上 下
25 / 27
りびじょん

にじゅうご/1633952340.dat

しおりを挟む
緋加次ひかじー。来たよー?」
 最後の教授は、いつもの感じでなんか、えらく普通だった。

「ん、どうした怖い顔して、フライパンなんか持って?」
 俺は見習いと客員と主力製品一式を守るように、来客に応接する。

「いや、なんかツマミでも作ろうかと思って……?」
 あまりにも普通の様子に毒気を抜かれたから、ついその場を取り繕う。

「お、なんだ用意がいいな。ソッチがそのつもりなら、今日はトコトン飲んじゃおっかなー♪」
 ヤツが、抱えていた袋を放るように、コッチに持たせようとする。
 ソレは結構な重さで、瓶や缶やペットボトルやデカい果物っぽいモノもあった。

 アンタ、酒盛りするつもりで押しかけてきただろコレ。
 慌てて受け取ると、教授がズイッと身を乗り出した。

 美しい顔の片目に、ウェアラブルゴーグルが一瞬で装着され――。

「動くな、スグ済む。QIDコードを見せてもらう――ぞー」
 顔をつかまれ、息が掛かる近さで、瞳の中をのぞき込まれた。

 動けねえ。腕力もさることながら、力学的に身動き出来なくされてる。
 大袋の重さも利用して、立ったまま関節をキメられているのだ。

 やられた。最初から俺を捕まえる事が目的の来訪だ。
 どうする? また13号に助けを請うのか?

 でもありゃ、あくまでタイムノードの副次的特性〝高次予測演算〟を俺の体感時間・・・・でシミュレートしただけのモノで――――生身の時間むきだしじゃ使えねえ。
 当然〝MR実行部〟にロケット砲(本物)を出してもらう事は出来ない。

 さっきまでの連続走馬灯シミュが、生き残るための特訓なのだとしたら、いまやってるのは生き残り――本番だ。

「うわっ、本当でやんの。オマエよく生きてたなー。及第点をやる♪ ――ムチューッ❤」
 ほとんど抱きつくように抱えていた俺の頭を放す、一里塚いちりづか日菜子ひなこ教授。

 グワラララッツガッシャンゴドリッ!
「うわっ――なんてことすんだ。もう酔ってんのか!?」
 荷物を落としちまったじゃねーか!
 瓶が割れなくて良かった。缶なんかは凹んだだろうけど。
 あと、なんとなく気配で、客員研究員が立ち上がったのが、見なくてもわかった。

「あーーっ! チューされた! いま僕ちゃんと、見てましたよ!」
 てめえ、違崎ちがさき
 いまのは正に〝チューされた・・・〟のであって、不可抗力だろうがっ!

「珈琲代表――業務提携アライアンス契約の件は、白紙撤回でお願いいたしますね――――撤収するわよなみプロちゃん達!」
 バカ、天才じみこ何言ってんだ!

「教授のやる事だぞ!? それにほっぺただ、ほっぺた。いい大人が、そんなん気にすんな!」
「でも、私……してもらったコトないしぃー!」
 えー? 本当なに言ってんのオマエ。

 キュラララッ――ボコン!
 俺の尻を押す、自走カート一式を振り返った。
 ホワイトボードに取り付けてあったはずの真っ白い電動アームが、カートにしっかりと取り付けてある。
 電動アームが携帯ゲーム機を、突き出してきた。

('_')並プロⓇ¹³:――――じゃ、緋加次ひかじ君。私わぁ、そろそろおいとまいたしますわぁー。火急の事態も回避できたみたいですし、おすし♪』
 カート天板に鎮座する〝MR実行部ななごうき〟が、安全強襲ライフルを構えている。

 シシッ、チィ――――♪
 ゲーム機の作動ランプが、点滅ブリンクする。

『現実行環境より_PID000・000・001が取り外されました』
 指輪デバイスのリンク切断を、ダイアログ(小)が知らせてくる。

 ソレは、未来ノード型なみプロちゃん13号機との接続が、切れたコトを意味していた。

 我に返った〝MR実行部ななごうき〟が、両目をチカチカさせ周囲の状況を索敵し、解析し、即座に行動を再開した。
 キュラララッ――ゴツゴツ!
 俺の背中を電動アームで小突き、地味子ふつうに肉迫していく。

