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すたーと
よん/1617579540.dat
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「珈琲先輩――?」
「んぁー? 入れてくれんのか? じゃあ、ココアにしてくれ」
「はい、ココアですね……ってそうじゃなくて、並《なみ》プロちゃんのお小遣い、一体いくら巻き上げるおつもりですか?」
「人聞きの悪いことを言うな! ……並プロちゃんも半開きでコッチ見んな」
ちゃぶ台の上には、愛用の軍用コンソール(型落ち)。
それと、巨大サイコロが二つ並べて置いてある。
黒い方が並プロちゃん〝MR実行部(半開き)〟。
朱色のが並プロちゃん〝AR電影部〟。
量子エディタや、形態素解析エンジンのアップデータを走らせる。
うむ、更新は特に来てない。
量子エディタは複雑系が記述できるってだけでレイヤー構造を使わなけりゃ、普通にテキストエディタとして使うことも可能だ。
つまり、D±言語だけじゃなく、メールだって小説だって書ける優れものってこと……なんだが。
ウィーン♪
朱色の箱の天辺。その中央部分が、ブロック状にせり上がる。
「あー、朱いのも、コッチ見んな――オラッ!」
俺は人差し指で、その出っ張りを押し戻す。
違崎みたいに、奈落の底(映像)に落とされてトラウマになったらイヤだ。
――――チャリン、チャリン、チャリン、チャリン♪
俺の〝作家ID〟への入金を知らせる新着シグナルが……うるせえ。
そう、俺は今カンヅメにされていた……人気作家でもないのに。
入金元のIDは見なくても別る。
サムネの小さい画像でも、パステルカラーを基調にした流行の色彩設計は健在だからな。
日銭欲しさに書いてきただけのものに、急に価値を見いだされても……なかなか頭は切り替わらない。
もちろん、うまくいかない原子回路設計(Quantum Circuit Design)の合間に、気晴らしで書き始めた当初は楽しかったし、今だって楽しいは楽しい。
けど――だ。
連日、請われるままに更新してたら、初回投稿時点でメモしておいた〝箱書き〟が底をついたのだ。
投稿小説の人気を取っておくことも、いろんな意味で有利という判断もした。
ここしばらくの連続投稿のおかげで、並プロちゃん以外からの支援も、ほんの少しとはいえ増えてきてることも理解できる。
それでもだ。
どーしたって、書けないときは書けないのだ。
ウィ――ギュ、カチン!
再びせり上がる朱色の箱の出っ張りを、秒以下で押し戻した。
§
進まぬ筆を眺めながら改めて、なぜか俺に刮目する二つのサイコロと、その制作者の事を考えてみた。
例の業務提携締結のための契約書も、そろそろどうするか決めなきゃならんし……。
まず、俺の原子回路が正常に機能している現状。それは間違いなく、全てに優先される重要事項だ。
いままで性能を引き出すことが出来ず、回路を焦がし続けていたのには、原因があった。
量子状態におけるハードウェア的なセッティング精度(言わば手先の器用さ)が俺のイニシアチブとするなら、同様のソフトウェア的なコーディング精度(同じく論理的思考の柔軟さ)が不足していた。
話は簡単、俺の原子回路に『AI人格の魂』とも呼べる〝自我〟を搭載するためには、〝鱵ふつう(天才)〟という、もう一手間が必要だったのだ。
エプロン姿で狭いキッチンに立つ、あの天才のおかげで、弊社製品が数多もの量子コンピュータと比較して、群を抜いた性能をたたき出していることもわかった。
何百と生み出されている、人造人格。
基本的には対話による自我の構築を目的とした、人工知能。
より高度な精神構造を獲得するために、特化した回路設計が必要となる――はずだが地味子は俺が作成した回路特性を正確に読み取り、回路への一切の改変を行う事無くプログラミング技術だけで、自我を搭載するに至った。
――キュ、キキュ♪
「んあ?」
気づけば、サイコロどもが目の前にまで接近してた。
「はい、ちょぉーっと離れててね。おにいさん、いま執筆中だから――」
サイコロをわしづかみにして、ちゃぶ台の端に置いた。
置かれるままに鎮座する、なんか面白いサイコロ。
MR実行部は〝外界認識とサーボ制御用チャネル〟に特化していて……。
AR電影部は〝同じく外界認識と映像データ送信用チャネル〟に特化していると……。
まだ全部見てないんだけど、物体としての並プロちゃんは、全部で6体居るって言ってたな。
その全部に一個ずつ俺の原子回路を組み込んであるんだとしたら、全部で500万超えるぞ?
