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1章 始まりの森

6個目 廃人Tシャツ+1

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 軽く腹ごしらえも終えたところで、再びレア掘りに舞い戻る。
 風を切りながら上流へ向かって直走っていると、角なしウサギが2匹も川辺で屯していた。
 あれは1対1って訳にはいかないよなぁ……。

 爆弾リンゴも持って来ていないし、さてどうしたものか。
 小川をチラリと見遣ると、この辺りは水深がそこそこ増しているようだった。大体自分の胸元あたりまで水面が届く程度だろう。
 
 「初心に返って小川戦法を使うという手も……」
 
 でもそれだと、2匹分のドロップアイテムを拾い切れないかもしれない。種とか川に流されたら泣いちゃうよ。
 ウサギが複数体いるときの戦闘用アルゴリズムも気になるところだし、ここは真正面から突っ込んでみるか。やばくなったら小川に飛び込もう。
 
 俺は短く息を吐いて、体勢をできるだけ低くしながら全力疾走でウサギたちとの距離を詰める。構えたリスの牙は懐に寄せて、間合いを測らせないようギリギリまで引きつけてから突き出すつもりだ。
 
 2匹のウサギは同時にこちらに気が付き、案の定すぐさま敵意を剥き出しにして迫ってきた。
 片一方が側面に回り込むとか、そういった脳のある戦い方はしないらしい。どちらも一点突破あるのみと言わんばかりの猪突猛進っぷりだ。

 俺は僅かに走る軌道を反らして、2匹のウサギが縦に並ぶような位置取りをした。ウサギは賢くない、いける!
 先頭を走っていた1匹目のウサギが、助走分の速度を乗せて体当たりをかまそうと飛び込んでくる。
 
 「いっぴきめええええええええええええ!!」
 
 俺は全力でリスの牙を突き出し、容易く1匹目のウサギを光に変えた。
 そして間髪入れずに2匹目のウサギが1匹目に追随して飛び込んでくるが、追随した形なので当然その先にはリスの牙がある。初めて戦ったときにはキメ台詞にならなかったが、今度こそ言わせてもらおう。

 「馬鹿め!」
 
 2匹目のウサギも呆気なく光となって消えた。
 やればできるじゃないか。自分!
 にまにまと口元に笑みを浮かべながら額に浮かんだ汗を拭って、早速ドロップ品を確認する。

 【魔物の生肉】x2
 【魔物の毛皮】x2 
 
 ここまでは良い。通常ドロップだ。
 だが今回は、もう1つ気になるものが落ちていた。

 【強化カード】
 敏捷性+1
 ブレイクホーンラビット。

 トレーディングカードみたいなアイテムが落ちた。
 表面の絵柄は、額の角が折れた部分を前足で押さえて涙目になっているウサギの姿。
 裏面には『レアトピア』──この世界の名前が書かれている。誰が刷ったんだよこのカード……。

 敏捷性+1って書いてあるし名前にも強化ってついてるし、定番の装備強化アイテムなのだろう。やばい、これはきっとレアアイテムだ。
 俺は思いっきり息を吸い込んで、大声で叫ぶ。
 
 「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 
 こういうコレクション要素と実用性を兼ね備えたレアアイテム、大好きですよ!!
 惜しむべくは現在、カードホルダー的なアイテムを持っていないということだ。もう早速カード、使ってしまうか……。

 でもこういう強化アイテムって、強い装備を手に入れたら使いたいじゃんね。
 手持ちの装備をがんばって強化してから、その翌日に手持ちの装備よりも強い武器が落ちた日には嬉しさが半減してしまうのだ。

 いやでもなぁ、レアは掘れど惜しまないのが俺の生き様だ。試しに使ってみたいという気持ちもある。
 草冠か草履か……、廃人Tシャツを強化するという手も……。そこでふと、脳裏にある考えが過った。
 廃人Tシャツを強化しまくったら、不壊装備だし耐久度を気にせず使える万能装備になるのではないだろうか。
 
