魔王と勇者のPKO

猫絵師

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勇者と英雄

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「…イール…」

「姉上!意識が?!」

腕の中で力なく身体を預けている姉に視線を向けた。

痛々しい姿に胸が締め付けられるが、姉を苦しめた奴隷紋は既に跡形もなく消えていた。

「良かった…すぐに水晶宮で手当します。

揺れますが我慢してください!」

「私…奴隷に…」

「なっていません!そんなことさせません絶対に!」

ツンとした痛みを鼻に感じる。

視界が歪む…

怒りとも悲しみとも違う感情が押し寄せた。

「ミツルが、グランス様から預かった剣で奴隷紋を消してくれたんです!

だから…だ、から…うぅ…」

涙が…ダメだ、抑えられない…

「…イール」

弱々しい手が伸びる。

大切な家族をこんな目に遭わせた人間が許せない。

でも…

「私は最低だ!

姉上がこんなになっているのに…

こんな酷い思いをしてるのに…

あの馬鹿なお人好しの勇者が心配でたまらないなんて!

私は…私はどうかしている!」

「…そう…そうなのね」

姉は少しだけ困ったように笑った。

「あの勇者は、私に『君は自由だ』って言ってくれたわ…多分そういう人なのね…お父様とグランス様の言った通り…

意地を張って…間違ってたのは私の方ね…」

「姉上…」

「私は大丈夫よ。

小鬼達が手当してくれるわ。

だから私を置いたらすぐに戻りなさい。

アヴァロムになら難しくはないでしょう?」

「でも、姉上は…」

「大丈夫よ。

弟のそんな苦しそうな顔見たくないわ…ね?」

姉はそう言って私に微笑んで見せた。

この人はずっと私を護ってくれた。

双子なのに弟だからと、ずっと傍で助けてくれた…

私はそれに甘えて、姉がいないとダメな弟だった…

姉の冷たい身体を抱きしめる。

細い腕が伸びて、私を髪を撫でた。

私の覚悟も決まった。

今度は私が彼に応える番なのだ、と…

✩.*˚

何人かな?

喧嘩もしたことないくせに、良くもまあ、こんなに相手をしようと思ったもんだ…

我ながら頭の悪さに驚く…

「人間の敵になるのか?勇者殿?」

アドニスは睨んで剣を構えている。

竜牙兵がいたから数人纏めて倒してくれたが、まだ主力っぽいのは残ってる。

「どっちの味方って言い方はおかしくない?

僕は正しい方に味方するよ」

「人間が正しくないと?」

「アドニス、君は話ができる人だと思ったけど、そうでも無いんだな…

女性を、あんな風に寄ってたかって虐めるなんてどうかしてる。

しかも全裸にして拷問するとか正気の沙汰じゃない!

これがお前たちのやり方か?」

僕の物言いにアドニスが一瞬怯んだ。

「…あの女は魔族だった。

人間じゃない…」

「それだよ!その考え方が嫌なんだよ僕は!」

「こいつ、何を言って…」

剣を構えた騎士がにじり寄る。

まだ話の途中だ!

「外野はすっこんでろ!

ペトラは、奴隷にされるために生きてるんじゃない!

皆そうだ!お前たち人間と大して変わらない!

愛し合って、喧嘩して、仲直りして!

子供を産んで育てて、悩みながら生きて、死んだら悲しいって思うんだ!

違うのか!?」

分かってくれアドニス!

僕の願いとは裏腹に、彼は僕を睨んで「違う!」と叫んだ。

彼の生きてきた中で、そんな考えは一切なかったのだろう。

受け入れられない、受け入れてはならないのだ…

「あいつらは魔族だ!

お前は勇者なのに魔王に洗脳されている!」

「違う!大間違いだ!

僕は洗脳なんてされていない!この目で見てきた!

まだ一部だけだけど、アンバーの国を見た!

僕は歓迎されてはなかったけど、ぞんざいにも扱われなかったし、ご飯は美味しかったし、一緒にゲームもした!