やっぱりふつうは、あんまり普通じゃねえな。業務提携する前に教授にでも相談するか。
でもなー、あの先生、直感型だからなー。
『より専門性を持たせるため、並列された自我』
そういや〝造形部〟なんてのも居たけど、グラフィック担当って事は、〝外界認識〟も請け負ってるわけだろ……あれ?
「そしたら狭い意味でも広い意味でも、並プロちゃんって〝量子インターネット〟そのものだろ――――世界初の……」
「まあ、そうなりますか? ……ソレが何か?」
これだから天才は嫌いなんだ。偉業達成には興味ありませんって顔しやがって。
「えーっと特許取るなり、非代替性トークンとして価値が出るような記念碑的なことを、並プロちゃんにSNSかSRSSでしゃべってもらったりとか……まあ、俺の投稿作にくれた〝目の付け所が変なコメント〟でもいいんだけどさ」
「並列プロジェクト一式――『量子AIの自我獲得と、量子ネットワークを介した並列実行環境に置ける分散合意アルゴリズムの実装』として現在特許申請中です。諸般の事情で出願審査請求はまだ出してませんが……ジロリ」
あれ? なんか今ちょっと睨まれた?
「俺なんかやったか? ……ごめんね?」
「もう、自覚もないのに謝らないでください。私事ですのでお気になさらなくて結構です。それと特許って言うなら珈琲先輩の方が、大事なんじゃないですか? なにせ今は私くらいしかその真価を証明できてないから黙殺されてますけど……ホントのとこ、どうなってるんですか?」
「んー、あれ? どうなってたっけかな。えー、あー、うー? 図面とか申請書類とか、馬鹿みたいに書き直させられたのは覚えてるんだが……」
「量子教授にお伺いすれば、わかるんじゃ?」
「いやー、あの先生、商売がらみになるとてんでダメでさ。業界に顔だけは利くもんだから、例の業界誌とか特許コンサルは手配してもらったけど……」
担当者に電話してみた。
§
「おっおっおおっおおおおおおおおっおおばかものぉーーーーーーーーっ! 〝量子超越性〟に本物があるなんて知られたら、もう特許なんて個人じゃとれぇませぇんよーーーーーーーーーーっ!」
『特許(登録)料の納付がありません』なんて通知が玄関横のDMに埋もれてた。
請求金額を確認する。
「すまん、30万なんて大金はない!」
「じゃあ、コレ使ってください」
ちゃぶ台に置かれるカードリーダー。
俺の軍用規格(10年前)のコンソールに接続される。
地味子のすごい剣幕に、サイコロ達がちゃぶ台の縁から飛び降りた。
「無利子でお貸ししますが、きちんと返して頂きますのでお気兼ねなく!」
「も、もちろん。イザとなったら一階の茶店でバイトしてでも、ちゃんと返す!」
俺のセリフにピクリと肩をふるわせたが、地味子は何も言わず――――ギラン♪
この間の寿司屋の時の、すごい色の切り札が再び、切られることになった。
『納付手続が完了しましたので、以下の内容の――――』
納付手続きは滞りなく完了し、製品は晴れて法的に保護されることになった。
「いぃやぁったぁぁーーっ! やりましたねっ、先輩っ!」
「おう、なんとかなったなー。恩に着る」
このときの地味子のはしゃぎようは、今考えたら少しおかしかったのだ。
§
「そういや、主幹部は地味子ハウスでお留守番……稼働中なんだろ?」
まあ当然だ。作動中の量子コンピュータを持ち運ぶことは出来ない。
目の前のサイコロ達がちゃぶ台の上を自由に動き回れているのは、あくまで本体である〝主幹部〟に接続された〝ノード端末〟として作動しているからだ。
それでも、ほぼ単一の並列デバイスとして扱えるのは〝分散合意アルゴリズム〟とかが正常に機能している証拠で……。
「いいえ、今日は連れてきましたよ? なんでも、『〝千木ZOR2〟先生の進捗を目視確認するから連れてけ』って朝の4時から、メンテコール鳴りっぱなしで……仕方なく」
地味子の細指が、玄関に置きっぱなしの鳥籠みたいなのを指さした。
「えー、あー? おっまえ凄いことするなぁ」
