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84 失意の中で(ティアラ視点)

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 せっかく愛する番と暮らし始めたというのに、最近は喧嘩ばかり。

 それもこれも、すべてはジョイが自由に買い物をさせてくれないからだ。『元』とはいえ伯爵夫人だったティアラには身分に相応しい装いというものがある。それなのに、平民だったジョイはちっともそれを理解してくれない。

 そんなだから、たかが子爵夫人や男爵夫人なんかに馬鹿にされることになるのに。

 こんなことならあのままシュルスと……。


(……ううん、あんなイジワルをしてくるシュルスなんてこっちからお断りよ。ジョイへのヤキモチだか何だか知らないけれど、ちょっと番と浮気したくらいで何よ。私を愛しているって言ったくせに、獣人の本能を理解していないのね。ニセモノの番の分際で生意気だわ。せっかくこの私が愛されてあげたのに酷い事ばかり言って。そうだ、私の両親のことだって、意地の悪いシュルスの嘘に決まっているわ。見てなさい。元夫の質の悪い嘘を暴いて、慰謝料をふんだくってやるんだから!! その慰謝料で借金なんてすぐに返せるわよ)


 そうすればティアラだってスッキリするし、こんな訳の分からない理由でジョイと喧嘩をすることも無くなるはず。
 どうしてもっと早く思いつかなかったのだろう。

 ティアラはジョイが仕事に行っている間に家を抜け出して、元夫に教えられた病院を訪ねた。

 そこは、とある男爵領にある汚らしい病院だった。


(フン。アミティエ伯爵領に住んでいたお母さんがこんな縁もゆかりもない場所にいるわけがないじゃない! やっぱりシュルスは適当な事を言ったのよ。やあね、これだから意地の悪い…貴族……は………)


 病院の面会名簿に名前を書いて。ティアラがメモにあった番号の病室を覗くと、一人の獣人女性がベッドで眠っていた。

 頭の上には猫の耳。髪もぼさぼさで見るに堪えないけれど、ティアラはその惨めな女から目が離せなかった。


 たとえどんなにみすぼらしくても。
 白髪交じりでも。


 夕焼けのようなオレンジ色の髪の毛も、若い頃は美しかったであろう皺だらけの顔も、ティアラの記憶にあった母親の姿そのままだったから――――。


「……うそ…よ……きっと、こんなの他人の空似に決ま……」

「ン……? ぇ………アンタ、まさかティアラ? ティアラよね!?」

「!!」


 ティアラが思わずつぶやいた声に反応したのか、それまで眠っていた女が目を覚ます。そして、ゆっくりと身を起こすと目を見開いてティアラの名を呼んだ。

 その、目の色や甘えるような声すらもティアラの記憶の中の母親のままで――。


「こんなに大きくなって……。嬉しいわ、お母さんのお見舞いに来てくれたのね!」

「お母……さん、なの? 本当に??」

「あらやだ、薄情な娘ねぇ。見て判らない? ったく、せっかくこの私が器量よしに産んでやったのに」

「な……っ!? 私の事を捨てておいて! いくらお母さんが運命の番を見つけたからって身勝手よ!」

「……は……? 運命の番……???」

「え……」


 プ――――ッ! と、母親を名乗る女が勢いよく吹き出した。女はお腹を抱えて、ヒイヒイ言いながら笑っている。


「~~~っ!! ちょ~~っ、もぉ、笑わせないでよ…! アンタいい年して、そんな夢みたいなことを信じているの? いつか運命の番が迎えに来てくれるの♡ …ってぇ? あ~っはっはっはぁ……痛っ、イタタタ……! もぅ~…刺された傷が開くじゃないのよぉ……あら? よく見たらアンタ結構いい服着ているじゃない。どこかでいい男でも見つけたみたいね。それもきっと、この私に似たお陰よね! 悪いんだけどさぁ、ここの入院費を……あっ、ちょっとぉ!!」


 器量よしに産んでやった、ちゃんと孤児院に置いて行ってやった、恩知らず、子供は親の言うことを聞くべきだ……病室から響いてくる声をそれ以上聞きたくなくて、ティアラは耳を押さえて病院を飛び出した。




「ティア……! いったい、一週間もどこに行っていたんだ! 心配していたんだぞ……ティア?」

「ふえええぇ……ジョイ……ジョイぃぃ……」

「ど……どうしたんだ、ティア!? どこかで何かされたのか!??」


 ティアラがどうにか子爵領にある家までたどり着くと、イライラしたジョイが待っていた。
 怒りから顔を真っ赤に染め上げていたものの、涙を流すティアラを見て、真っ青になって慌てて抱きしめてくれる。

 まるで子供をあやすように。

 背中をポンポンと叩いて、優しくティアラの髪を撫でてくれる。


 小さい頃に失われたそれは。
 元夫に与えられたけれど、一方的に取り上げられてしまったそれは。


 今のティアラが欲しくて欲しくて堪らないもので、それだけでティアラの帰る場所はここなのだと思えた。


 意地悪な元夫。意地悪なご近所さん。意地悪な母親。


 みんながティアラをイジメるけれど、運命の番は裏切らない。いつだってティアラを優しく迎え入れてくれる。


 だから――。



「もうヤダ。私、こんな所に居たくない。お母さんも意地悪な人間も嫌い。皆が私をいじめるの。こんな国なんて大嫌い。ドレスも宝石も要らないわ。番のジョイが居ればいい。だから、私をここじゃない、どこか遠くに連れて行って」

「ティア……わかった……わかったから。ここを処分して、今ある借金を全て清算して、俺と一緒に獣人国へ帰ろう……」




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