「いやー大先輩は、お取り込み中のようですぞ、部長?」
「そうだな副部長。大ゲーム大会は、また日をあらためるとしよう」
 なんだ? 背後から、凸凹模型部どもの声が聞こえる。
 おそらく教授に、くっ付いてきたのだろう。

「おまえら、ナイスタイミングだ! 大ゲーム大会? イイじゃないか!」
 模型部部長だけじゃ無くて教授も含めたゲーム大会なら、地味子ふつうの機嫌もよくなるだろ。

「よしやろう! 本日はコレにて終業、違崎ちがさき買い出し行ってこい! 今日は俺もとっておきの、希少酒モルトを開けるぞー!」
 検算部の為のパーツ発注もあとで。
 なみプロちゃん達の精査もあとで。
 〝13号機に関する一切合切の保全〟だけはゲーム機経由で主幹部に指示しとくけど、それ以外は、ぜーんぶあとで。
 明日でイイ、明日で。

 ――キュラララッ、ドカッ、ゴツゴツッ!
 俺は、執拗にボール地味子ゴールにシュートしようとする〝MR実行部アタッカー〟を、もう一度見る。
なみプロちゃん、ヤメロ――コレのハズし方わかる?」
 俺は雑然とした態度で、手のひらを突き出す。

 いま正に何も無い空中おれのしりを蹴飛ばそうと、片足を持ち上げた〝インカーネーションかわいいゲームカーソルキャラ〟が鼻息をつき、足下から長物を引っ張り出した。
 ソレはいつもの〝安全強襲ライフル〟で。
 狙いも定めずに、片手で――――タタタタッ♪

 撃たれた俺の手は、なんともない。
 いまは分光減衰機サイレンサーが装着されている。つまりコピー用紙一枚すら、燃やせない。
 だがどんなに低出力でも、指輪デバイスを解錠する信号を送信するのに、支障は無かった。

 チチッ――カシッ♪
 軽い衝撃。どれだけ引っ張っても外れなかった輪が大きく広がって、ポロリと落ちた。
 広がった輪は、スグに元の大きさに縮まり、作動ランプが消えた。

 俺は外れたソレを――――まだ、撤収作業に興じる客員研究員に向かって放り投げた。
「受け取れ。詳しい事は後で話す」
 マンマシンインターフェースのくだりは、5分や10分で説明できるとは思えない。

 パシリと猫を騙すように受け取ったソレを、マジマジと見つめるさよりふつうさん(21)。
 なぜか彼女は頬を赤らめ、俺の後ろに居た模型部副部長ちゃんを手招きした。
 小動物のように駆けていく依々縞いいじま小苗さなえ嬢(19)。
 今日は大剣は無くて、やたらと長いフランスパンを背負ってた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ❤」
 バジバシと肩を叩かれる地味子ふつう
 どうした?
 ふたりと眼が合った。
「――――――――――っ❤」
 声にならない声を上げる地味子ふつう
 なんだ、どうした?
 今度は副部長さなえが、肩を叩かれている。

 なんだか知らんが、機嫌が回復したらしい。
 地味子ふつうも我が社の良さに、改めて気がついたんだろう。
 研究対象に事欠かないコトに関しては自信がある。
 賑やかな自宅兼作業場ショールームは、本当のショールームっぽくて気持ちが上がる。

 ふたりの視線の意味を知るのは、明日になる。
 何でもイイ。全部明日だ、明日でイイ。
 いまは、会社と俺の命と業務提携の存亡の危機を、有耶無耶うやむやのウチに回避できたことに、祝杯を挙げるのだ!

   カンパーイ♪

 「生死の境をさまよう事で、個人IDQIDのリビジョンが1に到達する場合が有る」……そうだ。

 うまい飯とツマミ。
 対戦ゲームとパーティーゲーム。
 実に楽しいひとときだ。

 その合間に、チラホラと今回の件についての、実情を聞かされた。

 「一度設定された個人の量子IDは、量子下における遺伝情報を元に識別子を算出する。つまり重複も改竄も絶対にない。ここまではいいか? そして、ソレが改訂リビジョンされると言う事は、突然変異による――――」
 ――通常あり得ない、ある種の〝世界改変・・・・〟をした事を意味している……らしい。

 聞いた感じじゃ、量子生物学の分野に片足を突っ込む必要が有る。
 そうなると、ウチの設備じゃ荷が重い。
 本格的にヤルなら地味子ふつうのツテを頼るか、教授が属する陣営――演算複合体に参画しないと、いけなくなるかもしれない。

