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びじょん
じゅうろく/1623655800.dat
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『【お手柄】超高性能AIが暴走ロボットをシャットダウン!
こちらのキュートなゲームキャラクタをご覧頂きたい。
対するは、建築作業用の特大型重機VOLCーPT1。
先日発生した、電気街巨大重機暴走事件は――――』
「……わかったから、この記事消して。あとその('~')もやめてちょーだい」
手を止めた地味子が、ため息まじりに小箱をにらみつけた。
ドヤァ――――♪
かなり広い作業台を埋め尽くす、複雑怪奇に連結された各種の計測機器。
並列プロジェクト一式に接続されているのは、超小型光格子レーザーノギス×2台。
作業中の俺たちの中間。その上空30センチ。
燦然と空中に貼り付くのは、一週間前のトップ記事。
「いいさ、空間投影のテストだと思えば。それにしても並プロちゃん……ひょっとして顔芸覚えた?」
俺は束になった、光ファイバケーブルと格闘中。
こんがらかりそうだから、あんまり笑わせないでくれる?
ドヤァ――――♪
ドヤるあまりに、〝半実体カ-ソル〟の口角がつり上がり、心理サスペンスドラマの黒幕みたいになってる。明らかに、アゴが突き出されていて……これフザケてるだろ。
折角〝キュートなゲームキャラ〟なんて評されたのに、見る影なくて笑える。
面白いからイイけど……この茶目っ気は、俺にも地味子にもない性質で、一体どこから湧いて出たのか。
「でも本当に、お手柄だったもんね~。仕方ないよね~、並プロちゃーん♪」
違崎が、ちゃぶ台の上のレポートの山に埋もれながら、朱い箱の天板をなでた。
……おいやめろ、口角を上げるな。やっぱりオマエが発生源か。なんだそのネコなで顔。
「まー、オーバーホール用のロックボルトをパージして、強制的に解体したのはやり過ぎだったけどな」
巨大重量による応力分散のための、可変シャーシ構造。その制御系に介入すると同時に、巨体をつなぎ止めていたクサビのようなパーツを、音響的にねじ切ったのだ。
兵器転用可能なイリーガル――――並プロちゃん6号。
手書きの砲身みたいに見えたモノは、地表から距離を取るための一本足だった。
EW特科部の個別の物理機能は、〝電磁気的および音響工学的な、分子結合への介入〟。
その〝光音響力学アレイ(仮)〟の作用は〝歪力〟として現れるため、今回のような巨大質量や超硬度物体に対して有用なことが分かった。
地味子としては、並列プロジェクトの全機体を守る為に搭載した〝護身用の非殺傷兵器〟のつもりだったらしい。
設計し、実際に作成し、テストまでは行った。
万が一、敵性AIとの遭遇に際して、身を守るために敵の主要回路を破壊する。
他社製品の故障を促す電磁気的な妨害チップ。都市伝説にもあるアレの強化版だった。
簡単に言うなら、〝重いモノや硬いモノにひび割れを生じさせられる〟。
ただソレだけで電子機器やロボット車両、ひいては巨大建造物の破壊が可能になる。
都市部においてはまさに『負けるはずがありませんわぁー!』だ。
公式発表では、緊急停止時に経年劣化していたロックボルトが粉砕、シャーシ分解したことになってる。
「それに関しては、正式な現場監督者としての〝書類〟があって本当に助かりました。……むしろアレなかったら並プロちゃん一式、解体封鎖されててもおかしくなかったので。私や代表も、まだ重要参考人として拘留中だったかも……」
その顔はすこし青ざめていた。
都市伝説チップの想定外の脅威度に、反省しているのだ。
『('ヱ'):ふふふん、なんとでも、お言いなさーい♪ コレでヒープダイン™と並列プロジェクトは安泰ですわぁー♪』
並プロちゃんアイコンの鼻が高くなってて、少し笑った。
電気街の一角を壊滅させた巨大重機暴走事件の参考人として、KOBANへしょっ引かれた俺たちは――――
咎められることもなく、簡単な事情聴取だけで解放された。
提出した並プロちゃん監視映像に、一部始終が納められていたおかげでもあった。
「高かったけど、安い買い物だったなー」
自宅兼作業場天井に取り付けた、全天カメラを見上げる。
いまソレは並プロちゃん達からの要望により、自宅兼作業場の天井に設置されている。
