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テレーゼがオークランドに落ちたと報せを受けた。
「足止めだけでいい!奥様をオークランドに渡すな!」老騎士の檄が飛ぶ。一行は既にフェアデヘルデ領に入った。
俺もケッテラー率いる20騎程の先遣隊に同行していた。
状況を把握するには情報が少なすぎる。
当然だ…まだ8歳の少年には重すぎる荷だ…
それでも戻っただけでも、上出来だと褒めてやるべきだろう。あとは大人の仕事だ…
ワルターはあの若い幼妻を気に入っていた。
あの男の性格上、溺愛という感じではないが、不器用にも不格好な愛を伝えようとしていた。
『間違いがあるといけねぇから寝床を分けてくれ』とシュミットに言って『いい加減になさい!』と叱られていたな…
間違いもなにも、彼女はお前の妻だろうに…妻相手に間違いってなんだよ…本当に馬鹿な奴だ…
ワルターの下手くそで不器用な思いやりを、彼女も受け入れていた。
それがこんな形で不幸が訪れるとは…
「ハフリ殿」と老騎士が、駆ける馬の背から俺を呼んだ。
馬の脚を早めて、前を走る彼に並んだ。
「奥様を奪還したら先に離脱されよ」と彼は俺に指示を出した。
「貴殿は先の戦役で子爵閣下の顔を見事取り返した。此度もそうである事を願う」
ケッテラーは真面目な口調で言った。彼は得体の知れない外国人の俺にロンメル夫人を託そうとした。
「お前たちはそれで良いのか?」
「なに、貴殿の逃げ足に賭けると致そう。
騎士は逃げるのが嫌いなのでな」と翁は笑った。
彼らは自身の名誉のために、貴婦人を逃がすための殿を買って出た。命を失うかもしれない損な役回りに異議を唱える奴はいなかった。
「…承知した」と短く応えた俺に、彼は生真面目な顔で頷いた。
テレーゼは特別だ。
皆があの少女を愛している。
美しいからだけではない。彼女という人間に、皆が心奪われた。
幼子も男も女も老人も…あの不器用な男でさえ虜にして、彼女は雪解けを誘う春の日差しのように、人々の心を温めた。
彼女が長く続いた戦で硬くなった人々の心を柔らかくしたのだ。
彼女はこの土地に絶対に必要な存在だ…
そしてワルターにも、必要不可欠な存在だ…
これ以上あいつに失わせるものか。
手綱を握る手が強くなる。
懐から普段使わない劇薬を取り出して、頬当ての下にこっそりと忍ばせた。《万力丹》という祝師一族に伝わる秘薬だ。いざとなれば使うつもりでいた。
往来の無くなった街道を駆け抜ける騎馬の一行が、あと少しでアビー男爵邸にたどり着こうとしている時だった。
前から来る荷馬車が道を塞いだ。
「ケッテラー卿!」と荷馬車の手綱を握っていた男は前を走る老騎士を呼び止めた。
皆が慌てて荷馬車を取り囲んだ。
「シュミット!」「家宰様!ご無事で!?」皆が口々に彼の生還を口々に喜んだ。
荷馬車には女も乗っていた。でもそれはテレーゼでは無い。彼女の侍女のアンネだ…
彼女は泣きながら、赤く染ったショールを大事そうに抱いていた。同じ荷馬車には首のない二人分の遺体が荷物のように積まれていた。
「ギート…フーゴ…」
ケヴィンを逃がした二人の遺体に言葉を失った。
「シュミット!何があったか説明しろ!」ケッテラーに促され、シュミットはことの次第を細かに伝えた。
「貴様は!奥様を見捨てて逃げて来たというのか!この恥知らず共めが!」
老騎士の怒号にシュミットはひたすら頭を下げ、苦しげに謝罪を繰り返した。
アンネは泣くばかりだ。
皆の士気が一気に下がった。
相手は裏切り者のアビー男爵の手勢とオークランド東部の屈強な聖騎士団だという。
シュミットも副団長と対峙したが、相手の《祝福》に阻まれ、一太刀も浴びせることが叶わなかったと言う。
「シュミット、ケヴィンは無事だ」と彼に伝えた。
「…旦那様は…」
「俺が出てきた時にはまだ帰っていなかった。
アインホーン城に報せを送ったから、急げば日が昇る前に屋敷に戻るはずだ」
「…お手紙を…あとこれをお預かりしております」と彼は懐から手紙と指輪を取り出した。
「…指輪は返却すると、聖騎士団の副団長から預かりました…新しい妻に渡せと…」
彼はそう言って俺にそれを渡そうとした。
「それはワルターに渡すものだろう?」
「今更…どの面下げて会えましょうか?」とシュミットは悲しげに呟いた。
「私は…主を不幸にする男です…
大恩ある主人も、自ら選んだ旦那様にも、必ずお守りすると誓った奥様も…皆不幸にしました…
力及ばす、申し訳ございません…」
彼は俺の前に膝を着いて、手紙と指輪を掲げるように差し出した。
彼は項垂れて涙を流していた…
彼の手を押し返し、差し出されたそれを受け取るのを拒んだ。
「ケヴィンは恥を忍んで、自分の役目として、俺達に知らせた。
お前もお前の役目を果たせ。それは自分でワルターに渡して、テレーゼの様子を伝えろ」
俺の言葉に、シュミットは差し出した手を引いた。
「ケッテラー殿、誰か伴を付けてブルームバルトに帰してやれ」
「フンメル、シュミットたちを屋敷に送り届けよ」
ケッテラーはそう言ってまた騎馬を命じた。
「急ぐぞ!カナル運河を越えられれば手が出せなくなる!」
檄を飛ばし、彼は馬に鞭を入れた。
騎士たちが彼に続いた。
泣く女と死体を載せた馬車が小さくなる。力無く項垂れた男が取り残される。
立ち上がれ…お前はこの程度で終わる男じゃないはずだ…
強い父として、役目を果たせ。
そう願って、後ろを見るのをやめた。
✩.*˚
アビー男爵に伴われ、用意された馬車に案内された。
「いやはや、お美しいですぞ、テレーゼ様。
オークランドの流行りのドレスもよく似合っておいでだ」と彼は終始ご機嫌で、私の容姿を褒めそやしたが、美しいと褒められても嬉しくなど無かった。
私はこの姿のせいでこんな不幸に見舞われたのだから、美しいなど呪いでしか無かった…
彼を無視して馬車に乗った。
オークランドのドレスは豪奢な意匠で、これでもかとフリルとリボンがあしらわれている。布地も厚手で重い。
痛いほど体を締め上げた強めのコルセットは拘束具のように自由を奪った。
ウエストを締め上げたコルセットは、胸を強調するように押し上げ、女を強調するドレスは襟ぐりだけでなく肩や背まで出ている。
大きなけばけばしい首飾りは首輪のように重い…
まるで引き回される見世物のようだ…
「肩にかけるものを何か下さい」とお願いしたが、貸して貰えなかった。
「そのお姿がオークランドの流行りなのです。ご辛抱なさいませ」と言われて俯いた。
優しくショールで肌を隠してくれた手が懐かしい…
今朝のことなのに遠い昔の事のようで、夢だったのかもしれない…
でも、それを諦めたのは私だ…
あの人は、約束を破った私を怒るだろうか?罵るだろうか?妻になどしなければよかったと…二年を無駄にしたと恨むだろうか?
