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1 王妃教育終了後の婚約破棄

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「クアリフィカ・アートルム公爵令嬢! 貴様との婚約は破棄する」

 卒業パーティーの会場に王太子の声が響き渡る。

 彼は第一王子のオディオ――クアリフィカの婚約者だ。長年苦楽を共にしてきた婚約者の声に、クアリフィカは頭を殴られるような衝撃を受けた。

 ――が、妃教育を受けてきた者として、ここでみっともない態度を取ることはできない。荒れ狂う感情をしっかりと覆い隠し、クアリフィカは表情を整える。



 今日は学園の卒業式だった。既に結婚式の日程も決まり、クアリフィカは半年後には王家へ嫁ぐことになっている。
 王妃教育も終えているこのタイミングでの婚約破棄は、クアリフィカにとっては未来を奪われるも同然の行為なのだ。周囲には絶対に悟らせないから、内心の動揺くらいは見逃してほしい。

 婚約破棄の理由は――聞くまでもなく、王太子の腕に絡みついているクアリフィカの腹違いの妹、ルシクラージュにあるのだろう。

 たとえそれが解っていても、追い詰められたクアリフィカは婚約者に確かめずにはいられなかった。


「そんな――殿下、いったいどうしてしょうか?」

「どうして、だと? ハッ! 解らぬのなら教えてやろう。貴様は王太子の婚約者という立場を利用して、罪もなき令嬢達に陰湿なイジメを繰り返していただろう。ああ、誤魔化しても無駄だぞ。王太子たる僕自身がこの目で見てきたのだからな。学園で僕と交流のあった男爵令嬢や子爵令嬢には下位貴族風情がと身分の違いを持ち出して高圧的に接し、大人しく心優しい伯爵令嬢にはお前には側妃も無理だとひどい言葉を投げつけ、僕が親切心から勉強を教えていた頑張り屋の侯爵令嬢には自らの優秀さや成績をひけらかして馬鹿にしていた。あまつさえ、自分の妹であるルシクラージュ嬢にまで庶子だというのを理由に自分とは違う酷い扱いを強要していたというではないか。君には失望したよ、クアリフィカ。まるで市井の小説に出てくる悪役令嬢の姿そのものだ。君はそこまでして王太子妃になりたかったのか? しかし、残念だったな。僕が選んだのは君ではなくここにいるルシクラージュ嬢だ。庶子とはいえ、彼女もアートルム公爵家の令嬢。身分も成績も申し分なく、姉からの酷いイジメにも健気に耐える強い精神力を持っている。彼女ならば立派に王太子妃としての重責を担ってくれることだろう。貴様のように権力に執着し、愚かな嫉妬心からこそこそと卑劣なイジメを行うような女に未来の国母たる資格はない。よって、貴様との婚約はこの場で破棄し、アートルム公爵家のルシクラージュ嬢を僕の新たな婚約者に指名する!」


 わあ……っ!
 王太子の言葉に沸き上がる卒業パーティーの参加者たち。


「確かに殿下に近づく令嬢たちに対して常識的な注意はしましたが、それだけですわ。そして、私は妹を虐めてなどおりません。全ては誤解なのです。王太子殿下、どうか私の話を聞いてくださいませ」

「ハッ、却下だ。貴様の言い訳など聞きたくもない」

「……私は幼き日より殿下の伴侶となるべく努力をしてまいりました。貴方様もそのことはご存じでしょう。どうか、それに免じて、私に多少なりともお慈悲をかけてはくださいませんでしょうか?」

「貴様にかける情けなどない!」

「どうしても……でしょうか?」

「くどい!!!!」


 祝いの席で突然始まってしまった婚約破棄騒動を見守っている周囲の反応は様々だ。


 顔を青くしている者。
 興味深そうにしている者。

 ざまぁみろと歪めた嗤いを浮かべる者――その筆頭は、すぐ目の前でクアリフィカの婚約者の腕にくっついている自分の腹違いの妹だが。


 卒業生たちの保護者、特に年齢が上の者ほど顔色を悪くしているのは、この後に待ち受けている事態を正確に理解しているからだろう。彼らは過去に同じような場面に出くわしたことがあるのだ。その中には好奇心に囚われず、この場からそっと逃げ出す者もいる。

 当事者であるクアリフィカだって怖くて仕方がないが、ここで彼らのように逃げるわけにはいかない。どうあっても結果が変わらないのならば、矜持を持って臨むまでだ。


「かしこまりました。王太子殿下からの婚約破棄を受け入れます」


 クアリフィカは表情を整えて、自らの婚約者に了承の意を告げる。覚悟が決まってしまえば自分でも驚くほど冷静な声が出た。


 半年後には結婚式を挙げるはずだった。
 せめて、もう少し早く言ってくれれば――そうは思うものの、結婚が迫ったこのタイミングだからこその暴挙なのだろう。


 いずれにしろ、クアリフィカは既に王妃教育まで済んでいる。そして、婚約者として唯一許されている三回の懇願も、王太子本人からはねつけられてしまった。

 こうなるとクアリフィカにとれる選択肢は多くない。

 家族から疎まれてきたクアリフィカにとって王太子との婚約は救いであったが、彼にとっては僅かな慈悲を与えることすら厭う程度のものでしかなかったのだろう。

 それでもオディオは幼い頃のクアリフィカを救ってくれたし、憎からず思っていた相手だ。


 せめてこれまで努力してきた王妃教育の成果を見てもらいたくて。
 キレイな姿を婚約者の記憶にとどめてほしくて。


 クアリフィカは心からのカーテシーをして、元婚約者となったオディオにほほ笑んだ。


 クアリフィカは今から彼の元婚約者として、最後の公務を果たさなくてはならないのだ。




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