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魔王
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「随分ご機嫌ではありませんか、陛下?」
勇者の部屋を後にした魔王・アンバーを皮肉るかのように冷ややかな声が回廊に響いた。
「…ペトラ」
灰色のローブを頭からかぶり、目元以外はベールで覆っている。
僅かに覗く褐色の肌と若葉色の瞳。
声は若くハリのある声だが、棘を含んでいる。
「ずっと居たのか?」
魔王がバツが悪そうに口篭りながら訊ねた。
彼女の緑色の瞳が怒りの感情を含んでいることは見ただけで分かる。
長い付き合いだ。
彼女は長い杖を持ち、つかつかと魔王に歩み寄った。
「当たり前です!もし勇者が何かしら危害を加えてきたら…陛下は不用心が過ぎます!」
魔王の補佐役の彼女は、勝手に出歩く魔王を捕まえては執務室に戻している。
まるで魔王が子供扱いだ。
「ペトラが人間が嫌いなことは知っている。だから同行させなかった。
彼はまだこちらの世界に来たばかりなんだ。
もう少し暖かい目で見守ってはくれないか?」
「無理です!
災厄をもたらす勇者なんて、地下牢で残飯でも食べさせれば十分ではありませんか?!
わざわざ部屋を与えて、世話係にベティまで…」
「呼んだのは私だ。呼び寄せた客人にそれは無礼だろう?」
「それでも人間なんか…」
「ペトラ・アイビス」なお食さがる彼女の言葉を魔王が遮った。
はっと息を飲んでペトラも押し黙った。
静かにだが、確実に、魔王の声は怒気を孕んでいた。
「私に礼を欠く者になれと言うのかね?
魔王に、父親に向かってその口の利き方は如何なものか…賢いお前になら分かるだろう?」
「も、申し訳ございません、陛下!」ペトラの顔から血の気が引く。彼女は慌ててその場に平伏して詫びた。
魔王の怒気。
並のものであればそれだけで心臓を掴まれたような感覚を覚え、最悪死に至る。
ペトラの背に冷たい感覚が走った。
「ペトラ」暫しの沈黙の後に魔王が口を開いた。
「は、はい!」彼女は平伏したまま引き攣った声で何とか返事をするので精一杯だった。
非礼を詫びねばならない。
そう思っているが口が鉛のように重い。息苦しい。
平伏したペトラの前にふっと影が動いた。
魔王が彼女の前に膝をついて、許すように頭を優しく撫でたのだ。
「ペトラ、顔を上げなさい。
私がお前に不安を与えた事は詫びる。
それにお前たちの過去を知る者として、お前と弟の心の傷を抉るようなことをして申し訳なく思っている」
「…陛下」じわりと熱いものが込上げる。
ペトラが言われるがまま顔を上げた。
彼女の頭を覆っていたローブのフードがはらりと落ちる。
褐色の肌のエルフ。
しかし、エルフの特徴的な耳が半分を残し両方とも切り落とされていた。
人間が彼女を奴隷にするために切り落としたのだ。
人間と違って、見た目が劣化しないエルフは娼館に高値で売れる。長く商品になるからだ。
人間の代わりにして弄ぶために彼女の大事な耳を切り落としたのだ。
彼女はずっとそれを恥じている。ずっと苦しんでいる。
「可哀想に…
お前の怒りや憎悪はもっともな事だ。
…こんなに美しいのに…怒りに囚われて哀れな子だ」
彼女の震える肩を骨だけの腕で抱き寄せる。
血の通わない体でも、養女を抱き締めることくらいは出来る。
彼女たちのような存在が無くなれば…
そんな動機で引き継いだ玉座だ。
エゴだけでここまで来た。
人間という種だけが愚かにもこの世界を支配しようとしている。
元人間として、それを阻止し、1つでも多くの種を存続させるのが人以外を統べる魔王の使命だ。
そして、魔王を屠った勇者を召喚した罪滅ぼしだ…
「大丈夫。私がお前たちを護る。決して、同じ過ちは起こさせない」
「…本当に…できるのでしょうか?」
「出来るかどうかは分からないが、するしかない。そのためにお前たちが必要なのだ」
「あの勇者が、私たちとの共存を許すでしょうか?」
「彼は対話ができる人だ。いきなり殴りかかってくる人ではないよ」
ペトラは優しい声音で語る養父を見つめていた。
この骨だけの賢者はいつも私たちを助けてくれる。
だからこそ失うのが怖いのだ。
それでも知ってる。
この人はやる時はやる人だし、私たちが止めたところで曲げたりしないのだ。
「陛下、一つだけお約束を…」
「何かな?私にできることだと良いが…」
「外出する時と勇者に会いに行く時は、必ず私に教えてくださいませ。心配でたまりません」
「む、何だか子供のようだな…」
「お約束下さい」譲らない意志を込めて念を押す。
「分かった分かった。
愛娘との約束だ、レクス・アルケミストの名にかけて守るとしよう」
やれやれと肩を竦めて約束する。
娘は幾つになってもわがままを聞いてしまうな…
「私の子供たちが、安心して千年暮らせる国を作るとするか」
今の勇者が没して、150年程の平和では安寧と呼ぶには短すぎる。
「まだ暫くはこき使われそうだ」そんな独り言を言いながらアンバーは気持ちが昂るのを感じた。
枯れ果てたジジイの私がまたこのような大役を担うことになるとは…
元人間、アンバー・ワイズマン。
齢457歳の大賢者はまだまだ眠れないようだ…
勇者の部屋を後にした魔王・アンバーを皮肉るかのように冷ややかな声が回廊に響いた。
「…ペトラ」
灰色のローブを頭からかぶり、目元以外はベールで覆っている。
僅かに覗く褐色の肌と若葉色の瞳。
声は若くハリのある声だが、棘を含んでいる。
「ずっと居たのか?」
魔王がバツが悪そうに口篭りながら訊ねた。
彼女の緑色の瞳が怒りの感情を含んでいることは見ただけで分かる。
長い付き合いだ。
彼女は長い杖を持ち、つかつかと魔王に歩み寄った。
「当たり前です!もし勇者が何かしら危害を加えてきたら…陛下は不用心が過ぎます!」
魔王の補佐役の彼女は、勝手に出歩く魔王を捕まえては執務室に戻している。
まるで魔王が子供扱いだ。
「ペトラが人間が嫌いなことは知っている。だから同行させなかった。
彼はまだこちらの世界に来たばかりなんだ。
もう少し暖かい目で見守ってはくれないか?」
「無理です!