胸が痛む…
悲しみが、腐った果物のようにジクジクと広がって、胸に穴の空くような重い苦しみに蝕まれた。
幸せだった分、苦しみは倍以上になって押し寄せた。
左手にはあの花束が収まっている。
手を隠すこの花束が無かったら、指輪のない左手を眺めなければならなかった。
この差し入れに少しだけ感謝した。
一人で勝手に囀るアビー男爵に、返事をする気にもならず、暗くなった窓の外に視線を這わせた。
僅かな灯りでは外の景色も分からない。
暗い窓に映るのは死んだ目をした派手な衣装の女だ…
ずるい女…ワルター様を裏切った貴女なんて大嫌いよ…
揺れる馬車の振動がブルームバルトから遠ざかる事を教えた。
馬車の周りを囲んだ騎士の姿が窓の外に見える。
動く馬車から逃げ出したり出来ないのだから、そんなに見張りばかりつけなくていいのに…
また手元の花束に視線を落とした。
可愛い花束…
黒衣の騎士は女性の扱いに長けているらしい。
ワルター様は花束なんて渡さない。
大きな花を一輪だけ手渡すのだ。
百合やダリア、ひまわりなど、こだわりもないらしい。花言葉だって知らないのだろう。
『キレイだろ?飾っといてくれ』
子供みたいな贈り物を渡したことに満足して、彼はまたふらっと立ち去って行く。
寝る時に、寝室に置かれた、一輪しかない寂しい花瓶を眺めて彼は嬉しそうにしていた。
『一輪では寂しいですね』と言うと、『寝るだけの部屋にそんなにたくさんいらないだろ?』と彼は答えた。
でも花は置いていくのね?不思議な人…
花が枯れると、また新しい花を一輪だけ持ってくる。
なにかのおまじないだったのかもしれない。訊いたら答えてくれたのだろうか?
屋敷を出て、しばらく進んだ頃に、馬が嘶いて馬車が止まった。
「何事だ…」とアビー男爵が訝しんでいた。
一歩でも、一秒でもオークランドに着くのが遅れるのなら何だっていい。
なんならこのまま…死んでも…
そう思った次の瞬間、馬車が激しく揺れた。
外が騒がしい。
「何処からだ?!」「上から…」と外から声がする。
また馬車が激しく揺れた。
屋根の上から軋む音がして、メキメキッと何かがくい込んだ。鉤爪のある大きな鳥の足のように見えた。
甲高い、鷹の鳴くような声と男の人の声が屋根から聞こえた。
「エリス!そのまま引き倒せ!」
馬車が傾いた。バキバキと音を立てて馬車が壊れながら横倒しになって、身体が投げ出される。
「何が…」必死に身体を起こして外を見た。
外は大騒ぎになっていて、倒れた馬車から騎士たちが離れた。
視線は夜空に向いている。
今なら…
必死に足をかけて横倒しになった馬車から脱出した。
少しドレスが破れて、割れた硝子が肌を傷つけたが構わない。
「テレーゼ様!」慌ててアビー男爵がドレスを掴もうとしたが、裂けた布切れがトカゲの尻尾のように私の身代わりとして残った。
子供たちとの鬼ごっこも無駄じゃなかった…
「テレーゼ様!
夫人が逃げた!捕まえてくれ!」
アビー男爵の声に、空を見上げていた騎士の視線が慌てて私を探した。
馬の足元をすり抜けて道の脇にある薮に逃げ込んだ。
「ロンメル夫人!」
フェルトン卿の怒鳴る声を聞いた。
彼は親切にしてくれた…でも…
靴が脱げて裸足になった。両手でドレスをたくしあげて、はしたない姿で走った。これではアンネに叱られる。
足は傷だらけだが、それでも泣き言を言って止めることなんてできない。
痛いなんて言っていられない。
「ワルター様…」彼の名を口にして自分を奮った。
馬車を襲ったのが誰かは分からないが、逃がしてくれた。感謝している。
心臓が痛くなるほど走って、足が上がらなくなる。走れなくなっても足は止められない。
ブルームバルトに帰りたい…
皆が待つお屋敷に…
寂しく俯いてばかりの女の子は、沢山の笑顔に囲まれてやっと自分の居場所を見つけたのよ!
愛する人にも出会えたの…
幸せになれたの…
だからお願いします。どうか見逃してください…
神様、明日は私の誕生日なんです。
こんな時に酷いじゃないですか?
テレーゼを祝福して下さい。
あの幸せな場所に、帰ることを許してください…
✩.*˚
突然の襲撃で隊列が乱れた。
短い槍が飛んで来て馬に乗った騎士の鎧を貫いた。
「何がどうなっている!」
待ち伏せか?!そんな馬鹿な!
「上だ!」と誰かが叫んだ。夜空をコウモリのように飛ぶ黒い大きな影が横切った。
黒い影から、銀色の鎧を狙って槍が放たれる。
すぐ真横にいた部下が槍に貫かれて落馬した。
「コリー!」落馬した部下の名を呼んだが返事はなかった。
宙を舞う影は一度隊列から離れたが戻って来た。
戻って来た影は、吸い込まれるように豪華な馬車を狙った。
馬車を蹴飛ばして、影はまた空へと昇った。
「飛竜!」馬車を襲った姿を確認した。背に誰か乗っている。
上空に戻る時に振り向きざまにまた槍が飛んだ。
このやり方…
「ウィンザーの騎獣兵!」
一人だというのにかなりの手練だ。
ヴェルフェル家に懐柔された奴か!
飛竜の襲撃に怯えた馬は役に立たない。
なだめてる間に、鳴き声を上げながら戻って来た飛竜が再び馬車を襲った。
馬車の屋根を後脚で掴んで揺さぶった。
「エリス!そのまま引き倒せ!」と竜の背から声が飛んだ。
彼は邪魔をしようとした騎士を特殊な投槍で黙らせて飛竜の手綱を操った。
力強く羽ばたいた勢いで、馬を繋いだままの馬車が横転した。車軸が折れて走れなくなった馬車を残し、飛竜は囲まれる前に空に帰った。
この男、実に手馴れている。
投槍の腕も正確で無駄がない。
常に動いているから狙いも定まらない。どうしたものか…
上空を睨む俺たちの耳にあの裏切り者の声が届いた。
「テレーゼ様!」と必死な声が馬車から聞こえる。
怪我をしたか?
