67 / 94
67 アナリーズとアミティエ伯爵の再会
しおりを挟む
「痩せた、な。アナリーズさん」
「伯爵様こそ……随分と、お痩せになられましたね……」
アミティエ伯爵からの労わるような声に、同じだけの思いを込めて返すアナリーズ。
子爵領にある豪華な12階建ての集合住宅。
アナリーズが住む庶民向けのアパートとは違い、豪華な建材を惜しみなく使って最新技術で建てられたそこは、王都にあるのと同様の富裕層向けの高層住宅だった。
長年、貴族は集合住宅を避ける傾向が強かったが、最近では贅を尽くし、魔法や魔石などの最新技術を使って住環境を整えた高層の物に限り、『景色がいい』とか『珍しい』などの理由で本宅とは別にパーティー用や友人を招く別宅としての需要があるのだとか。
確かに景色は凄く良い。アナリーズなどは少々足がすくんでしまうほどだ。
子爵領ではまだ珍しい高層建築は見物人の姿もチラホラと見えた。こんなことでもなければ、アナリーズも再びこういった種類の住居に足を踏み入れることはなかっただろう。
アナリーズがアミティエ伯爵から連絡を貰ったのが今から二週間ほど前のこと。ジョイが子爵領へと旅立つのと同時に、アナリーズも伯爵が迎えによこしてくれた馬車へと乗り込み子爵領へと旅立った。
そして、目的地である子爵領へ着いたのはほぼ同時刻。
アミティエ伯爵と共に、伯爵夫人とジョイの親密な様子を見たのはつい先ほどの出来事だ。
「その……大丈夫か? 前もって説明できれば良かったのだが、誰かに見られる危険を考えると手紙では詳しい事情を書くのが憚られて……。そのせいで、事前説明もなく二人のあんな姿を見せてしまうことになるとは」
「…大丈夫です。その、驚かれるかもしれませんが、思ったよりもショックはありませんでした。……心のどこかで、覚悟をしていたからだと思います」
これはアナリーズの本心だ。同僚に医者へと連れていかれたあの日。アナリーズは既に覚悟を決めていたのだと思う。伯爵からの手紙を貰った時点で『ああ、来るべき時が来たのだな』という思いの方が強かった。
むしろ……。
「私よりも伯爵様の方がお辛そうです。迎えに来てくださった侍従の方から、伯爵様があまり食事を摂られていないとお聞きしました」
「……そうだ、な。まさか自分が、生きている妻との別れを考える日が来るとは思いもしなかったから」
不幸な事故で前妻と死別し、伯爵夫人と出会ったことでようやく立ち直ることが出来たアミティエ伯爵。その伯爵婦人との間でこんなことになるとは思いもしなかったのだろう。
「……よろしければ私が何かお作りしましょうか? 途中で少し食材を買ってきたんです。その……今日は遅くなると聞いていましたので」
「…悪いがあまり食欲が……いや……そうだ――な。特にここ数日はまともに食べられていないんだ。出来れば何か……飲み込みやすい物を頼む」
「では、スープでもお作りしますね。実は、私も職場の同僚にかなり心配をかけてしまったので、少しでも食べられるようにと色々研究中なんです」
「はは……それは頼もしいな」
ジョイから聞いていた通り――部屋もキッチンもすごくキレイで素敵だった。アミティエ伯爵によると、どの部屋も似たような造りをしているらしい。
この素敵な部屋で。番との交流のたびにジョイと伯爵夫人は夫婦のように過ごしていたのだろう。キッチンには最新式の魔道具が使われている。オシャレで使いやすいとジョイは喜んでいたけれど、アナリーズはあの古アパートのキッチンをとても気に入っている。
古いけど居心地のいいあのアパートで。
愛するジョイと――もしかしたら産まれるかもしれない子供と。皆で一緒に暮らしていける日を夢見ていたけれど、そんな未来はもうやって来ない。
ならば少しでも元気を取り戻して、新たな道を進みたい。
そして出来れば、アナリーズと同じ苦しみを共有しているアミティエ伯爵にもしっかりと食べて元気を取り戻して欲しい。
そんなささやかな願いを込めて――アナリーズは使い慣れない豪華なキッチンに立った。
「伯爵様こそ……随分と、お痩せになられましたね……」
アミティエ伯爵からの労わるような声に、同じだけの思いを込めて返すアナリーズ。
子爵領にある豪華な12階建ての集合住宅。
アナリーズが住む庶民向けのアパートとは違い、豪華な建材を惜しみなく使って最新技術で建てられたそこは、王都にあるのと同様の富裕層向けの高層住宅だった。
長年、貴族は集合住宅を避ける傾向が強かったが、最近では贅を尽くし、魔法や魔石などの最新技術を使って住環境を整えた高層の物に限り、『景色がいい』とか『珍しい』などの理由で本宅とは別にパーティー用や友人を招く別宅としての需要があるのだとか。
確かに景色は凄く良い。アナリーズなどは少々足がすくんでしまうほどだ。
子爵領ではまだ珍しい高層建築は見物人の姿もチラホラと見えた。こんなことでもなければ、アナリーズも再びこういった種類の住居に足を踏み入れることはなかっただろう。
アナリーズがアミティエ伯爵から連絡を貰ったのが今から二週間ほど前のこと。ジョイが子爵領へと旅立つのと同時に、アナリーズも伯爵が迎えによこしてくれた馬車へと乗り込み子爵領へと旅立った。
そして、目的地である子爵領へ着いたのはほぼ同時刻。
アミティエ伯爵と共に、伯爵夫人とジョイの親密な様子を見たのはつい先ほどの出来事だ。
「その……大丈夫か? 前もって説明できれば良かったのだが、誰かに見られる危険を考えると手紙では詳しい事情を書くのが憚られて……。そのせいで、事前説明もなく二人のあんな姿を見せてしまうことになるとは」
「…大丈夫です。その、驚かれるかもしれませんが、思ったよりもショックはありませんでした。……心のどこかで、覚悟をしていたからだと思います」