誰かから預かりでもした小鳥で、下手に聞いたら「預かれ」とか言い出しそうだからあえて無視してたんだが、そう来たか。
量子メモリの特性上、並列システム全体が一個のネットワークとして機能してるから、サイコロどもが多数発生させる量子エラーを、一手に引き受けて肩代わりしているはずだ。
そんな状態で持ち運びできるのか。
「量子誤り訂正のために……原子回路余分に搭載してる? ……ブツブツ」
主幹部の構造に思いを馳せながら、玄関マットに正座した。
カタカタカタ、コトコトコト――――キュキュッ♪
俺の後ろ頭を、サイコロ2個がナノ精度で追従する……たぶん。
「どれどれ」
鳥かごに掛かった布(ヒヨコ柄)をめくってみる。
現れたのは、無数のCCDカメラと四つのCPU。
そして中央に鎮座するのは、俺の原子模型(初期ロット)だ。
予想通り2個使われていた。
「はははっ……設計制作者本人が焦がしまくったジャジャ馬を、よくもココまで器用に装置内に組み込めるもんだな。普通にスゲー♪」
やはり地味子のロボット工学技師としての器用さは、群を抜いている。
設計精度以外で勝てるところは……一つもないかもしれねえ。
「お褒めにあずかり光栄です――あ、お湯沸きそう」
――――ピィィィィッ♪
台所へ駆けていく――天才ロボット工学技師。
「このちっさいの、まさか……分子スピンメモリか?」
擬似的な量子メモリとして使われる最新型メモリが、底一面に敷き詰められている。
「えー、なんですかー?」
「コッチのは……ナノダンパー付きの、ジャイロモジュール?」
そして原子回路×2を守るように配置された、地球ゴマみたいなリング。
その周囲に10個以上取り付けられた小型基板は、たしかまだ市販されてない。
「あ、はい。そうです」
お盆にココアをのせた地味子が、隣にしゃがむ。
エプロン姿は近くで見たら、なかなか似合ってた。
胸元の並プロちゃんイラストも、ワンポイントでいい感じだし。
……多分、初回起動直後に索敵され、〝闖入者1号〟として処理されたんだろな。
「このモジュールって、まだ……市販されてないよね?」
「はい、ですので業務提携しました」
「ちょっ、は? 個人で?」
「いえ、ちょっとした伝手が有ったので、融通してもらいました」
「あ、なんだ。そういう……感じなの?」
俺は気を緩めて、胡座をかいた。
「え、なんですか珈琲先輩。ココアどうぞ」
マグカップを受け取る。
「ズズズズズーー、ふいー。いやさ、個人的に業務提携したいなんて言うから、大げさに考えちゃったけどさ、そっか。必要な部品を必要なだけ融通し合って、ウィンウィンの関係って訳か――うん、それなら納得できる。真面目に考えるよ業務提携の話」
こう、なんていうか。地味子は地味だけど、能力がすごい女の子で。
そんな天才女子から、まるで〝地球で一番必要とされてる〟ような気になって。
一年近く(文字通り)燻ってたのもあって、なんかの主人公が返り咲くためのチケットを手にした気分になってたのかも。
そもそも、あの契約書は夢のチケットにしちゃ、枚数多すぎだ……。
「ココアうまいな。もう一杯作っ――」
ぼたぼたぼたっ!
おいココアをこぼすな。足下には『並列プロジェクト主幹部5847389Ttr:v0・000・3913944506/r1』だって居るだろうが。
いやまて、この水滴は透明――――――
その声を聞いた瞬間、全身が硬直した。
超小型光格子レーザーノギスのセッティングを出す時みたいに、息が止まった。
「ぅわ゛ぁだじわぁ、珈琲先輩の原子模型に出会わながっだらっ今ゴゴに生ぎでいばぜん! ――ヒック」
ぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろっ。
ぼたぼたぼたっ――大粒の涙が、再び床を打つ。
「まてまてまてまて、おちつけ――」
俺は必死に立ち上がり――|主幹部(とりかご)から距離を取る。
「――ぞっれぐらい先輩っの製品は私の心を、――ヒック――心ど頭のいっぢばん深いどごろを撃ぢ抜いだんで――ヒック――ずぅわぁぁぁぁぁぁぁん!」
踵をかえす地味子!