横倒しになった馬車から誰か這い出した。
「テレーゼ様!
夫人が逃げた!捕まえてくれ!」
マジか?!
ドレス姿の彼女の小さな影が、馬の間をすり抜けて道の脇の薮に逃げ込むのを見た。
「ロンメル夫人!」呼び止めたが返事はなかった。
「俺が追う!お前らは団長の指示に従え!」と部下に指示して愛馬で彼女の後を追った。
よく逃げたな!とんだお転婆だ!足も早い!
置き去りにされた靴や、枝に引っかかったままのリボンが彼女の足跡になった。
折れた枝が散らばる。
そんな必死に逃げて…そんなに嫌か?
このまま逃がしてやりたい気もするが、それはできない話だ…全く嫌な仕事だ…
ロバートじゃないが、俺だってこんな仕事引き受けたくはなかった…
「夫人、出て来い」と細い木々と草の生い茂った暗闇に呼びかけた。返事はないが、遠くには行ってないはずだ。
「逃げきれないぞ。戻って来い」
馬の足を進めると、すぐ近くでカサカサと葉の擦れる音がした。視線を巡らすと、茂みの端に光沢のある赤いドレスの裾が見えた。
馬を降りて近付くと、ドレスは逃げるように引っ込んだ。
茂みに隠れたボロボロの乙女は、雨で震える子猫のように身体を丸めて俺を拒んだ。
露出した肌は逃げる途中にできた傷で所々血が滲んでいる。
靴を捨てて逃げた足元は怪我していた。
連れ戻しに来た俺の姿を見て、彼女の大きな瞳が涙で潤んだ。
「…嫌…」
「そう言われてもな…」と言葉を失った。見たらわかるよ、あんたが嫌がってるのは一目瞭然だ…
「帰りたいの…」と泣き出した彼女は子供のように駄々を捏ねた。
その姿が彼女と違う女に重なった…
『アーサー、私の事好き?』そんな声が記憶の中で響いた。花束のコツを教えた女はもうずっと昔に失った…
『何処か遠くで一緒になろう?』と願った彼女は、ずっと昔に近しい他人のものになった…
代わりの女を探したが、未だに彼女の代わりは見つからない。
結局俺は、見たくない全部から逃げ出して、聖職の騎士になった…
頭を振って嫌な思い出を追い出した。
茂みに身体を預ける夫人の前に膝を着き、涙で濡れた顔を覗き込んだ。
「何故そこまでする?」と彼女に訊ねた。
その質問に、彼女はしゃくりあげながら、肩を震わせて答えた。
「だって…だって…幸せだったんですもの」
その言葉を口にして、彼女は小さく夫の名を口にした。胸をえぐるような悲しい声が、胸に刺さるような痛みを残した。
彼女に同情している自分がいた…
鎧を覆うマントを外して、傷だらけの彼女にかけてやった。
黒いマントは喪服のように彼女を覆った。
「夫人…あんたの幸せを奪って申し訳ないとは思う。でも俺も仕事なんだ。
あんたを連れ帰らにゃならん…すまんな」
好きで選んだ仕事じゃない…なんなら嫌いだが、ここ以外に居場所がないのも事実なのだ。
俺が育った古い巣には戻れない…
茂みの中に手を伸ばし、彼女を抱き寄せて抱えた。
彼女は少しだけ抵抗を試みたが、指輪を奪おうとした時ほどではなく、直ぐにそれもやめた。
疲れたのか、諦めたのか…
夫人を抱いて馬の背に戻った。愛馬は重いと文句を言うように嘶いて足踏みした。
「…ごめんなさい」
そう小さく呟いた彼女の言葉は、誰に向けられたものなのだろう?
俺か?夫か?それとも他の誰かか?
美人ってのも考えものだな…
馬の背に揺られながらそんな事を思った…
✩.*˚
足止めの襲撃を終えて早々に退散した。
「よく頑張った、エリス」
襲撃で活躍した彼女を褒めた。
「クルル」と喉を鳴らすように鳴いた彼女は誇らしげだ。鬣を撫でて遥か下を見下ろした。
馬車は使い物にならなくなったはずだ。多少荒っぽいが、仕方ない。
騎士も数人槍で屠ったし、やれるだけのことはやった。
上空から見下ろす私の眼下に、先程の一行とは違う騎馬隊が見えた。
見たところ20騎程…
精鋭としても少な過ぎる…
先程のオークランドの装いをした一行は少なくとも三倍は居ただろう。
情報を与えてやるべきと思い、エリスに下降を指示し、彼らの通り道に降り立った。
「何者か?!」
「南部侯にお仕えする者です」と彼らの誰何に応じた。
一行の足が緩んだ。
「アイザック・ウェイドと申します」と名乗ると、先頭を進む老騎士は「ロンメル男爵にお仕えするケッテラーである」と名乗った。
「侯爵閣下からの伝言か?」と彼は私に確認した。どうやら独断で先行している部隊のようだ。
「この先500メートル程行けば追いつけます。
多少荒っぽい方法になりましたが、馬車を動けなくして足止めしました」
「奥様は?」と彼は夫人の安否を確認した。
「暗くて確認できておりませんが、敵は70騎程…
装いからして、おそらくオークランド東部の聖騎士団でしょう。印が《白蘭》でしたので、間違いないかと…」
私の報告にケッテラー殿は生真面目に頭を下げた。
「ご報告感謝する」
「一時間ほど前に、ロンメル男爵閣下もアインホーン城から屋敷に戻られております。
急ぎこちらに向かっております」
「それだけ聞ければ十分だ」と彼は部下に呼ばわった。
「聞いたな!朗報である!
各々方!存分に奮え!奥様をオークランドに渡すでないぞ!」
「応!」と声が上がる。
「ウェイド卿」とケッテラー殿は馬上で私に向き直った。
「卿の働きに感謝する。もう一働きいただけないだろうか?
我らの忠義をロンメル男爵閣下にお伝え頂きたい」
「…玉砕なさるおつもりか?」
「タダでは死なんよ」と老兵は笑ったが、その顔は死に場所を決めた男のものだ。嫌という程私が見てきたものだ…
私もかつて憧れた精神だが、私は主に殉ずることも叶わなかった…
「ご武運を…」と死を覚悟した男たちを送り出した。
走り去る騎馬の一行を見送って、娘を撫でた。
「行こう…」
また、私は死に場所を見つけられなかった…
✩.*˚
空に逃げて行った襲撃者を見送って剣を収めた。
襲撃者は、私の《祝福》の届く範囲から遠く離れていた。
どさくさに紛れて夫人が逃げたと報せを受け、部下を睨んだ。
「他は?被害は?」
「重傷者5名、3名が討死です」
不愉快な報告に怒りが込み上げた。
「馬車に着いていたフェルトン卿は何をしていた!」
アーサーめ!まさかあのお人好しが夫人に手心を加えたのではあるまいな!
「逃げた夫人を追って、茂みの中へ…
フェルトン卿は鎧も馬も黒いので見失いました」とまた不愉快な返事が返ってくる。
「フェルトン卿と夫人を探せ。
死傷者は収容して、カナルを渡る船まで運べ」
仲間を見捨てていく訳にもいかない。予定はさらに遅れた。
現場は想定外の状況が発生するものだが、これは想定外の想定外だ!
「…愚か者が」と部下であり親友でもある男を罵った。
女に甘いのは昔からだが、あの夫人と関わってから、彼は少し様子がおかしかった。
昔の自分を思い出したのだろう…
彼の父が後妻に選んだのは、息子の愛した女だった。
残酷な現実から逃げるように、彼は全てを捨てて出家した。
二度と家に帰る事がないように…
二度と彼女と父親を見なくて済むように、聖職の騎士となった彼は、私とは違う意味で愛というものに絶望していた。
私たちは似てないのにそっくりだった。帰れない孤独な傷跡を抱え、神から《祝福》を教授していた。
だから私は彼を友に決めた。
副団長として傍に置いた。
アーサー、お前はこの私を裏切る気か?
沸々と湧き上がる怒りと焦燥に拳を握った。
拳の周りを青白い光の筋が現れては消える。《祝福》が表に出るほど、私は彼に腹を立てていた。
「団長、フェルトン卿が戻られました」
「悪いな、心配をかけた」と戻った彼は馬上で夫人を抱えていた。
赤ん坊のように、アーサーの黒いマントに包まれた女に詰め寄った。
「逃げるとはどういう了見だ!私は約束を守ったはずだぞ!」
怒鳴りつけられた彼女は、アーサーの腕の中で小さく身じろいた。
「止せよ、ロバート」とアーサーが私を窘めた。
「指輪を渡すって約束はしたが、逃げないって約束はしてなかった」と彼は詭弁を述べたが、私の怒りは収まらない。
「二度と逃げられないように、足の健を切っておけ!それでも逃げるようなら目を潰してしまえ!」
「おい!それはやりすぎだ!」夫人を抱き寄せて庇う親友の姿に、更に苛立ちが募る。
「ならばお前が何とかしろ…次は無い」
「寛大だな」とアーサーは俺を睨んで皮肉を口にした。
肌を刺すようなピリピリとした空気が二人の間に立ち込めた。
お前は夫人に肩入れしているが、彼女はお前を愛することは無いと分かっているだろう?
私の怒りを買ってまで守る価値があるのか?
「女を守るなんて騎士の鏡だな」と彼に皮肉を返して馬の向きを変えた。
私は与えられなかった者だ。
そして彼は奪われた者だ。
愛を信じぬ、神の元に逃げ込んだ似た者同士のくせに…
この不愉快な感情はあの女のせいだ…
この任務をいち早く終わらせて、心安らぐ神の家で祈りを捧げたかった。
✩.*˚
若い騎士を伴った、シュミットとアンネを乗せた荷馬車と出くわした。
俺の顔を見るなり、シュミットは涙ながらに謝罪した。
彼は恥を飲んで俺の前に戻ったのだろう…
テレーゼの為にと、生きて帰った彼を責める気にはならなかった。
騎士より騎士らしい精神を持った彼には、主を置いて生きて帰る方が苦しかった事だろう…
仔細を語った彼は、テレーゼから預かった物を俺に差し出した。
「お手紙と…これを」
小さな銀色の輪を見て言葉を失った…
大量に出血した時のように、身体から生気が抜けた。
立っていられなくて膝を着いた俺を、スーの腕が支えた。
「ワルター、しっかりしな」と言うスーの声が曇って聞こえた。
大きさの違う同じ指輪が俺の左手にある。
シュミットは苦しげに「申し訳ありません」と声を絞り出した。その言葉が全てを物語っていた。
スーが俺の代わりにシュミットから手紙と指輪を預かって俺に握らせた。
「時間が無いからすぐ確認して、それからケッテラー達を追いかけよう」
「あぁ…そうだな…」
「全く、しっかりしてくれよ」とスーに叱られた。
手紙と指輪を持つ手が震えた。
危うく指輪を取り落としそうになる。
指輪の内側に刻まれた、《死が二人を分かつまで》の文言と彼女の名前が目に留まる。
テレーゼ…お前が外したのか?
こんなの返されて…どうしろってんだよ?!
「ワルター、抑えろ」とスーに言われてハッとする。
スーの吐く息が白い。木々に茂った緑の葉に白い縁どりが浮かんだ。
「これは…」
俺の《祝福》を初めて体感するトゥルンバルトらが驚きの声を上げた。
「皆、少し離れてくれ」とスーが俺の代わりに警告を発した。
「ハンス、君もだ。俺以外は呼ぶまでワルターに近寄るな、絶対だ」
スーの声は緊張していた。
スーには俺の《祝福》の一部が見えている。
精霊を見ることができるのはスーだけだ。
「すまん…」と謝って手紙に向き直った。
白く濁る深呼吸をして、意を決して手紙の封を切った。
開いた便箋は白いシンプルなもので、綴られた文章はさらにシンプルだった…
その綴られた言葉は、俺の記憶に残された傷口を深く抉った。
震えた…
何でだよ!お前らは…お前までそんな事言うなよ!