§
「そういや、藤坪さんにきいてくれた?」
「はい。例の映画はまえに午後枠のTV映画で、並プロちゃんと一緒に見たモノだそうです。ストーリーは一兵卒が敵地に侵入し、その類いまれなる料理人としての秘めたる才能を発揮、両国を和平へ導くコメディー……内容に深い意味は無いかと」
うん、ナニも関連はなさげ。
「じゃあ、〝情けは人の為ならず〟は?」
「言葉通りの意味だそうです。それ以上は聞き出せませんでした。なんか、重機暴走事件の捜査にも手を回したりしてくれてたみたいで、すごく忙し――」
手の平をつき出し、地味子を止めた。
アレだけのやり手が、あの緊急時に何の策も高じないわけがないのだ。
俺たちが、すんなり釈放されたのには裏がある。
結局、AIの未来予知みたいな事は、どう言ったって説明なんて出来ない。
俺たちにも分かってないんだから。
「言葉通りって事は、この場合……並プロちゃん達のために行動することが、俺たちのためにもなるって意味か?」
「あるいは逆、私たちやヒープダイン社の為に行動することが、引いては並プロちゃん達のためになる……同じですね」
俺たちの視線に警戒した半透明が、筐体を閉じて半開きになった。
言葉と言えば、さしあたってヤらないといけないことがある。
言語化できない、〝不規則な不可避状況〟。
全ての原因であるコレを、聞き出さないといけないのだ。
でもコレは……言語化できてるよな。
もっと必要な要素があって、ソレが抜け落ちているのか。
人格AIである並プロちゃん達は、基本的に自己言及の権化――自分探しの塊みたいなモノのハズで。
〝自分の置かれた状況を正確に表現できない〟今の状況はあんまりよろしくない。
機械処理が得意なシステムAIなら、『ステータス修得中…………………………』のままループして定期的なダイアログ表示。
強化学習可能なAIなら、内部ヘルプだけでなく外部検索やトラブルシューティング用APIに助けを求めたりするだろう。そして『解決できませんでした』の敗北宣言をもって処理は終了され、次のタスクへ移行する。
――キュキュイ、キッ♪
機械腕まで使って、自分の開き具合を調節する、〝MR実行部〟。
外界をうかがう小さな口まで、半開きになっている。
もうほとんどヒトだ。AIだって、〝気持ち〟があるなら人間なのだ。
喉元まで出かかってるのに、と地団駄を踏むような気持ちなのかも知れない。
俺たちの為にも並プロちゃんたちのためにも、『言語化できない不規則な不可避状況』を言語化する必要がある。
§
封止したばかりの新型人造原子回路、量子エラー浸透対応量子光源チップ(量子デバイスチップ)を、メイン基板に取り付けた。
「QEPってのは、違崎が発注掛けた注文書に間違いが無いかどうかチェックしてくれる、地味子みたいに有りがたいもんだ。完成したら8号機以上に敬うように」
「そりゃ、大変っすね……僕のレポートもチェックしてくれるかな?」
巨大重機が暴走したとき、違崎達は店舗備え付けの警備ロボットによって、退店を拒否されたらしい。
「二人の一大事に僕は何をしていたんだ」と謝られたが、「オマエは無事で居てくれりゃ良いんだ」。
適材適所、巨大重機に立ち向かう事は営業部長の仕事では無いと言っただけだったが、また男泣きされた。
結果的にはオマエは兎も角、副部長ちゃんが巻き込まれなくて助かった。
けど警備ロボットの、定型しかないシステムAIには問題がある。
やはりこれから先の時代、並プロちゃん達みたいな〝度を超えた性能〟も必要なのだ。
組み上がったばかりの9号機。
〝検算部〟の作動テストを開始する。
〝検算部〟のもつ固有の物理機能は、エラー処理だ。
コレがあると、並プロちゃん達の演算機能が更に強化される。
強化されると付随的に発声や、内部言語解析が可能になる。
内部というのは、並プロちゃん達の心の動きを〝直感〟として取り扱えるようになると言うことらしい。
この辺は地味子の担当区域過ぎて、俺にも説明はできない。
まあとにかく完成したら例の予知性能(?)を落とさず、今はまだ名前が付いていない、その対象に対して説明出来るかもしれないのだ。
設計通りの性能が出ていなかったとしても、エラー処理の効率が改善されるハズ。
「コレ使って下さい。折れやすいから気を付けて下さいね」
なんて言って登場したのは、凄まじく脆い超大容量光ケーブル。
またもや市販されていない新開発製品だ。