いや全然、普通の状態じゃねー!
「あぶねえっ! 地味子、よけろ!」
駆け出した地味子の足下には、〝並プロちゃん主幹部〟が居る。
いくら超高性能なジャイロで水平を保ったところで、一回蹴ったらそれで終わりだ。
下手したら、並プロちゃんの自我ごと丸々ロストする。
それほど運動が出来そうには見えない地味子が、機敏な動きを見せた。
飛び退くように方向転換して廊下の壁を蹴り、そのまま何もない空中をエアウォーク。
ドッガンッ!
――――ふっぎゃっ!
尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げて、地味子が玄関ドアにぶち当たった。
ぺたり。崩れ落ちる激突女。
「だ、大丈夫か!? 待ってろ今、救急箱――いや救急車を!」
「も゛ーーーー! なんで、こうなんの! 今日だってオシャレしてきたのに! もう珈琲先輩なんて珈琲先輩のくせにーーーーっ!! ――ぐすぐすん!」
ぶつかった痛みで多少、我に返ったようにみえる。
エプロンの裾で涙とか鼻血とか、拭きはじめた。
あのまま外に出られてたら、下手したらもっとひどい大けがをしてたかもしれんし。
さしあたってはグッジョブだ、並プロちゃん主幹部(何もしてねえけど)!
「わ、悪かった! コッチが全面的に悪い、色々ふがいなくてすまん! とにかく落ち着け! よし、今決めたっ! 俺はまだ、自社製品をひとりで完成させられない半人前だ!」
主幹部を蹴飛ばさないよう気をつけながら、地味子に駆け寄った。
「ぎょ、業務提携、アライアンス? 何でもいい、俺とソイツをしてくれ――――お願いします!」
大の男が真摯に頭を下げた甲斐があったのかどうかわからんけど、地味子@提携先がゆっくりとコッチを振り向いた。
おい、やめろ。この緊迫した事態に、なんてもの見せやがる。
――ぶっ、ぶっふふふふふふっぐふひっ♪
ムリだった。到底こらえきれるもんじゃない。
俺は腹を抱えて床に崩れ落ちる。
「わ、笑いましたねーーーーっ! ひどい!」
拭ききれなかった鼻血を垂らし、片目に青たんを貼り付けた天才女。
その体を、しっかりとつかんだ。
暴れるな。これだけ動けりゃ、怪我は問題ないだろう。
腫れが引くまで、人前にゃ出られんかもしれんが。
ギギィーイ――開かれるドア。
激突した衝撃でゆがんだのか、軋んだ音がした。
「――――もしもし、警察ですか? いま現場にいるんですけど、現行犯です。はい……そうですDVの現行犯です。多分痴情のもつれってヤツです!」
あー、違崎てめえ、後で覚えてろよ。っつか、本当に通報してねーだろーな!?
「んぁー? 入れてくれんのか? じゃあ、ココアにしてくれ」
「はい、ココアですね……ってそうじゃなくて、並《なみ》プロちゃんのお小遣い、一体いくら巻き上げるおつもりですか?」
「人聞きの悪いことを言うな! ……並プロちゃんも半開きでコッチ見んな」
ちゃぶ台の上には、愛用の軍用コンソール(型落ち)。
それと、巨大サイコロが二つ並べて置いてある。
黒い方が並プロちゃん〝MR実行部(半開き)〟。
朱色のが並プロちゃん〝AR電影部〟。
量子エディタや、形態素解析エンジンのアップデータを走らせる。
うむ、更新は特に来てない。
量子エディタは複雑系が記述できるってだけでレイヤー構造を使わなけりゃ、普通にテキストエディタとして使うことも可能だ。
つまり、D±言語だけじゃなく、メールだって小説だって書ける優れものってこと……なんだが。
ウィーン♪
朱色の箱の天辺。その中央部分が、ブロック状にせり上がる。
「あー、朱いのも、コッチ見んな――オラッ!」
俺は人差し指で、その出っ張りを押し戻す。
違崎みたいに、奈落の底(映像)に落とされてトラウマになったらイヤだ。
――――チャリン、チャリン、チャリン、チャリン♪
俺の〝作家ID〟への入金を知らせる新着シグナルが……うるせえ。
そう、俺は今カンヅメにされていた……人気作家でもないのに。
入金元のIDは見なくても別る。
サムネの小さい画像でも、パステルカラーを基調にした流行の色彩設計は健在だからな。
日銭欲しさに書いてきただけのものに、急に価値を見いだされても……なかなか頭は切り替わらない。
もちろん、うまくいかない原子回路設計(Quantum Circuit Design)の合間に、気晴らしで書き始めた当初は楽しかったし、今だって楽しいは楽しい。
けど――だ。
連日、請われるままに更新してたら、初回投稿時点でメモしておいた〝箱書き〟が底をついたのだ。
投稿小説の人気を取っておくことも、いろんな意味で有利という判断もした。
ここしばらくの連続投稿のおかげで、並プロちゃん以外からの支援も、ほんの少しとはいえ増えてきてることも理解できる。
それでもだ。
どーしたって、書けないときは書けないのだ。
ウィ――ギュ、カチン!
