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お4枚鏡3
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しおりを挟む僕は片手でキャンバスを抱えたまま。もう片方の手で机の上に置かれた巾着袋を掴む。それを逆さまにして中身を取り出した。
出てきたのは――4枚の鏡だ。
家から適当に見繕ってきたから、大きさはバラバラ。
少し変色している銀色の手鏡。父さんが使っている卓上用の大きめの鏡。台座が壊れて使えない鏡。制服の埃取りについた小さな鏡。
そして――すべてを見届ける5枚目の鏡は目の前に在る。
先生から聞いた話は漠然とし過ぎていて細かいルールは分からないけれど、きっと彼女と同じことをやれば同じ場所に行けるはずだ。
親も、教師も、不良も、クラスメイトも僕には必要ない。たった一人、僕には彼女だけがいればいい。
僕のやろうとしている事が判ったのか彼女の顔がくしゃりと歪む。
涙をにじませながら、僕を思いとどまらせるように頭をブンブンと振っている。
ごめんね。君にそんな顔をさせるつもりはなかったんだけど。だけど、僕はもうこれ以上は耐えられそうにない。
大丈夫。きっと、すべてうまくいくから。
「待ってて。すぐ、そっちに行くよ」
僕は泣きそうな彼女を安心させるために笑顔を向ける。
持ってきた中で一番大きな父さんの鏡を掴んで振り上げて――。
「見ーつけた。テメーこんなところにいたのかよ?」
声に驚き、鏡を持つ手から力が抜けた。
ガシャン。
真っ暗な美術室に鏡が割れる音が響く。足元に割れた鏡の破片が散らばった。バラバラの破片に、僕の怯えた顔が映っている。
ああ、嫌だ。彼女にこんな情けない姿を見せたくなかったのに――。
「ど……して」
僕のかすれた声を聞いて、ニヤニヤと笑う不良生徒。
ああ、どうしてコイツは僕に構うんだろう。僕のことが嫌いなら、クラスの皆みたいに無視していればいいのに。
「はあ? どうしてじゃねーよ。とっとと、金持って来いって言っただろうが。テメーが学校に入るところを見かけたっつー奴がいたから来てみれば、何をこんなところでのんきにお絵かきなんかしてんの? ――ったく、手間をかけさせるんじゃねーよ、っと」
ガッ!!
軽い言葉と同時に頬に強い衝撃が走る。床に倒れ込んだところに何度も何度も蹴りを入れられる。そのたびに、割れた鏡の破片がガシャガシャと鳴った。
ああもう、僕はこんなことをしている場合じゃないのに。
「げふっ……!」
腹に蹴りを入れられて。
吐き気が込み上げ、身をよじった拍子に彼女の絵が床に転がった。不良がそれをひょいと拾い上げる。
「ふーん、コレお前が描いたのか?」
「や……め、返し――」
「ハハハ、誰だよ、このブス。だっせー制服。何、コイツお前のカノジョ?」
「彼女に失礼なことを言うな! 返せ……!!」
頭にきて不良に飛び掛かったけれど、蹴り飛ばされて再び床に転がされる。その隣に絵を放り投げられて、土足で何度も踏みつけられた。
不良が足を動かすたびに、乾ききっていない絵の具が彼女の笑顔を汚していく。
「頼むよ……もう、どっか行ってくれよ。財布なら持って行っていいから……そしたら、僕はこの世から消えるから。だから……」
「あ? 消えるってどうやって……あ? 何だ、この鏡……。 ハハハ! 何だ、お前もしかしてアレか? あの、下らねー怪談話を信じてんのか? それで俺から逃げられると本気で思ってんの?」
机の上の鏡を取り上げる不良。
「ハッ、こんなモンで死ぬわけねーだろ。ほ~れほれ、早く取り返さないと割っちゃうぞ~」
「や……やめてよ、返してよ、それがないと――グッ……」
必死に足にしがみつくけれど、そうやって僕が必死になればなるほど、不良はおかしそうに嗤って僕に蹴りを入れてくる。
不良は何度も何度も鏡を落とすフリをして僕をからかった。そして――。
「馬鹿な金づるを逃がすわけねーだろ。くだらない怪談話なんかに縋って馬鹿みてえ。こんなものは――こうだ!!」
不良は僕から奪った鏡を美術室に置かれた鏡に投げつけた。不良には彼女の姿が見えていないのだろうか。
投げた鏡がぶつかる直前。
鏡の中にいる彼女の目が驚きに見開かれる。
ガシャン ガシャン ガシャン ガシャン!
1枚。2枚。3枚。――4枚。
大きな音と共に。
暗い美術室にキラキラと鏡の破片が舞う。
変色した銀色の鏡も壊れた鏡も埃取りの小さな鏡も。これで、僕が持ち込んだ鏡が全て割れてしまった。
彼女の姿を映していた鏡も、粉々に……砕け、散って――。
「うああああああああああああああ………!」
「ははははは! みっともねー声を出して情けねーなぁ。『ぅぁぁぁぁぁぁ♪』 ほら、もっと声を出……」
僕を見て。僕の声を真似て。僕を小ばかにしていた不良の顔が恐怖に歪む。
不思議に思って目で追うと、彼の視線の先にあるのは床に散らばった鏡の破片だった。
僕が、一番初めに割ったお父さんの鏡。
その破片に不良の歪んだ顔が映っている。
そして――。
僕を虐めていた不良はそこで『おしまい』になった。
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