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29 影のお仕事

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「違う。僕は悪くない。僕のせいじゃない」

「毒杯は嫌だ。死にたくない、死にたくない。くっそ、どうして僕がこんな目に……!」


 王家の影となったクアリフィカが担当することになったのは王太子のオディオだった。

 当初。まさか元婚約者を担当させるなんてと呆れたのだが、考えてみれば幼い頃から彼の婚約者として共に過ごしてきたクアリフィカは、他の誰よりもオディオのことを理解しているのだ。

 もしかしたらこれも適材適所かもしれないと、クアリフィカはさっさと自分の考えを改めた。


 そして。


「僕が馬鹿だった。許してくれクアリフィカ……頑張る……頑張るから……」


 気配を消して元婚約者のすぐそばで。自分を毒杯処分に追い込んだ相手の後悔と苦悩の日々を見守る生活は中々に充実していた。

 貴族令嬢としてのクアリフィカはあの場で死んだ。

 毒杯処分された者の遺体は骨一つ残されることなく始末されると決まっているので、たとえ誰かにこっそりと身柄を保護され影として再出発をしていても、それに気付く者はいないのだ。

 この国では表と裏は完全に分かれていて、国王すら王家の影についての詳細は知らないのだから――。


「僕が、もっとクアリフィカの言葉に耳を傾けていれば……まさか、君をあそこまで苦しませることになるなんて夢にも思わなくて……ううっ……」


 それでも元婚約者は、まるでそこにクアリフィカが存在するかのように懺悔の言葉を口にする。

 勿論クアリフィカがそれに応えることはないし、元婚約者に許しを与えることもない。

 ただ、王家の影として王太子のオディオを守り、静かに見守るだけ。


 クアリフィカは元婚約者にはキレイな姿を覚えていて欲しいと望んでいたが、オディオにとっては毒杯を飲んだ後の悲惨な光景の方がよほど心に刻まれてしまったらしい。

 やれやれ上手くいかないなと、クアリフィカは思わず笑いを零す。


 クスクス。


「ひ……っ!? ごめん! ごめんクアリフィカ……!! い、いや、違う! これは空耳だ!! しっかりしろ、気をしっかり持たなくては。大丈夫……僕は気が振れてなんていない……じゃないと僕があの恐ろしい毒杯を飲む羽目に……ブツブツ」


 思わず零したクアリフィカの忍び笑いにオディオが大げさに反応をするのもいつものこと。

 これについてクアリフィカが誰かから咎められたことはない。

 元婚約者を影として付ける以上ある程度こういった事態は想定をしているし、むしろそういうミスがあった方がやらかした者が気を引き締めて正しい道を歩んだりもするので、あえてこういう配置にしているらしい。


 もしも、そのことで護衛対象者が歪んで、施政者としての方向を間違えてしまえば毒杯処分。


 なるほど。王族の精神的な成長と強さを促すためにもあの毒杯は効力を発揮するようだ。
 ……やはり何とも趣味が悪い。


 クスクスクス。


「ひいっ」


 クアリフィカは表の世界に未練はないし怒ってもいないけれど、あの痛みを思い出すと胸がすく思いがするので、なかなかこの忍び笑いをやめられない。


 クアリフィカはこんな今の生活を気に入っている。

 それでも護衛対象者の閨ごとを初めて目にした時はあまりの異様さに自分の目を疑ってしまった。
 ――何もかもが、自分の知っているソレとは違い過ぎて。

 なるほど。クアリフィカが知らないだけで、世の中の夫婦には様々な愛し合い方があるらしい。


『いやいや、気持ちは解るけどコレは別に普通じゃないからな?』


 クアリフィカと同じように気配を消して。王太子妃の護衛を務めていた夫のパイデウシスが苦笑いして目で訴えてきたので、勘違いなのは理解したが。



「……そんなに気になるならちょっと試してみようか?」

 その日の仕事が終わった後。

 やたら熱のこもった目でそんなことを言い出した夫に同じようにされてもやはり仕事中に見たものとは何かが違っていて、クアリフィカは首を傾げるばかりだった。




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