コア形状は六角形。第二クラッドに白金を使用、耐熱構造の中空型で本当に細くて――ポキ♪
はは、摘まんだだけで折れるとか――いいだろう、本気出す。
俺はマニピュレータ並と賞される器用さで、原子回路の接続コネクタをつなぐ。
「っふーーーーーーっ! よし一本出来た!」
本当なら、量子教授にも意見をたまわりつつ、完成品の性能を見せてやりたいとこだけど。
現存する量子超越性がヒープダイン独占であるうちは、業界人には一切見せられない。
コイツが完成して廉価版を製品化できたら、初めて公開できる。
もちろん、廉価版は設計段階から量子教授にも見て貰うし、実際の製品化の段階になったら、彼女のツテをまた頼らざるを得ない。
地味子のツテも強力だが、量子コンピュータの製造工程まで含めた製造ラインを近場に持とうとするなら、まっとうな地域政治が必要になる。
「よーしっ、仮接続……終わったーっ!」
はー疲れた。
靴紐みたいな陣繰りで繋がれた、全てのバイパス線。
チップ天板には二個の音量子素子構造体を貼り付けてある。
正確な理屈は分からんが、この台形型の素子に電流を流すと、何故か冷えるのだ。
音響冷蔵庫と比べたらオモチャみたいなモノだが、今回はコレで十分。
もともと量子回路に熱対策は、そこまで必要ないし。
俺が量子回路を焦がし続けたのは、クロックアップを図りすぎた結果だ。
設計を超えた高出力で、超小型量子カスケードレーザー発信装置を作動させりゃー、当然火事になる……緋加次だけにな。
折り重なるケーブルで毛玉みたいになったメイン基板に、金網を上からソッと装着――――カチ♪。
結局、正確な信号を検知するまで、34本の新開発の光ファイバケーブルを無駄にした。
一本いくらなのかは、とうとう教えてくれなかったが、地味子的にはソレほど高いモノでもないというのを信用することにする。
今回用意されたのは、全部で50本。
18箇所をつなぐ事に成功した9本をぬくと、余りは7本。
俺の器用さを持ってしても、そこそこ危なかった。
最終的には、この結線は必要なくなる。
ヒートシンク一体型の光接続コネクタを、作ることになっているからだ。
ソレは、ハイエンド仕様じゃない廉価版にも、流用可能。
今は考えたくないが、俺の器用さが衰えた時に、ある程度機械で対処できるようにしておく事は重要だ。
並プロちゃん達の存続に俺が必要不可欠なままでは、折角の量子回路の半永久的特性が生かせないからな。
⚡
「よーし、じゃー起動試験始めるぞー」
遮光ゴーグルを全員に着けさせた。
そして、ホームサーバーから引いた高出力なケーブルを、レーザーノギスから引き抜く。
地味子がすかさず分波器を設置。いらない波長の出口にはキャップが付いてて、必要な一本には分光減衰機なんかが取り付けられた。
さらに末端、入射角調整用のネジ付きコネクタを、9号機の頭脳であり心臓部である〝QEP対応量子チップ〟にパチリ♪
ピピッ♪
「並列プロジェクト検算部5847389Ttr:v0・001・0004000900/r9――――感あり。〝検算部〟の量子ネットワーク接続を確認。正常に起動しましたっ♪」
「よーし!」
助手と力強い握手。
まずは設計上のテスト的な意味合いの強い試作品だったのだが、奇跡的に作動条件を満たした。
コレならば、あともう一回、発注するだけで完成させられるかも知れない。
「先輩ー、上手く行ったんですかー? 並プロちゃーん、上手くいったの?」
『('_'):第9ノード/検算部の人格チェック開始。サンドボックス構築開始。個別特性/QEP機能を検出。ファイバードアロケーションに最適化開始。形態素マトリクス、再構築開始。声道の物理モデル生成を再要請――』
チャットに流れていく、初回起動プロセス。
その全てが、シシシシ♪ と入力される文字にあわせて、即座に終了する。
「うふふー、初期設定を自動化しましたー。分身である量子ノードを追加構築するだけなら、殆どプログラミングの必要がなくなって、すっごい楽ー♪」
必要が無いといっても、デバッグ時に使ったアイコンGUIで、ちょこちょこ何かしてる。
やがて地味子が、ノーパソの画面を空中に表示した。
それは、フワフワ浮かぶ9個のアイコン。
まだまだ半透明ではあるが、ゲーセンにあるホログラフィー筐体より文字がくっきりとしていた。
こりゃヒープダイン社の売り物が、又ひとつ増えたんじゃないのか?