 未来型なみプロちゃんと俺をつなぐ、マンマシンインターフェース。
 あれも、量子生物学ドンピシャだ。
 俺は指輪デバイスの在処ありか――地味子ふつうを探して視線をさまよわせた。

 すると、模型部部長 図会ずかい定時じょうじ後輩(21)と目が合った。 
「大先輩、この間のリベンジをいたしませんか?」

「あ、イイねソレ。先輩、僕もなみプロちゃんと修行した成果を見せてやりますよ」
 違崎ちがさき海流わたる見習社員(23)も、こっちを見た。

 前に模型部連中とゲーム大会したときの、格付け・・・を言ってるんだろう。
 何回やっても俺が三位。地味子ふつうと部長君が一位二位独占。
 残りが最下位ドベ下から二番目ブービーを争った。

「ほほう。ソレ私も入れてくれよ……ひっく――ゲームは私が選んでいいのか?」
 ちょっと目を離した隙に美人量子物理学教授が、地味子ふつうにガウンを着せてもらっている。
 白衣どころか全部はだけてて困ってたんだが、コレで目のやり場に困らないで済む。

「わかってますよ、最新作・・・でイイですか?」
 シリーズ最怖と評判のホラーTPSを、壁の大画面に表示した。
 来客用のガウンを着てご満悦の年齢不詳きょうじゅが、表情を明るくさせる。

 このシリーズの売りでも有るオンラインモードの〝世界ランキング100位以内〟に入っている事は彼女の、ご自慢だ。
 色々あったけど、今日の所は花を持たせてやってもイイだろ。模型部連中もいるし。

 ゲーマーなら誰しも〝持ちゲー〟ってのが有るモノで、彼女の、破天荒物理学者の、一里塚いちりづか日菜子ひなこ教授(年齢抹消トップシークレット)のがコレだ。
 駅前空手免許皆伝・・・・・・・・よりは、量子物理学者の特技っぽいかも。
 なんせ最新作の題材は、量子物理学上の新発見が元になっている。

AR電影部でんえいちゃん、コレ、もっとVRに・・・・・・出来る?」
 違崎ちがさきの野郎が、そっと余計な設定セッティングを付け足した。

   ≡

「うっわっ! 怖っわっ!」
「「きゃーきゃーきゃーっ!」」
「ぅわっははっ! 踏み込みが甘い!」
「あっぶねっ! 飛ぶのかよ!」
「大先輩、ソイツもう一匹居ますよ?」
 あっ! ギョロ眼が付いたキノコみたいなヤツが飛――――!

GAMEOVERズズズズゥーン♪
 くそう、俺が真っ先に脱落した。

 俺の周りにだけ、照明が差し込む。
 AR電影部は高性能化にあたり、立体映像のブラッシュアップだけでなく、〝闇〟を投影する事に成功した。
 モチロン特区の技術と違い、完全な空間投影にまでは至ってないので、陽光の下では不可能だ。

 有効遮蔽距離は2メートル程必要だが、それでも蛍光灯の小さな明かり程度なら打ち消し、視界を遮る事が出来る。
 次世代の煙幕や閃光手榴弾フラッシュバンとして、都市防衛の為の非殺傷兵器として開発を進めるかどうかの議論が、隣にいた教授と始まってしまう。

「市販の為のパッケージングが可能ですか? コレ十分、危険なんじゃ?」
 俺は、まだ暖かい料理をツマミながら。

「それでも、〝並列プロジェクト6号機〟よりは、市場が大きいだろう」
 教授はゲームを続けながら。
 ぎゃうるるぅ――――ドッガッ!
 蹴り飛ばされる、不定形量子生命体。

『回復剤AとAAカートリッジ22/22を入手しました』
 回復剤を飲み、ハンドマシンガンを再装填リロードする美人物理学教授。
 さすがに世界ランカーの動作は、サマになってた。

 そして、なみプロちゃんの個別の機能は、とっくにバレていたらしい。
 コレも明日だ。色々あるだろうが、教授から及第点・・・をいただいている以上、酷い事にもなるまい。