多少悪口は言われたし、差別もされたけど、それでも分かり合えるって信じてる!」

ベティだって、ルイだって、マリーだって仲良くなれた!僕はヴィオラやルキアもそうなるって信じてる。

イールもペトラもいつか心を開いてくれるって信じてる…

まだ、その時じゃないだけだ…

僕の話を聞いて、アドニスは「ありえない」と首を振った。

理解できないのだろう。

仕方ない、彼はそうやって生きてきたんだから…

虫を食べたことの無い都会人に、ご馳走だと言って出したところで食べれないだろう。

彼らは根本的な考えから違うんだ。

アンバーの言う通り、一筋縄では行かないだろうな…

「もういい…伯父上には悪いが…

貴方は勇者失格だ、勇者殿を今ここで排除する」

アドニスが僕を睨みつけてそう言った。

彼の言葉に周りが一気に殺気づく。

おいおい、勘弁してくれよ…

こっちは剣術初心者なんだぞ…

「参る!」

アドニスが叫ぶと同時に剣の切っ先を僕の顔めがけて突き出した。

早っ!!

数メートルの間合いはあったはずだ。それが一瞬で詰められた。鎧を着てる人間の速度じゃない。

次の行動を決める前に、僕の頭上から第三者の声がした。

「させません!」

え?

僕の頭上からベティが降ってきた。

怯んだアドニスの顔に蹴りを入れて、ベティは僕と彼の間に割って入った。

アドニスは顔を腕でガードしたが、そのまま吹っ飛ばされていた。

女の子の蹴りじゃない…

「ベティ!何でまだここにいるわけ?!」

「木の上で様子を伺ってました。ミツル様だけじゃ心配ですから」

しれっとそう答えてベティは自慢の手甲を見せるように拳を構えた。

「今こそルイ様との訓練の成果を出すときですよ!」

いたずらっぽく笑って低い姿勢のまま、近くの騎士に殴りかかった。

「シャァァア!」

独特な、猫みたいな声。そういえば彼女《豹》の獣人のハーフだったな…

呑気にそんなことを考えている僕の目の前で、ベティに殴られた鎧は事故した車みたいに凹んだ。

「うそぉ…」

全身甲冑がボコボコに凹んでいく。

中の人、大丈夫?

「ごはっ!」

鎧の騎士が血を吐いて倒れた。

おっかね~…華奢なくせにどんな腕力してるわけ…

「アイザック!くそ!獣が!」

助けに入った騎士も、ベティの低い位置からの攻撃に苦戦する。

「《爆破術式マドゥムラコイスト》」

右ストレートを放ちながらベティがなにやら魔法を解放した。

魔法陣が光り、ご自慢の手甲から放たれるパンチが爆ぜる。

焦げた騎士が木に叩きつけられて動かなくなった。

ベティは本当に強かった…

そりゃもう、僕が引くほど強かった…

「フウゥゥウ!」

「…バケモノめ」

タジタジの騎士たちをかき分け、あの魔法使い風の爺さんが戻ってきた。

ベティに向けて杖を構える。

嫌な感じだ。

「アドニス殿、何を牙獣族などに手こずっておいでか?

雷光ライトニング》」

杖から放たれた稲妻がベティを襲う。

相手が魔法を放つと同時にベティが両手を突き出して指で三角を作った。

「《多重障壁ムゥルタクラウスタ》」

光の壁が前方と左右に展開して雷をガードした。

「ベティ!」

「問題ありません!ミツル様こそ気を付けてください!」

「《希少種》か…厄介な…」

ガリウスが舌打ちして、さらに何か魔法を繰り出そうとしている。

「余所見するとは余裕だな、勇者!」

鎧を着ているとは思えない動きでアドニスが僕に迫った。

手にしたロングソードが唸る。

奇跡的に迫る剣を躱した時に、アドニスの剣の刀身を見た。

何かがおかしい…

絶対触れてはいけないようなゾッとするものを感じた。

「…その剣」

「分かるか?流石勇者だ。

この剣は聖剣 《断魂だんこんの剣》だ!

悪しき魂を切り裂くための刃だ!お前を屠るのに丁度いい!」

「良くないよ、嫌な匂いがプンプンするじゃないか?!」

魂を切り裂くってことは絶対切られたらヤバいじゃないか…

背筋に冷たいものが走る。

ベティは魔法使いと戦ってるし、手一杯だ。

僕だけで何とかしなきゃ!