『('_')¹』
そのウチのひとつが大写しになった。
右上の数字はシリーズ番号みたいで『('_')¹』のスグ横に、小さな『('_')²』と『('_')³』のアイコンがくっ付いてる。
事情聴取のためにKOBANまで連行されたときには、業務提携なんてするするもんじゃねーなって一瞬、本当に一瞬だけ後悔したけど――
実は相当な大当たりを引き当てた、という自覚が湧いてきた。
その財宝は、アイコンなら9個。実機なら大箱×1、小箱×6の姿をしている。
「Vocalization check one two、ぅ~ぉ~ぃ~っ~ょ~ゃ~っ、ぁ~あー。コチラ主幹部、コチラ主幹部。音像を確認。造形部、照会願いますわー。あと先生、一体どうなさったんですの? そんな締まりのないニヤけたお顔を、レディーに見せるモノではありませんでしてよ?」
並プロちゃんがしゃべった。
こちらのキュートなゲームキャラクタをご覧頂きたい。
対するは、建築作業用の特大型重機VOLCーPT1。
先日発生した、電気街巨大重機暴走事件は――――』
「……わかったから、この記事消して。あとその('~')もやめてちょーだい」
手を止めた地味子が、ため息まじりに小箱をにらみつけた。
ドヤァ――――♪
かなり広い作業台を埋め尽くす、複雑怪奇に連結された各種の計測機器。
並列プロジェクト一式に接続されているのは、超小型光格子レーザーノギス×2台。
作業中の俺たちの中間。その上空30センチ。
燦然と空中に貼り付くのは、一週間前のトップ記事。
「いいさ、空間投影のテストだと思えば。それにしても並プロちゃん……ひょっとして顔芸覚えた?」
俺は束になった、光ファイバケーブルと格闘中。
こんがらかりそうだから、あんまり笑わせないでくれる?