「ところで、〝演算複合体〟なんですけど、なみプロちゃんの自律と量産の妨げになるようなモノに俺がくみすると思いますか?」
「そうだなあ――」
 セーフハウスに飛び込み、セーブ。
 頭の横に現れた小さなヒモを引き、暗闇から脱出する演算複合体しんぎゅらん排他処理請負。

「つきましては、コチラにサインをいただきたく」
 バサリと手渡されたのは『しんぎゅらんⓇ』、演算複合体への正式な参画を意味する契約書。
 コレ、俺の来客用ガウンから出したよな?
 俺も演算複合体しんぎゅらんになったら、こういう怪人じみた手品が使えるようになるんだろうか?
 それはそれで、ちょっと面白そうではあるが――。

「丁重にお断りする。俺たちは、独自になみプロちゃんを育てていくつもりだ。何より、なみプロちゃんの自由を制限する可能性があるモノに、参加は出来ない」

「じゃあ敵だな。まだ人様にお見せできる代物じゃ無いんだが――」
 量子教授が胸元ガウンから、むにゅりと取り出したのは――赤い球・・・

 赤い球ソレから左右に、小さな棒が突き出た。
 ソレ機械腕ロボットアームのようであり、
 ジジジッ――ヴワァン♪

「私が設計し、演算複合体経由でパーツを揃えた。まだまだ仮組み段階テストベットだが、仲良くしてやってくれ」
 なみプロちゃん〝MR実行部ななごうき〟に搭載されている、半透明の立インカーネーション体映像カーソル
 それと同じような立体映像が、実機ほんたいの上に姿を現した。

 二本のお下げ髪の先端がペンチになっていて、ガチガチと威嚇している。
 やっぱりどこか、カニを彷彿とさせる。
 ……いや、サソリが頭に二匹くっ付いてるってのが、近いか?
 毒針じゃ無くてペンチだけど。

「だ、だだだだ、大先輩! まさかソレっ!? なみプロちゃんの新型機・・・!?」
 ゲームオーバーになったのかセーブして抜けたのかわからないが、模型部副部長が横から顔を出した。

「ふふん、コイツの設計製作は私だ。名前はまだ無い♪」
 自慢げに腕を組む、破天荒物理学者にして、最怖ゲーム世界ランカーにして、駅前空手免許皆伝。

「なるほど、ライバルメカと言うわけですな?」
 模型部部長も、反対側から顔を出した。

 玉乗りの要領でリビングを音も無く駆け回る、赤い球。
 いや、色はフローリングの床から、カーペット、ガラス状の半透明と、次々に変化していく。まるで3Dグラフィックツールの質感表現レンダリングデモみたいで、なかなか面白かった。

 諸元スペックはわからんけど強いて言うなら、〝単独潜入工作に特化した諜報型〟と言ったところだろうか?
 なみプロちゃんで言うなら、7号機と8号機を合わせた感じ。

 ガラス球がビス留めの鋼鉄製に変化し、ガゴロンガロゴロロンと騒音混じりに戻ってきた。
 仁王立ちのポーズは正に設計製作かいぬしそっくりで、実に不遜ふそんだった。
「やだ、目つき悪い! かわいい!」
 小苗さなえ嬢が飛びかからんばかりに、興奮を禁じ得ずにいる、
 まあ、わからんでもない。ウチにも自社製品に、ほおずりする見習がいるしな。

 目つきの悪い、お下げ髪ペンチ型美少女ゲームキャラが、手先をチョイチョイと動かした。
 転がってたのが、デモンストレーションなのかと思ったら、さっきまでのはウォーミングアップだったようだ。

「そういやオマエら、頼んだモノは買ってきたかね?」
「はい。コレで良かったですか?」
 模型部部長が差し出したのは、駅前モールの買い物袋。
 パッケージを破いて取り出されたのは、五段重ねの円筒。
 天辺には厳つい顔が載っている。

