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73 拒絶薬

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「……そ……っ、そうよ、そうよ! ジョイが愛しているのはあんたなんかじゃなくて、番の私なん――ヒッ……」


 二人の別れ話にけりがついたのを察したのか伯爵夫人がアナリーズに食って掛かろうとしたが、伯爵夫人は最後まで言えずに小さな悲鳴を上げて言葉を切った。

 どうやらアミティエ伯爵に睨まれたようだ。
 ここまで黙って様子を見守っていたアミティエ伯爵が口を開く。


「離婚しよう、ティアラ。お前は伯爵夫人には向いていなかったようだ」

「はあっ!? な、何でよ、シュルス! 嫌よ!! 私は立派な伯爵夫人よっ」

「そんな格好で窓から忍び込み、男に夜這いをかけておいてか」

「あ、こ、これは……」


 自分の服装を今更思い出したのか、伯爵夫人は慌ててジョイのパジャマをクイクイと引っ張り、自らの透けた裸体を隠そうとするが効果はない。その様子はむしろ、アミティエ伯爵やアナリーズを煽っているとしか思えなかった。


「そ……そうだわ! これは、貴方を愛する為なのよ! ほら、シュルスったら最近、仕事で疲れているせいか私達まったくそういう雰囲気にならなかったじゃない? だから、えーと、これも番との時間が足りないせいかと思って、こうして夜の時間も番と交流を」

「避妊薬まで飲んで、か? ティアラ、お前の右手に持っているそれは何だ」

「……ッ!? どうしてソレ……ぁ」


 伯爵に指摘され、慌てた伯爵夫人の手からコロンと小さなガラス瓶が落ちて床に転がる。おそらくこれが、伯爵夫人が手に入れたという避妊薬なのだろう。


「こ……これは念のためよっ! ホラ、伯爵夫人として、万が一にも間違いがあってはいけないから……だから……」

「そうか」

「解ってくれた!? 良かった、離婚を考えなおしてくれたのね!」

「……」

「……シュルス?」


 コトッ。コトッ。

 アミティエ伯爵は伯爵夫人の呼びかけには答えない。
 が、伯爵はにっこりと優し気な笑みを浮かべ、ポケットから二つの瓶を出すとローテーブルの上に置いた


「ティアラ、これを飲んでくれ」


 ローテーブルの上に置かれた二つの瓶。手のひらサイズで、繊細な模様の入った香水瓶のようなそれを見て、伯爵夫人が怯えたように耳を伏せる。


「な……何よ…コレ。まさか毒だったり」

「ハハ……まさか。私が愛する君にそんな物を飲ませる筈がないだろう? これはただの『拒絶薬』だ。これを飲めば、強制的に番を求める本能を抑え込めるそうだ。ああ、ジョイ君。君の分も用意しておいた。良ければ君もどうぞ?」

「え? あ……」


 アミティエ伯爵に声をかけられて。涙にぬれたジョイが、力なくローテーブルの上に置かれた瓶を見る。


「へ…へぇー、拒絶薬?? そんな便利なものがあるの? 解ったわ、これを飲めば離婚を思いとどまってくれるのね!」


 ゴクゴクゴクゴク……。


「…え……ちょ……ティ…ア…………?」


 迷うことなく拒絶薬を飲み干す伯爵夫人を見て、呆然とするジョイ。


「ほら。ジョイ君もどうぞ」

「……」


 笑みを深めてジョイに勧めるアミティエ伯爵。

 伯爵に勧められるもジョイがソレを手に取る様子はない。
 顔を歪めて拒絶薬から目をそらし、下を向いて身体を震わせている。


(ああ、やっぱり――ね)

 拒絶薬に手を出そうとしないジョイを見て、アナリーズの中でこれまでの想像が確信に変わる。ジョイは――やはり拒絶薬の存在を知っていたのだ。

 ジョイは本気でアナリーズとの未来を望んでいた。それについてはアナリーズも疑ってはいない。だから、もしもチャンスがあると思えば伯爵夫人のように飛びつくはずだ。
 現に彼女は迷わず飲んだ。――何も知らなかったから。


 けれど、ジョイは知っていた。
 そして、知った上でその方法を選ばなかったのだとしたら――。



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