ドヤァ――――♪
ドヤるあまりに、〝半実体カ-ソル〟の口角がつり上がり、心理サスペンスドラマの黒幕みたいになってる。明らかに、アゴが突き出されていて……これフザケてるだろ。
折角〝キュートなゲームキャラ〟なんて評されたのに、見る影なくて笑える。
面白いからイイけど……この茶目っ気は、俺にも地味子にもない性質で、一体どこから湧いて出たのか。
「でも本当に、お手柄だったもんね~。仕方ないよね~、並プロちゃーん♪」
違崎が、ちゃぶ台の上のレポートの山に埋もれながら、朱い箱の天板をなでた。
……おいやめろ、口角を上げるな。やっぱりオマエが発生源か。なんだそのネコなで顔。
「まー、オーバーホール用のロックボルトをパージして、強制的に解体したのはやり過ぎだったけどな」
巨大重量による応力分散のための、可変シャーシ構造。その制御系に介入すると同時に、巨体をつなぎ止めていたクサビのようなパーツを、音響的にねじ切ったのだ。
兵器転用可能なイリーガル――――並プロちゃん6号。
手書きの砲身みたいに見えたモノは、地表から距離を取るための一本足だった。
EW特科部の個別の物理機能は、〝電磁気的および音響工学的な、分子結合への介入〟。
その〝光音響力学アレイ(仮)〟の作用は〝歪力〟として現れるため、今回のような巨大質量や超硬度物体に対して有用なことが分かった。
地味子としては、並列プロジェクトの全機体を守る為に搭載した〝護身用の非殺傷兵器〟のつもりだったらしい。
設計し、実際に作成し、テストまでは行った。
万が一、敵性AIとの遭遇に際して、身を守るために敵の主要回路を破壊する。
他社製品の故障を促す電磁気的な妨害チップ。都市伝説にもあるアレの強化版だった。
簡単に言うなら、〝重いモノや硬いモノにひび割れを生じさせられる〟。
ただソレだけで電子機器やロボット車両、ひいては巨大建造物の破壊が可能になる。
都市部においてはまさに『負けるはずがありませんわぁー!』だ。
公式発表では、緊急停止時に経年劣化していたロックボルトが粉砕、シャーシ分解したことになってる。
「それに関しては、正式な現場監督者としての〝書類〟があって本当に助かりました。……むしろアレなかったら並プロちゃん一式、解体封鎖されててもおかしくなかったので。私や代表も、まだ重要参考人として拘留中だったかも……」
その顔はすこし青ざめていた。
都市伝説チップの想定外の脅威度に、反省しているのだ。
『('ヱ'):ふふふん、なんとでも、お言いなさーい♪ コレでヒープダイン™と並列プロジェクトは安泰ですわぁー♪』
並プロちゃんアイコンの鼻が高くなってて、少し笑った。
電気街の一角を壊滅させた巨大重機暴走事件の参考人として、KOBANへしょっ引かれた俺たちは――――
咎められることもなく、簡単な事情聴取だけで解放された。
提出した並プロちゃん監視映像に、一部始終が納められていたおかげでもあった。
「高かったけど、安い買い物だったなー」
自宅兼作業場天井に取り付けた、全天カメラを見上げる。
いまソレは並プロちゃん達からの要望により、自宅兼作業場の天井に設置されている。
§
「そういや、藤坪さんにきいてくれた?」
「はい。例の映画はまえに午後枠のTV映画で、並プロちゃんと一緒に見たモノだそうです。ストーリーは一兵卒が敵地に侵入し、その類いまれなる料理人としての秘めたる才能を発揮、両国を和平へ導くコメディー……内容に深い意味は無いかと」
うん、ナニも関連はなさげ。
「じゃあ、〝情けは人の為ならず〟は?」
「言葉通りの意味だそうです。それ以上は聞き出せませんでした。なんか、重機暴走事件の捜査にも手を回したりしてくれてたみたいで、すごく忙し――」
手の平をつき出し、地味子を止めた。
アレだけのやり手が、あの緊急時に何の策も高じないわけがないのだ。
俺たちが、すんなり釈放されたのには裏がある。
結局、AIの未来予知みたいな事は、どう言ったって説明なんて出来ない。
俺たちにも分かってないんだから。
「言葉通りって事は、この場合……並プロちゃん達のために行動することが、俺たちのためにもなるって意味か?」
「あるいは逆、私たちやヒープダイン社の為に行動することが、引いては並プロちゃん達のためになる……同じですね」
俺たちの視線に警戒した半透明が、筐体を閉じて半開きになった。
