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63 決心

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 荷物も着替えも、全て商会の更衣室に置いたままだ。今日は半休になっているとはいえ、荷物を取りに戻らねばならない。
 商会までの道のりを同僚とゆっくり歩く。

 公園から幸せそうな家族連れの笑い声が聞こえてくる。
 いつもだったら仕事をしている時間。太陽の下のお散歩は気持ちがいい。


「ごめんなさい。貴方には迷惑ばかりかけているわね」

「まったく、もう。そう思うのなら食事ぐらいはしっかり摂ってよ。言っとくけど、君を心配しているのは僕だけじゃないからね。……むしろ、いっさい気が付かない方がおかしいよ」


 誰に対しての言葉なのかは解っている。


 一番傍に居て。一番原因に近くて。――一番鈍感で。


 最初はこうじゃなかった。
 アナリーズも、ジョイも、番と出会ったことで全てが変わってしまった。望んでいた二人の幸せな未来も、すっかり変色して見るに堪えない物へと変わってしまった。


 ならば――アナリーズが目指す未来だって変わるべきなのだろう。


「荷物ごめんね。ふふ、お医者様にしっかり診てもらったから、今ならご飯が食べられそう」

「あ。ごめん。僕お昼まだでさ。いい匂いがしていたから、診察をしている間に勝手に君のお弁当食べちゃった」

「――え。……いえ、それは別にいいんだけど…………貴方、まさか病院の待合室でお弁当を食べたの?」

「いや、流石に受付の人に声をかけてから外で食べたよ。すごく美味しかった……けど、君はもっと食べた方がいい。あれじゃ量が少なくて全然足りないよ」

「ふふ……じゃあ、着替えたらいつものあのお店に行きましょうか。今日のお礼にご馳走させて?」

「やった! 中途半端に食べるとかえってお腹が減るんだよね」


 通い慣れた店は居心地が良い。中途半端な時間のせいか、獣人御用達の店にあまり客の姿はなかった。いつも昼時はアナリーズが勤める商会所属の獣人でいっぱいになるのだが。

 よく食べる同僚の姿は相変わらずで。アナリーズがついつい相手につられるのも今まで通り。

 ……ああそうか。子爵領で休暇をとるため残業続きのジョイとは別々に食事を摂ることが増えたから……アナリーズはそんな簡単なことにも気付けなかったのだ。

 小さくなってしまった胃ではあまり量は食べられなかったが、久しぶりに誰かと食べるスープはちゃんと味がして美味しかった。何気ない楽しい会話がまるで栄養のようにアナリーズの乾いた心に吸い込まれていく。

 小さな部屋で望んだ未来に固執して、色んな物から目をそらしていたのかもしれない。昔は出来ていた色々な決断が、選択肢に上がってすらいなかった。

 考えるまでもなく、既に答えは出ていたのに。
 アナリーズが限界を超えた努力を続けていたせいで、頑張った分の結果を求めてしまったのだ。



 その日。残業を終え、遅くに帰ってきたジョイはアナリーズの匂いの変化に気付かなかった。
 そのことでアナリーズは決意を新たにする。


 そして――。

 領地へと戻っていたアミティエ伯爵からアナリーズに連絡があったのはちょうどその頃だった。




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