これはアナリーズの本心だ。同僚に医者へと連れていかれたあの日。アナリーズは既に覚悟を決めていたのだと思う。伯爵からの手紙を貰った時点で『ああ、来るべき時が来たのだな』という思いの方が強かった。
むしろ……。
「私よりも伯爵様の方がお辛そうです。迎えに来てくださった侍従の方から、伯爵様があまり食事を摂られていないとお聞きしました」
「……そうだ、な。まさか自分が、生きている妻との別れを考える日が来るとは思いもしなかったから」
不幸な事故で前妻と死別し、伯爵夫人と出会ったことでようやく立ち直ることが出来たアミティエ伯爵。その伯爵婦人との間でこんなことになるとは思いもしなかったのだろう。
「……よろしければ私が何かお作りしましょうか? 途中で少し食材を買ってきたんです。その……今日は遅くなると聞いていましたので」
「…悪いがあまり食欲が……いや……そうだ――な。特にここ数日はまともに食べられていないんだ。出来れば何か……飲み込みやすい物を頼む」
「では、スープでもお作りしますね。実は、私も職場の同僚にかなり心配をかけてしまったので、少しでも食べられるようにと色々研究中なんです」
「はは……それは頼もしいな」
ジョイから聞いていた通り――部屋もキッチンもすごくキレイで素敵だった。アミティエ伯爵によると、どの部屋も似たような造りをしているらしい。
この素敵な部屋で。番との交流のたびにジョイと伯爵夫人は夫婦のように過ごしていたのだろう。キッチンには最新式の魔道具が使われている。オシャレで使いやすいとジョイは喜んでいたけれど、アナリーズはあの古アパートのキッチンをとても気に入っている。
古いけど居心地のいいあのアパートで。
愛するジョイと――もしかしたら産まれるかもしれない子供と。皆で一緒に暮らしていける日を夢見ていたけれど、そんな未来はもうやって来ない。
ならば少しでも元気を取り戻して、新たな道を進みたい。
そして出来れば、アナリーズと同じ苦しみを共有しているアミティエ伯爵にもしっかりと食べて元気を取り戻して欲しい。
そんなささやかな願いを込めて――アナリーズは使い慣れない豪華なキッチンに立った。
4,600
お気に入りに追加
5,939
あなたにおすすめの小説
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
ずっと好きだった獣人のあなたに別れを告げて
木佐木りの
恋愛
女性騎士イヴリンは、騎士団団長で黒豹の獣人アーサーに密かに想いを寄せてきた。しかし獣人には番という運命の相手がいることを知る彼女は想いを伝えることなく、自身の除隊と実家から届いた縁談の話をきっかけに、アーサーとの別れを決意する。
前半は回想多めです。恋愛っぽい話が出てくるのは後半の方です。よくある話&書きたいことだけ詰まっているので設定も話もゆるゆるです(-人-)
【完結】野垂れ死ねと言われ家を追い出されましたが幸せです
kana
恋愛
伯爵令嬢のフローラは10歳の時に母を亡くした。
悲しむ間もなく父親が連れてきたのは後妻と義姉のエリザベスだった。
その日から虐げられ続けていたフローラは12歳で父親から野垂れ死ねと言われ邸から追い出されてしまう。
さらに死亡届まで出されて⋯⋯
邸を追い出されたフローラには会ったこともない母方の叔父だけだった。
快く受け入れてくれた叔父。
その叔父が連れてきた人が⋯⋯
※毎度のことながら設定はゆるゆるのご都合主義です。
※誤字脱字が多い作者ですがよろしくお願いいたします。
※他サイトにも投稿しています。
君を愛するつもりはないと言われた私は、鬼嫁になることにした
せいめ
恋愛
美しい旦那様は結婚初夜に言いました。
「君を愛するつもりはない」と。
そんな……、私を愛してくださらないの……?
「うっ……!」
ショックを受けた私の頭に入ってきたのは、アラフォー日本人の前世の記憶だった。
ああ……、貧乏で没落寸前の伯爵様だけど、見た目だけはいいこの男に今世の私は騙されたのね。
貴方が私を妻として大切にしてくれないなら、私も好きにやらせてもらいますわ。
旦那様、短い結婚生活になりそうですが、どうぞよろしく!
誤字脱字お許しください。本当にすみません。
ご都合主義です。
【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る
紺
恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。
父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。
5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。
基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
舞台装置は壊れました。
ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。
婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。
『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』
全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り───
※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます
2020/10/30
お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o)))
2020/11/08
舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる