燕の軌跡

猫絵師

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奴隷の作り方

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「なあ、クリス…」目の前の惨状を眺めて、アランがため息を吐いた。

「俺もこの仕事長いけどよ…

個体差はあるにしても、ハーフエルフってぇのはみんなこんなのか?」

「俺も初めて手を出したからな…まぁ、それにしても…」

気を失ってる間に、シャツ一枚を残して持ち物は全て取り上げている。普通なら泣き出して怯えるところだろう。

しかし、この子供は置かれた状況に悲観するどころか、闘争心を剥き出しにして暴れた。

魔法を遮断する手枷を叩き壊そうとしたので、仲間が止めに入ったが、どいつもこいつも子供相手にボコボコにされて床に転がった。

「顔に似合わず気の強いガキだ…腕っ節もなかなかだな…」とアランは床に転がった連中を蹴飛ばした。

「お前ら、ガキ相手になんてザマだ?」

「…兄貴、こいつ強いっすよ」

「だらしねぇな…手枷と脚に鎖着けてるガキ相手にボコボコにされてんじゃねぇよ」

「僕の腕輪を返せ!」と髪を振り乱した少年が吠えた。

「腕輪?」と問い返すとアランが「これか?」と煌びやかな石のついた腕輪を取り出して子供に見せた。

「返せ!」必死の形相で腕輪を取り返そうとする少年に、アランはこれみよがしに腕輪をチラつかせた。

「おっと!危ねぇな」

「僕の物だ!」

「へぇ、いいもん持ってんな。服もいい服だったし、大事にされてるじゃねぇか?」

ヘラヘラと笑いながら、アランは子供の髪を乱暴に掴んで床に引き倒した。首を押さえ込んで身動きを封じると髪を引っ張って顔を上げさせた。

「舐めんなよ、ガキが」とアランが子供相手に凄んだ。

全く大人気ない。

彼は苦しそうにもがく子供の背中に足を乗せて体重をかけた。肺を圧迫されて呼吸出来ずに、喉の奥からか細い悲鳴が漏れた。

「やり過ぎるなよ」

「分かってるよ。誰が上なのか教えてやっただけだ」と答えてアランは子供から手を離した。

子供は気を失ったのか、ぐったりして動かなくなった。

「首輪を用意しろ。後ろ手に手枷を掛けて、足も短い鎖に変えて、目隠しと猿轡しておけ。ちったァ大人しくなるだろう?」

部下に命令して過剰なまでに拘束具を増やした。

まぁ、さっきの暴れようじゃ仕方ないだろう。

「これは俺が預かるぜ」アランはそう言って腕輪を弄んだ。この少年にとって大事な物らしい。

目隠しをかける前に顔を近くで確認した。

大人しくしてれば綺麗で上品な顔だ。

耳もエルフの特徴が出てる。

さらりと流れる黒髪を見て興奮した。

「黒髪のエルフか…」

髪を数本抜いて回収した。根元から真っ黒だ。染めてるわけじゃなさそうだ。

初めて見る商品に胸が高鳴った。

俺の一番でかい取引にしてやる…

髪を撫でて目隠しを掛けた。子供を檻に繋いで、部屋を後にした。

✩.*˚

腕が痛くて目が覚めた。

「ゔゔ…」いつの間にか猿轡を噛まされていて、獣みたいな呻き声しか出ない。

目隠しををされているのか視界を遮る何かが邪魔をしてあたりの様子も分からない…

寒い…

どこにいるのかも分からず、動くことも出来ず、冷たい床に横になったまま耳を澄ませた。

後ろ手に掛けられた手枷と足元の冷たい鎖の感覚に恐怖を覚えた。

何で…

身体を丸めて心細くて震えた。

エルマー…彼はどこだろう?

