上 下
27 / 30

27 やめられない癖と懐かしい記憶

しおりを挟む

 王太子の婚約者としていざとなったら身を挺してでもオディオを守るために、クアリフィカもある程度の護身術は身に付けていたが、王家の影ともなるとその程度の戦闘力では話にならない。

 普通の貴族令嬢だったクアリフィカが暗殺者並みの戦闘能力を一から身につけなくてはならないのだ。そのための教育は苛烈を極めたが、毒杯によるあの痛みと苦しみと羞恥を乗り越えたのだと思えばどうにかなった。

 更に、影になるうえで多くの者が躓くと言われている気配を消す修業については筋がいいと褒められた。

 家族で一人だけ孤立をしていたクアリフィカは、自然とその技術を身につけていたらしい。家の中で下手に目立つとその分嫌な思いをするので、クアリフィカにとって気配を殺すことは死活問題だったのだ。

 最低限の食料で生き抜く訓練だけは少し苦しかったが、それも小さかった頃の飢えを思えば何でもない。


 ただ、その件でクアリフィカには昔からどうしても止められない癖がある。


 王太子妃教育が始まってからは公爵家で食事が抜かれることはなくなったが、幼い頃に飢えた記憶から空腹を恐れるあまり、クアリフィカは城で出されるお茶菓子の残りをハンカチに包んで屋敷に持ち帰っていた。

 家での待遇が良くなっても夜食などを特別に用意してもらったりは出来ないので、遅くまで勉強をする際にクアリフィカはそれを広げてこっそり食べていたのだ。


 王家の影として様々な勉強をする今も、クアリフィカのその癖は変わらない。


 表には出てこない他国の情勢や国内貴族との力関係、秘匿された貴族間の血縁関係など、クアリフィカには覚えなくてはならないことが大量にある。

 もしかしたら、それらは表の物よりも複雑に入り組んでいるかもしれない。その中には、社交界で有名なあのおしどり夫婦が親の不貞の影響で実は血の繋がった兄妹で――などというクアリフィカからすると驚愕するような内容もあったくらいだ。

 そのため、クアリフィカはそれらを覚えるために毎日夜遅くまで勉強をしているのだが。

 夜中。ハンカチを広げてお茶の時間に出されたクッキーの残りを食べていたら、気配を消して近づいてきたパイデウシスが横からひょいっとそれをつまんで食べていた。

 クアリフィカはそれを見て昔の記憶を思い出す。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

【完結】私は死んだ。だからわたしは笑うことにした。

彩華(あやはな)
恋愛
最後に見たのは恋人の手をとる婚約者の姿。私はそれを見ながら階段から落ちた。 目を覚ましたわたしは変わった。見舞いにも来ない両親にー。婚約者にもー。わたしは私の為に彼らをやり込める。わたしは・・・私の為に、笑う。

愛は全てを解決しない

火野村志紀
恋愛
デセルバート男爵セザールは当主として重圧から逃れるために、愛する女性の手を取った。妻子や多くの使用人を残して。 それから十年後、セザールは自国に戻ってきた。高い地位に就いた彼は罪滅ぼしのため、妻子たちを援助しようと思ったのだ。 しかしデセルバート家は既に没落していた。 ※なろう様にも投稿中。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

平凡令嬢は婚約者を完璧な妹に譲ることにした

カレイ
恋愛
 「平凡なお前ではなくカレンが姉だったらどんなに良かったか」  それが両親の口癖でした。  ええ、ええ、確かに私は容姿も学力も裁縫もダンスも全て人並み程度のただの凡人です。体は弱いが何でも器用にこなす美しい妹と比べるとその差は歴然。  ただ少しばかり先に生まれただけなのに、王太子の婚約者にもなってしまうし。彼も妹の方が良かったといつも嘆いております。  ですから私決めました!  王太子の婚約者という席を妹に譲ることを。  

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

あなたなんて大嫌い

みおな
恋愛
 私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。  そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。  そうですか。 私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。  私はあなたのお財布ではありません。 あなたなんて大嫌い。

処理中です...