災厄をもたらす勇者なんて、地下牢で残飯でも食べさせれば十分ではありませんか?!
わざわざ部屋を与えて、世話係にベティまで…」
「呼んだのは私だ。呼び寄せた客人にそれは無礼だろう?」
「それでも人間なんか…」
「ペトラ・アイビス」なお食さがる彼女の言葉を魔王が遮った。
はっと息を飲んでペトラも押し黙った。
静かにだが、確実に、魔王の声は怒気を孕んでいた。
「私に礼を欠く者になれと言うのかね?
魔王に、父親に向かってその口の利き方は如何なものか…賢いお前になら分かるだろう?」
「も、申し訳ございません、陛下!」ペトラの顔から血の気が引く。彼女は慌ててその場に平伏して詫びた。
魔王の怒気。
並のものであればそれだけで心臓を掴まれたような感覚を覚え、最悪死に至る。
ペトラの背に冷たい感覚が走った。
「ペトラ」暫しの沈黙の後に魔王が口を開いた。
「は、はい!」彼女は平伏したまま引き攣った声で何とか返事をするので精一杯だった。
非礼を詫びねばならない。
そう思っているが口が鉛のように重い。息苦しい。
平伏したペトラの前にふっと影が動いた。
魔王が彼女の前に膝をついて、許すように頭を優しく撫でたのだ。
「ペトラ、顔を上げなさい。
私がお前に不安を与えた事は詫びる。
それにお前たちの過去を知る者として、お前と弟の心の傷を抉るようなことをして申し訳なく思っている」
「…陛下」じわりと熱いものが込上げる。
ペトラが言われるがまま顔を上げた。
彼女の頭を覆っていたローブのフードがはらりと落ちる。
褐色の肌のエルフ。
しかし、エルフの特徴的な耳が半分を残し両方とも切り落とされていた。
人間が彼女を奴隷にするために切り落としたのだ。
人間と違って、見た目が劣化しないエルフは娼館に高値で売れる。長く商品になるからだ。
人間の代わりにして弄ぶために彼女の大事な耳を切り落としたのだ。
彼女はずっとそれを恥じている。ずっと苦しんでいる。
「可哀想に…
お前の怒りや憎悪はもっともな事だ。
…こんなに美しいのに…怒りに囚われて哀れな子だ」
彼女の震える肩を骨だけの腕で抱き寄せる。
血の通わない体でも、養女を抱き締めることくらいは出来る。
彼女たちのような存在が無くなれば…
そんな動機で引き継いだ玉座だ。
エゴだけでここまで来た。
人間という種だけが愚かにもこの世界を支配しようとしている。
元人間として、それを阻止し、1つでも多くの種を存続させるのが人以外を統べる魔王の使命だ。
そして、魔王を屠った勇者を召喚した罪滅ぼしだ…
「大丈夫。私がお前たちを護る。決して、同じ過ちは起こさせない」
「…本当に…できるのでしょうか?」
「出来るかどうかは分からないが、するしかない。そのためにお前たちが必要なのだ」
「あの勇者が、私たちとの共存を許すでしょうか?」
「彼は対話ができる人だ。いきなり殴りかかってくる人ではないよ」
ペトラは優しい声音で語る養父を見つめていた。
この骨だけの賢者はいつも私たちを助けてくれる。
だからこそ失うのが怖いのだ。
それでも知ってる。
この人はやる時はやる人だし、私たちが止めたところで曲げたりしないのだ。
「陛下、一つだけお約束を…」
「何かな?私にできることだと良いが…」
「外出する時と勇者に会いに行く時は、必ず私に教えてくださいませ。心配でたまりません」
「む、何だか子供のようだな…」
「お約束下さい」譲らない意志を込めて念を押す。
「分かった分かった。
愛娘との約束だ、レクス・アルケミストの名にかけて守るとしよう」
やれやれと肩を竦めて約束する。
娘は幾つになってもわがままを聞いてしまうな…
「私の子供たちが、安心して千年暮らせる国を作るとするか」
今の勇者が没して、150年程の平和では安寧と呼ぶには短すぎる。
「まだ暫くはこき使われそうだ」そんな独り言を言いながらアンバーは気持ちが昂るのを感じた。
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