『エッダだ』とエルマーが道化師を見て教えてくれた。道化師はオーラフみたいに器用に芸を披露していた。

『オーラフもエッダだったんだぜ』

『そうなんだ…』懐かしくて、二人で道化師を眺めた。

しばらく見てると、道化師はすぐ近くまでやってきた。

『ホホッ』と奇妙な声で笑いながら、手にした紐を切って手の中でくちゃくちゃと丸めた。

何かと思って彼の手を見ていると、彼はまた『ホホッ』と笑って、見てと言うように握った手を差し出した。

覗き込んだ僕の目に飛び込んできたのは、紐から変わった生きた小さな蛇だった。

道化師はその小さな蛇を僕に投げた。

咄嗟に出した手に蛇の牙が刺さった。痺れと目眩で体の自由を奪われた。

記憶はそこで途切れた…

油断してた…

猿轡を噛んで悔しさを滲ませてももう遅い。

今ここがどこかも分からない。でもそんなことより何より…

「ゔゔ…あぐ…」身体をよじって手首を触ろうとした。

父さんから貰った腕輪を探した。

最悪だ…

涙が滲んだ。

あれがないと…あれが無いと父さんの居る結界の中に入れない…もう会う手段がない…

嫌だ…父さんに謝りたかったのに…出直すつもりだったのに…

猿轡をされた口から漏れるのは無様な嗚咽だけだ。

助けて…

みんなの顔が頭を過った。どうしよう…どうしたらいい?

鼓動が早くなる。緊張で吐きそうだ。手足が悴む。

聴覚だけは鮮明で音を拾った。

重い足音が近付いてきた。重そうなドアの開く音が聞こえて、見えないのに音のした方に顔を向けた。

「ざまぁねぇな」と男の声が僕を嘲った。どこかで聞いたことがある気がした。

乱暴な手が枷に繋がれた腕を掴んで引き寄せた。

無理やり引っ張られて手首に負荷がかかった。折れそうになって悲鳴をあげたが、猿轡が邪魔をして呻き声にしかならなかった。

「ええ?どんな気分だ?!全部失った気分は?!」

男は僕を責め立てた。鉄格子に身体を推し当てられて硬い鉄柵が身体にくい込んだ。

「あの男を恨め!俺を選ばなかったことを後悔しろ!」と男はがなり立てた。

痛みでもがいていると目隠しが緩んだ。隙間から男の顔が見え、自分の目を疑った。

やつれてはいたが間違いない…ギュンターだ…

落窪んだ狂気を孕んだ目を見てゾッとした。

目が合った彼は、下卑た笑いを口元に宿して、腕を引っ張る手に力を込めた。手首がギリギリと軋んだ。

「痛いか?悔しいか?

あの時みたいに強がってみろよ!それとも助けてくださいとでも言うか?!」

「んんっ!ふぅう!」

「犬みたいだぞ!生意気な口も利けないだろう?無様な姿がお似合いだな!」

ギュンターは楽しんでいた。

このままだと何をされるか分からない…怖い…

「おい!何やってる!」騒ぎを聞きつけたのか、別の誰かが部屋に現れた。

「ギュンター!てめぇ、何してやがる!」

「ちっ!」舌打ちをして拘束していた手が離れた。冷たい床に投げ出されたが、床の方がギュンターより優しい。少し安堵した。

「さっさと出て行け!二度とこの部屋には入るな!」と男はギュンターを追い出した。

「怪我はないか?」と彼は檻の中に入って僕の身体を確認した。傷を確認してると分かっても、身体のあちこちを触られて気持ち悪かった…

「痣くらいだな。手首が酷いな、痛むか?」

彼は僕を心配したが、この人だって人攫いの仲間だ。信用ならない。

「よしよし、大丈夫だ。怖かったな、ちょっと落ち着け」と子供をあやす様に彼は僕を毛布に包んで背を撫でた。

「あいつはもう近づけないから安心しろ。

毛布はこれ使え。床のままじゃ冷たいだろ?」取れかけた目隠しに手を伸ばした。

「さっきみたいに暴れないなら目隠しは外してやるよ。騒いだりしないなら口のも外してやる。どうする?」と彼は僕に訊ねた。

この人はどういうつもりだろう?

「まぁ、俺はどっちでもいいんだ。目隠しあった方が良いか?」と言って目隠しを戻そうとしたので抵抗した。

「怖いか?やめとくか?」

彼の言葉に頷いた。彼は「そうか」と笑って目隠しを外してくれた。

「大人しくしてたら手ぇ出したりしねぇから安心しろ。暴れたら拘束するものが増えるからな?分かったか?」と言われてまた頷いた。

僕が頷いたのを確認して、彼は満足そうに頷くと猿轡を外した。

「酷い顔だ」と言って彼は布で僕の口元を拭った。

「いい子にしてたら首輪も外してやるよ」と彼は僕の頭を撫でて立ち上がった。

「お前名前あるのか?」

「スペース」と答えてハッとする。何で僕は彼に答えてるんだ?わずかな時間で彼に心を掴まれていた。

「いい子だ、スペース」と彼は僕の名前を呼んで笑った。

「後で様子を見に来るから、ちょっと待ってな」

「君の名前…」

「俺の事は《クリス様》って呼びな。他の奴らに痛い思いさせられたくないだろ?」

彼がここでは偉い人なのだろうか?