 まるで、民族的な呪術具のようなソレは、俗に言う〝達磨だるまおとし〟だ。
 いまどき、正月や節句でも誰もやらないような、日本古来の木製おもちゃ。

 床に降りた目つきの悪いキャラクタが、手渡された柄の長い木製ハンマーを構える。
 ――――スッコン♪

 って!
 飛んできた薄切りの丸太が、ヒザに当たった。

 目つきの悪いキャラクタが、振り返る……ニタぁリ。
 何そのドヤ顔。

 やはり、どことなく、設計制作者かいぬしに似てなくもない。
 抜き打ちで問題プリントを配るときの、教授ヤツ下卑げびた顔ソックリだ。

「なかなかどうして、〝だるま落し〟は作業の質量ともに、高精度を要求される」
 鼻高だかな設計制作者かいぬしに、俺は言ってやった。

「やっぱり、〝フロアイーター〟じゃねーか」

「「「「「フロアイーター!?」」」」」

「なるほど。言い得て妙ですね大先輩。ねえ部長?」
「うむ。名が体を表しているな」
「あ、相変わらずの、ネーミング神」

「なんだ緋加次ひかじ、イイ名前付けてくれたな。じゃあ、コレからソウ自称するように」
「サー、イエッサー♪」
 お、声かわいい。機械音声ぽいけど。

 ただ、ソコは「マム、イエスマム」じゃねーの?
 ひょっとしたら、少しアホの子なのかもしれない。
 ソレはソレで、なみプロちゃん達の良いライバル――遊び相手になりそうだ。

 神出鬼没の黒箱が、引き金の軽さを発揮せずに。ずっと半開きで様子をうかがっている。
 まあ、仲良くやってくれ。

   ■〇

「時にオマエ、クロックジェネレータ・・・・・・・・・・はどうしてる?」
「新開発した、量子エラー浸透パーコレーション――QEP対応量子光源チップのエラー補正試行数で整合性を確保してる」

「それ言っちゃっていいのか、同業他社に。……もぐもぐ……それでも、電源投入してから完全に同期するのに10日くらいかかるんじゃ……もぐもぐ……無いのか?」
「いや……もぐもぐ……3秒もかかってないが?」

「貴様、ウソはイカンぞ。そんな訳にいくか。貴様の手先がいくら器用でも、そんな天文学的なバカ精度をドンピシャで出せるわけが――」
「ちょっと失礼。量子りょうこ教授は、LM女史という個人名か屋号、もしくは企業体に、心当たりは?」
 なんか、コッチを見ないように背を向けたまま、教授に話しかける地味子ふつう
 機嫌は良くなったが、今度は顔を合わせなくなったぞコイツ。

「おい、LM女史って――ソレいいのか口外して? 契約違反で破産なんてのはゴメンだぞ」
「だ、だだだだ大丈夫です。現在、代表者の本名も製造工程も製造場所も一切、判明していません。契約自体、厳密には成立しませんので――」
 と言えと、藤坪さん(凄腕秘書)に助言されたって所か。

「なるほどな。そう言う事なら――その精度にも合点がいく」
 テーブルの隅を音もなく移動中の黒い箱を、目で追う教授。

「――どうぞ、おつまみ追加です。め、召し上がれ♪」
 首だけソッポを向いたまま、手作りのイカ大根らしき大皿を差し出す、地味子ふつう博士。
 彼女は、研究者にあるまじきこと(語弊)だが、料理も出来るのだ。

「「うん、うまいぞ」」
「では我々も、ご相伴にあずからせていただこうではないか♪」
「はい部長。すごくおいしそうです❤」

「あれ? 皆ドコ行ったの!? なんかチャプター2の量子物理学研究所・・・・・・・・が、すっごくおいしそうな、イカ大根みたいな良いにおいがするんだけど!?」
 リビング横の空いたスペース。立ちのぼる暗闇の中で一人だけコントローラーを持つ、見習社員。

 丸い玉フロアイーターに幅寄せされて困ってた、朱色の箱を持ち上げる。
「電影ちゃん、ポーズ掛けてやって……もぐもぐ」
 早くしないと、この売れ行きの良さだと、一口も食べずに無くなっちまいそうだからな。

   ᔦ⚯ᔨ

緋加次ひかじも晴れて、優先的演算対象・・・・となったことだし、イイかな言っちゃっても――実はな、LM女史なら直接わたりを付けられるぞ――ピッ♪」
 スマホを操作して、スグ仕舞う。

「ちょっと待て。ココには俺以外も居るだろうが。それと、演算対象・・・・ってどういうコトだ、聞いてねえ話が混じってるぞ?」
 何か不穏な単語を、混ぜてきやがった。

「ふふん。どっちみち、コレ・・を見られたからには、全員タダでは帰さん」
 破天荒が三本指で持ち上げたのは、また赤い色に戻った〝ライバル機フロアイーター〟。

「アンタが勝手に見せたんだろーが!」
「フフフッ――悪いようにはせん。なに、こんな楽しい席に、あの〝綺麗なルーカー大騒ぎメイヘム〟を投入したらどうなるかと思ってな」

