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77 その後のアナリーズ

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 ジョイとアナリーズの離婚はスムーズに進んだ。

 慰謝料として貯金はいらないとジョイが言い出して財産分与で少しもめたが、

 アパートにはこのままアナリーズが住むこと。
 部屋にある家具はそのままアナリーズが使うこと。
 貯金は折半し、端数はアナリーズがもらうこと。

 ジョイからアナリーズへの慰謝料としては、今後何があろうとも無関係を貫くこと――。

 これらの条件で決着した。最後の項目についてはアナリーズが無理やり押し通した。

 アミティエ伯爵は随分ともめたらしいが、番との交流に使っていた子爵領の一部屋を伯爵夫人に渡すことで話がついたらしい。これで、アミティエ伯爵は伯爵夫人と完全に縁が切れて、元伯爵夫人――ティアラはただの平民となる。

 アミティエ伯爵もアナリーズも魔法契約を結んだので、これらの条件が破られることはない。

 魔法契約はアミティエ伯爵の強い勧めによるものだ。貴族社会では契約を結ぶ際にこれを利用するのが一般的なのだとか。アミティエ伯爵が他国の魔法使いを招いた際に便乗したのでアナリーズは実質、書類代だけで済んだ。

 離婚の際、元妻に子爵領の部屋を渡したアミティエ伯爵。

 相手側の有責なので本来だったらアミティエ伯爵が彼女に慰謝料を支払う必要などないが、伯爵としては相手に『手切れ金』を渡してでも関係を断ち切りたかったのだとか。

 それと『嫌な思い出ばかりが残る部屋を一刻も早く処分したかった』――らしい。

 確かにあんな光景を目にした後では、あの部屋を使用する気にはなれないだろう。贅沢な話ではあるが、これは貴族ならではの感覚なのかもしれない。

 ティアラとジョイは子爵領のあの部屋にジョイが転がり込む形で共に生活を始めたらしい。その後のことについては詳しく知らない。


 ジョイとの離婚後。

 アナリーズは今まで通り商会で働いていたものの、体調のこともあって一年ほど仕事をお休みすることになった。あくまでも一時的なものなので、同じ仕事に戻れる保証があるのは有難いことだ。

 心許なくはあるが、休職中は貯金を切り崩して生活するしかない――と思っていたのだが。商会の仕事を休職してすぐに、アミティエ伯爵からアナリーズに仕事の誘いがあった。

 伯爵夫人との離婚後、アミティエ伯爵はストレスのせいで思うように食事が摂れなくなっていた。そこで、アナリーズに伯爵の為の食事を用意してほしいと彼の侍従を通して依頼があったのだ。
 伯爵はアナリーズの作った物なら食べられるから――と。

 番を通して交流をしていた頃ならともかく、そして一度や二度ならともかく、料理人でもないアナリーズが貴族であるアミティエ伯爵の食事を用意するなんてとんでもない――そう思ってアナリーズは断ろうとしていたのだが、久しぶりに顔を合わせた時のアミティエ伯爵の痩せ方が凄まじかったせいで、結局は断れずに仕事を引き受けることになった。

 アナリーズの体調がいい時に限ることや、アナリーズが家を出られないときは誰かにアパートの部屋まで取りに来てもらうことなどの、かなり無茶な条件を先方に飲んで貰えたお陰でもある。

 実際に伯爵に料理を作って散歩がてら届けるのはいい気分転換にもなった。

 ガリガリに痩せて今にも倒れそうだった伯爵がアナリーズの作った食事を摂るうちに元の健康的な身体を取り戻していく様子は見ていて達成感があったし、そんな伯爵を通して自分まで癒されていく気がした。

 最初は弁当の形で届けていたのだが、伯爵のリクエストで温かい物も食べたいと言われ、家まで行って直接作ることもあった。最初にそれを言われた時は高級住宅街にあるあの部屋だったらどうしようと警戒していたのだが、蓋を開けてみれば同じ高級住宅街ではあるもののあの部屋とは別の邸宅だった。

 少しずつ伯爵の食事の好みも解って。
 彼の食の細さも改善されて。

 アナリーズ側の事情にも細かく配慮してもらえた上にいい給料がもらえたので経済的にもかなり助かった。

 もしかしたら、この仕事の依頼は思うように働けないアナリーズに手を差し伸べる意味もあったのかもしれない。そう思えるほどアミティエ伯爵にはお世話になった。

 生活が落ち着いて、いよいよアナリーズも職場復帰――となった頃。


「アナリーズさん。この一年の間、私は君の仕事に対する誠実な態度や人柄、それに愛情深さに触れてどんどん君に惹かれていった。このまま君を手離したくはない。だからどうか、私との結婚を考えてもらえないだろうか」




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