「…クリス様」

「そうだ、それでいい。よくできたな、偉いぞ」と彼は僕を褒めて部屋を出て行った。

どっと疲れたような気がして、毛布を被ったまま床に転がった。彼の言う通りにすると、さっきより少し楽になっていた…

✩.*˚

ちょろいな…

「いい悪役っぷりだ」とギュンターの肩を叩いた。

「これであのガキのテリトリーは檻の中だ。俺の事も多少なりと信用したはずだ」

「あんた、悪い奴だな」と言うギュンターに「お互い様だろ?」と笑った。

「心は壊して、再構築する時に絡めとるんだ。そうすりゃご主人様に依存する良い奴隷になる。覚えとけ」

質の良い奴隷というのは、自分の意思でご主人様に尽くす奴だ。

恐怖や暴力で抑え込めば、いつか機会があれば反発する。

何でもバランスってやつは大切だ。

自分の意思で、人間に従順にさせ、蜜の味を覚えさせた方が扱いやすい良い奴隷になる。

「俺の作った《人形》は評価が高いんだ。ある種の芸術さ」

「あんた本当に人間か?悪魔みたいだ…」

「お前だって案外俺の《作品》になってるかもしれんぞ」と言うとギュンターはゾッとした顔をして目を見開いた。

「冗談だよ」と笑ってやったが、ギュンターの顔色は悪かった。

どんな奴でも掌で転がしてやる…

俺に操れない心なんてないさ…

どんな些細な欲も大きくして、いいように扱ってやるよ。

「あんた、怖い男だ」

「そう言うなって。からかって悪かったよ。お前のおかげであの猛獣みたいな子供も大人しくなったんだ、感謝してるさ」

ホント、単純で感謝してるよ…

「さて、別のおチビちゃんの世話があるんでな。お前は次の仕事まで休んでて良いぞ」とギュンターの背を叩いて別の部屋に向かった。

あの子らももう少しで《人形》になる。そしたら出荷先を探すだけだ。

鼻歌交じりで優しいおじさんを演じてみせる。

今日の小道具はお花だ。しばらく見てないはずだ。喜ぶだろう。

服だって卑猥なものでも、ないよりマシと刷り込めば自分から着る。

あとは男を喜ばせるように教えれば完璧だ。

それだけであいつらは大金に変わる。

行き先がどんな変態の所かなんて知ったことか!

彼女らの部屋を訪ねた。

「クリス様」と少女たちは俺の姿を見て喜んだ。

「《リリィ》、《ベス》、いい子か?」と優しく頭を撫でて「やるよ」と花を差し出した。

少女らは歓声を上げて安っぽい花を嬉しそうに受け取った。

あの《スペース》というガキも、すぐにこの子たちのような《人形》にしてやるさ…

✩.*˚

「…まさか…こんな目と鼻の先に居たとはな…」

ヨナタンから聞かされた時は驚いたが、宿屋で対面した彼の顔を見てさらに驚いた。

「あんた火傷の痕は?」

「…これと引き換えになったらしい」と言って彼は服を脱いだ。服の下から現れたのは《神紋》だ…

「お前もかよ…」と呻いた。

「どういうことだ?」

「変な獣に会ったか?」と彼に訊ねて俺も服のボタンを外して肌を見せた。

「『《英雄》だ』とか言ってなかったか?」

「言われた…」と彼は嫌な顔をした。

「はぁ…やっぱりなぁ…」

つまり、《神紋の英雄》は二人いるってことだ…

こりゃパウル様が黙っちゃいないぞ…

「おい、ワルター!そんな話は後だ!」とエルマーが話を遮った。

ソーリューは別の青年と睨み合いになっている。

「おい…本当にこいつらに頼るのか?」とソーリューは目の前の青年を睨んでいた。睨まれてる青年は涼しい顔で応えた。

「いいんですよ、私はどちらでも…ネズミはお嫌いみたいですし…」

「レオン、そいつらを挑発するな…」とアルフィーが青年をたしなめた。

「ソーリュー、彼とは因縁があるかもしれんが、今は好き嫌い言ってる場合じゃない。仲良くしろ」とヨナタンが二人の間に入って引き離した。何故かレオンの肩を持っている。

「すまんな、レオン」

「いえ…」レオンは自分の肩に置かれた手に違和感を感じてるようだ。

「お前…まさか、そのネズミ男に惚れたとか言うなよ?」 

「可愛い顔だ」とヨナタンは開き直っていた。こんな時に…

「これ以上話ややこしくするのやめようぜ…」

「俺もエルマーの意見に賛成だ…」

エルマーとフリッツはうんざりした顔だ。

「えぇっと…あんたはウィンザーの人間なんだよな?」

「はい。スペンサー様の元で斥候、観測役をしておりました」と答えたレオンは窓からネズミを引き入れた。

ネズミを見たソーリューが嫌な顔をして半歩下がった。

「彼らは役に立ちますよ」と身体に登ってくるネズミを愛おしげに愛でた。

「レオンは俺と違って役に立つ。あのスペンサーが重用してたくらいだ。信用してやってくれ」とアルフィーは彼の能力を保証した。

《烈火》とスペンサーのお墨付きとあれば間違いなさそうだ。

「よろしく頼む」と彼にスーを探すのを依頼した。

レオンと呼ばれた青年は頷いて、スーの特徴を確認した。

「髪は長い黒、瞳は紫、まつ毛は長くて目はアーモンド型、鼻は鼻梁の通った感じですね…他の特徴は?」

「背は俺の肩の辺りだ。肩幅少し狭い。見た目は15、6くらいの少年だ。顔にはないが、首と鎖骨の辺りにホクロがある」とエルマーが教えた。よく見てるな…

レオンはネズミにスーの特徴を伝えて送り出した。

「ネズミってどのくらい居るんだ?」とエルマーが訊ねた。

「私にも正確な数は把握してませんが、この街のネズミは私の手駒ですよ」

「…あんたが敵だと思うとゾッとするわ…」

「戦うのは向いてませんが、情報屋としてなら十分です」

「スペンサーが長く戦えたのはこの男の働きが大きいだろうな…」とアルフィーは彼を評価した。

「子供を見つけたらお前らに伝える。だから俺たちを見逃してくれ」とアルフィーは俺に交換条件を確認した。

「それはいいが…あんた良いのか?」

「何が?」とアルフィーは問い返した。

「《金百舌鳥》に帰らないのか?」

「帰ったらまた戦場に出なきゃならん」と彼は静かに答えた。

「俺は今の生活が気に入ってる。

やっと手に入れた人間らしい静かな生活だ…」

「…そうか」今までどんな生活を送って来たのかは分からないが、今の生活が幸せと思えるのならそっとしておいてやるべきだろう。

「良かったな、いい所に落ち着いて」

「あぁ…」と《烈火》と呼ばれた男は静かな笑みを見せた。満足そうなその顔が全てを物語っている。

「《烈火のアルフィー》はもう死んだ。俺はその残りカスさ」とギルと名を変えた男はそう言って遠い目をした。

人生なんてどう転ぶか分からんな…

正反対の人生を歩む彼に何故か親近感を覚えた…

✩.*˚

「ねぇ…僕の腕輪返してよ…」

スペースは食事に全く手をつけなかった。

まぁ、後ろ手に手枷をはめたままでは食べるどころではないだろう。

食事なんてそっちのけで、ずっと腕輪を返してくれと懇願していた。

「お願いだから…あれが無いと困るんだ…」

「何なんだ?あの腕輪はそんなに大切なのか?」

確かに質の良さそうな高価な品だったが、そこまで固執すると何なのか気になる。

「クリス、お願いだよ」

「二人だけの時もちゃんと《クリス様》って呼びな。誰が聞いてるか分からんぞ」

様と言わせるのは大事だ。

調教するのに立場の違いははっきりさせなければならない。

「ワルターはそんなこと言わなかった」とギュンターの異母兄のことを引き合いに出した。

面倒くさいな…あいつらはどうやってこいつに言うことを聞かせてたんだ?