「なんだその物騒な二つ名。ヤメロ、そんな危険なヤツを呼ぶな。責任者として認められん」
 ルーカーって見物人とか美人って意味だろ?
 そして、俺たちゲーマーなら恐れおののくMeyhemメイヘムModeモード
 大混乱、大騒ぎを意味する言葉で、最高難易度の別名でも有る。

 人目を引く程キレイだけど、銃弾斬撃雨あられ。そんなイメージか。
 なんかLM女史に抱いてた……女性・聡明・ちょっと偏屈・大資本・イリーガル・精鋭……なんていうイメージとは乖離している。

「でも、LM女史の桁外れのスピントロニクス技術は量子物理学にたずさわるなら、百害あっても千の利得・・・・が見込めますよ――きゃぁ❤」
 たしかに量子物理学者としては、ぜひ一度お目にかかりたい相手ではあったが。

 地味子ふつうが一瞬だけこっちを見て、また逃げてった。
 なんで耳まで赤くしてんの。イカ大根に降った一味が辛かったのか?

「ううむ。つまりどういうコトだろうか、副部長?」
 部長君は、今日は軍服コスプレでは無く、こざっぱりとしたシャツにカーディガン。
 いたってまともな大学生スタイル。
「んーっとですね。言葉の意味はわかんないスけど、〝命を懸けるに値する〟ってコトじゃないスかー?」
 フランスパンを切り分けながら、隣に立つ部長君に返事をする副部長《メイドさん》。

「僕は会ってみたいですねー。だって、なみプロちゃんの実物大映像が立って歩けて話せるようになったのは、その人のおかげですし。そして何より先輩の考えた格子回路を作ってくれたお礼も、言いたいですよ」
 副部長ちゃんが切り分けたフランスパンに、イカ大根をキレイに並べながら、長台詞をのたまう見習社員。

 正しい。コイツは時々、とても正しい事を言うのだ。

「オマエ等、来年からでもウチの研究室に顔を出せ。死ぬ程面白い目に遭わせてやるぞ」
 見習社員が丁寧にセットした〝高級ハムチーズのせイカ大根バゲット〟を横からかっさらいながら、破天荒物理学者が模型部組を指さした。

 〝ウチの研究室〟というのは、牛霊正路ごれいせいろ御前ごぜん大学教授で有る、一里塚いちりづか日菜子ひなこが率いる理数光学研究室の事だ。
 正式名称〝一里塚いちりづか研究室〟。
 あだ名が高じて、通称〝量子りょうこ研〟と呼ばれている。

「光栄です!」「光栄であります!」
 俺のモルトを教授のグラスに継ぎ足す部長君と、敬礼をしてみせるメイド装束の新入生ふくぶちょう

「あー、モチロンお前等もだ。ヒープダイン御一行様には、おあつらえ向きの肩書きを用意してやる。出入りの業者として自由に……もぐもぐ――これ、超うめーな♪」

   ⊿

「さっしの通り演算対象・・・・てのは監視対象と同義だ。だが監視対象となると同時に、所属する組織に演算単位の行使が認められる」

「は? 演算単位の行使? そんなのは俺達やなみプロちゃん達の勝手だろうが」
 グビリ。俺はとっておきモルトを一気にあおって、グラスに並々・・と注ぐ。

「そうだ。ソレを認めるための、一種の方便だ」
 グビリ――カン。催促するようにちゃぶ台に叩きつけられるグラス。

「俺が演算対象として……不足・・だった場合はどうなったんだ?」
 トクトクトク――トップン♪
 仕方がねえから並々・・と注いでやる。

「おっとっとっと――ズズズッ♪ ……強制的に監視下に置かれるだろうなー」
 監視下……命まで取ろうって訳じゃ無いのか。
 じゃ、俺の命がけの特訓そうまとうは一体何だったんだ?

