【完結】もうやめましょう。あなたが愛しているのはその人です

８０ アナリーズの選んだ幸せ

「お父さーん！　早く早く！！」

　詰め込むようにお弁当を食べ終えた男の子が大きなボールを持って走っていく。慌ててそれを追いかける父親。子供が転ばないかとハラハラしているようだ。

　青空の広がるいつもの公園で。アナリーズはお弁当を広げていた。

　ポカポカ陽気の下、心地よい風が緑の良い匂いを運んでくれる。お弁当を食べて満腹になった後は昼寝でも楽しみたくなるような気持ちの良さだが、元気のあり余った子供はそうもいかないらしい。

　しっかりとお行儀よくお弁当を食べ切った我が子が、キレイな花を積んでは花冠を作る姿を見て、アナリーズはそう思った。

　ついこの間までは両手に収まるほどの大きさだったのに、今は小さなお手手を器用に動かして、見事な花冠を編み上げていく。

　時折、編んでいる花冠を自分の頭に乗せて大きさを確認する様子は神経質なアナリーズの姿をしっかりと引き継いでいるようで見ていてこそばゆいが、ぴくぴく動いて周囲の音を拾う愛らしい耳は父親譲りだ。

　何度か修正し、ようやく納得のいく花冠が出来たらしい。顔が達成感に満ち溢れている。


「完成したのね。まあ、キレイ！　お父さんにあげるの？」

「ううん。これはお兄ちゃんにあげるの！」

「あらあら。あなたは本当にお兄ちゃんが大好きね。ふふ……お父さんがすねちゃうわよ？」

「お父さんはお母さんの番だから、お父さんの分の花冠はお母さんが作ればいいと思うの」


　そう言うと、おませな娘は新たに花冠を編み始めた。一つは自分の分。二つ作って、キレイにできた方をお兄ちゃんにあげるらしい。

　番――そう聞いて、一瞬チクリとアナリーズの胸が痛むが、アナリーズと夫は番ではない。

　けれど、夫に番はいない。

　なるほど、そういった意味では確かに『番』であると言えるかもしれない。


　ジョイとの子供を出産し、仕事復帰を果たしたアナリーズは元の職場で忙しく働き始めた。

　獣人は家族を大切にする。特に、子供が小さいうちは自分で面倒を見たがる習性がある。

　商会で勤め始めたばかりの頃、獣人の女性商会員達からそれを聞いたアナリーズは上司に進言し、商会の一角に育児スペースを作ってもらった。そのお陰で、獣人女性たちは仕事をしながら子育てを出来るようになった。

　彼女達が気持ちよく働けるようにと動いた結果であったが、１０年以上の時間を経てまさか自分がその恩恵にあずかろうとは。世の中分からないものだとアナリーズは思った。

　シングルマザーとして働き始めたアナリーズはこの制度に助けられた。収入を考えると一刻も早く職場に復帰したいが子供の世話もある。獣人女性の為に考えた制度はシングルマザーとなったアナリーズにも意味があるものだったらしい。

　アナリーズの子供は父親の面影を色濃く残している。種族の違いによる子育ての不安は職場にいる先輩ママさん達が取り除いてくれた。商会という群れに所属する彼ら彼女らはアナリーズの子供を可愛がってくれたし、種族を越えて子供も彼らによく懐いた。

　本当に、アナリーズは職場の人間・獣人関係には恵まれていると思う。

　中でも、一番アナリーズの子供を可愛がってくれたのは――同僚のフランクだった。