「…仕方ない」

僕は《嵐》も手に取った。

稲妻が走るような光を宿した刀身に驚いた。

そういえば今まで抜いてたのはずっと《凪》だけだった…

ルイは『抜くな』って言ってたっけ…

《嵐》の刀身を見て驚いたのは僕だけじゃない。

パリパリと音を立てて稲光を起こす剣に騎士達も アドニスも釘付けだ。

「一応聞くけど、戦わなきゃダメ?」

これ見て《止める》って言ってくれたら良いのに…

アドニスは首を横に振った。

「魔王に与した勇者を倒した英雄として、名を馳せることとしよう」

「分からない奴だな…」

「一騎打ちだ!手を出すなよ!」

剣を構えるアドニスは嬉しそうに見えた。

「小手調べと行こうじゃないか、勇者!」

話すだけ無駄か…

まあ、嬉々としてること…

迫り来るロングソードを《凪》で受止め、《嵐》を振るう。

アドニスは難なくそれを躱して、次の一撃を放ってくる。

奇跡的に剣を受け止めるが一撃一撃が重い…

それでも、訓練でルイとやりあった時ほどではない。

「全く、手を抜かない先生ルイに感謝しないとな…」

あの時は棒っきれだったが今は真剣だ。

おまけに一太刀でも喰らえば致命傷と来た…

『集中しろ!臆するな!目を瞑るな!』

ルイの檄が聞こえてきそうだ。

何回か撃ち合って、不意にアドニスが身を引いた。

解せぬ、といった顔で何度も僕と自分の剣を見比べている。

「…流石勇者の持つ剣だ。

私の聖剣を防ぎ切るとは…」

「へえ、そうなの?

いい物を貰った、大切にしなきゃな」

「その通りだな。

勇者を倒して私の戦利品としよう」

それは酷くない?

また睨み合いの後にアドニスから仕掛ける。

さっきより早い!

咄嗟に反射的に剣を避けようとしたが、間に合わず切っ先が顔に迫った。

すんの所で《凪》で勢いを殺したが、刃が頬を掠めた。

やっべぇ!

《嵐》を振るって必死でアドニスと距離を取る。

僕の攻撃など当たるはずもないが、彼はサッと身を身を引いた。

頬に血が滲む。

でも思ったほど痛くない…普通の怪我だ…

どうやら、《凪》で弾いたので聖剣の能力を削いだらしい。

優秀だな、《凪》。

ぐっと拳の甲で血を拭うとアドニスは驚いた顔をしていた。

「掠っただけでも激痛で動けなくなるはずなのに…どういうことだ?」

「ふふ、秘密」

舌を出して笑ってみせる。

追い詰められてるのを見せたらダメだ。

僕は勇者だ。

勝てなくても時間を稼げればいい…

僕はふと気になっていたことを確認した。

「そういえば、アドニス。

アンバー・ワイズマンって知ってる?」

「知ってるも何も…

私もワイズマンを名乗った。

彼は私の先祖に当たる方だ。

その大賢者の名をなぜ知っている?」

「友達なんだ」

「戯言を!彼はずっと昔に亡くなった!」

アドニスがまた剣を構えた。

「《加速エクセレーション》」

淡い光が彼を包んだ。何かの能力か?

地面を蹴ると一気に僕との間を縮めた。

さっきよりもっと早い。

まだ早くなるのか?!

何とか《凪》と《嵐》をクロスさせて弾いた。

でも弾いた剣がまたすぐに繰り出される。

彼の神がかった速度で繰り出される攻撃に防戦一方になる。

防戦一方とはいえ、大して喧嘩も武道もした事のない人間がその道のプロと戦えてるんだから大健闘だろ?

「うおあぁぁぁぁ!」

無けなしの勇気が僕をギリギリの所で踏ん張らせている。

剣を振るう腕が悲鳴を上げている。

でも手は止まらない。

迫り来る刃をことごとく迎えて打ち返す。

ふと、落ちていた鑑定書が目に入った。

「…《ラリー》」

そうだ!あの能力だ!いつから使ってたんだ?

そう思っている間も撃ち合いは続いていた。

どうやら相手の攻撃を受け止める能力らしい。

それなら…

「根比べだよ、アドニス」

「何を…」

「君が諦めるか、僕が受け止められなくなるかの根比べだ!」

絶対に食らいついてやる!

《スマッシュ》は下手だけど、《ラリー》なら僕は得意なんだ!

《凪》で魔法の刃を殺しながら、雷光を纏った《嵐》で打ち返す。

体が悲鳴をあげてるがそんなの関係ない!

僕がアドニスに負ければ、今戦ってるベティに申し訳が立たない。

本来なら僕はアドニスの足元にも及ばないはずだ。

すぐに倒せるであろう相手に粘られて、アドニスの顔に少しずつ焦りが滲んでいた。

「っ!くそっ!」

ロングソードから繰り出される斬撃が重くなる。

その攻撃を皮切りに、彼の攻撃の鋭さが削がれた。

彼の心が折れかけてるのを感じる。

アドニスの息が上がり、斬撃は精細さを失った。

動け!

