上 下
3 / 35
1章 錬金術と親子

2話目 地底湖

しおりを挟む
 
 リンゴで腹を満たし、夜も更けてきたのでこのまま木の上で寝ようかと思ったが、目が冴えて眠れない。
 久しぶりの木登りともぎ立てのリンゴを食べて、年甲斐もなく気分が高揚しているようだ。

 「参ったな……」

 私はボヤキながら苦笑して、木からゆっくりと降り、再び森歩きを始めることにした。
 鞄には熟れたリンゴが三個だけ詰めてある。これは夜食にしよう。
 先ほどまでとは打って変わって、だいぶ落ち着きを取り戻した足取りとなっていることを自覚する。 
 今はのんびりと散歩をしている気分だ。
 
 「せっかくだし、錬金術も試してみようかな」

 歩きながら鞄から家の鍵を取り出し、刻進術を使用したときと同じように魔力を操ってみる。
 錬金術とは端的に言ってしまえば、性質の変化を齎す術だ。
 石を黄金に変えることも可能だが、その場合は様々な素材と道具が必要になる。具体的に必要となる素材や道具に関する知識はないが、大きな性質の変化を齎すにはそれ相応の準備が必要らしい、ということだけは理解していた。 
 だから今できる錬金術と言えば、精々この鉄製の鍵を個体から液体にして形を変え、再び個体に戻すといったことだけ。
 自らの魔力を用いた錬金術で個体を液体に変えると、魔力操作ができれば液体を自在に操れるようだ。
 
 「ふむ、これは小さい頃にやった粘土遊びみたいで……、なかなか……」

 使うのは手の代わりに魔力だが、手と遜色ないほど簡単に操れるので然して大差はない。
 童心に返って昔テレビで見た戦隊シリーズの怪獣を鉄で再現してみたが、なかなかの出来栄えに仕上がった。これは楽しいぞ。
 魔力消費量も大したことがないので、鉄さえあれば大量生産も可能だろう。
 
 「飯の種になりそう……か?」
 
 鉄製の怪獣フィギュアを買うマニアが、果たしてこの世界いるのかどうか。
 指輪や腕輪といった装飾品の方が手堅く売れそうだが、その辺りはデザインセンスが問われるので中々に難しい。
 やっぱり怪獣よりヒーローの方が需要があるかもしれん……と手元で鉄をこねくり回していると、いつの間にか森が開けた場所に出ていた。
 鉄を鍵の形に戻してから鞄にしまって、様子を窺ってみる。



 ──周囲を鬱蒼とした森に囲まれたその場所は、まるで大きな神殿かそれに準ずる何かの跡地を彷彿とさせる瓦礫が散見しており、苔が生えて蔦が絡まっている白い大理石の柱などがそこら中に横たわっていた。
 人から忘れ去られ、雨風に当たり、長い年月を掛けて朽ちていった建物の、成れの果て……。その有様がどこか今の自分と重なるような気がして、少しだけ気落ちしてしまった。
  
 だから、だろうか。

 私だけでもこの建物の名残を忘れないよう、目に焼き付けるために、足が自ずと前に進んでいた。
 倒れている柱の表面を労わるように撫でて、周囲を見渡しながら更に前へ。
 そうして丁度瓦礫が散らばっている場所の中心へと辿り着くと、ミシリ……と地面が嫌な音を立てて軋んだ。そして──、
 
 「な──ッ!?」
 
 一瞬の浮遊感が全身を包み、次の瞬間には盛大な瓦解音を立てて、地面が崩れ去った。
 
 
 
 ──水面に、水滴が零れ落ちる水音を耳にした。
 薄っすらと目を開けてみると、星空が遠く、そして小さく見える。
 それはまるで、筒から覗き込んでいるかのようで──、
 