 「それにこのTシャツ、結構愛着沸いてきたんだよな」
 
 よし、決まりだ。
 使い方は【アビリティの書】と同じだろうかと、着たまま服の上にカードを押し付けて、むむむん……と力んでみる。
 すると、カードは光になって消えた。
 
 【廃人Tシャツ+1】
 敏捷性+1
 
 「おおお……。+1000くらいになったら伝説の装備になるのでは……」
 
 先が果てしない話ではあるのだが、おらわくわくしてきたぞ!
 そして身体が軽くなった──気がする。うん、ちと分からんね。
 とりあえず肉と毛皮を2つずつ手に入れたので、一度帰ろう。
 
 「やっぱり入れ物が欲しいなぁ」
 
 帰路の途中で段々と橙色になりはじめた太陽を眺めながら、しみじみとそう思った。
 小川の水面が橙色の煌めきを宿しており、その幻想的な光景を楽しみながら歩調を緩める。時折水面から魚が飛び跳ねるが、金色のヤツではない。魚も食べたいな……と恋い焦がれながら、

 「──そうだ!」

 ふと大変素晴らしい名案を思い付いてしまった。 
 布袋さ、中身を出したら使わずに放置すれば、光になって消えずに物入れとして使えるんじゃないの? 
 イケる! イケるよこれ!! 早速帰ったら試そう。
 俺は歩調を速めて競歩となり、それから駆け足となり、果ては全力疾走で川辺を下る。

 
 
 ──そして到着!

 意気揚々と布袋を逆さにして枯れ枝と火打石を落とし、爆弾リンゴを1つ入れてみる。すると──、
 
 「え゛消えるの!?」

 光になって消えてしまった。しかも布袋から出した枯れ枝と火打石も一緒にお亡くなりになってしまったのだ。
 マジかよ、抜け道は許されないってことか……。うぐぅ、手痛い経験を積んでしまった。貴重な爆弾リンゴが!!
 今夜のお肉は、少し塩気が混じりそうです。
 
 「ぐすん……」
 
 文明人は失敗を積み重ねて進歩してゆくのだ。一度の失敗にめげたりはしない。
 今度はウサギの毛皮を束にして、枕替わりにしてみる。──うむ、悪くない。素晴らしい発明じゃないか。厚みが足りないのだが、腕を枕にして寝るよりはマシだろう。
 ウサギ枕を活用して就寝する前に、夜ご飯を食べなければ。
 
 早速焚火を着けて、リスの牙にウサギの生肉200gを3つ全てブッ刺して焼き始める。1つは明日の朝ごはんにするのだ。
 水が欲しいときに一々小川まで戻るのも不便なので、マグカップが欲しい。

 今の俺の生活環境だと、もうどんなアイテムが落ちても何かしら活用できる手段がある気がする……。でもやっぱり、宝箱からはレアアイテムが出てきて欲しいです。焚火セットも残り1つしかないので、もちろんこれも欲しいのだが。
 やばいな、色々足りないから宝箱の沸き場をもう一ヵ所くらい押さえておきたい。
 
 【上手に焼けました】
 
 「あ、ども」
 
 ウサギの焼肉はリスの焼肉と違い、全体的に肉汁が少なかった。だが柔らかい。繊維に沿って歯を立てれば簡単に噛み千切れてしまう。同じ素朴な味でもウサギの焼肉は薄味だ。何だか肉っぽい臭みもない。今夜の流れ星に願う内容は、"焼肉のタレが欲しい"に決まりだな。
 
 焼肉400gを完食して小川へと向かい、水を飲んで歯を磨き、早々に寝てしまおう。早寝早起き適度な運動と、随分と健康的な生活になったものだ。
 社畜ネトゲ廃人よりよっぽど健常な生き方なのだが、やっていることは結局同じレア掘りである。まったく最高の世界だぜ。
 
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