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86 不満と後悔(ティアラ視点)

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「はあ……せっかくの運命の番なのに。これじゃあ何の為にあの高慢ちきな都会の女気取りの嫁を受け入れたのか分からないじゃない」

「まあまあ、そう言うなよ。運命の番ってだけでめでたいじゃないか。俺達の息子が幸せならそれでいいだろう」

「でも、せっかくの番なのに、一族の繁栄に繋がらないなんて。それに、ジョイだってあまり幸せそうではないわよ? 時々、思い悩んだようにため息をついているもの。はあ……これならジョイの相手はアナリーズさんのままの方がよかったかもしれないわね。少なくともあの頃のジョイは幸せそうだったし、遊んでばかりのティアラさんとは違ってアナリーズさんはすごく働き者で性格だって良かったもの。そうそうアナリーズさんと言えば、私があちらへ突然訪ねて行った時も私を歓迎してくれてね……」



「……」

 何となく気分が優れず、気晴らしに何か買って貰おうと義母の家に遊びに行った際に、ティアラは義母の本音を聞いてしまった。


 アナリーズ……ジョイが前に結婚をしていた身の程知らずの人間の女の名だ。ティアラが居なければ愛されることすらなかったニセモノの分際で、あの女はいったいいつまでティアラの邪魔をすれば気がすむのか……!!

 ギリリ……と、悔しさに思わず噛んだ唇から血がにじむ。


 ティアラだってジョイがあの女に心を残していることには気付いている。仕事で人間国に行くときに、ほんの少しソワソワしている様子が見て取れるから。

 ティアラ同様、離婚するときに魔法契約を結んでいるからあの女に近づくことすらできないくせに。


(なによ、なによ、なによっ! お義母さんもジョイもそんなにあの女がいいの!? あんな、地味なだけが取り柄の年増の人間のメスが? 運命の番である私よりも?)


 本音を聞いてショックを受けたティアラはジョイの実家にいっさい近寄らなくなった。運命の番よりも別れたニセモノを評価するなんてどうかしているとしか思えない。


 ジョイもジョイの家族も許せない。国力の強い人間国育ちのティアラとは違い田舎者のクセに生意気だ。
 そっちがその気ならティアラにだって考えがある。



 獣人国での生活に不満を覚えたティアラは再び遊び始めた。『ティアラの番は別にいるのではないか』――そう思ったからだ。

 シュルスと離婚した後。何故かジョイからはあの頭がどうにかなりそうなほどの幸福感を感じなくなった。ティアラはジョイが番だと思っていたが、独身時代に男性と付き合う度に相手を番だと思い込んでいたように、ジョイの事もただの勘違いだったのではないか。

 あの、嵐のように襲ってくるとんでもない幸福感がキレイに消えたのだから、その可能性だってあるはずだ。


「ああ、ティアラ……君はなんて魅力的な女性なんだ! どうか、俺と付き合って欲しい」

「うふふ、いいわよ!」


 実際、そういう目で見れば獣人国には魅力的な獣人がたくさんいた。獣人人口が少ない人間の国とは違い、選択肢は星の数ほどあるのだ。

 美しく洗練されたティアラは獣人男性からよくモテた。そうして付き合った中には地位や名誉を兼ね備えた、これは――という相手もいた。


 けれど――。


「ティアラ――君と出会えてよかった。愛してる、君を両親に紹介したい」

「嫌よ、触らないで!!」

「ティ……ティアラ!? どうしたんだよ、急に。昨夜はあんなに」

「いやあぁ、ジョイ、ジョイ!」


 ――そんな風に。

 番の誤認効果でごく短い期間は他の男と楽しく過ごせても、すぐに相手への思いは消え失せて、結局ティアラはジョイの元へ戻ることになるのだ。


 ティアラの運命の番はジョイ――それだけは間違いない。


 ジョイと過ごしても大した幸福感は得られないのに、番への執着だけが消えてくれない。そのせいで幸せを与えてくれる他の人との未来を選ぶことも出来ない。


 こんなはずではなかった。


 愛情もお金もいくらでも与えてくれる心優しい貴族の夫。

 魂が震えるような幸福感を与えてくれる愛しい番。


 ティアラは全てを手に入れたはずなのに。
 今の自分に残ったのは番への執着と、一度は手にした幸福感を埋められずに、満足できないむなしい思いだけ……。


 どこで間違えたのか。
 いつから間違えたのか。
 何を間違えたのか。

 何が足りなくて。
 ――自分は何を求めているのか。


 何もかもが分からなくなったままで。

 今日もティアラは執着に導かれるままに、運命の番の元へと戻っていく。




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