 「ああ、落ちたのか……」
 
 頭と腰が痛む。よく生きていたものだ……と自らの幸運に感謝しながら上体を起こして周囲を見回すと、ここが地底湖と呼ばれるような場所だということが理解できた。
 目の前には薄っすらと光っている綺麗な湖が広がっており、その中心には七色の輝きを宿す大きな水晶が突き立っている。
 天井の岩の突起から滴る水が水面に落ちて、澄んだ水音が洞窟内に反響するのと同時に、水面が僅かに揺れて波打ち、乱れた光が洞窟内の影を躍らせる。
 その幻想的な光景を前に息を呑み込んで、魅入っていると……、ふと妙なモノが目についてしまった。

 「あれは……、まさか人か……?」
 
 子供が、膝を抱えて俯きながら座っているように見える。──いや、そんなはずはない。何故ならそれは……、湖の中心に位置する場所で鎮座している、に見えたのだから。
 有り得ない、有り得ないと頭を振るが、一度子供に見えてしまうとそうとしか思えなくなってしまう。
 幻想的な光景が一転して、猟奇的な事件現場に早変わりではないか……。
 
 「い、いや、まだそうと決まった訳では……」
 
 小さい頃によくあった天井のシミが人の顔に見えてしまうあの錯覚。そう、あれだ。あれに違いない。
 近くで見れば何てことはない、人に見える"何か"なのだ。決して人ではないはず。
 私は意を決して立ち上がり、湖に足を踏み入れて恐る恐る水晶に歩み寄る。
 幸いにも湖の水深は浅く、膝丈までしか水面は届いてはこない。
 
 
 
 ──そして、私が辿り着いた先で目にしたのは、水晶の中に一人の少女の姿だった。
 
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

ああ、もういらないのね

志位斗 茂家波
ファンタジー
……ある国で起きた、婚約破棄。 それは重要性を理解していなかったがゆえに起きた悲劇の始まりでもあった。 だけど、もうその事を理解しても遅い…‥‥ たまにやりたくなる短編。興味があればぜひどうぞ。

お伽の夢想曲

月島鏡
ファンタジー
「お伽話なんて大嫌い」 とある魔法使いがお伽話を基にして作った世界、『レーヴ』。 この世界には魔法使いが最初に作った『幻夢楽曲』という魔法が存在する。それは九人のお伽話の登場人物の一族の末裔が所有する、全て集めれば願いが叶うといわれる特別な魔法だ。 孤児院で暮らしていたお伽話が大嫌いな『赤ずきん』の一族の少女、ステラ=アルフィリアも『幻夢楽曲』の所有者の一人だった。 ある日、ステラの元に『魔神の庭』というギルドに所属する狼の獣人、アルジェントが現れ 「あなたは今日から私達の主です」  なんて言い出して、ステラはアルジェントに半ば無理矢理連れて行かれてしまいーー⁉︎   出会いから始まる、後に永遠を刻むお伽話。 新たな物語が、始まる。

社畜おっさんは巻き込まれて異世界!? とにかく生きねばなりません!

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
私の名前はユアサ マモル 14連勤を終えて家に帰ろうと思ったら少女とぶつかってしまった とても人柄のいい奥さんに謝っていると一瞬で周りの景色が変わり 奥さんも少女もいなくなっていた 若者の間で、はやっている話を聞いていた私はすぐに気持ちを切り替えて生きていくことにしました いや~自炊をしていてよかったです

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

ボッチの少女は、精霊の加護をもらいました

星名 七緒
ファンタジー
身寄りのない少女が、異世界に飛ばされてしまいます。異世界でいろいろな人と出会い、料理を通して交流していくお話です。異世界で幸せを探して、がんばって生きていきます。

私の代わりが見つかったから契約破棄ですか……その代わりの人……私の勘が正しければ……結界詐欺師ですよ

Ryo-k
ファンタジー
「リリーナ! 貴様との契約を破棄する!」 結界魔術師リリーナにそう仰るのは、ライオネル・ウォルツ侯爵。 「彼女は結界魔術師1級を所持している。だから貴様はもう不要だ」 とシュナ・ファールと名乗る別の女性を部屋に呼んで宣言する。 リリーナは結界魔術師2級を所持している。 ライオネルの言葉が本当なら確かにすごいことだ。 ……本当なら……ね。 ※完結まで執筆済み

処理中です...