隠しに私を腕の中に抱き寄せた。彼の腕の中に納まって、早い鼓動を聞いた。笑みが零れる。

こんな小娘相手に何をそんなに緊張してるんですか?

「良いですよ、週二で」とお答えして顔を上げた。照れた少年みたいな顔をした可愛い人…

「夫に従います」と笑って顔を寄せ、接吻くちづけた。

「…お前って時々ずるいよな…」

「ワルター様から仰ったではありませんか?」

「う…まあ、そうだけどよ…」しどろもどろになったワルター様は、恥ずかしさを隠すように視線を逸らした。

その頬を捕まえて真っ直ぐに戻した。

「逃げないでくださいませ」

「逃げてなんか…」

「お顔が逃げてましてよ」

「うぅ…」

「ちゃんとお話しましょう?」と笑顔を見せると彼は斜に構えた佇まいを直した。叱られた子供みたいだ。

普段はあんなに格好良くて頼りになるのに、こんな可愛い所を見せられたら、また改めて好きになってしまう。落ち着こうと深呼吸する姿も可愛い。

「…その…俺も、子供は楽しみにしてる」

「はい」

「でも、お前に無理させるのはなんか違くて…

お前の事も大事だから…無理しないで欲しい」

「私もちゃんとお話すべきでした。申し訳ありません」と謝罪すると、彼は「うん」と頷いた。

「いつから無いんだ?」と彼は私の肩を抱きながらストレートに訊ねた。

「前回から二月程です。私も初めてのことなので分かりません」

「…そうか」

「もう少し様子を見ないと…

ただ遅れてるだけかもしれませんし、お騒がせするのも申し訳ないかと…」

「いや、ちょっと嬉しかった」と彼は照れくさそうにはにかんだ笑顔を見せた。

「無理すんなよ?」とワルター様は優しく私を気遣ってくれた。

「ありがとうございます」とお答えするとワルター様は笑ってくださった。

「もし」と彼は私の肩を抱いて訊ねた。

「本当に子供だったら…お前は嬉しいか?」

「もちろんです。男の子が良かったですか?」

「どっちでもいいよ」とワルター様は優しく藍色の瞳で私を見下ろして答えた。

「お前にそっくりな可愛い子ならいい。

俺に似たら苦労しそうだ」

「あら?私だって苦労しましたのよ」

「せっかく美人のお袋だってのに、俺に似たって不憫だろうがよ?」

「ワルター様だって背の高い偉丈夫ですわ」

「お前って物好きな…」と彼は照れくさそうにボヤいたが、本当の事だ。

ただ残念なことに、時々どうしようもなく格好悪い時がある。ただ、そんな時はとても可愛いのだ。それはそれで好きだ。

お父様が選んだからじゃない。《英雄》だからでも、《男爵》に叙されたからでもない。

私が好きだから…

だからこの人との子供が欲しいのだ…

彼の繋いだ手を取って、まだ普段と変わらないお腹に当てた。

戸惑う夫の顔を見上げて笑って見せた。

「授かっているように、ヴォルガ様にお祈りして下さいね」と彼にお願いした。

ワルター様は幸せそうな顔で頷いてくれた。

✩.*˚

それから一ヶ月後一

レプシウス様が呼ばれ、願った通りの幸せがロンメルに訪れた。

私は子供を授かった。
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