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59 希望を抱いた矢先

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 結果的に番と距離をとったのは正解だった。

 二人を物理的に引き離したことでジョイは冷静さを取り戻し、伯爵夫人と適切な距離感を取れるようになった。

 これまでのような愛称呼びを止め、番のことを『伯爵夫人』と呼ぶようになったし、ふとした時にアナリーズが感じていた、無意識に番を優先するような言動も無くなった。

 月に一度。


「それじゃあ、ちょっと番に会いに行ってくるから。ええと帰りは……6日後、かな…」


 そんな風に、少し申し訳なさそうにしながら番と過ごすために子爵領へ旅立つ以外は特に変わりなく過ごせている。


 それに何より、



 スンスンスンスン……

「やあね、ジョイ。どうしたの?」

「いや……何か、うっすらとだけどアナリーズから他のオスの匂いがする……!」

「ああ、今日は営業の猫獣人の人が交通費の請求に来て……って、きゃあ! ちょっと、ジョイ!?」

「仕事でも嫌だ。上書きする!」



 僅かでも他の異性の匂いを嗅ぎ取るとヤキモチを焼いて、以前のように神経質なまでにアナリーズの匂いを気にするようになったジョイ。

 誤解させないように気を付けないと、と少しうんざりすると同時にアナリーズは幸せも感じてしまう。

 ジョイのこんな行動も、彼が運命の番と出会ってからはずっと鳴りを潜めていたからだ。


 仕事が終わるとアナリーズを迎えに来て。
 家に帰ればずっと一緒に過ごし。
 休みの日には二人で足りない家具を買いに行く。


 あの豪華な部屋から元のアパートへと戻った当初、ジョイは少し居心地が悪そうにしていた。以前の引っ越しで家具を処分してしまったために、ガランとした部屋には足りない物ばかり。

 高級住宅街での生活で貯金も減ってしまったため一気に買い揃えることは出来ないが、アナリーズも仕事に復帰したのでお財布と相談しながらちょこちょこ買い足している。

 あの、古いけど座り心地のよかったジョイお気に入りのソファーは二度と手に入らないけれど。


 夫婦二人で話し合って。予算を決めて。時には少しだけオーバーして。


 そんな風に買い揃えていったお気に入りの家具たちのお陰で段々と狭いながらも居心地の良い空間が出来上がりつつある。引っ越し当初はどこか落ち着かない様子だったジョイも、今ではすっかりアパートの部屋で寛いでいる。

 居心地の良さが戻ってくるのと同時に、以前のような幸せまでもが戻ってくるような気がして、アナリーズはこの新たな生活に希望を持っていた。

 番に会いに行くジョイの背中を見送るのはつらいけれど。

 このままの生活が続くのなら、いつかは…と自分が夢見ていた幸せな未来を手に入れることも出来るかもしれないと――アナリーズは夢見ていた。



 半年が経って。


 子爵領から戻った夫のシャツのボタンに不自然に絡みつく、長い髪に気が付くまでは。




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