再びせり上がる朱色の箱の出っ張りを、秒以下で押し戻した。
§
進まぬ筆を眺めながら改めて、なぜか俺に刮目する二つのサイコロと、その制作者の事を考えてみた。
例の業務提携締結のための契約書も、そろそろどうするか決めなきゃならんし……。
まず、俺の原子回路が正常に機能している現状。それは間違いなく、全てに優先される重要事項だ。
いままで性能を引き出すことが出来ず、回路を焦がし続けていたのには、原因があった。
量子状態におけるハードウェア的なセッティング精度(言わば手先の器用さ)が俺のイニシアチブとするなら、同様のソフトウェア的なコーディング精度(同じく論理的思考の柔軟さ)が不足していた。
話は簡単、俺の原子回路に『AI人格の魂』とも呼べる〝自我〟を搭載するためには、〝鱵ふつう(天才)〟という、もう一手間が必要だったのだ。
エプロン姿で狭いキッチンに立つ、あの天才のおかげで、弊社製品が数多もの量子コンピュータと比較して、群を抜いた性能をたたき出していることもわかった。
何百と生み出されている、人造人格。
基本的には対話による自我の構築を目的とした、人工知能。
より高度な精神構造を獲得するために、特化した回路設計が必要となる――はずだが地味子は俺が作成した回路特性を正確に読み取り、回路への一切の改変を行う事無くプログラミング技術だけで、自我を搭載するに至った。
――キュ、キキュ♪
「んあ?」
気づけば、サイコロどもが目の前にまで接近してた。
「はい、ちょぉーっと離れててね。おにいさん、いま執筆中だから――」
サイコロをわしづかみにして、ちゃぶ台の端に置いた。
置かれるままに鎮座する、なんか面白いサイコロ。
MR実行部は〝外界認識とサーボ制御用チャネル〟に特化していて……。
AR電影部は〝同じく外界認識と映像データ送信用チャネル〟に特化していると……。
まだ全部見てないんだけど、物体としての並プロちゃんは、全部で6体居るって言ってたな。
その全部に一個ずつ俺の原子回路を組み込んであるんだとしたら、全部で500万超えるぞ?
やっぱりふつうは、あんまり普通じゃねえな。業務提携する前に教授にでも相談するか。
でもなー、あの先生、直感型だからなー。
『より専門性を持たせるため、並列された自我』
そういや〝造形部〟なんてのも居たけど、グラフィック担当って事は、〝外界認識〟も請け負ってるわけだろ……あれ?
「そしたら狭い意味でも広い意味でも、並プロちゃんって〝量子インターネット〟そのものだろ――――世界初の……」
「まあ、そうなりますか? ……ソレが何か?」
これだから天才は嫌いなんだ。偉業達成には興味ありませんって顔しやがって。
「えーっと特許取るなり、非代替性トークンとして価値が出るような記念碑的なことを、並プロちゃんにSNSかSRSSでしゃべってもらったりとか……まあ、俺の投稿作にくれた〝目の付け所が変なコメント〟でもいいんだけどさ」
「並列プロジェクト一式――『量子AIの自我獲得と、量子ネットワークを介した並列実行環境に置ける分散合意アルゴリズムの実装』として現在特許申請中です。諸般の事情で出願審査請求はまだ出してませんが……ジロリ」
あれ? なんか今ちょっと睨まれた?
