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66 終わる幸せ(ジョイ視点)
しおりを挟む最初は驚きだけだった。
『ジョイ……ジョイ……開けて!』
深夜。小さなノックの音と共に、彼女が突然窓の外に姿を現したのだ。
12階建て。子爵領でも高層に位置するこの部屋は、もし落下したらいくら高さに強い猫獣人といえども無事ではすまない。
慌てて施錠された窓のカギを開け、ジョイは番を部屋に招き入れた。
「伯爵夫人!? 危ないじゃないか、いったいどうして……」
「うふふ、来ちゃった♡ ようやく『外側』の見張りがいなくなったみたいだったから。そ・れ・よ・り、ちゃんと私の事はティアって呼んでよね。前はそう呼んでくれていたじゃない。一度は呼んでくれていたんだから、二度も三度も一緒でしょ?」
「ティ……ア……」
「ジョイ、嬉しい!」
「……っ!!」
番の名前を口にしただけで感動して唇が震えた。
番の喜ぶ姿を見てあまりの嬉しさに涙があふれた
その涙を唇で吸い取られればもう抗えなかった。
そうして始まった立会人のいない深夜の逢瀬。
寝室は玄関とは反対側だから、よほど騒がしくしなければ玄関前の通路で見張る護衛騎士に気が付かれることはない。
遅くまでティアと語り合い、髪を撫でながら抱きしめて眠り、明るくなる前に彼女は隣の部屋へと戻っていく。そして、翌日は何食わぬ顔で立会人を置いての一歩引いた交流を続けるのだ。
頭の中ではいけないことだと理解していた。
けれど、甘えるような番の声や、番の体温。番のすべてがジョイを夢中にさせて判断力を鈍らせるのだ。気付けば子爵領に来てこの部屋に滞在する度に、ジョイは窓を開けて眠りにつくようになった。
大切な番が下に落ちたら危ないから。
そうなったらアナリーズと夫婦でいられなくなるから。
――最後まではしていないからと、そうやって自分自身を納得させて。
ドキドキと。僅かに期待する心と後ろめたさでいっぱいになりながら、ジョイは大人しくその時を待つ。
そして――。
コンコン……。
控えめなノックと共に室内に入ってくる番の匂いにジョイの心は期待で弾む。
窓から飛び込んでくる彼女を待ってましたとばかりに抱き留めて、そのまま口を合わせることに躊躇わなくなったのはいつの事だったか。
やわらかな唇の感触を思う存分楽しみ、一線を越えないことを言い訳に内側に熱をため込んで、それを王都で待つ愛しい妻にぶつけることに慣れ切ってしまっていた。
馬鹿だった。
目的と手段が入れ替わっていることに気付かなかった。
口づけを交わしながら番を抱きしめて。あっという間に伝わってくる番の温かな体温にこれまでのパジャマとは違うことに気が付いた。
番が纏う布地の少ない大胆なソレにジョイの目が釘付けになる。
(だ……めだ。いけない、目を逸らすんだ……! まだ間に合う……もし、最後までしたら今度こそ戻れ…なくな……)
「……大丈夫よジョイ。一回も二回も変わらないわ…………」
「……っ」
耳元でそう囁かれて。ジョイはついに最後の理性を手放した――――手放そうと、した。
「ジョイ」
「ティア」
番と二人完全に本能に堕ちる前。
部屋の中に愛する人の声が響いてジョイはようやく気が付いた。
いつ入ってきたのか。
いつから見ていたのか。
ここにいる筈のない二人の姿に気が付いて。ジョイとティアラは身を寄せ合ったまま呆然と固まった。
「アナリーズ、伯……爵……どう……して、ここに……?」
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