もう少して彼を諦めさせられる!

骨が軋み、筋肉がブチブチと千切れる嫌な音…

それでも《ラリー》は続いていた。

闘争心なんて僕にはなかったはずなのに…

それもこれもみんなアンバーのせいだ…

君が僕を変えたんだ…

君のせいだ!次に顔を見たら文句の一つも言ってやる!

「アドニス!君は僕には勝てないよ!」

「戯言を!私は人間の未来を!平和を背負った《英雄》として貴様を倒す!」

血走った目で僕を睨む彼も限界だろう。

「そうかい?

なら僕は人と魔族の未来と平和を背負う《勇者》だ!

残念だったな《英雄》!僕は《勇者》なんだ!」

宣言に呼応するように《嵐》が閃いた。

強烈な閃光にアドニスがよろけてたたらを踏む。

一瞬の隙に《凪》が刃を滑り込ませた。

アドニスの胴を傷つけずに刃がくい込んだ。

「か…かはっ」

苦しげに吐瀉する騎士の傍に、僕も膝から崩れ落ちた。

アドニスから感じてた魔法の気配のようなものが消えた。

《英雄》が《祝福》を失ったのだ…

それはもう彼が《英雄》では無くなったということだ…

「…アドニス、君は強かったよ…

でも、誰かを殺めるような能力は《祝福》なんかじゃない…」

僕は小声でアドニスに呼びかけた。

彼は自分が《祝福》を失ったことを信じることができないようだった…

うわ言のようにブツブツと何かを呟いている。

「…違う…こんなの…私は…私は…《英雄》だ…」

「…アドニス」

僕が膝をついたまま、彼に手を伸ばしたその時だった。

ドンッと衝撃が走る。

背中に焼け付く痛みが走った。

「アドニス様ぁ!」

あぁ、そういえば居たわ、こいつら…

何をされたか分からないが、アドニスが打ち負かされたのを見た騎士たちが僕に攻撃してきたらしい。

「コイツ!偽勇者のくせに!よくもアドニス様に!!」

倒れ込んだ視界に三人までは確認したが、あと何人いるかも分からない。

万事休すか…

「ミツル様ぁ!」

ベティの叫ぶ声が遠くから聞こえた。

目の前には剣を振り上げ、僕めがけて振り下ろそうとする騎士の姿があった。

間に合わないよ、ベティ…

死ぬつもりまではなかったんだけどね…

ここまで頑張ったんだ、褒めてくれよ…

イール…

僕は君と仲直りしてできたのかな?

ペトラとは…あまり思い出ないや…まあ、無事ならいいや…

またルキアを抱きたかったな。

ぷにぷにのほっぺが最高なんだ…

ルイ、ベティと上手くやれよ…応援してる…

アンバー…

僕は君の助けになれたのかな?

振り下ろされる剣に走馬灯を見た。

アンバーの背中を見た気がした。

「《クレイペゥス》」

振り下ろされるはずの刃に、重い金属に弾かれるような音が重なった。

「ミツル、ありがとう」

アンバーの声…

「陛下!」

ベティの声だ…

ということは…目の前のこの背中は…

懐かしく感じる、骨だけの腕が僕に伸びた。

「君のおかげで、ペトラは無事保護された。

全部、全部君の手柄だ」

「…ア、アン、バァ…」舌がもつれる。

目の前の髑髏の魔王は僕に優しく話しかけた。

低く威厳のある優しい声…

「そうだ。

私は君の友として、君に救われた者として、君を助けに来た」

そう言ってアンバーは僕を守るように抱き寄せた。

周りから見れば、死にかけの勇者を迎えに来た死神だろう…

騎士たちも魔法使いも、その場に居た人達は皆震え上がったろうな…

でも僕にとってこれ以上心強い味方は居ない。

「お父様、ミツルは私が預かるわ」

マリーの声…わざわざ来てくれたんだ…

「手酷くやられたのね、よく頑張ったわ、褒めてあげる」

偉そうにそう言って、マリーはポーションを取り出して僕に飲ませてくれた。

靄のかかったような視界が晴れ、少しだけ意識がハッキリする。

それと同時に全身に痛みが走る。

「新米勇者にしては文句無しの大活躍よ。

頑張ったご褒美に飴ちゃんあげるわ」

「あ、ありがと…」

激痛に苦しむ僕を見て、マリーの仮面が笑う。

「痛いのは生きてる証拠よ。

いい事だからもうちょっと我慢なさい」

まあ、そうなんだけど、なんて理論だよ…

「立てるか?」

不意に手が差し伸べられる。

男にしては華奢な褐色の腕…

「…イール?ペトラは…」

「姉上は無事だ。

お前に救われた…随分無理したみたいだな…」

ペトラの無事を確認してほっとする。

マリーの仮面がイールに険しい表情を向けた。

「お兄様、お・れ・い・は?」

妹に促されてイールはバツが悪そうに「ありがとう」と口にした。

「今までの非礼も詫びる。

私が悪かった…許して欲しい…」

「よせやぃ、なんかイールじゃないみたいだ」

ここまで神妙に謝られると逆に気持ち悪い。

僕とマリーは顔を合わせてくすくす笑った。

これだよこれ。

こんなふうに皆で笑い合えるのが楽しいんだ。

「帰って、皆でご飯食べてトランプしよう」

「その前に、ミツルはしばらく安静にしてお粥生活ね」

マリーが辛辣な一言…

「えぇ?!頑張ったんだからもうちょっといいものにしてよ!」

「バカ言ってんじゃないわよ!

しばらく薬膳粥のフルコースよ!こんなボロボロのくせに我儘言ってるんじゃないわよ!」

「確かに…自立出来ないくらいボロボロだな…

まるで糸の切れたあやつり人形みたいだ」

イールまでなんて言い草だ…頑張ったんだぞ!