綴られた言葉はエマが最後に残した言葉だ…
《私を忘れてください》
宙に投げ出されたような感覚…絶望ってやつが俺の感覚を支配した。
俺はまた一人、女を不幸にしちまった…
✩.*˚
手紙を確認したワルターだったが、身体を支えきれずにその場に膝を折って崩れ落ちた。
彼を中心に、凍えるほどの冷気が辺りに立ち込めた。
それとも同時に、空気の凍る音がして、その場に白い大きな雄鹿が顕現した。
「…《冬の王》」間違えようがない強力な精霊王の気配に、離れた場所から馬の怯える声がした。
白い体から垂れた、半透明の氷で装飾された飾り毛。
背には雪の結晶のような斑紋が刻まれ、長い煌めく尾は地に触れて氷の道を地面に刻んだ。
鹿の足がゆっくりと地面を踏むと、地面は音を立てて凍り、霜柱が出来て足元を飾った。
離れた場所から騎士たちのどよめきが聞こえてくる。
《冬の王》の姿が彼らにも見えているのだろう。
《冬の王》は慰めるようにワルターの傍らに寄り添った。
「…我が眷属」と鹿の口が人の言葉を紡いだ。
「何を願う?」《冬の王》は優しくワルターに囁いた。
「…テレーゼを…返してくれ」と願いを口にしたワルターに、《冬の王》は頷いて応えた。
「我の愛した人の子よ、承知した」
角笛のような響きを持つ雄鹿の鳴き声を合図に、ワルターの頭上に幾重にも重なった光る巨大な魔法陣が現れた。
「我が寵愛を受け入れよ」
《冬の王》の宣言が響き渡った。魔法陣から跳ねる白銀を帯びた鹿の群れが勢いよく溢れた。
魔法陣が輝くと、ワルターのいたはずの場所に一頭の白く光る雄鹿が残されていた。身体には彼の神紋が浮かんでいる。
寄り添う《冬の王》が、鹿に姿を変えたワルターを誘った。
「《白い手》の妻を迎えに行こう」
跳ねる二頭の雄鹿は、氷の足跡を残して夜闇に消えた。
「足止めだけでいい!奥様をオークランドに渡すな!」老騎士の檄が飛ぶ。一行は既にフェアデヘルデ領に入った。
俺もケッテラー率いる20騎程の先遣隊に同行していた。
状況を把握するには情報が少なすぎる。
当然だ…まだ8歳の少年には重すぎる荷だ…
それでも戻っただけでも、上出来だと褒めてやるべきだろう。あとは大人の仕事だ…
ワルターはあの若い幼妻を気に入っていた。
あの男の性格上、溺愛という感じではないが、不器用にも不格好な愛を伝えようとしていた。
『間違いがあるといけねぇから寝床を分けてくれ』とシュミットに言って『いい加減になさい!』と叱られていたな…
間違いもなにも、彼女はお前の妻だろうに…妻相手に間違いってなんだよ…本当に馬鹿な奴だ…
ワルターの下手くそで不器用な思いやりを、彼女も受け入れていた。
それがこんな形で不幸が訪れるとは…
「ハフリ殿」と老騎士が、駆ける馬の背から俺を呼んだ。
馬の脚を早めて、前を走る彼に並んだ。
「奥様を奪還したら先に離脱されよ」と彼は俺に指示を出した。
「貴殿は先の戦役で子爵閣下の顔を見事取り返した。此度もそうである事を願う」
ケッテラーは真面目な口調で言った。彼は得体の知れない外国人の俺にロンメル夫人を託そうとした。
「お前たちはそれで良いのか?」
「なに、貴殿の逃げ足に賭けると致そう。
騎士は逃げるのが嫌いなのでな」と翁は笑った。
彼らは自身の名誉のために、貴婦人を逃がすための殿を買って出た。命を失うかもしれない損な役回りに異議を唱える奴はいなかった。
「…承知した」と短く応えた俺に、彼は生真面目な顔で頷いた。
テレーゼは特別だ。
皆があの少女を愛している。
美しいからだけではない。彼女という人間に、皆が心奪われた。
幼子も男も女も老人も…あの不器用な男でさえ虜にして、彼女は雪解けを誘う春の日差しのように、人々の心を温めた。
彼女が長く続いた戦で硬くなった人々の心を柔らかくしたのだ。
彼女はこの土地に絶対に必要な存在だ…
そしてワルターにも、必要不可欠な存在だ…
これ以上あいつに失わせるものか。
手綱を握る手が強くなる。
懐から普段使わない劇薬を取り出して、頬当ての下にこっそりと忍ばせた。《万力丹》という祝師一族に伝わる秘薬だ。いざとなれば使うつもりでいた。
往来の無くなった街道を駆け抜ける騎馬の一行が、あと少しでアビー男爵邸にたどり着こうとしている時だった。
前から来る荷馬車が道を塞いだ。
「ケッテラー卿!」と荷馬車の手綱を握っていた男は前を走る老騎士を呼び止めた。
皆が慌てて荷馬車を取り囲んだ。
「シュミット!」「家宰様!ご無事で!?」皆が口々に彼の生還を口々に喜んだ。
荷馬車には女も乗っていた。でもそれはテレーゼでは無い。彼女の侍女のアンネだ…
彼女は泣きながら、赤く染ったショールを大事そうに抱いていた。同じ荷馬車には首のない二人分の遺体が荷物のように積まれていた。
「ギート…フーゴ…」
ケヴィンを逃がした二人の遺体に言葉を失った。
「シュミット!何があったか説明しろ!」ケッテラーに促され、シュミットはことの次第を細かに伝えた。
「貴様は!奥様を見捨てて逃げて来たというのか!この恥知らず共めが!」
老騎士の怒号にシュミットはひたすら頭を下げ、苦しげに謝罪を繰り返した。
アンネは泣くばかりだ。
皆の士気が一気に下がった。
相手は裏切り者のアビー男爵の手勢とオークランド東部の屈強な聖騎士団だという。
シュミットも副団長と対峙したが、相手の《祝福》に阻まれ、一太刀も浴びせることが叶わなかったと言う。
「シュミット、ケヴィンは無事だ」と彼に伝えた。
「…旦那様は…」
「俺が出てきた時にはまだ帰っていなかった。
アインホーン城に報せを送ったから、急げば日が昇る前に屋敷に戻るはずだ」
「…お手紙を…あとこれをお預かりしております」と彼は懐から手紙と指輪を取り出した。
「…指輪は返却すると、聖騎士団の副団長から預かりました…新しい妻に渡せと…」
彼はそう言って俺にそれを渡そうとした。
「それはワルターに渡すものだろう?」
「今更…どの面下げて会えましょうか?」とシュミットは悲しげに呟いた。
「私は…主を不幸にする男です…
大恩ある主人も、自ら選んだ旦那様にも、必ずお守りすると誓った奥様も…皆不幸にしました…
力及ばす、申し訳ございません…」
彼は俺の前に膝を着いて、手紙と指輪を掲げるように差し出した。
彼は項垂れて涙を流していた…
彼の手を押し返し、差し出されたそれを受け取るのを拒んだ。
「ケヴィンは恥を忍んで、自分の役目として、俺達に知らせた。
お前もお前の役目を果たせ。それは自分でワルターに渡して、テレーゼの様子を伝えろ」
俺の言葉に、シュミットは差し出した手を引いた。
「ケッテラー殿、誰か伴を付けてブルームバルトに帰してやれ」
「フンメル、シュミットたちを屋敷に送り届けよ」
ケッテラーはそう言ってまた騎馬を命じた。
「急ぐぞ!カナル運河を越えられれば手が出せなくなる!」
檄を飛ばし、彼は馬に鞭を入れた。
騎士たちが彼に続いた。
泣く女と死体を載せた馬車が小さくなる。力無く項垂れた男が取り残される。
立ち上がれ…お前はこの程度で終わる男じゃないはずだ…
強い父として、役目を果たせ。
そう願って、後ろを見るのをやめた。
✩.*˚
アビー男爵に伴われ、用意された馬車に案内された。
「いやはや、お美しいですぞ、テレーゼ様。
オークランドの流行りのドレスもよく似合っておいでだ」と彼は終始ご機嫌で、私の容姿を褒めそやしたが、美しいと褒められても嬉しくなど無かった。
私はこの姿のせいでこんな不幸に見舞われたのだから、美しいなど呪いでしか無かった…
彼を無視して馬車に乗った。
オークランドのドレスは豪奢な意匠で、これでもかとフリルとリボンがあしらわれている。布地も厚手で重い。
痛いほど体を締め上げた強めのコルセットは拘束具のように自由を奪った。
ウエストを締め上げたコルセットは、胸を強調するように押し上げ、女を強調するドレスは襟ぐりだけでなく肩や背まで出ている。
大きなけばけばしい首飾りは首輪のように重い…
まるで引き回される見世物のようだ…
「肩にかけるものを何か下さい」とお願いしたが、貸して貰えなかった。
「そのお姿がオークランドの流行りなのです。ご辛抱なさいませ」と言われて俯いた。
優しくショールで肌を隠してくれた手が懐かしい…
今朝のことなのに遠い昔の事のようで、夢だったのかもしれない…
でも、それを諦めたのは私だ…
あの人は、約束を破った私を怒るだろうか?罵るだろうか?妻になどしなければよかったと…二年を無駄にしたと恨むだろうか?