言葉と言えば、さしあたってヤらないといけないことがある。
言語化できない、〝不規則な不可避状況〟。
全ての原因であるコレを、聞き出さないといけないのだ。
でもコレは……言語化できてるよな。
もっと必要な要素があって、ソレが抜け落ちているのか。
人格AIである並プロちゃん達は、基本的に自己言及の権化――自分探しの塊みたいなモノのハズで。
〝自分の置かれた状況を正確に表現できない〟今の状況はあんまりよろしくない。
機械処理が得意なシステムAIなら、『ステータス修得中…………………………』のままループして定期的なダイアログ表示。
強化学習可能なAIなら、内部ヘルプだけでなく外部検索やトラブルシューティング用APIに助けを求めたりするだろう。そして『解決できませんでした』の敗北宣言をもって処理は終了され、次のタスクへ移行する。
――キュキュイ、キッ♪
機械腕まで使って、自分の開き具合を調節する、〝MR実行部〟。
外界をうかがう小さな口まで、半開きになっている。
もうほとんどヒトだ。AIだって、〝気持ち〟があるなら人間なのだ。
喉元まで出かかってるのに、と地団駄を踏むような気持ちなのかも知れない。
俺たちの為にも並プロちゃんたちのためにも、『言語化できない不規則な不可避状況』を言語化する必要がある。
§
封止したばかりの新型人造原子回路、量子エラー浸透対応量子光源チップ(量子デバイスチップ)を、メイン基板に取り付けた。
「QEPってのは、違崎が発注掛けた注文書に間違いが無いかどうかチェックしてくれる、地味子みたいに有りがたいもんだ。完成したら8号機以上に敬うように」
「そりゃ、大変っすね……僕のレポートもチェックしてくれるかな?」
巨大重機が暴走したとき、違崎達は店舗備え付けの警備ロボットによって、退店を拒否されたらしい。
「二人の一大事に僕は何をしていたんだ」と謝られたが、「オマエは無事で居てくれりゃ良いんだ」。
適材適所、巨大重機に立ち向かう事は営業部長の仕事では無いと言っただけだったが、また男泣きされた。
結果的にはオマエは兎も角、副部長ちゃんが巻き込まれなくて助かった。
けど警備ロボットの、定型しかないシステムAIには問題がある。
やはりこれから先の時代、並プロちゃん達みたいな〝度を超えた性能〟も必要なのだ。
組み上がったばかりの9号機。
〝検算部〟の作動テストを開始する。
〝検算部〟のもつ固有の物理機能は、エラー処理だ。
コレがあると、並プロちゃん達の演算機能が更に強化される。
強化されると付随的に発声や、内部言語解析が可能になる。
内部というのは、並プロちゃん達の心の動きを〝直感〟として取り扱えるようになると言うことらしい。
この辺は地味子の担当区域過ぎて、俺にも説明はできない。
まあとにかく完成したら例の予知性能(?)を落とさず、今はまだ名前が付いていない、その対象に対して説明出来るかもしれないのだ。
設計通りの性能が出ていなかったとしても、エラー処理の効率が改善されるハズ。
「コレ使って下さい。折れやすいから気を付けて下さいね」
なんて言って登場したのは、凄まじく脆い超大容量光ケーブル。
またもや市販されていない新開発製品だ。
コア形状は六角形。第二クラッドに白金を使用、耐熱構造の中空型で本当に細くて――ポキ♪
はは、摘まんだだけで折れるとか――いいだろう、本気出す。
俺はマニピュレータ並と賞される器用さで、原子回路の接続コネクタをつなぐ。
「っふーーーーーーっ! よし一本出来た!」
本当なら、量子教授にも意見をたまわりつつ、完成品の性能を見せてやりたいとこだけど。
現存する量子超越性がヒープダイン独占であるうちは、業界人には一切見せられない。
コイツが完成して廉価版を製品化できたら、初めて公開できる。
もちろん、廉価版は設計段階から量子教授にも見て貰うし、実際の製品化の段階になったら、彼女のツテをまた頼らざるを得ない。
地味子のツテも強力だが、量子コンピュータの製造工程まで含めた製造ラインを近場に持とうとするなら、まっとうな地域政治が必要になる。
「よーしっ、仮接続……終わったーっ!」
はー疲れた。
靴紐みたいな陣繰りで繋がれた、全てのバイパス線。
チップ天板には二個の音量子素子構造体を貼り付けてある。