「僕をどうする気?」

「さあ?お前たち次第だな…」

「どういうこと?」

「俺ら金が欲しいんだよ。

お前の仲間が身代金を寄越せば無事に返してやるよ…

なに、払えないほどの金額を要求するほど馬鹿じゃねぇよ、安心しな」

「ホントに?」とスペースは訊ねた。乗っかってきたな…

「でもな、金をケチって払わねぇってんなら話はちと変わってくる…」

「そんなこと…」

「ままあるんだぜ。金の方が大事って奴は少なくねぇんだよ」

「ワルターはそんなこと言わない」

「そうかい?」随分信用してるんだな。その方が好都合だ…

信じた分、裏切られた時の絶望が大きくなるだけだ。

「まぁ、そういうことだから、ちゃんと食えよ。返す前に死んじまったら元も子も無いからな」

「うん」仲間のところに戻れると思ったのか、スペースは大人しく従った。

「食わせてやるから、ちゃんと《いただきます》しな」と言って手ずから餌を与えた。

面倒だが、食事を食べさせるのは信頼に繋がる。

「いただきます」と言ったのでちぎったパンを口に運んだ。

スペースは大人しく餌を食べた。

「《ご馳走様》は?」

「ご馳走様」

「よし、いい子だ」皿を下げながら食べたご褒美に優しい言葉をかける。

「いい子にしてたら帰れるだろ?