胸が痛む…
悲しみが、腐った果物のようにジクジクと広がって、胸に穴の空くような重い苦しみに蝕まれた。
幸せだった分、苦しみは倍以上になって押し寄せた。
左手にはあの花束が収まっている。
手を隠すこの花束が無かったら、指輪のない左手を眺めなければならなかった。
この差し入れに少しだけ感謝した。
一人で勝手に囀るアビー男爵に、返事をする気にもならず、暗くなった窓の外に視線を這わせた。
僅かな灯りでは外の景色も分からない。
暗い窓に映るのは死んだ目をした派手な衣装の女だ…
ずるい女…ワルター様を裏切った貴女なんて大嫌いよ…
揺れる馬車の振動がブルームバルトから遠ざかる事を教えた。
馬車の周りを囲んだ騎士の姿が窓の外に見える。
動く馬車から逃げ出したり出来ないのだから、そんなに見張りばかりつけなくていいのに…
また手元の花束に視線を落とした。
可愛い花束…
黒衣の騎士は女性の扱いに長けているらしい。
ワルター様は花束なんて渡さない。
大きな花を一輪だけ手渡すのだ。
百合やダリア、ひまわりなど、こだわりもないらしい。花言葉だって知らないのだろう。
『キレイだろ?飾っといてくれ』
子供みたいな贈り物を渡したことに満足して、彼はまたふらっと立ち去って行く。
寝る時に、寝室に置かれた、一輪しかない寂しい花瓶を眺めて彼は嬉しそうにしていた。
『一輪では寂しいですね』と言うと、『寝るだけの部屋にそんなにたくさんいらないだろ?』と彼は答えた。
でも花は置いていくのね?不思議な人…
花が枯れると、また新しい花を一輪だけ持ってくる。
なにかのおまじないだったのかもしれない。訊いたら答えてくれたのだろうか?
屋敷を出て、しばらく進んだ頃に、馬が嘶いて馬車が止まった。
「何事だ…」とアビー男爵が訝しんでいた。
一歩でも、一秒でもオークランドに着くのが遅れるのなら何だっていい。
なんならこのまま…死んでも…
そう思った次の瞬間、馬車が激しく揺れた。
外が騒がしい。
「何処からだ?!」「上から…」と外から声がする。
また馬車が激しく揺れた。
屋根の上から軋む音がして、メキメキッと何かがくい込んだ。鉤爪のある大きな鳥の足のように見えた。
甲高い、鷹の鳴くような声と男の人の声が屋根から聞こえた。
「エリス!そのまま引き倒せ!」
馬車が傾いた。バキバキと音を立てて馬車が壊れながら横倒しになって、身体が投げ出される。
「何が…」必死に身体を起こして外を見た。
外は大騒ぎになっていて、倒れた馬車から騎士たちが離れた。
視線は夜空に向いている。
今なら…
必死に足をかけて横倒しになった馬車から脱出した。
少しドレスが破れて、割れた硝子が肌を傷つけたが構わない。
「テレーゼ様!」慌ててアビー男爵がドレスを掴もうとしたが、裂けた布切れがトカゲの尻尾のように私の身代わりとして残った。
子供たちとの鬼ごっこも無駄じゃなかった…
「テレーゼ様!
夫人が逃げた!捕まえてくれ!」
アビー男爵の声に、空を見上げていた騎士の視線が慌てて私を探した。
馬の足元をすり抜けて道の脇にある薮に逃げ込んだ。
「ロンメル夫人!」
フェルトン卿の怒鳴る声を聞いた。
彼は親切にしてくれた…でも…
靴が脱げて裸足になった。両手でドレスをたくしあげて、はしたない姿で走った。これではアンネに叱られる。
足は傷だらけだが、それでも泣き言を言って止めることなんてできない。
痛いなんて言っていられない。
「ワルター様…」彼の名を口にして自分を奮った。
馬車を襲ったのが誰かは分からないが、逃がしてくれた。感謝している。
心臓が痛くなるほど走って、足が上がらなくなる。走れなくなっても足は止められない。
ブルームバルトに帰りたい…
皆が待つお屋敷に…
寂しく俯いてばかりの女の子は、沢山の笑顔に囲まれてやっと自分の居場所を見つけたのよ!
愛する人にも出会えたの…
幸せになれたの…
だからお願いします。どうか見逃してください…
神様、明日は私の誕生日なんです。
こんな時に酷いじゃないですか?
テレーゼを祝福して下さい。
あの幸せな場所に、帰ることを許してください…
✩.*˚
突然の襲撃で隊列が乱れた。
短い槍が飛んで来て馬に乗った騎士の鎧を貫いた。
「何がどうなっている!」
待ち伏せか?!そんな馬鹿な!