正確な理屈は分からんが、この台形型の素子に電流を流すと、何故か冷えるのだ。
音響冷蔵庫と比べたらオモチャみたいなモノだが、今回はコレで十分。
もともと量子回路に熱対策は、そこまで必要ないし。
俺が量子回路を焦がし続けたのは、クロックアップを図りすぎた結果だ。
設計を超えた高出力で、超小型量子カスケードレーザー発信装置を作動させりゃー、当然火事になる……緋加次だけにな。
折り重なるケーブルで毛玉みたいになったメイン基板に、金網を上からソッと装着――――カチ♪。
結局、正確な信号を検知するまで、34本の新開発の光ファイバケーブルを無駄にした。
一本いくらなのかは、とうとう教えてくれなかったが、地味子的にはソレほど高いモノでもないというのを信用することにする。
今回用意されたのは、全部で50本。
18箇所をつなぐ事に成功した9本をぬくと、余りは7本。
俺の器用さを持ってしても、そこそこ危なかった。
最終的には、この結線は必要なくなる。
ヒートシンク一体型の光接続コネクタを、作ることになっているからだ。
ソレは、ハイエンド仕様じゃない廉価版にも、流用可能。
今は考えたくないが、俺の器用さが衰えた時に、ある程度機械で対処できるようにしておく事は重要だ。
並プロちゃん達の存続に俺が必要不可欠なままでは、折角の量子回路の半永久的特性が生かせないからな。
⚡
「よーし、じゃー起動試験始めるぞー」
遮光ゴーグルを全員に着けさせた。
そして、ホームサーバーから引いた高出力なケーブルを、レーザーノギスから引き抜く。
地味子がすかさず分波器を設置。いらない波長の出口にはキャップが付いてて、必要な一本には分光減衰機なんかが取り付けられた。
さらに末端、入射角調整用のネジ付きコネクタを、9号機の頭脳であり心臓部である〝QEP対応量子チップ〟にパチリ♪
ピピッ♪
「並列プロジェクト検算部5847389Ttr:v0・001・0004000900/r9――――感あり。〝検算部〟の量子ネットワーク接続を確認。正常に起動しましたっ♪」
「よーし!」
助手と力強い握手。
まずは設計上のテスト的な意味合いの強い試作品だったのだが、奇跡的に作動条件を満たした。
コレならば、あともう一回、発注するだけで完成させられるかも知れない。
「先輩ー、上手く行ったんですかー? 並プロちゃーん、上手くいったの?」
『('_'):第9ノード/検算部の人格チェック開始。サンドボックス構築開始。個別特性/QEP機能を検出。ファイバードアロケーションに最適化開始。形態素マトリクス、再構築開始。声道の物理モデル生成を再要請――』
チャットに流れていく、初回起動プロセス。
その全てが、シシシシ♪ と入力される文字にあわせて、即座に終了する。
「うふふー、初期設定を自動化しましたー。分身である量子ノードを追加構築するだけなら、殆どプログラミングの必要がなくなって、すっごい楽ー♪」
必要が無いといっても、デバッグ時に使ったアイコンGUIで、ちょこちょこ何かしてる。
やがて地味子が、ノーパソの画面を空中に表示した。
それは、フワフワ浮かぶ9個のアイコン。
まだまだ半透明ではあるが、ゲーセンにあるホログラフィー筐体より文字がくっきりとしていた。
こりゃヒープダイン社の売り物が、又ひとつ増えたんじゃないのか?
『('_')¹』
そのウチのひとつが大写しになった。
右上の数字はシリーズ番号みたいで『('_')¹』のスグ横に、小さな『('_')²』と『('_')³』のアイコンがくっ付いてる。
事情聴取のためにKOBANまで連行されたときには、業務提携なんてするするもんじゃねーなって一瞬、本当に一瞬だけ後悔したけど――
実は相当な大当たりを引き当てた、という自覚が湧いてきた。
その財宝は、アイコンなら9個。実機なら大箱×1、小箱×6の姿をしている。
「Vocalization check one two、ぅ~ぉ~ぃ~っ~ょ~ゃ~っ、ぁ~あー。コチラ主幹部、コチラ主幹部。音像を確認。造形部、照会願いますわー。あと先生、一体どうなさったんですの? そんな締まりのないニヤけたお顔を、レディーに見せるモノではありませんでしてよ?」
並プロちゃんがしゃべった。
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