「水晶宮でちゃんと手当してあげるわ。

それが済んだらお城に戻るわよ」

マリーは身軽にひょいひょいと木の隙間をすり抜けていく。

僕はイールに支えられて立ち上がった。

「いー!いたい!いたい!いたい!」

「うるさい奴だな…痛いだろうが少しだけ我慢しろ。

なんせこんな所じゃ《アヴァロム》くらいしか運ぶ手段がないからな…」

「うわー…イールが優しい…僕死ぬかも…」

「怒るぞ」

「ごめんごめん。

ついね、つい…」

「怪我人じゃなきゃ殴ってたぞ」

「はぁい、ごめんなさぁい…」

「全く…お前と喋ると馬鹿が伝染りそうだ…」

イールはそう言って苦笑した。

僕は彼の笑った顔を初めて見た気がした。

✩.*˚

勇者に打ち負かされ、《祝福》を失った…

果てには《魔王》まで現れ、絶体絶命の状態だ。

今回の遠征、何も果たすことなく、失敗に終わるのか…

「…私の愛娘と友人への無礼、そして勝手に国境を越えた罪…

お前達は、万死に値する…」

髑髏が声を紡ぐ。

異様な光景に息を飲んだ。

髑髏は魔王にふさわしい出で立ちをしていた。

巨大な魔法石をはめ込んだ杖を持ち、様々な装飾品でその身を飾っている。

魔力を編み込んだ織り物でこしらえたローブから覗くのは、白すぎる骨の手と、気味悪く光る赤い炎を宿した眼窩の頭蓋骨。

こちらを睨む双眸は冷たい光を放っていた。

「申し遅れた。

私は君たちが魔王と呼ぶ存在…

アーケイイック・フォレストの王、《錬金術師の王レクス・アルケミスト》だ。

これからお前達を処刑する者だ…」

背中に氷でも入れられたかのように全身に鳥肌がたった。

これは人外だ…

我々の理解を超える存在だ…

「アドニス様!逃げてください!」

部下の一人が勇敢にも魔王に向かって行った。

「忠義者で結構…

しかし許されるものでは無いな…」

私が声を上げる間もなく、屍の魔王は掌を差し出し、強く握る動作をした。

「《臓器破壊イクセチィウム・オルゲニン》」

ブチャ!と恐ろしい、水袋が破裂するような音が森に木々をすり抜けた。

部下は外傷がないものの地面に投げ出される。

魔王に立ち向かった勇敢な騎士は、口から大量の血を撒いて絶命した。

「おっと、間違えたな…

内蔵を全部潰してしまった…

もっと苦しい罰を与えるつもりだったのに」

魔王は掌を見ながら、開いたり閉じたりしている。

想像以上の結果に、術を放った自分自身が驚いているらしい…

「さあ、死は平等だ...次は誰だ?」

「ひいぃぃぃ!!」

一人、また一人と逃げ出す。

逃げる場所などないというのに、先程の部下の姿を見て恐怖が最高潮になり、騎士も魔法使いも逃げ出した。

冒険者に至っては既にその姿がない…

「そうか…

私は鬼ごっこも得意でね…

逃げたところで生き残れるとは思わないことだ…

追跡の的スコパミ・トラァキング》」

魔王の杖が光り、その光が分裂して輝く甲虫が放たれた。

小さな甲虫はそれぞれの人にぶつかると肉を抉って皮膚の下に潜り込んだ。

私の首にも、皮膚の下を這う虫の感触がある。

「さあ、逃げるがいい…

その虫は奴隷紋同様、逃げたからとて消すことは出来ないぞ。

その虫はお前たちの居場所を私に教える。この《鬼ごっこ》が終わるまでな…

いつまで逃げ切れるかな?」

残酷な魔王らしい呪術だ…

蜘蛛の子を散らすように消えていった部下の姿を見送り、魔王は私に向き直った。

「やあ、《英雄》」

友人にするかのような気さくな挨拶が強烈な皮肉に聞こえた。

「気分はどうかね?我が国の感想は?」

「反吐が出る」

私は魔王を正面から見すえて返事をした。

死が避けられないなら、最後に一矢むくいるつもりだ。

死んで逝った部下たちに、伯父上に、国に捧げる英雄の最後にふさわしく生きる。

魔王が私に向かって死の腕を伸ばし、私が覚悟を決めた時だった…

「アンバー!!」

勇者の声だ。

切羽詰まった大声に魔王も私も驚いて声の方を見た。

転びながら、這うように勇者が現れた。

「…ミツル」魔王が勇者を見て手を下ろした。

「やめ、止めろミツル!お前は重傷なんだぞ!」

勇者を介助していた男が慌てた様子で勇者を制した。

よく見ると、あの風使いのエルフによく似ている。

さっき狼に乗って奴隷女を連れ去った奴だ…

「アンバー、聞いてくれ!

その人を殺さないでくれ!少なくとも君が殺したらダメだ!」

「ミツル、また無茶を…

どうしたって言うんだ?彼はペトラを…」

魔王が勇者に歩み寄った。

友人に手を貸すように、自然に手を伸べて助け起こした。

「ありがとう。

アンバー、その人はワイズマンなんだ。

君の子孫に当たる人だ」

「…何?」魔王。

「…は?」私。

しばしの沈黙の後、刃を交えていた時の話しを思い出す。

勇者は私の先祖を《友達なんだ》と言っていた…

まさか…

勇者が魔王に掴みかかって懇願する。

「アンバー・ワイズマン。

アドニス・グラウス・ワイズマンを殺さないでくれ!」

「…ミツル…本当なのか?」

「戦ってる時に彼がそう言ったんだ。

君が手を下すなら、僕は君を許さないよ!

彼を罰するなら、別の方法にしてくれ、頼むから…」

衝撃を受けているのか、魔王の動きがピタリと止まる。

「…私の…大賢者ワイズマンが…魔王…?」

情報が上手く飲み込めない…

ただ分かるのは、さっきまでの戦っていた勇者が、私を助けようとしている…

なんなのだ、この男は…

「ミツル、ありがとう。

分かったから…

君の気持ちは分かったから、だから休んでくれ。

そんな身体で無理をするな…」

「アドニスをどうするんだ?

返事を聞くまで、僕は君を放さないからな!」

「やれやれ…君は本当に真っ直ぐだな…

君には大きな借りができた。

英雄の処遇は後ほど決めるが、殺さないとだけ約束するよ」

「絶対?守る?」

しつこく食い下がる勇者に魔王は困ったように「ふふっ」と笑った。

「約束は守るよ。

君には敵わないな」

「ありがとう、アンバー…」

魔王のローブを握っていた手が力を失い、ズルズルとその場にへたりこんだ。

そのまま動かなくなった勇者を、「よいしょ」と抱き上げて魔王が笑った。

勇者はそのまま気を失ったようだ。

「魔王の私をも意のままに操るとは…流石勇者だ」

「陛下、お召し物が汚れます。

勇者は私共で運びます」

エルフの青年が名乗りを上げたが、魔王はやんわりと断った。

「いや、彼は私の大恩のある大切な友人だ。

私にさせてくれ」

魔王が子供を抱く父親のように見えた…

「英雄よ、勇者の優しさに感謝したまえ。

後ほど彼も含め話しをしよう」

そう言って魔王は踵を返した。


私は勇者に完全に敗北したのだ…
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