「上だ!」と誰かが叫んだ。夜空をコウモリのように飛ぶ黒い大きな影が横切った。
黒い影から、銀色の鎧を狙って槍が放たれる。
すぐ真横にいた部下が槍に貫かれて落馬した。
「コリー!」落馬した部下の名を呼んだが返事はなかった。
宙を舞う影は一度隊列から離れたが戻って来た。
戻って来た影は、吸い込まれるように豪華な馬車を狙った。
馬車を蹴飛ばして、影はまた空へと昇った。
「飛竜!」馬車を襲った姿を確認した。背に誰か乗っている。
上空に戻る時に振り向きざまにまた槍が飛んだ。
このやり方…
「ウィンザーの騎獣兵!」
一人だというのにかなりの手練だ。
ヴェルフェル家に懐柔された奴か!
飛竜の襲撃に怯えた馬は役に立たない。
なだめてる間に、鳴き声を上げながら戻って来た飛竜が再び馬車を襲った。
馬車の屋根を後脚で掴んで揺さぶった。
「エリス!そのまま引き倒せ!」と竜の背から声が飛んだ。
彼は邪魔をしようとした騎士を特殊な投槍で黙らせて飛竜の手綱を操った。
力強く羽ばたいた勢いで、馬を繋いだままの馬車が横転した。車軸が折れて走れなくなった馬車を残し、飛竜は囲まれる前に空に帰った。
この男、実に手馴れている。
投槍の腕も正確で無駄がない。
常に動いているから狙いも定まらない。どうしたものか…
上空を睨む俺たちの耳にあの裏切り者の声が届いた。
「テレーゼ様!」と必死な声が馬車から聞こえる。
怪我をしたか?
横倒しになった馬車から誰か這い出した。
「テレーゼ様!
夫人が逃げた!捕まえてくれ!」
マジか?!
ドレス姿の彼女の小さな影が、馬の間をすり抜けて道の脇の薮に逃げ込むのを見た。
「ロンメル夫人!」呼び止めたが返事はなかった。
「俺が追う!お前らは団長の指示に従え!」と部下に指示して愛馬で彼女の後を追った。
よく逃げたな!とんだお転婆だ!足も早い!
置き去りにされた靴や、枝に引っかかったままのリボンが彼女の足跡になった。
折れた枝が散らばる。
そんな必死に逃げて…そんなに嫌か?
このまま逃がしてやりたい気もするが、それはできない話だ…全く嫌な仕事だ…
ロバートじゃないが、俺だってこんな仕事引き受けたくはなかった…
「夫人、出て来い」と細い木々と草の生い茂った暗闇に呼びかけた。返事はないが、遠くには行ってないはずだ。
「逃げきれないぞ。戻って来い」
馬の足を進めると、すぐ近くでカサカサと葉の擦れる音がした。視線を巡らすと、茂みの端に光沢のある赤いドレスの裾が見えた。
馬を降りて近付くと、ドレスは逃げるように引っ込んだ。
茂みに隠れたボロボロの乙女は、雨で震える子猫のように身体を丸めて俺を拒んだ。
露出した肌は逃げる途中にできた傷で所々血が滲んでいる。
靴を捨てて逃げた足元は怪我していた。
連れ戻しに来た俺の姿を見て、彼女の大きな瞳が涙で潤んだ。
「…嫌…」
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黒いマントは喪服のように彼女を覆った。
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好きで選んだ仕事じゃない…なんなら嫌いだが、ここ以外に居場所がないのも事実なのだ。
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茂みの中に手を伸ばし、彼女を抱き寄せて抱えた。
彼女は少しだけ抵抗を試みたが、指輪を奪おうとした時ほどではなく、直ぐにそれもやめた。
疲れたのか、諦めたのか…
夫人を抱いて馬の背に戻った。愛馬は重いと文句を言うように嘶いて足踏みした。
「…ごめんなさい」
そう小さく呟いた彼女の言葉は、誰に向けられたものなのだろう?
俺か?夫か?それとも他の誰かか?
美人ってのも考えものだな…
馬の背に揺られながらそんな事を思った…
✩.*˚
足止めの襲撃を終えて早々に退散した。
「よく頑張った、エリス」
襲撃で活躍した彼女を褒めた。
「クルル」と喉を鳴らすように鳴いた彼女は誇らしげだ。鬣を撫でて遥か下を見下ろした。
馬車は使い物にならなくなったはずだ。多少荒っぽいが、仕方ない。
騎士も数人槍で屠ったし、やれるだけのことはやった。
上空から見下ろす私の眼下に、先程の一行とは違う騎馬隊が見えた。
見たところ20騎程…
精鋭としても少な過ぎる…
先程のオークランドの装いをした一行は少なくとも三倍は居ただろう。
情報を与えてやるべきと思い、エリスに下降を指示し、彼らの通り道に降り立った。
「何者か?!」
「南部侯にお仕えする者です」と彼らの誰何に応じた。
一行の足が緩んだ。
「アイザック・ウェイドと申します」と名乗ると、先頭を進む老騎士は「ロンメル男爵にお仕えするケッテラーである」と名乗った。
「侯爵閣下からの伝言か?」と彼は私に確認した。どうやら独断で先行している部隊のようだ。
「この先500メートル程行けば追いつけます。
多少荒っぽい方法になりましたが、馬車を動けなくして足止めしました」
「奥様は?」と彼は夫人の安否を確認した。
「暗くて確認できておりませんが、敵は70騎程…
装いからして、おそらくオークランド東部の聖騎士団でしょう。印が《白蘭》でしたので、間違いないかと…」
私の報告にケッテラー殿は生真面目に頭を下げた。
「ご報告感謝する」
「一時間ほど前に、ロンメル男爵閣下もアインホーン城から屋敷に戻られております。
急ぎこちらに向かっております」
「それだけ聞ければ十分だ」と彼は部下に呼ばわった。
「聞いたな!朗報である!
各々方!存分に奮え!奥様をオークランドに渡すでないぞ!」
「応!」と声が上がる。
「ウェイド卿」とケッテラー殿は馬上で私に向き直った。
「卿の働きに感謝する。もう一働きいただけないだろうか?
我らの忠義をロンメル男爵閣下にお伝え頂きたい」
「…玉砕なさるおつもりか?」
「タダでは死なんよ」と老兵は笑ったが、その顔は死に場所を決めた男のものだ。嫌という程私が見てきたものだ…
私もかつて憧れた精神だが、私は主に殉ずることも叶わなかった…
「ご武運を…」と死を覚悟した男たちを送り出した。
走り去る騎馬の一行を見送って、娘を撫でた。
「行こう…」
また、私は死に場所を見つけられなかった…
✩.*˚
空に逃げて行った襲撃者を見送って剣を収めた。
襲撃者は、私の《祝福》の届く範囲から遠く離れていた。
どさくさに紛れて夫人が逃げたと報せを受け、部下を睨んだ。
「他は?被害は?」
「重傷者5名、3名が討死です」
不愉快な報告に怒りが込み上げた。
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私たちは似てないのにそっくりだった。帰れない孤独な傷跡を抱え、神から《祝福》を教授していた。
だから私は彼を友に決めた。
副団長として傍に置いた。
アーサー、お前はこの私を裏切る気か?