帰れるようになったら持ち物も全部返してやるよ」

「腕輪も?」

「あぁ、全部だ」と頭を撫でてやる。

もちろんそんな日は来ないけどな…

スペースは俺の言葉を信じたようだった。

「ありがとう、クリス…様」

「ちゃんと言えるじゃないか?その調子だ」

その調子で、俺の《人形》になるんだぞ。

✩.*˚

「ゲスいな、《クリス様》」

アランが俺を皮肉った。

「流石、《心操のクリス》だ。あんたにかかったらみんな赤ん坊みたいになっちまう。

ギュンターもビビっちまってたぜ」と笑って彼は机の上に足を乗せた。

手にはあの腕輪がある。

「これ確認させたが、純度の高い魔石と特殊な金属で出来てる。あのガキの何者だ?」

「さあ?」

「世間知らずでまるで王子様だ」

「確かに…」言い得て妙だ。

アランは腕輪の石のひとつを指さして見せた。

カットされた金剛石によく似た透明な石は光を集めて輝いた。

「他の石はだいたい何なのか分かったが、この石だけ分からんのだ。

何だろうな?特殊な魔法が刻まれてるみたいなんだが、その辺の魔法使いじゃさっぱり分からん」

「エルフの魔法は分からんことも多いからな」

そう答えてアランの向かいの席に座った。

「で?子供が消えて、あいつらはどうしてる?」

「それが不思議なんだがな…」とアランはボサボサの頭を掻き回した。

「宿屋から動かんのだ」

「動かない?」

「あぁ…てっきり方方探して回るかと思ったが、合流した後、誰も動きゃしねぇ…

見張りから定時連絡は来てるが、さっぱりだ」

それはそれで気味が悪い。

「ここも早く捨てた方が良さそうだ」とアランは拠点を変えるように提案した。

「案外気に入ってたんだがな…」

廃城だが、地下はそのまま使えていた。

ウィンザーの城は頑丈で有名だ。特別な石の組み方をしてるから崩れる心配もないし、地下でも案外快適だ。何より地下室が充実してたので気に入っていた…

「引越しか…」面倒だな…

「仕方ないさ、フィーアは人身売買も奴隷も違法だからな…ウィンザーは丁度いい隠れ家だったんだがな…」

アーケイイックから捕まえてきたエルフの子供を隠すには丁度いい場所だった。

オークランドに直接連れ込むルートはアーケイイックの連中の警戒がきつい。

それに比べ、フィーア側に抜けるルートは比較的安全だった。

アーケイイックからフィーアに抜けて、ウィンザーに連れ込んでからオークランドに連れ帰るのが、多少手間でも安全だった。

そのやり方も変えなければならない…

「…さて、どうしたもんかね…」

悩みながら机に頬杖をついた。鈍い眠気が湧く。

子供の世話に追われて仮眠ばかりで満足に寝れていない。

「寝んのか?」とアランが訊ねた。

「二時間したら起こしてくれ」と伝えてそのまま机に伏して目を閉じた。

✩.*˚

スーが消えてから二日経った。

ネズミより先に報せを持ってきたのはシュミットだった。

「旦那様、お手紙です」と宿屋を訪ねてきたシュミットが手紙を差し出した。

差出人の名前もない。

「子供が届けに来ました。知らない男に頼まれたと…」

「中身は?」とエルマーが訊ねた。

妙な膨らみがある封筒を開けて中を確認した。

中からはメモと束ねた髪の毛と首飾りが出てきた。

「…スーのだ…俺がやった」と言って、エルマーは貝殻の首飾りを手にした。

「間違いないか?」

「間違えるわけないだろ?俺の弟の宝物だったんだから…」

首飾りを握る手は震えていた。エルマーは小さく「俺のせいだ」と呟いた。

彼はスーが消えてからかなり精神的に参っていた。また壊れてしまうのではないかと心配だった。

「ワルター、手紙はなんてある?」

ソーリューが手紙を読むように促した。彼は相変わらず落ち着いた様子だった。

「…身代金の要求だ」額面を見て驚いた。

「幾らだ?」

「…『大金貨で30枚』とある」

「そんな金?!」

「エルフの値段なら珍しい金額じゃありません」とシュミットが答えた。シュミットも薄々気がついていたのだろう。

「少なくともエルフの流通金額は大人で大金20枚。子供なら25枚。希少価値のあるものなら30枚でもおかしくない…スーは珍しい黒髪です。何も不思議はありません」

「しかし…すぐに用意出来る金額じゃ…」と流石のヨナタンも頭を抱えた。

小さい城だって買える金額だ…

「何とか侯爵から借りれないか?」とフリッツは言ったが、それも難しいだろう。

「無理だ、まともな金額じゃない。それに…」

「これでスーが帰ってくる保証もないからな…」とヨナタンが苦々しく呟いた。

「金をどうするとある?受け渡しは?」とソーリューはその先を訊ねた。

「金の受け渡し場所がわかったところで…」

「金ならある」とソーリューは答えた。

「馬鹿言え!大金30枚なんてあるもんか!」とフリッツが怒鳴ったが、ソーリューは嘘を言っている様子はなかった。

「取ってくる…俺の手持ちでほぼ足りるはずだ」

その一言で俺たちには事足りた。首を捻ってるのは事情を知らないシュミットたちだけだ…

「待てよ!お前…それって…」

「ワルター…すまんが、足らない分は侯爵から借りてくれ…」

「お前の帰るための金だろう?!こんなことに使うなんて…」

「スーの方が大事だ」とソーリューは強い口調でそう言った。彼は惜しげも無く大金をスーのために使う気でいた。

「少なくともこれで相手と接触できるなら、ネズミで探れるはずだ…そうだろう?」

「街中探してますが、まだ見つからないところを見ると、この街にはもう居なさそうです。

捜索範囲は随時広げていますが、それでも見つけるには数日かかるかと…」とレオンの返事に、ソーリューは「時間が惜しい」と金より時間を惜しんだ。

「スーはあの容姿だ。必ず金になる。売られる前に取り返さねば金でも解決できなくなる」

ソーリューの言うことは尤もだ。

フィーアでは人身売買は禁止されている。ウィンザーも既にフィーア領だ。そうなると売る先は自動的にオークランドかその他の国となる。そうなれば取り返せる保証はなかった…

「すまん…」

「気にするな」とソーリューは応えたが、強がるその声は硬かった。

「金はタダで渡す気は無い。俺もんでな」

「すぐには無理だが…必ず何とかする…」と約束した。ソーリューの目元が少しだけ優しく緩んだ。

「ハフリ殿、護衛として同行致します」とシュミットが同行を申し出た。ソーリューは頷いて一緒に宿を出て行った。

「…いい仲間だ」とギルが俺の背を叩いた。

「あぁ…自慢の仲間だ…」そう応えて自分の無力を呪った…

✩.*˚

「奴ら動いたぜ」とご機嫌なアランが仮眠中にやって来た。

スペースはだいぶ大人しくなっていたし、落ち着いて仮眠を取れるくらいには余裕が出来ていた。

「俺の手紙に反応した」

「手紙?」眠い目でアランを睨みながら訊ねた。そんな話しあったか?

「大金30枚を提示した、俺が取りに行く」

「…お前…勝手を…」

呆れた…

しかも大金30枚だと?!城が買えるじゃないか?一介の傭兵隊長だっただけの男にそんな金あるわけない!