「俺なんかやったか? ……ごめんね?」
「もう、自覚もないのに謝らないでください。私事ですのでお気になさらなくて結構です。それと特許って言うなら珈琲先輩の方が、大事なんじゃないですか? なにせ今は私くらいしかその真価を証明できてないから黙殺されてますけど……ホントのとこ、どうなってるんですか?」
「んー、あれ? どうなってたっけかな。えー、あー、うー? 図面とか申請書類とか、馬鹿みたいに書き直させられたのは覚えてるんだが……」
「量子教授にお伺いすれば、わかるんじゃ?」
「いやー、あの先生、商売がらみになるとてんでダメでさ。業界に顔だけは利くもんだから、例の業界誌とか特許コンサルは手配してもらったけど……」
担当者に電話してみた。
§
「おっおっおおっおおおおおおおおっおおばかものぉーーーーーーーーっ! 〝量子超越性〟に本物があるなんて知られたら、もう特許なんて個人じゃとれぇませぇんよーーーーーーーーーーっ!」
『特許(登録)料の納付がありません』なんて通知が玄関横のDMに埋もれてた。
請求金額を確認する。
「すまん、30万なんて大金はない!」
「じゃあ、コレ使ってください」
ちゃぶ台に置かれるカードリーダー。
俺の軍用規格(10年前)のコンソールに接続される。
地味子のすごい剣幕に、サイコロ達がちゃぶ台の縁から飛び降りた。
「無利子でお貸ししますが、きちんと返して頂きますのでお気兼ねなく!」
「も、もちろん。イザとなったら一階の茶店でバイトしてでも、ちゃんと返す!」
俺のセリフにピクリと肩をふるわせたが、地味子は何も言わず――――ギラン♪
この間の寿司屋の時の、すごい色の切り札が再び、切られることになった。
『納付手続が完了しましたので、以下の内容の――――』
納付手続きは滞りなく完了し、製品は晴れて法的に保護されることになった。
「いぃやぁったぁぁーーっ! やりましたねっ、先輩っ!」
「おう、なんとかなったなー。恩に着る」
このときの地味子のはしゃぎようは、今考えたら少しおかしかったのだ。
§
「そういや、主幹部は地味子ハウスでお留守番……稼働中なんだろ?」
まあ当然だ。作動中の量子コンピュータを持ち運ぶことは出来ない。
目の前のサイコロ達がちゃぶ台の上を自由に動き回れているのは、あくまで本体である〝主幹部〟に接続された〝ノード端末〟として作動しているからだ。
それでも、ほぼ単一の並列デバイスとして扱えるのは〝分散合意アルゴリズム〟とかが正常に機能している証拠で……。
「いいえ、今日は連れてきましたよ? なんでも、『〝千木ZOR2〟先生の進捗を目視確認するから連れてけ』って朝の4時から、メンテコール鳴りっぱなしで……仕方なく」
地味子の細指が、玄関に置きっぱなしの鳥籠みたいなのを指さした。
「えー、あー? おっまえ凄いことするなぁ」
誰かから預かりでもした小鳥で、下手に聞いたら「預かれ」とか言い出しそうだからあえて無視してたんだが、そう来たか。
量子メモリの特性上、並列システム全体が一個のネットワークとして機能してるから、サイコロどもが多数発生させる量子エラーを、一手に引き受けて肩代わりしているはずだ。
そんな状態で持ち運びできるのか。
「量子誤り訂正のために……原子回路余分に搭載してる? ……ブツブツ」
主幹部の構造に思いを馳せながら、玄関マットに正座した。
カタカタカタ、コトコトコト――――キュキュッ♪
俺の後ろ頭を、サイコロ2個がナノ精度で追従する……たぶん。
「どれどれ」
鳥かごに掛かった布(ヒヨコ柄)をめくってみる。
現れたのは、無数のCCDカメラと四つのCPU。
そして中央に鎮座するのは、俺の原子模型(初期ロット)だ。
予想通り2個使われていた。
「はははっ……設計制作者本人が焦がしまくったジャジャ馬を、よくもココまで器用に装置内に組み込めるもんだな。普通にスゲー♪」
やはり地味子のロボット工学技師としての器用さは、群を抜いている。
設計精度以外で勝てるところは……一つもないかもしれねえ。
「お褒めにあずかり光栄です――あ、お湯沸きそう」