沸々と湧き上がる怒りと焦燥に拳を握った。
拳の周りを青白い光の筋が現れては消える。《祝福》が表に出るほど、私は彼に腹を立てていた。
「団長、フェルトン卿が戻られました」
「悪いな、心配をかけた」と戻った彼は馬上で夫人を抱えていた。
赤ん坊のように、アーサーの黒いマントに包まれた女に詰め寄った。
「逃げるとはどういう了見だ!私は約束を守ったはずだぞ!」
怒鳴りつけられた彼女は、アーサーの腕の中で小さく身じろいた。
「止せよ、ロバート」とアーサーが私を窘めた。
「指輪を渡すって約束はしたが、逃げないって約束はしてなかった」と彼は詭弁を述べたが、私の怒りは収まらない。
「二度と逃げられないように、足の健を切っておけ!それでも逃げるようなら目を潰してしまえ!」
「おい!それはやりすぎだ!」夫人を抱き寄せて庇う親友の姿に、更に苛立ちが募る。
「ならばお前が何とかしろ…次は無い」
「寛大だな」とアーサーは俺を睨んで皮肉を口にした。
肌を刺すようなピリピリとした空気が二人の間に立ち込めた。
お前は夫人に肩入れしているが、彼女はお前を愛することは無いと分かっているだろう?
私の怒りを買ってまで守る価値があるのか?
「女を守るなんて騎士の鏡だな」と彼に皮肉を返して馬の向きを変えた。
私は与えられなかった者だ。
そして彼は奪われた者だ。
愛を信じぬ、神の元に逃げ込んだ似た者同士のくせに…
この不愉快な感情はあの女のせいだ…
この任務をいち早く終わらせて、心安らぐ神の家で祈りを捧げたかった。
✩.*˚
若い騎士を伴った、シュミットとアンネを乗せた荷馬車と出くわした。
俺の顔を見るなり、シュミットは涙ながらに謝罪した。
彼は恥を飲んで俺の前に戻ったのだろう…
テレーゼの為にと、生きて帰った彼を責める気にはならなかった。
騎士より騎士らしい精神を持った彼には、主を置いて生きて帰る方が苦しかった事だろう…
仔細を語った彼は、テレーゼから預かった物を俺に差し出した。
「お手紙と…これを」
小さな銀色の輪を見て言葉を失った…
大量に出血した時のように、身体から生気が抜けた。
立っていられなくて膝を着いた俺を、スーの腕が支えた。
「ワルター、しっかりしな」と言うスーの声が曇って聞こえた。
大きさの違う同じ指輪が俺の左手にある。
シュミットは苦しげに「申し訳ありません」と声を絞り出した。その言葉が全てを物語っていた。
スーが俺の代わりにシュミットから手紙と指輪を預かって俺に握らせた。
「時間が無いからすぐ確認して、それからケッテラー達を追いかけよう」
「あぁ…そうだな…」
「全く、しっかりしてくれよ」とスーに叱られた。
手紙と指輪を持つ手が震えた。
危うく指輪を取り落としそうになる。
指輪の内側に刻まれた、《死が二人を分かつまで》の文言と彼女の名前が目に留まる。
テレーゼ…お前が外したのか?
こんなの返されて…どうしろってんだよ?!
「ワルター、抑えろ」とスーに言われてハッとする。
スーの吐く息が白い。木々に茂った緑の葉に白い縁どりが浮かんだ。
「これは…」
俺の《祝福》を初めて体感するトゥルンバルトらが驚きの声を上げた。
「皆、少し離れてくれ」とスーが俺の代わりに警告を発した。
「ハンス、君もだ。俺以外は呼ぶまでワルターに近寄るな、絶対だ」
スーの声は緊張していた。
スーには俺の《祝福》の一部が見えている。
精霊を見ることができるのはスーだけだ。
「すまん…」と謝って手紙に向き直った。
白く濁る深呼吸をして、意を決して手紙の封を切った。
開いた便箋は白いシンプルなもので、綴られた文章はさらにシンプルだった…
その綴られた言葉は、俺の記憶に残された傷口を深く抉った。
震えた…
何でだよ!お前らは…お前までそんな事言うなよ!
綴られた言葉はエマが最後に残した言葉だ…
《私を忘れてください》
宙に投げ出されたような感覚…絶望ってやつが俺の感覚を支配した。
俺はまた一人、女を不幸にしちまった…
✩.*˚
手紙を確認したワルターだったが、身体を支えきれずにその場に膝を折って崩れ落ちた。
彼を中心に、凍えるほどの冷気が辺りに立ち込めた。
それとも同時に、空気の凍る音がして、その場に白い大きな雄鹿が顕現した。
「…《冬の王》」間違えようがない強力な精霊王の気配に、離れた場所から馬の怯える声がした。
白い体から垂れた、半透明の氷で装飾された飾り毛。
背には雪の結晶のような斑紋が刻まれ、長い煌めく尾は地に触れて氷の道を地面に刻んだ。
鹿の足がゆっくりと地面を踏むと、地面は音を立てて凍り、霜柱が出来て足元を飾った。
離れた場所から騎士たちのどよめきが聞こえてくる。
《冬の王》の姿が彼らにも見えているのだろう。
《冬の王》は慰めるようにワルターの傍らに寄り添った。
「…我が眷属」と鹿の口が人の言葉を紡いだ。
「何を願う?」《冬の王》は優しくワルターに囁いた。
「…テレーゼを…返してくれ」と願いを口にしたワルターに、《冬の王》は頷いて応えた。
「我の愛した人の子よ、承知した」
角笛のような響きを持つ雄鹿の鳴き声を合図に、ワルターの頭上に幾重にも重なった光る巨大な魔法陣が現れた。
「我が寵愛を受け入れよ」
《冬の王》の宣言が響き渡った。魔法陣から跳ねる白銀を帯びた鹿の群れが勢いよく溢れた。
魔法陣が輝くと、ワルターのいたはずの場所に一頭の白く光る雄鹿が残されていた。身体には彼の神紋が浮かんでいる。
寄り添う《冬の王》が、鹿に姿を変えたワルターを誘った。
「《白い手》の妻を迎えに行こう」
跳ねる二頭の雄鹿は、氷の足跡を残して夜闇に消えた。
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