「なに、侯爵から借りるだろ?お前はガキどもを連れて移動しろ、後から追いつく」

「なかったらどうする?」

「俺がヘマすると思うか?俺だって《祝福持ち》だぜ。逃げ足だけなら誰にも負けねぇよ」自信満々にそう言い放つとアランは不敵に笑った。

道化の振りをしてスペースを攫ってきたのはこの男だ。

無茶苦茶な奴だが能力だけはお墨付きだ。

「俺が囮になってる間にオークランドに落ちろ」

「分かった」

「取引は明日の夜だ。満月みたいだな」と彼は笑った。

子供たちを連れ出す言い訳が必要だな…

「全く…手紙を出すなら俺に一言断りがあっても良かったろうに…」と文句を言った。

アランは「悪い悪い」とヘラヘラ笑ってる。

ため息を吐いて荷物を纏め始めた。

「これどうする?」とアランはスペースの腕輪を取り出した。

返してやると言ったがそんな気は更々ない。

「金に変えておけ」と売り払うように提案した。

「しゃーねーな…足つかねぇようにバラして売ってくるよ」とアランは残念そうに腕輪を眺めていた。

オークランドでならそのまま売れたかもしれないが、ここはフィーアだ。些細な情報で捕まるかもしれない。

用心に越したことはない。それに逃げるのに纏まった金も欲しい。

腕輪の使い道はもう出ていた。

✩.*˚

『やめて』って何度も叫んだ…

できる限り抵抗した。

でも男の人たちは楽しむように笑いながら、僕の身体を触った。

殴ったりはしなかったけど、もっと酷いことをした…

大切な場所を触って、果てるまで何度も弄んだ。

それが終わると自分たちの欲を僕にぶつけた。

消えてしまいたい…

恥ずかしくて、悔しくて、自分が酷く醜くなった気がした。

『また仲良くしようぜ』と言って男たちは部屋を出ていったが、部屋はあの臭いで吐き気がした。

汗と精液をかけられて汚れた服を脱ぎ捨てたかったけど、それすら手枷が邪魔でできない。

アレクがくれたシャツはグチャグチャで、ボタンも幾つか弾けてしまっていた。

ごめんね、アレク…

涙が溢れ、嗚咽が漏れた。

乱暴された下半身に鈍い痛みが疼いて、心にまで響いた。

「…エルマー…」守ってくれるって言ったじゃないか…

居ない人を責めた。でもそれはお門違いだ…

そう分かってても、誰かのせいにしなきゃ、自分が壊れてしまいそうだった…

「…誰か」助けてくれる人も慰めてくれる人も居ない。

自力で逃げることだってできない…

でもあいつらは『また』と言っていた。『また』同じことをする気でいるんだ…

そう思った瞬間、背筋が凍るような感覚に襲われ、気が狂いそうになった。

ずっとこのままだったら…どうしよう…

地獄だ…

生まれて初めて、本気で死にたいと…そう思った。

檻に何度も身体を打ち付けて、獣みたいに叫んだ。

鉄格子は痛かったけど、これじゃ足りない。

この程度じゃ死ねない…

檻にぶつけた頭がぱっくりと割れた。血が溢れて少し心が軽くなった。

まだ、もっと…もっと…

「おい!何してるんだ!」

暴れてるのを聞きつけたのだろう。クリスが駆けつけた。

「スペース!やめろ!」

檻に入ったクリスに掴まれ、引き倒された。肌が粟立った。

「あぁああ!」頭がおかしくなる!恐怖で何も分からなくなる…

「何してんだ!落ち着け!」

「触るな!僕に触るな!」暴れたけど、結果は目に見えてる。暴れ疲れて動けなくなった頃、彼はやっと手を離した。

「血が出てる、傷を見るぞ」

「…触らないでよ…お願いだから…」

「何があった?何でこんなことしたんだ?」彼は何も知らないのだろうか?普通に優しかった。

男たちにされたことを話すと、彼は「すまん」と謝った。

「怖かったな?後で俺が言っておくよ。だから傷の手当をしよう?な?」

「…帰りたい」と呟いた。

みんなの所じゃなくて…あの静かな森に帰りたい…

みんなの所には戻れない…

「そうだな、あいつらが約束さえ守ればお前は自由になれるんだ」とクリスは言った。

「仲間が助けてくれるといいな」と彼は言った。

優しい言葉に涙が溢れた。

泣いて空っぽになって、クラクラする頭のままクリスの世話を受けた。

いつの間にか彼に心を許していた…
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