――――ピィィィィッ♪
台所へ駆けていく――天才ロボット工学技師。
「このちっさいの、まさか……分子スピンメモリか?」
擬似的な量子メモリとして使われる最新型メモリが、底一面に敷き詰められている。
「えー、なんですかー?」
「コッチのは……ナノダンパー付きの、ジャイロモジュール?」
そして原子回路×2を守るように配置された、地球ゴマみたいなリング。
その周囲に10個以上取り付けられた小型基板は、たしかまだ市販されてない。
「あ、はい。そうです」
お盆にココアをのせた地味子が、隣にしゃがむ。
エプロン姿は近くで見たら、なかなか似合ってた。
胸元の並プロちゃんイラストも、ワンポイントでいい感じだし。
……多分、初回起動直後に索敵され、〝闖入者1号〟として処理されたんだろな。
「このモジュールって、まだ……市販されてないよね?」
「はい、ですので業務提携しました」
「ちょっ、は? 個人で?」
「いえ、ちょっとした伝手が有ったので、融通してもらいました」
「あ、なんだ。そういう……感じなの?」
俺は気を緩めて、胡座をかいた。
「え、なんですか珈琲先輩。ココアどうぞ」
マグカップを受け取る。
「ズズズズズーー、ふいー。いやさ、個人的に業務提携したいなんて言うから、大げさに考えちゃったけどさ、そっか。必要な部品を必要なだけ融通し合って、ウィンウィンの関係って訳か――うん、それなら納得できる。真面目に考えるよ業務提携の話」
こう、なんていうか。地味子は地味だけど、能力がすごい女の子で。
そんな天才女子から、まるで〝地球で一番必要とされてる〟ような気になって。
一年近く(文字通り)燻ってたのもあって、なんかの主人公が返り咲くためのチケットを手にした気分になってたのかも。
そもそも、あの契約書は夢のチケットにしちゃ、枚数多すぎだ……。
「ココアうまいな。もう一杯作っ――」
ぼたぼたぼたっ!
おいココアをこぼすな。足下には『並列プロジェクト主幹部5847389Ttr:v0・000・3913944506/r1』だって居るだろうが。
いやまて、この水滴は透明――――――
その声を聞いた瞬間、全身が硬直した。
超小型光格子レーザーノギスのセッティングを出す時みたいに、息が止まった。
「ぅわ゛ぁだじわぁ、珈琲先輩の原子模型に出会わながっだらっ今ゴゴに生ぎでいばぜん! ――ヒック」
ぼろぼろぼろぼろぼろぼろぼろっ。
ぼたぼたぼたっ――大粒の涙が、再び床を打つ。
「まてまてまてまて、おちつけ――」
俺は必死に立ち上がり――|主幹部(とりかご)から距離を取る。
「――ぞっれぐらい先輩っの製品は私の心を、――ヒック――心ど頭のいっぢばん深いどごろを撃ぢ抜いだんで――ヒック――ずぅわぁぁぁぁぁぁぁん!」
踵をかえす地味子!
いや全然、普通の状態じゃねー!
「あぶねえっ! 地味子、よけろ!」
駆け出した地味子の足下には、〝並プロちゃん主幹部〟が居る。
いくら超高性能なジャイロで水平を保ったところで、一回蹴ったらそれで終わりだ。
下手したら、並プロちゃんの自我ごと丸々ロストする。
それほど運動が出来そうには見えない地味子が、機敏な動きを見せた。
飛び退くように方向転換して廊下の壁を蹴り、そのまま何もない空中をエアウォーク。
ドッガンッ!
――――ふっぎゃっ!
尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げて、地味子が玄関ドアにぶち当たった。
ぺたり。崩れ落ちる激突女。
「だ、大丈夫か!? 待ってろ今、救急箱――いや救急車を!」
「も゛ーーーー! なんで、こうなんの! 今日だってオシャレしてきたのに! もう珈琲先輩なんて珈琲先輩のくせにーーーーっ!! ――ぐすぐすん!」
ぶつかった痛みで多少、我に返ったようにみえる。
エプロンの裾で涙とか鼻血とか、拭きはじめた。
あのまま外に出られてたら、下手したらもっとひどい大けがをしてたかもしれんし。
さしあたってはグッジョブだ、並プロちゃん主幹部(何もしてねえけど)!
