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1章 錬金術と親子
2話目 地底湖
しおりを挟むリンゴで腹を満たし、夜も更けてきたのでこのまま木の上で寝ようかと思ったが、目が冴えて眠れない。
久しぶりの木登りともぎ立てのリンゴを食べて、年甲斐もなく気分が高揚しているようだ。
「参ったな……」
私はボヤキながら苦笑して、木からゆっくりと降り、再び森歩きを始めることにした。
鞄には熟れたリンゴが三個だけ詰めてある。これは夜食にしよう。
先ほどまでとは打って変わって、だいぶ落ち着きを取り戻した足取りとなっていることを自覚する。
今はのんびりと散歩をしている気分だ。
「せっかくだし、錬金術も試してみようかな」
歩きながら鞄から家の鍵を取り出し、刻進術を使用したときと同じように魔力を操ってみる。
錬金術とは端的に言ってしまえば、性質の変化を齎す術だ。
石を黄金に変えることも可能だが、その場合は様々な素材と道具が必要になる。具体的に必要となる素材や道具に関する知識はないが、大きな性質の変化を齎すにはそれ相応の準備が必要らしい、ということだけは理解していた。
だから今できる錬金術と言えば、精々この鉄製の鍵を個体から液体にして形を変え、再び個体に戻すといったことだけ。
自らの魔力を用いた錬金術で個体を液体に変えると、魔力操作ができれば液体を自在に操れるようだ。
「ふむ、これは小さい頃にやった粘土遊びみたいで……、なかなか……」
使うのは手の代わりに魔力だが、手と遜色ないほど簡単に操れるので然して大差はない。
童心に返って昔テレビで見た戦隊シリーズの怪獣を鉄で再現してみたが、なかなかの出来栄えに仕上がった。これは楽しいぞ。
魔力消費量も大したことがないので、鉄さえあれば大量生産も可能だろう。
「飯の種になりそう……か?」
鉄製の怪獣フィギュアを買うマニアが、果たしてこの世界いるのかどうか。
指輪や腕輪といった装飾品の方が手堅く売れそうだが、その辺りはデザインセンスが問われるので中々に難しい。
やっぱり怪獣よりヒーローの方が需要があるかもしれん……と手元で鉄をこねくり回していると、いつの間にか森が開けた場所に出ていた。
鉄を鍵の形に戻してから鞄にしまって、様子を窺ってみる。
──周囲を鬱蒼とした森に囲まれたその場所は、まるで大きな神殿かそれに準ずる何かの跡地を彷彿とさせる瓦礫が散見しており、苔が生えて蔦が絡まっている白い大理石の柱などがそこら中に横たわっていた。
人から忘れ去られ、雨風に当たり、長い年月を掛けて朽ちていった建物の、成れの果て……。その有様がどこか今の自分と重なるような気がして、少しだけ気落ちしてしまった。
だから、だろうか。
私だけでもこの建物の名残を忘れないよう、目に焼き付けるために、足が自ずと前に進んでいた。
倒れている柱の表面を労わるように撫でて、周囲を見渡しながら更に前へ。
そうして丁度瓦礫が散らばっている場所の中心へと辿り着くと、ミシリ……と地面が嫌な音を立てて軋んだ。そして──、
「な──ッ!?」
一瞬の浮遊感が全身を包み、次の瞬間には盛大な瓦解音を立てて、地面が崩れ去った。
──水面に、水滴が零れ落ちる水音を耳にした。
薄っすらと目を開けてみると、星空が遠く、そして小さく見える。
それはまるで、筒から覗き込んでいるかのようで──、
「ああ、落ちたのか……」
頭と腰が痛む。よく生きていたものだ……と自らの幸運に感謝しながら上体を起こして周囲を見回すと、ここが地底湖と呼ばれるような場所だということが理解できた。
目の前には薄っすらと光っている綺麗な湖が広がっており、その中心には七色の輝きを宿す大きな水晶が突き立っている。
天井の岩の突起から滴る水が水面に落ちて、澄んだ水音が洞窟内に反響するのと同時に、水面が僅かに揺れて波打ち、乱れた光が洞窟内の影を躍らせる。
その幻想的な光景を前に息を呑み込んで、魅入っていると……、ふと妙なモノが目についてしまった。
「あれは……、まさか人か……?」
子供が、膝を抱えて俯きながら座っているように見える。──いや、そんなはずはない。何故ならそれは……、湖の中心に位置する場所で鎮座している、水晶の中に見えたのだから。
有り得ない、有り得ないと頭を振るが、一度子供に見えてしまうとそうとしか思えなくなってしまう。
幻想的な光景が一転して、猟奇的な事件現場に早変わりではないか……。
「い、いや、まだそうと決まった訳では……」
小さい頃によくあった天井のシミが人の顔に見えてしまうあの錯覚。そう、あれだ。あれに違いない。
近くで見れば何てことはない、人に見える"何か"なのだ。決して人ではないはず。
私は意を決して立ち上がり、湖に足を踏み入れて恐る恐る水晶に歩み寄る。
幸いにも湖の水深は浅く、膝丈までしか水面は届いてはこない。
──そして、私が辿り着いた先で目にしたのは、水晶の中に閉じ込められた一人の少女の姿だった。
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