「それじゃ、どっちにしても同じじゃねーか!」
 かぱり――ゴックン♪
 っかー、一気に入れるとキツイなー。うめーけど、喉が焼ける。

「そうだ。ソレを認めさせるための、コレも一種の方便なんだよ」
「でもソレってサー、管理してるヤツが居るってコトでしょー? なんか気に入らないッスよねー――ヒック!」
 酔った勢いで、気に入らねえところを気に入らねえと――違崎ちがさきが言ってやった。

「そうだな。どんどん言ってやれ。珍しくオマエは正しい。ハハハッ♪」
 成人組は、酔いつぶれて色々怪しくなってきた、本当に社外秘な所もはみ出してきてる。
 が、何かの山をひとつ越えたらしいのは確かで、あとは全部明日以降の俺に丸投げする。

「ソコでだ、いまココに有史以来史上初の、演算対象が三つ・・そろってるわけだ」
 なれなれしくド美人が肩を乗せてくる。ヤメロ、やわらかいから。
 ウチの客員研究員が、また家出しようとするから。

「――三つ・・目ってのは、ドコに居る?」
 一つ目はなみプロちゃんで、二つ目がフロアイーターだろ?

   §

 ガッチャリ♪
 キィ――いきなり玄関ドアが開かれる。
 電磁キーが差し込まれた形跡は無かった。
 確かにロックしたはずだが――。

 ドアの向こうには、誰も居ない。
 夕焼けの町並みがあるだけだ。

 ドアがひとりでにしまった途端。

 フォフォフォ、ヴォォォォォンッ――――ちょっと耳障りな電子的な風切り音。
 シュドッガァァァァァァンッ!!
 目の前で何かが爆発した!

 いきなり天井に叩きつけられる来客用ガウン。

 ――――ォォォォン!
 銃声のような残響が、幾度となく木魂する。
 身をすくめる俺たち一同。
「きょ、教授!」
 かろうじて反応したのは、目の前に居た俺だけだ。

 自宅兼作業場でもあるヒープダイン社。
 リビング中央に突如、姿を現したのは――――ピンク色の白衣。

 せいぜい中学生にしか見えない、幼い風貌。
 銀髪を頭の横でくくり、両サイドに垂らしている。

 ピピッ♪――カシンッ!
 白衣(ピンク色)をまくり上げ、腰のホルスターに収められる鉄塊ナックルガード
 足下を見れば、フリル付きのワンピースにはそぐわない、ゴツい軍用ブーツ。

 なんだこのお子様は?
 一体どこから入ってきた?

「コラ、リィーサ! そんな悪い事してると、次回のシンポジウムでぼっちにするぞぉ!」
 いつの間にか教授が、ソファーに横になっていた。
 そして幼女相手に、とても威張っていた。

「相変わらず本当に大人げねえな、あの人は。無事で良かったけど……無事でもねえか、また色々はだけちゃってるし」
 フロアイーターにイカ大根の大皿を持たせ、菜箸で小皿におかわりを取り分けている。

 フワッサァ――――ぷすぷす!
 黒焦げの来客用ガウンが天井から降ってきた。
 目の前に居るお子様リィーサは、ヘタしたらディスクリート量子りょうこより、危険かも知れない。

綺麗なルーカー大騒ぎメイヘム、彼があたらしく演算対象となった金平かなひら緋加次ひかじ君だ。分野はなんと、高次マンマシンインターフェースの成功例だ」
 くそ、本当に色々バレてやがる。そして幼女は、まさかのLM女史だった。

 LM女史ツインテールが振り向いた。
 うっわ、何この超絶美少女。
 教授とも地味子ふつうとも違う。
 どちらかというならなみプロちゃんに近い。

金平かなひら? ああ、聞いた名だと思ったら、そう言う事か。では、金平プロセッサー・・・・・・・・。一手、お手合わせ願えるかな?」
 何だこの老獪な語り。声はスッゲーかわいいけど。
 腰を落とすな、鉄塊インゴットみたいな物騒なモノも一瞬で取り出すな、構えるな。

「わー、まてまてまてまて、俺にはあんたらみたいな凄い装備も、免許皆伝も何もねえぞ。かすっただけで死ぬ自信がある! 降参!」
 両手を挙げた俺に、一歩踏み込むお人形さんルーカーメイヘム

「ま、マンマシンインターフェースなら地味子ふつうに渡した指輪だ。解析でも何でも勝手にしてくれ! 地味子ふつう、スグ渡せ、さあ投げろ。命あっての物種だ!」

「えっ指輪!? 何でっ! だ、だだだ、だーめーでーすーぅ! (ドコの世界にもらったばかりの婚約指輪エンゲージリングを譲る女性がいるって言うのよ!)……ぶつぶつ……しかも、こんな美人と美少女相手にっ!」
 オイなにブツブツ言ってる? さっきから変だぞオマエ。