「わ、悪かった! コッチが全面的に悪い、色々ふがいなくてすまん! とにかく落ち着け! よし、今決めたっ! 俺はまだ、自社製品をひとりで完成させられない半人前だ!」
主幹部を蹴飛ばさないよう気をつけながら、地味子に駆け寄った。
「ぎょ、業務提携、アライアンス? 何でもいい、俺とソイツをしてくれ――――お願いします!」
大の男が真摯に頭を下げた甲斐があったのかどうかわからんけど、地味子@提携先がゆっくりとコッチを振り向いた。
おい、やめろ。この緊迫した事態に、なんてもの見せやがる。
――ぶっ、ぶっふふふふふふっぐふひっ♪
ムリだった。到底こらえきれるもんじゃない。
俺は腹を抱えて床に崩れ落ちる。
「わ、笑いましたねーーーーっ! ひどい!」
拭ききれなかった鼻血を垂らし、片目に青たんを貼り付けた天才女。
その体を、しっかりとつかんだ。
暴れるな。これだけ動けりゃ、怪我は問題ないだろう。
腫れが引くまで、人前にゃ出られんかもしれんが。
ギギィーイ――開かれるドア。
激突した衝撃でゆがんだのか、軋んだ音がした。
「――――もしもし、警察ですか? いま現場にいるんですけど、現行犯です。はい……そうですDVの現行犯です。多分痴情のもつれってヤツです!」
あー、違崎てめえ、後で覚えてろよ。っつか、本当に通報してねーだろーな!?
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※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
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私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
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書いてくださいね
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ワイルド・ソルジャー
アサシン工房
SF
時は199X年。世界各地で戦争が行われ、終戦を迎えようとしていた。
世界は荒廃し、辺りは無法者で溢れかえっていた。
主人公のマティアス・マッカーサーは、かつては裕福な家庭で育ったが、戦争に巻き込まれて両親と弟を失い、その後傭兵となって生きてきた。
旅の途中、人間離れした強さを持つ大柄な軍人ハンニバル・クルーガーにスカウトされ、マティアスは軍人として活動することになる。
ハンニバルと共に任務をこなしていくうちに、冷徹で利己主義だったマティアスは利害を超えた友情を覚えていく。
世紀末の荒廃したアメリカを舞台にしたバトルファンタジー。
他の小説サイトにも投稿しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
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しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
INNER NAUTS(インナーノーツ) 〜精神と異界の航海者〜
SunYoh
SF
ーー22世紀半ばーー
魂の源とされる精神世界「インナースペース」……その次元から無尽蔵のエネルギーを得ることを可能にした代償に、さまざまな災害や心身への未知の脅威が発生していた。
「インナーノーツ」は、時空を超越する船<アマテラス>を駆り、脅威の解消に「インナースペース」へ挑む。
<第一章 「誘い」>
粗筋
余剰次元活動艇<アマテラス>の最終試験となった有人起動試験は、原因不明のトラブルに見舞われ、中断を余儀なくされたが、同じ頃、「インナーノーツ」が所属する研究機関で保護していた少女「亜夢」にもまた異変が起こっていた……5年もの間、眠り続けていた彼女の深層無意識の中で何かが目覚めようとしている。
「インナースペース」のエネルギーを解放する特異な能力を秘めた亜夢の目覚めは、即ち、「インナースペース」のみならず、物質世界である「現象界(この世)」にも甚大な被害をもたらす可能性がある。
ーー亜夢が目覚める前に、この脅威を解消するーー
「インナーノーツ」は、この使命を胸に<アマテラス>を駆り、未知なる世界「インナースペース」へと旅立つ!
そこで彼らを待ち受けていたものとは……
※この物語はフィクションです。実際の国や団体などとは関係ありません。
※SFジャンルですが殆ど空想科学です。
※セルフレイティングに関して、若干抵触する可能性がある表現が含まれます。
※「小説家になろう」、「ノベルアップ+」でも連載中
※スピリチュアル系の内容を含みますが、特定の宗教団体等とは一切関係無く、布教、勧誘等を目的とした作品ではありません。
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