「ぜぇーーーーーーーーーーーーーーーーったいに、わーたーしーまーせーんーかーらーねーぇっ!!!」
 鬼気迫る地味子ふつうの気迫か、もしくはブツブツと呟いていた呪詛の如き呟きに気圧されたのか――幼女リィーサ地味子ふつうを振り返った。

 横からよく見たら、両手の鉄塊みたいなモノには、作動ランプが付いていた。
 そして、グリップに付いたジョグコントローラを、小刻みに動かしている。
 その動きに合わせて鉄塊正面に付いた、鳥の脚みたいな無数の突起が波打つ。
 理解した。教授の得物である十字キー銃身型デバッガに類するモノだ。
 つまり超危ない。

 あのまま殴られてたら、ヒープダイン™も俺の命も、ひいてはなみプロちゃんも、一巻の終わりだった。

 ――――キュラララッ♪
 自走カート、なみプロちゃん一式が設計製作者かいぬしの乙女心を守るべく立ち塞がった。なんでかフロアイーターも天板の上に、器用に乗ってる。
 その横には、短くなったフランスパンを構えるメイドちゃんと、アーケードコントローラーを構える模型部部長。
 君は、そのUSBをドコに刺すつもりだ。

「ちょーっと待ってくれ! 折角の初顔合わせなんだし、楽しくやろうぜ!? オイ営業部長、音頭を頼む!」
 俺はその場の張り詰めた空気を――――営業部長(見習い)に丸投げ……一任した。
 いまこの時のための、違崎ちがさき海流わたるだ。

「HAHAHAHA――――♪」
 解き放たれた違崎ちがさきの、愛想笑いが炸裂している。
 よしよし、今のうちに体勢を立て直すぞ。

 ゲーム、そろそろ煮えてきた蟹鍋かになべ、旨い酒。
 なみプロちゃん VS ふろあいーたー。
 出し物満載だ。珍客が乱入中だが、違崎ちがさきに任せておけば、5分は持つだろう。

 とにかく全員生きている。俺もコイツ等も量子教授も、幼女女史もだ。

「よっこらせ」
 追加のモルトと氷を取りに立ち上がる。
 冷蔵庫を確認すると、牛乳の買い置きがあった。
 女史ちゃんには、牛乳のサイダー割りでも出してやろう。

 ふと目に入る玄関側の壁。
 ショーケースとは名ばかりの、ただのガラス製の戸棚。

 俺の最初の製品である原子回路が飾ってある。
 特に異常は無い、だが――。
「あれ? 外箱がなくなってる?」
 騒ぐほどのコトではないが、ちょっと気になった。

「うぉーい! ぃーぁーぃー! 氷はまだかぁー。酒がぬるくなるだろぉー!」
 だめだ、もう出来上がってやがる。

「――どうぞ、お客様」
 努めてにこやかに、サイダー割りをさしだした。
 神速でアッパーを喰らう覚悟をしていたのだが、女史ちゃんは素直に受け取ってくれた。
 こんなカワイイ様子なら、ちゃんと話が出来そうではある。
 もし次もあるなら、技術的な話も出来るかも知れない。

 ただ、細い肩の上を小さな人影みたいなのが、走って逃げた様に見えた。
 ひょっとしたら、アレが三つ目・・・か?
 いや、酔いが回って、見間違えただけだ――藪をつつく必要は無い。

「――あと、どーでもいーが、氷いる人ー?」
 振り返った俺は、余所行きの顔を崩し、一応聞いてやる。
 なんでか、地味子ふつうが張り合う様に横から氷を、かっさらっていく。
 ホント今日のアイツは良く分からんな。明日、二人で話でもするか。

 面倒ごとは全部、明日でイイ。さすがに疲れた。
 今日はすでに一度……いや主観的には40回以上も、死んでいるのだし。
 グラスをつかんで一気にあおろうとしたら、グラスじゃなくてなみプロちゃんだった。

「ゴメンゴメン、間違えた」
 半開きの箱から、銃口が突き出される。
 だから、ゴメンって。

 俺はソレほどトルクがない黒箱をガチンと閉じ、上に乗せたグラスに並々と旨い酒を注いでやった。

EOF░
しおりを挟む

処理中です...